日曜日の食卓で

とりとめなのない話が書かれていると思います

シン・仮面ライダー 最速上映を見終えた翌日の印象

ネタバレはないと思う。「それネタバレじゃん!」と読後思われたなら「申し訳ない!」と最初に書いておく。

庵野秀明監督とのつきあいは、TV版エヴァンゲリオンが最初である。当時こちらでは放送されておらず、職場の知人が貸してくれたビデオテープで観た。
以降、エヴァの旧劇場版はたぶん円盤で、新劇場版はすべて劇場で観てきた。
庵野監督作品はそれなりに観ているがただのファンである。アニメ作品はエヴァは観てても「ふしぎの海のナディア」「彼氏彼女の事情」はまったく観ていないし「トップをねらえ」は劇場版しか観ていない。実写作品は「キューティーハニー」しか観ていない(「キューティーハニー」は好きだった)。その程度のファンである。

こちらの劇場(イオンシネマ北見)でもシン・仮面ライダーの最速上映・舞台挨拶中継があるのを知り、少し迷ってから、物見遊山の気持ちで足を運んだ。当地にどれほどの仮面ライダーおたく、庵野信者などなどの濃い人達がいるのか、客席の様子を見たかったのだ。
当夜の観客数は五十人弱ほどではないかと思う。劇場に足を踏み入れたときに、なんとなく、五十代ほどの男性客が目についた。私同様、テレビの仮面ライダーを見ている世代だ。ほぼ一人で観に来ている印象を受けたが、もちろん年若い観客もいたし、カップルや一人で観に来ている女性もいた。
はじめて映画初公開の舞台挨拶というのを観たが、なんであんなくだらない質問ばかりするのだろう。とはいえこれはシン・仮面ライダーの問題ではなくて、舞台挨拶そもそもの話なんだろう。こちとらガキじゃねぇんだ、という気分にはなった。


シン・ゴジラ、シン・ウルトラマン、どちらも追いかけて見てきた。
シン・ゴジラはいたく気に入って、劇場で四回ほど観たし、後に Blu-ray も買った。配信でも円盤でも、今でも時折観ている。観出すと結局最後まで観てしまうのが、困ったところだ。
シン・ウルトラマンも楽しく観た。ただ円盤を買うほどではなかったし、劇場でも一度しか観ていない。アマゾン・プライムで一度観たかも知れない。
そしてシン・仮面ライダー

観る前に感じていたのは「体技をどう見せてくれるだろう」という期待・不安だった。
前二作品は人間の大きさを超えた存在が主役だったが、仮面ライダーは等身大のヒーローである。しかも仮面ライダー一号、二号を取り上げるのだから、前二作品のようなコンピューターグラフィックによる映像処理がメインだと、平成ライダー以降の作品との違いが出ない。やはり出演する役者、生身の肉体による体技・演技が主軸だろう。生身の肉体の役者の演技を、どう映像で見せてくれるのか。私が観る上でのポイントはそこだった。
思えば用意周到だった。
冒頭、はじめて仮面ライダー一号がショッカーと戦う戦闘シーンが出てくるが、ここが何しろPG13である。仮面ライダーがショッカーをライダーキック、ライダーパンチなどで倒していく森の中でのシーンは「殺戮」と呼ぶのがふさわしい、血まみれな映像の連続である。冒頭にこれはなかなかにキツい。
この強烈な印象を植え付けられた後に仮面ライダーと怪人との戦闘シーンを観るから、両者の演ずる普通の体技・演技をブーストされて観ることになる。もちろん要所要所には効果的にCGを使っているから、これまた体技・演技がブーストされる。ライダーキックのシーンなんかもう、格好良くて笑ってしまった。満足している。

庵野監督作品といえば、その映像の美しさ、構図・レイアウトの見事さといえるだろう。
押井守が確か自作「アヴァロン」を発表した頃に、CGを多用することになった現在において実写もアニメも違いはなくなった、ようは「絵」なんだ、と言っていた。
映像作品は基本的に、役者の演技以上に「絵として映えるか」が重要だが、その意味で庵野監督作品は見応えのある「絵」を作り続けてきた。
しかし今回のシン・仮面ライダーは、映像の美しさはもちろん、役者の演技を堪能する作品でもあった。それは前二作を遥かに超えている。
今回のシン・仮面ライダーの物語のメインは、仮面ライダー一号・本郷猛(池松壮亮)と、本郷猛を改造した緑川博士の娘である緑川ルリ子(浜辺美波)、そして仮面ライダー二号・一文字隼人(柄本佑)の三人である。この三人の演技が大変に良かった。役者の演技を見たなー、という気持ちになった。
特に柄本佑の演技が印象深い。仮面ライダー二号が洗脳されている時、洗脳を解かれた時、洗脳を解かれた以降、それぞれの違いが演技によって表現されていると感じた。それぞれに何らかの映像処理をしているんじゃないか、と思われるぐらい、洗脳を説かれる前と後の変化が、演技によって表現されていた。
もちろん池松壮亮浜辺美波の演技も印象深い。この映画は、ショッカーとの戦闘を繰り返す中で、本郷猛と緑川ルリ子が成長していくのを描いている物語だったと思うのだが、緑川ルリ子が本郷猛に心を開いていく変化や、冒頭の弱々しい少年のような本郷猛の表情が、段々とヒーローらしい強さを秘めた表情に変化していくのを、楽しむことが出来た。満足している。


今の視点で、仮面ライダーなどの「特撮」を見ると、その「ちゃっちさ」が目につくだろう。あーリアルに見せたいのにこうなってしまうか、しょうがないよね技術も予算もないし、どうしようもないよね時代だもん、といういたたまれないチープ感。
けれども、子どもの頃リアルタイムで見た時の強い印象や感動、友達と仮面ライダーごっこをやるほどには好きだった、その感情を否定することは出来ない。
だから時を経て大人になり、現在の視点で見返すと、過去と現在、その否定できない両方の感情がないまぜになり、いつか「ああ頑張ってたんだなー」という感情を生み出す。
その感情が“「特撮」を「特撮」として見る”という「作法」になっている気がする。

今回の仮面ライダーや怪人たちはみな、実際に演技する役者(もしかしたらスーツアクターも含むだろう)が衣装を着て、演技に臨んでいる。なので「ああこれは衣装だなー、着ぐるみだなー」という印象をビシバシと感じることになる。ショッカーの基地、怪人たちの基地(と呼ぶのかどうか)の内部といった、役者が演じている場所も、CGではなく実際に装置を組んで作っていると思われる。
アニメやCGのように、映像のみの存在はしていないものと違って、物や人という存在には存在自体の体積があり、時間の体積がある。「この装置は実際にあったんだね」「確かにある時、ある場所で、実際に人が演技してこの映像を作ったんだね」「ああ、人が生きていたんだね」という感情に包まれて、愛おしい気持ちになる。
この、生きている人たち、存在した物たちに対して愛おしい気持ちになることが、もしかしたら「特撮」を見ることから生まれる感動じゃないのか、と思っている。
それほどこの手の、いわゆる「特撮」には詳しくないのだが、この感情、この感動は「特撮」にしかないものじゃないか、というのが見終わった後の印象の大きな中心にある。

まとまりきれていないが、今はここまでにしておこうと思う。何もなければ明日また観にいくつもりなので、また受け取るものがあるかも知れない。
最後にひとつだけ書くと、いつか庵野秀明は「世界の不条理」と対峙するのではないか、という気がしている。なぜ「私」がこんな不幸を受けるのか、他の誰でもないこの「私」がこんな絶望を背負い込むのか、という不条理。
とりあえず明日観に行くことと円盤を買うだろうことは決まっている。

今日もどこかで「物語」は生まれる

最初に

 これは今年七月時点での感想に基づいて記されている。とある雑誌のエッセイ賞に投稿するため書いたものだ。今年、自分がどのようにして競走馬の世界に足を踏み入れたか、そのささやかなメモワールである。
 この小文を書いてから幾月かを経て、ウマ娘に対しても競馬に対しても、この頃に比べれば考えも変わってきた。ウマ娘から競馬に目覚めた人間のサンプルとして、公表してみようと思う。
 ちなみにソダシはこの後、札幌記念GⅡを5着、アイルランド府中牝馬GⅡを2着、マイルチャンピオンシップGⅠを3着という成績で今年のレースを終えた。札幌競馬場、そして阪神競馬場でソダシの姿を見られたことは、本当に素晴らしい体験だった。
 よろしければご一読いただければと思う。最後に私が好きな作家である村上春樹の文章を引用する。

弁解するつもりはない。少くともここに語られていることは現在の僕におけるベストだ。つけ加えることは何もない。それでも僕はこんな風にも考えている。うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない、と。そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう。

村上春樹風の歌を聴け」より

今日もどこかで「物語」は生まれる

「三年は頑張るように」と言われて紹介された再就職先に、ほとんど感情任せで退職届を出したのは、勤続二年二ヶ月目の六月だった。夜勤明けの疲れた体をソファーに横たえて考えたのは、コロナ下の介護職という仕事柄叶わなかった旅行である。有給休暇の消化で、もう職場には行かなくてもいい。コロナの感染者数も、その頃はまだ落ち着いていた。
 スマホを眺めていると、浦河町にある渡辺牧場が、牧場見学を再開すると発表していた。急いで連絡をとり、生まれてはじめての牧場見学の旅が決まった。もちろん、ナイスネイチャに会うためだ。
 ナイスネイチャ。生涯成績四一戦三勝。G1レース未勝利にも関わらず、JRA主催の『日本の名馬一〇〇』に選ばれた、愛すべきブロンズ・コレクター。そして二〇二二年六月現在、最年長のJRA重賞勝ち馬。


 競馬とは程遠い人生を歩んできた。
 ナイスネイチャはおろか、シンボリルドルフナリタブライアンも、ディープインパクトさえ見ていない。子どもの頃にハイセイコーが引退して、その人気からレコードが出たことを、うっすらと記憶している程度だ。
 おおよそ競馬から縁遠く、それで何の過不足なく五十過ぎまで生きていた私を競馬に引きずり込んだのは、間違いなく「アレ」だ。


 七月最初の水曜日。薄曇りの空の下、私は浦河町へと車を走らせていた。私の住む町から約四時間の車内で目にするのは、北海道ならどこにでもある、使うあてのない自然と、二分で通過する町の中心街。そしてまた使うあてのない自然、農家の廃屋、廃れたドライブインの看板。
 大樹町で国道二三六号線「天馬街道」に入り、広尾町日高山脈に向かって右に折れる。美しい渓谷を眺めながら野塚トンネルを超えると、目的地の浦河町だ。
 長く続いた山間やまあいの木々を抜けだした時に、見たことのない風景が飛び込んで来る。
 牧場、牧場、牧場、牧場。
 道の両脇にはどこまでも牧場の柵が連なり、その向こう、山裾まで続く草原の遠く近く、馬たちが思い思いの時を過ごしている。
 ……玉ねぎ畑かよ?
 畑作地帯の故郷に暮らす私は胸の内でそうつぶやく。故郷の玉ねぎ畑のように、どこもかしこも競走馬の牧場だ。その入口に建つ家も、畑作農家のそれとそれほど違わない。
 まるで玉ねぎのように、この町では毎年馬たちが生産され、中央での優勝を目指して育成されているのだ。その事実に思い至って、少しだけ、暗然とした。


 昨年二月のスマートフォンゲーム業界は、ある一つの奇態なゲームに熱狂した。ゲームの名は「ウマ娘プリティーダービー」。スマホの画面に登場するウマ娘たちは、宿命のように名馬の名を名乗り、プレイヤーと共に目標レースの数々に二人三脚で挑戦する。目標レースを勝利したウマ娘は、ウィニングランならぬ〈ウィニングステージ〉でアイドルのようにセンターステージに立ち、大観衆の前で歌い踊る……
 牡馬も牝馬もオタク受けする美少女に〈転生〉させられた、競馬愛好家の神経を逆撫でするかの如きこのゲームに、年甲斐もなく私もまた熱狂した。年末の「ネット流行語一〇〇」に選ばれるほど、私を含む多くの人達がこのゲームを受け入れたのは、ウマ娘が名乗る名馬の「物語」に、心奪われたからだろう。


 午後一時半。約束の時間に渡辺牧場に到着した私がまず目にしたのは、簡素といってもいいその佇まいだった。以前暮らした酪農の町でよく見かけた乳牛牧場と同じ、いやそれよりも小さな牧場。どの建物も、それ相応の年月を経て、草臥くたびれている。
 心もとなく立ちつくす私に声をかけてくれた女性が、牧場に入る諸注意を施して、ナイスネイチャの元へと案内してくれた。


ウマ娘プリティーダービー」の目標レースは、そのウマ娘=競走馬にゆかりのあるレースが設定されている。その目標レースに至る物語の中で、トレーナーであるプレイヤーウマ娘との関係が親密になっていく。ナイスネイチャであれば、現役時代に優勝した小倉記念が、ゲーム内の物語のターニングポイントになっている。もちろん最後の有馬記念は、三位ではなく優勝しなくてはならない。
 いわばこのゲームは、実在した競走馬という「原作」を下敷きにした二次創作だ。そして優れた二次創作がそうであるように、このゲームにも、原作である競走馬たちへの、競馬への愛が、織り込まれていた。
 そんな製作者側の熱に当てられ、ウマ娘の名前をネットで検索する私の前に、「原作」たる競走馬たちが、その「物語」がたち現れる。目標レースだった名勝負の映像、そして実況。
ウォッカ先頭、牝馬が見事に決めました!」
「中山二〇〇〇メートル、まずは道を繋ぎました。アグネスタキオンまず一冠!」
キングヘイローがまとめて撫で切った!」
「これが女馬の走りでしょうか! ねじ伏せました! 力でねじ伏せたエアグルーヴ武豊!」
 後は中毒患者の如く、動画サイト視聴を繰り返す日常が始まった。私の競馬の始まりは、確かにこの時だったのだ。


 ナイスネイチャは、眠たげだった。
 一瞬、ゲームで育成した、美少女化したナイスネイチャ二重写しになって、消えた。


 ナイスネイチャはほぼ動かない。たまに動いては頭を垂れて、草を食んでいる。
 その隣のメテオシャワーが、私の横にいる見学者に顔を近づけて、懐いている。
 ……ネイチャ、お前と走った馬たちのほとんどが天に召され、お前に優しかった人たちの幾人かは鬼籍に入った。お前はそのことを知っているのか。さみしくはないか、ネイチャ。
 私はただ、彼を見ていることしか、出来なかった。


 競馬に興味をもち出した頃には、その白馬の名前は知っていた。ソダシ。まぎれもない世界のアイドルホース。私が彼女に胸掴まれたのは、ダート二戦の敗戦後に臨んだ今年五月一五日の、ヴィクトリアマイル戦だった。
 東京競馬場芝一六〇〇メートル。第四コーナーを過ぎた最後の直線。終始好位に付けていたソダシが「ギアを上げた」とばかりに先頭へと駆け出した時、それはまぎれもなく夢のはじまりだった。
 私は職場のテレビを、呆然と見ていた。
 暗色の馬群を後にした純白のソダシが、天使の手に導かれたかのように先頭へと抜け出しゴールした瞬間、日々の疲弊が洗い落とされた気がした。「報われた」とさえ思った。
 ああ、ソダシが描く「物語」を、俺はいつまで見られるのだろう。


 アイドルと競走馬に、もし共通点があるとしたら、その輝きの短さだろう。「一瞬」と言ってもいい。そしてアイドルと同じく、ファンの希望と欲望を一身に受け、馬たちはコースを駆けていく。
「どうか勝ってくれ、どうか美しい物語を見せてくれ」そんな身勝手な人の願いに耐えかねて、多くの馬たちが勝ち上がれないまま、競馬場を去っていく。
 ステージを去ったアイドルならまだしも、競走馬は自らの意志でその生を全うすることが叶わない。人のために生を受け、人のために走らされ、人のために子を作り、いつか厩舎を去る「経済動物」。ゲームに興じ、画面に映る競走馬たちを見続ける私はいつからか、引退した競走馬に、心を傾けはじめていた。


 見学した渡辺牧場には、春風ヒューマという馬がいる。お願いして、会わせていただく。
 競走馬時代の名前はトウショウヒューマ。名馬グリーングラス産駒。生涯戦績五〇戦四勝。最後の勝鞍は四歳以上九〇〇万以下。競走馬引退後は騎馬隊に入隊、十年間を勤め上げた彼が渡辺牧場にたどり着いた時には「馬房に寄りかかってやっと立っていられるような姿」だったという。
 ドキュメンタリー映画にも登場した、牧場主の渡辺はるみさんが、私に人参を手渡してくれる。春風ヒューマに差し出すと、彼はゆっくりと、でもしっかりと食べてくれた。
 おつかれさま、ありがとう。
 胸の内でそうつぶやいた。


ウマ娘プリティーダービー」は、私を競馬へと導いてくれた。導かれた先には、胸焦がす数多の「物語」が待っていた。そしてソダシは、現在進行形の「物語」に、私を導いてくれた。
 今年もまた、ソダシが札幌競馬場に来る。札幌記念連覇という「物語」を描くために。
 札幌競馬場へ行くんだ。ソダシという「物語」を、画面からは伝わらない熱と匂いを、体全体で受け止めるために。そして勝ちきれぬまま去っていく、競走馬たちを思おう。


「天馬街道」を北上し、家路に向かう車内で、私は気づく。この、ナイスネイチャに導かれた初夏の旅が、春風ヒューマに会うための旅でもあったのだと。
 ネイチャ、そしてヒューマ、あなたに会えて本当に良かった。私はあなたを忘れない


 そして、今日もどこかで、ものがたりは生まれる。

札幌競馬場を走るソダシ

「騎士団長殺し」を読んでいる途上で

 小説に関して、僕は村上春樹の良い読者とは言えない。氏のエッセイのたぐいなら、ほぼ全部目を通していると思う(読んでいないのは『シドニー!』ぐらいしか思いつけない)。なので、文庫化された『騎士団長殺し』を、買っておいたハードカバーの第1巻で毎日少しずつ読み進められるのは、ひどく久しぶりな気がしている。まぁブームにもなった長編『1Q84』は読み終えているのだが、それ以前の『少年カフカ』や『ねじまき鳥クロニクル』といった長編は、懐かしい『ダンス・ダンス・ダンス』以降読み終えられなかったのだ。中編、短編もほぼ読めていない。読み終えたのは「神の子どもたちはみな踊る」ぐらいである(あれは良い短編集だった)。
 今でも村上春樹は色々と言われる作家である。ある知り合いは「今まで村上春樹を読んだことがないのは、わたしの自慢の一つだ」と言っていた。僕自身では、小谷野敦村上春樹に対する発言のいくつかは、納得できるものもあった。
 とはいえ、300ページ近くまで第1巻を読み進めてきた今の気分としては「何にせよ、こんな気のふれた、クレイジーな話を300ページ近くも読ませるのは、才能としか言いようがない」と言いたい。確かに第1巻の表紙には「第1部 顕れるイデア編」と記されていたが、まさか本当に物語中に「イデア」が登場するとは思いもしなかった。なんだこれ。なんだこの話は。しかし謎の説得力が先へ先へと文字を読ませていく。
 もしかしたら、氏には久しぶりになる一人称小説という点が『風の歌を聴け』『1978年のピンボール』『羊をめぐる冒険』といった鼠三部作に愛着のある自分には、読み進めやすいのかも知れない。そもそも近年はドフトエフスキーを例に出して総合小説への夢を語り、そのためにこそ三人称小説を書き続けてきた村上春樹が、何故ここに来て一人称小説を書いたのか、それもまだ謎のままだ。
 ここしばらく色々とあったせいかもしれない。いま『騎士団長殺し』を読むのが本当に愉しい。どういう巡り合せかで、今この本を読むちょうど良いタイミングが訪れたのかも知れない。文中の言葉のひとつひとつが、いつもより胸に残る。たとえば文中で主人公が語るこの言葉。「時間を私の側につけなくてはならない」

 という訳で、これは続きも読めるだろうと、遠軽へ出たついでに町で唯一の書店で『騎士団長殺し』の第2巻を買った。あわせて安彦良和の『革命とサブカル』があったのでこれも購入した。この本は、僕に読まれなくてはならない本なのだ。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

革命とサブカル

革命とサブカル

神田神保町

 2019年(令和元年)5月19日 日曜日。54にして初めて、神田神保町を二時間近く歩いた。東京に来てはじめて、好きになれそうな街だった。そのことを少し、地下鉄神保町駅そばのドトール2階喫煙室で書きはじめる。

 朝10時はまだ古書店はどこも開いていない。最初に新刊書店の書泉グランデを覗く。
 店内は広くない。エレベーター横の館内説明を読むと「鉄道」「ミリタリー」など、一見してマニア臭のする項目が並んでいる。1階の狭い店内にはポップがあふれていて「店員が選んだラノベコーナー」などもある。全体的に若い人向け、マニアに特化している書店のようだ。
 正面玄関を出てショーウィンドウを見る。イベント予定のポスターが貼ってあり、ほぼグラビア系アイドル。三省堂書店東京堂書店という本流の書店との差別化を図っているのだろう。

 続いて、三省堂書店神保町本店の店内を軽く散策する。
 書泉グランデの2倍ほどの売り場スペースだが、広いという程ではない。1階には人文系書籍の特設コーナーが並び、それだけで心が躍る。
 すずらん通り側の入口側にショップがあり、訪問記念に、珈琲用に使う、銀の錫製のカップを贖う。
 ちくま学芸文庫の新刊「増補版普通の人々」を買うべく2階文芸コーナーに行く。

増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊 (ちくま学芸文庫 (フ-42-1))

増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊 (ちくま学芸文庫 (フ-42-1))

 1階を含め書棚はそれほど多くはないが、その品揃えには感服した。限られたスペースに(限られたスペースだからこそか)、書店員がしっかり本を選んで並べているような印象を強く受けた。こういう経験は、今までいくつかの書店を見た中で、生まれて一度も体験したことがなかった。今まで行ったことのある札幌の今はなき旭屋書店、今は札幌駅そばの紀伊國屋書店、随分昔に行った東京の八重洲ブックセンター、そして北見のコーチャンフォー、今はなき福村書店でも、こんな体験をしたことはなかった(こちらの年齢によるものだろうが)。本当に感服させられた。

 限られた書棚に並ぶ、選ばれた本たち。その印象は、三省堂書店よりスペースの狭い、東京堂書店神田神保町店でも同様だった。
 カフェコーナーのある1階は、それだけで文化に興味を持つ若い人向けという印象を受ける。ダークブラウンを基調にした落ち着いた店内に、書店員の選んだ特設コーナーが用意されている。こちらもほぼ人文撃の書籍だ。三階の文芸コーナーへ向かう。
 今回は神保町初訪問の記念に、藤井貞和の詩「雪、Nobody」が記された詩集を購おうと決めていたのだが、東京堂書店三階の詩集の棚にもなかった。書籍は、三省堂書店よりやや充実している。その書棚から「春楡の木」という詩集を選んだ。

春楡の木

春楡の木

 エレベーターで階下へ降りようとした時に、作家の直筆サインコーナーが目に入った。さすがに藤井貞和の詩集はなかったが、小谷野敦の本があって、買うかどうか迷ったのだが、読めるかどうかわからないので、諦める。

 古書店の半分近くが、11時を超えても閉店していた。多くの古書店が、文化を仕事にする人たちに向けて営業しているのかも知れない。戯曲、シナリオ専門らしき矢口書店という店があり、別役實かつかこうへいの本を買おうとしたが、ほしいものはなかった。この店は戯曲よりも映画関係の本が充実しているようだ。たぶん端役が使ったのだろう、映画の台本が多く売られていて驚かされる。
 映画コーナーに、小林信彦の本が10冊ほど並べられていた。「東京のドンキホーテ」があり、ちょっと迷ったが、買わずに店を出た。

 日曜日とはいえ混みあってはいない古書店街を歩いていると、岩波ホールが目に入ってきた。入口に入って今年1年の上映作品を見て、またしびれた。文芸臭漂う海外の作品が目白押しである。ちょうどこの日は、観たいと思っていた「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」を上映していた。3時間近くの上映時間と知り、さすがに観るのは諦める。「間もなく開演いたします」という女性の声にも心を惹かれた。

 三省堂書店東京堂書店、どちらにも文化の匂いがあった。この体験も生まれて初めてだった。本ならもうネットで買えるなら十分、なんて自分が今までなーんにも知らなかったことを痛感させられた。書店の中を数時間過ごすだけで、文化の匂いを胸いっぱいに吸い込むことが出来る気がした。
 もちろんこの匂いは、神田神保町という街が醸し出す匂いのひとつだ。

 北海道という「植民地」に生まれ育ったわたしにとって、東京ははじめて来た時から、ひとつの「街」として把握することが不可能な、巨大で、人混みにあふれた都市だった。意識の高みに立って一望することなど不可能な、様々な「街」が雑踏と道路と路線でつながれた場所。そんな風に、頭の中に東京の地図を描けないことが、いつも僕を落ち着かない気持ちにさせ続けた。
 長年暮らしたことのある札幌も、二度ほど訪ねた京都も、頭の中に地図が浮かび、ぼんやりと街を“ひとつかみ”できる印象を持てるから、例えば札幌や京都の知らない場所も来ても、疎外感を受けることはほとんどない。けれども東京はどこにいても、自分と無関係の場所としか思えない。わたしと東京は消費活動でしかつながることが出来ない。
 巨大すぎる東京という土地を、自分と一切無関係な人たちがあふれている。そんな一人ひとりにも交換できない人生の物語があり、自意識を抱え、生活という首輪をつけられ、自分一人にしか理解できない場所へと流れていく。これほどたくさんの人がいるのに、誰とも出会うことが出来ない、という当たり前のことを強要させられる場所。街にいるものが等しく体験するだろう固有の匂いを、東京にいるわたしは、いつまでも共有することがなかった。そのことが、わたしをどこまでも孤独にさせる。
 そんな孤独をはじめて感じさせなかったのが、この本の街・神田神保町だった。本を介してわたしをつなぎとめる街。また訪ねたいと思わせる、東京でははじめての街だった。

 家に帰ったら、谷川俊太郎の「神田賛歌」を読もうと思う。

酔った勢いで「マリーゴールド」について書く

 α station を聞いていた土曜日の朝だったと思う。「麦わらの帽子の君が揺れたマリーゴールドに似てる」という歌詞が耳に届いて、いやまた随分と古臭いけどいい曲だなー、90年代にこんな曲あったんだなー知らんかったわーと思っていたら、あいみょんの「マリーゴールド」という最近の曲だと知って驚かされたのだ。

あいみょん - マリーゴールド【OFFICIAL MUSIC VIDEO】
 ほぼほぼフォークソングじゃんと思っていたので、まさか平成も暮れかかる2018年の新曲だとは思いもしなかった。
 あいみょん、という名前は spotify のおすすめに出ていたので知ってはいたが、自分と関係するような音楽を演奏するような人とは思っていなかった。大体、最近の流行り歌をいいわーと思えること自体、私にはすでに僥倖に近い。
 ずいぶんと独特の声をしている人だ。はじめて聞いたときは男性歌手だと思って聞いていた。歌詞も男性側からの曲でもあったし。あとで女性だと知った時には俄然興味が湧いてしまった。
 こんな風に、男目線の歌を歌う女性フォーク系歌手に昔イルカという歌手がいたけど、今思えば、イルカの歌う「なごり雪」にしても「雨の物語」にしても、イルカが歌詞の世界の男女どちらかに投影されている風にはあまり聞こえなかった。そこいらはわりとフラットだったというか。「マリーゴールド」のあいみょんは、はっきりと自らを男側に仮託して歌っているように聞こえた。そこんとこがなかなか今風なのかしら、と思ったりもして。男の声としては細いのだけど、女の声にはちょっと疑問符がつくし、歌声の主はやはり男側にあるように聞こえた「マリーゴールド」は、結果として男女ばかりでなく BL にも 百合にも素敵なBGMになるのじゃないか、同性同士のカップルにもぴったりと寄り添ってくれるラブ・ソングだな、という感触を得た。それはひとえに「マリーゴールド」を歌うあいみょんの歌声の力によるものだろう。
 先程記したサビの歌詞の後に続く「『もう離れないで』と泣きそうな目で見つめる君を」の唐突なシリアスさも良いし、二番目の歌詞のサビ「やわらかい肌を寄せ合い少し冷たい空気を二人 かみしめて歩く今日という日になんて名前をつけようかなんて話して」にはほとほと心打たれた。「〜なんて名前をつけようか」で歌詞が終わるのなら、それは歌い手側の男の思い込みでしかないし、今までの流行り歌にもよくあるフレーズに過ぎないのだが「〜なんて名前をつけようか」の後に続く「なんて話して」がもぅたまらない。そんなリテラシーの高い台詞あんたら語り合ったのかーい、という高純度のピュアさ加減にいささか目眩がした。いやはや、やはり時代は進化しているのだな、という思いを新たにしたので、酔ったついでに二年ぶりにここに書き記しておこうと思った次第である。有り体に言って、傑作ですね。

新年あけましておめでとう

 もう今日は1月9日月曜日、新年からもう1週間以上が過ぎてしまった。新年の挨拶は消費期限が早い。今使っても晴れがましさはもうない。
 何にしたって言葉や文章には賞味期限、消費期限がある。
 いやいや早まった、言葉や文章のことじゃなく、扱うネタのことだ。
 新年の挨拶は消費期限が早いけど、今日観てきた映画『この世界の片隅に』の感想であれば消費期限は今しばらくは先だろう。しかし書こう書こうと思って書けずにいる『シン・ゴジラ』の感想を、こういったブログのように表立った場所に書いたところで、それはすでに消費期限切れである。世の中タイミングが大事である。
 それはそれとして、ただ自らのために何事かの感想を書き留めておくことは大切だ。それは端的に生きた証だし、書くことで「思い」は書き手に明示され、そのことが自らを更新していく。
 なのでいつか『この世界の片隅に』も『シン・ゴジラ』も、ここに拙い感想を書くことになるだろう。でも書かれる言葉や文章はいつも「間に合わせ」のものだ。その時その時にわかる範囲できる範囲、知識と想像力の利き腕が伸びるところまでの「間に合わせ」の一品だ。
 そしてそんな現実的な限界とはまた別に、何事かを書き終わった後になって振り返ったとき、その言葉はいつも立ち現れた「思い」の影、シルエット、「思い」そのものというよりはやはり「間に合わせ」でしかない、そんな気がする。
 それでも何か書き表すのなら、賞味期限、消費期限の長い文章を書こう、どんな立場の人にでも届くようなと言葉を書こうと心を砕いていることを、良ければおぼえていてほしい。今年もよろしくお願いします。

Anker SoundCore Sport が届きました

 パソコン(Mac mini late 2012)の音をキッチンで聞きたくて、Bluetooth スピーカーの Anker SoundCore Sport を買って、今日届いた。

 Mac mini のあるデスクとキッチンは同じ1DKの中にあるのだけど端と端で離れていて、キッチンで家事をする時はデスクに背中を向ける格好になる。溜め込んだ食器を洗うべく、例えばニコニコ動画「洲崎西」なんか聴きながら憂鬱な気分を払拭しようとするのだが、いかんせん音が遠くて二人の馬鹿話が聞こえない。iPhone で聞けばいいじゃないかとあなたは思うだろうし、そうもしていたが、iPhone7 のスピーカーはさすがに小さすぎていらいらしてくるのである。何とかせねばなるまいとした結果、Anker SoundCore Sport である。
 少し前に必要にかられてモバイルバッテリーを買ったのだが、それが Anker PowerCore 10000 で、わりと気に入っていたせいもあって、Bluetooth スピーカーを選ぶのも自然と Anker 製となってしまった。 Amazonでの Anker 製はかなり評価が高くて、この Anker SoundCore Sport も600以上のカスタマーレビューに★4つ以上の評価だった。使ってみると確かに良い。音楽を聞くよりも人の声を聞くのに丁度良い気がしている。置き場所の問題でモノラルタイプを選んだのだけど、それも人の声を聞くのには良かったように思う。今もラジコで Tokyo-FM をAnker SoundCore Sport で聞きながら、このブログを書いている。いかにも昔ながらのラジオを聞いてるみたいだ。嬉しい。
 ちなみに Mac miniサウンドシステムは音楽再生用に特化していて、以下のような構成になっている。

 アンプがなんちゃって中華アンプなのは予算の都合だが、Audirvana Plus と nano iDSD のおかげでかなりストレスなく mp3 も DSD も楽しめている。スピーカーは DALI ZENSOR 1Cambridge Audio SX-50 の3つを候補にしていたのだけど(DENONKENWOOD も候補に挙げないところが嫌味ではある。予算が許せば FOSTEX GR160 にしたかったのだけど)、Monitor Audio がその名のとおり一番モニターライクな音だったのが決め手になった。CAVIN大阪屋で初めて買ったスピーカーだ。ごちゃごちゃ置いたデスクの両端に設置してもちゃんと定位してるから、まあまあ満足している。