太田裕美アルバム探訪⑧『君と歩いた青春』

 81年12月発売。翌年の半年にわたる休養・渡米前にリリースされた、前期太田裕美の総括的アルバム。タイトル曲は過去のアルバムに収録されていた人気曲で、81年8月にシングルにリメイクして発表されたもの。この81年後半のリリースは「君と歩いた青春」のタイトル通り、休養を前にファンに一区切りを告げるセレモニー期間でもあったのだ。
 81年当時、俺は新宿のライブハウスで行われた彼女のライブに行った。多分シングル「君と歩いた青春」発売直前の頃だったように思う。そのライブで彼女は、次の新曲として「君と〜」を再録してリリースすると発表し、そのあとでこんな言葉を漏らした。
「これも売れなかったら、どうしようかしら・・。」
常に明るくあっけらかんとしたキャラクターで、ライブのトークもでも笑顔を絶やさない彼女が、ふと漏らした本音。俺は、歌謡アイドル&フォーク・ニューミュージックという唯一無二の個性で活躍してきた彼女が、やはり一方でプロダクション所属の宿命たる「ヒット歌手」の宿命を負わされ、その狭間で苦悩してきたことを、その言葉ではっきりと知ったのだ。
 この作品集『君と歩いた青春』は、タイトル曲を除くすべての曲の作曲を太田裕美自身が担当し、作詞に松本隆ら彼女にゆかりの作家陣を招いて構成されたアニバーサリー的な1枚。裕美さん自身「これが最後かもしれないとも考えながら録音していた」とのちに語っているとおり、太田裕美自身の音楽的才能すべてをぶつけたかのようなバラエティーに富んだ佳曲が並んでいるものの、アルバム全体のトーンはどこか沈鬱である。マイナー調の曲が多いということもあるが、やはり当時の彼女の気持ちが声やサウンドに表れているような気がしてならないのは、あのライブハウスのエピソードがあったからだろうか。

  • セカンド・ラン〜二番館興行〜」。この時代の最重要作詞家、小此木七枝子が最後の大仕事という感じで描き出す鮮やかな青春像(二番館という言葉、「ぴあ」世代の大学生には堪らなく懐かしい世界だ)。裕美さんがメジャー・マイナー調の切ないメロディーで応えた名曲。
  • 雪・一信」。冒頭、マイナーの前サビはどこか「雨だれ」にも通じる懐かしさ。そのあとに出てくるゆったりとしたメジャー・セブンスから始まるAメロがほのぼのと温かく、その対比で聴かせる曲。
  • くちぐせ」。作詞は山川啓介で、テーマは男と女の友情。彼女が彼を「あいつ」と呼ぶ世界ね。郁恵ちゃんが歌いそうなキャッチーなアイドル・ポップス。前サビで始まるメロディーは、筒美先生に迫るフックたっぷりのインパクトで、決して得意な世界ではないはずのこんな曲にこそ、メロディー・メイカーとしての裕美さんの実力を感じる。
  • しあわせあそび」。同じメロディーの繰り返しであまり展開がない曲なのだが、ギターサウンドのアレンジが心地良い疾走感を醸し出し、一気に聴かせてしまう面白い曲。
  • あなたのそばに・・」。作詞は裕美さん本人。「あなたがいて歌があれば他に何もいらない。」はわかるけど、ちょっと退屈なバラードになっちゃったね。
  • 君と歩いた青春」。伊勢正三詞曲によるシングル・カット曲。めずらしく少し感情過多の裕美さんのボーカルが聴けて、切ない。オリコン最高位は86位と、惨敗だった。
  • Smile」。カーペンターズの最近のリバイバルヒット「Rainbow connection」にも通じる、上品でチャーミングな、ワルツの佳曲。サビでさりげなく転調するなど、実は凝ったつくり。
  • 時間列車」。メロディー展開はとても自然だけど、こちらはちょっと冗長な詞に引きずられて、少し平凡になってしまった感じ。ただし歌手・裕美さんとしては気持ち良く歌っているみたい。フツーのマイナー歌謡曲
  • 恋はミステリー」。フルートのイントロからしてミステリアスな感じのオシャレな曲。なかなか良い。こういった、どこかおぼろげでヒラヒラとした曲調は「恋愛遊戯」以降の太田裕美サウンドにおける、大きな柱のひとつであったように思う。近年の「神様のいたずら」も、そうだ。
  • サヨナラの岸辺」。松本隆作詞。「別れを口にしないのは 多分また逢える気がするからね」。大人の男女の別れを描いたその詞世界が、これまでにないほど醒めているような気がするのは、松本氏が裕美さんに送った敢えて突き放した「サヨナラ」だったのかも。言葉を十分に生かしながら縦横無尽に音が飛ぶ美味しいメロディーに、萩田光雄氏のフュージョン・テイストのアレンジがハマッって、ゴールデントリオ時代に負けない高い完成度を持つ曲になった。

 ところで、太田裕美の作曲家としての才能は、のちのアルバム『I do,you do(84年)』以降、大きく開花するところだが、この『君と歩いた〜』・前作『ごきげんいかが』あたりからそのナチュラルなメロディー作りで才能のほとばしりが見られるように思う。正直なところ大人になった今、この作品を聴いて裕美さんの才能を改めて感じる。というか、J-pop時代に入り自作自演の音楽が主流になる中で、ナチュラルだけどあまりにつまらない曲、というものに馴らされ過ぎてしまったからかもしれないな、とも思うのだ・・・。