セイコ・アルバム探訪13〜『Strawberry Time』

 1987年5月16日発売の14thアルバム。Strawberry Time
 このシリーズ久々の、80年代「ザ・王道」のアルバムを取り上げます。でも発売されてからもうアバウト4半世紀経ってるのね、これ。びっくりです(笑)。
 1年間の出産休養を経て聖子さんの本格的復帰を印象づけたアルバムで、のちに定番ワードとなる“ママドル”はこのころから言われ出した。実際、花をあしらった清楚なジャケットは出産休養中に発表された前作『SUPREME』の延長線にあるものの、SUPREME無色透明なイメージ“ホワイト”を基調としていた『SUPREME』に対して、本作の基調色である“ピンク”は、アイドルのまま進化していく方向を選びとってアクティブに活動を再開した聖子さんの、当時の(バラ色の)精神状態を表しているかのようだ。そして何と言っても、憑き物が取れたかような、聖子さんの明るく純真無垢な印象のジャケ写の表情がすばらしい。
 このアルバムの特徴は、当時のトレンドでもあった「バンド・サウンド」。作曲家には元レベッカ土橋安騎夫、チャック・ムートンこと元バービー・ボーイズのいまみちともたか、元ピカソ辻畑鉄也米米CLUBらが名を連ねる。とは言え前作に続いて全作詞を担当した松本隆氏による詞世界は、全盛期にありながら完成度の面で不完全燃焼だった84年のアルバム『Tinker Bell』のコンセプト「ファンタジーの世界」を、この時期独特の聖子さんの美声を生かして“オトナの鑑賞に耐えうる作品”に再構築したかのようで、濃厚さを増しつつも実に色彩豊かな世界が広がっており、サウンドはロック調ながらその世界感はキュートなポップ・ロックそのものと言える。その意味では詞も曲もサウンドも実に充実していてバランスが良く、その上休養たっぷりの聖子さんの美声が加わって、彼女の全アルバム中でも完成度において非常に高いレベルにある作品だと俺は思うのだ。
 オリコン・アルバムチャートはもちろん1位。売上はCD20.2万枚、LP13.2万枚、カセット10万本。
 それでは曲紹介。全作詞(&プロデュース)は松本隆

 同年4月22日発売の先行シングルのイントロ別バージョン。ハスキーな中に透明感溢れるこの時期の聖子さんの美声は全キャリア中最高峰でしょう。彼女が発音する日本語の響き自体がとても美しく、それだけで絵に書いたような桃源郷の清らかさを印象づける。ギター&シンセの人工的なサウンドでありながら大陸の雄大さを感じさせる大村氏のアレンジもグッドです。

  • 裏庭のガレージで抱きしめて(曲:チャックムートン、編:大村)

 hiroc-fontana、キュートなイントロが大好きなこの曲。こちらは単独で取り上げた過去ログ]をどうぞ。

 ご存知、コムロ氏によるデジタル・キャンディ・ポップ。義理のお見合いを抜け出して、本命の彼と振袖のまま砂浜までランナウェイ、というお転婆な女の子が主人公。「男の嫉妬なんて や〜め〜て〜ほ〜しい」という“必殺しゃくり上げフレーズ”でのボーカルのキュートさ、それを歌っているのがママドルだなんて、ある意味犯罪です(笑)。

  • 妖しいニュアンス(曲・編:大村)

 こちらは一転して恋のかけひきで男を翻弄するオトナなオンナに変身する聖子。サウンドはシンセベースの単調な響きに乗せてギターやエレピのオカズがカッコイイ、AOR。こういったミステリアスなサウンドは珍しく、地味ながらキラリと光る1曲。

 ここでお決まりのセイコたん自作曲。最初の印象では退屈なエイトビートの平凡な曲!と思っていたのに、これはじっくりと聴くほどにシェルブールを舞台に昔の恋人とのつかの間の邂逅を切なく綴った松本氏の詞世界と、聖子作のメロディーがピッタリと呼応した“名曲”だったことに気付かされた曲。セイコたん、あなたの作曲の才能、認めるわ。ちょっとだけだけどね(笑)。

 シンセ風味のロックンロール。不安定な半音を使ったAメロが、歌うには少々難しくて、珍しく聖子さんも音程が一部いい加減なところがあったりする。でもそれを補って余りある“勢い”があるのがこの曲の魅力。「な〜っ・に〜っ・も〜っ・か〜っ・も〜・好きなの〜ん」と音節を一つ一つ切りながらニュアンスたっぷりに歌うサビは聖子の真骨頂。アレンジの西平氏はジュリーのバックバンド“エキゾティクス”のメンバーだった人。

 大江くんの上品なメロディーが光るバラード。聖子さんの美声との相性はことのほか良く、これがシングル「Pearl-White Eve」に結晶した。山小屋の朝、地平線へと続く雛菊の道。真実の愛を目指して未来へと向かう女性の心象風景が、美しい風景と重なる。素晴らしいイマジネーション。

 モータウン調のポップス。モータウンサウンドは『ユートピア』(83年)収録「ハートをRock」で既に実験済みで、そのぶん少しインパクトが弱い印象も無くはないが、とにかく声が絶好調であるがゆえに、それだけでも救われる感じ。作曲の広石氏は80年代後半に活躍したロックバンド・UP-BEATというバンドのボーカリスト

 イントロは文字通り「ピンク・パンサー」風で、少しコミカルな味わい。「ガーターにちっちゃなデリンジャー」はピンク・パンサーというよりキャッツ・アイでしょ?悪いけど聖子たんのキャラじゃないわね(笑)。現実離れした設定のこの曲こそ、このアルバムが『Tinker Bell』の焼き直しだ、と主張する所以。曲の方は可もなし不可もなし。絶好調の「声」はたまんないほど、キュートですけどね。

  • Strawberry Land

 ここでタイトル曲のリプライズ。ワンフレーズのみで、エンディングにつなぐ。

  • LOVE(曲:辻畑、編:大村)

 シンプルなアレンジに乗せて、壮大なバラードでエンディング。「瑠璃色の地球」と比べてしまうとどうしても見劣りしてしまうかもしれないけれど、このシンプルなバラード、実は「深い」です。「♪ 降り注ぐ木漏れ陽 水にきらめく光たち そんな風に私 あなたのまわりで生きたい」。聖子さんの“聖なる声”でこんな詞を歌われたら、聴き流すなんて勿体なくて出来ないのです。
 
 ところで、タイトルの『Strawberry Time』。それはまさに理想の国“桃源郷”を歌っているわけなのだけど、リプライズ曲のタイトル「Strawberry Land」にもある通り、“争いの無い国へ”と歌っているなら、「Time」でなく「Land」を使った方がしっくり来るはずなのね。
 それを敢えて「Strawberry Time」としたのは、もちろん「時間の国のアリス」を作った松本氏の言葉選びのセンスによるところではあると思うのだけど、この時点で「永遠に進化を続ける“アイドル”」という新しい道を選択した聖子さんには、動かない大陸的なイメージ(「Land」)より、いくつもの時代を変化を遂げながら走り続けるイメージ(「Time」)の方が、やっぱりしっくり来るなあ〜、などと、今更ながら『Strawberry Time』というタイトルの素晴らしさに感動している俺なのだ。