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広原盛明のつれづれ日記

2016-05-22

安倍政権は「ニッポン無責任時代」の再来か、舛添都知事「ニッポン無責任野郎」記者会見と衆参ダブル選がいよいよコラボし始めた、JОC東京五輪招致疑惑も着実に発展している、2016年参院選(衆参ダブル選)を迎えて(その27)

07:40

 5月20日、舛添都知事の定例記者会見は傑作だった。私は当日のニュースを再三再四見たが、よくぞこれで都知事が務まるものだと何度も(深い)溜息が出た。税金の無駄遣いや公私混同問題に関する自らの説明責任は一切棚に上げ、全ての調査を「厳しい第三者」の目に委ねると言うのだから、これほどの「ニッポン無責任野郎」発言はない。各紙によって回数は違うが、舛添知事は2時間余の記者会見の中で「第三者」という言葉を40〜60回も繰り返したという。

 私など高度成長時代に青春期を過ごした世代は、舛添会見の模様を見て、即座に植木等の「ニッポン無責任時代」「ニッポン無責任野郎」という映画を思い出す。それとともに「スーダラ節」や「無責任一代男」の歌詞やメロディーも鮮やかに蘇ってくる。植木等自身は真面目な人柄で知られ、彼の父は積極的に社会問題に取り組んだ行動的な僧侶だったが、植木等の映画や歌は高度成長時代の裏側を鋭く風刺するものとして大人気を呼んだのである。

 それに加えて、「おれはこの世で一番 無責任と言われた男 ガキの頃から調子よく 楽してもうけるスタイル」で始まり、「人生で大事な事は タイミングにC調に無責任 とかくこの世は無責任 こつこつやる奴 ごくろうさん」で終わる「無責任一代男」の歌詞は、「スーダラ節」も含めて都知事時代に仕事らしい仕事を全くしなかった(できなかった)青島幸男の作詞だと言うのだから念が入っている。これでは、青島以来の石原、猪瀬、舛添と続く東京都知事は、全てが「無責任一代男」「ニッポン無責任野郎」の範疇に入ってしまうではないか。

 安倍政権の閣僚や官邸関係者の中には放言をほしいままにしながら、いっこうに責任を取ろうとしない「ニッポン無責任野郎」は数えなければならないほど沢山いる。放言ならまだしも、明らかな収賄疑惑をかけられながら「病気療養」を口実にして雲隠れしたままの甘利氏のような大物元閣僚もいる。それでいて安倍内閣は「無責任内閣」との烙印を免れているのだから、日本はまさに「ニッポン無責任時代」の再来と言うべきなのだ。

 舛添問題は決して一過性の問題ではない。東京都政の中で連綿と受け継がれてきた自公癒着政治(利権政治)の深層底流が、「舛添要一」という類まれな人物の行動を通して表面化したに過ぎないのだ。『週刊文春』の記事で毎週末、公用車での神奈川県湯河原町にある別荘通いが暴露されたのも、舛添氏が知事主導で東京オリンピック会場計画を見直したことが引き金になったといわれる。舛添氏が知事主導で新設予定だった都内3会場の建設を中止したことが関係する自民党都議の利権に触れ、そのことが切っ掛けになって暴露合戦が始まったのである(ダイヤモンド・オンライン、2016年5月17日)。

 悲しむべきはこのような東京都政の利権構造(腐敗構造)であって、単に舛添知事の首を切れば済むというような話ではない。しかし、事態の先行きを懸念した自民党東京都連や都議会執行部では早くも「トカゲの尻尾切り」の動きがはじまっている。舛添知事は確かに東京都政のトップ(頭)であるかもしれないが、安倍政権自民党本部からすれば単なる「尻尾の一つ」に過ぎない。参院選あるいは衆参ダブル選を目前にしてこれ以上の「ゴタゴタ」が続くと、内閣支持率政党支持率にも影響が及びかねない、始末するのであればできるだけ早いほどいい――。こんな空気がいまや支配的になりつつあるという。

 6月1日には都議会の定例会が開会される。すでに野党からは舛添問題を追及する徹底審議の日程が上がっており、自公与党側ももはやこれに蓋をすることが不可能な状態になっている。議論をすれば舛添個人の問題にとどまらず、都政の利権構造が暴かれる可能性をなしとしない。だから議論を封じることで舛添問題を都政全体に波及させず、自公与党の利権構造をそのまま温存するには、開会当日に舛添知事が辞職させるのが「最善の策」だというのである。すでに「どうせ議会は乗り切れない。だから、その前に辞職を迫り開会日に議決する」というシナリオが描かれているといわれる(週刊ポスト、2016年5月27日号)。

さらに、6月1日辞職説にはもっと重要な政治戦略が含まれているともいう。参院選あるいは衆参ダブル選東京都知事選の「トリプル選挙」の可能性である。公選法では知事が辞任した場合、50日以内に選挙を行なわなければならないが、6月1日に舛添氏の辞任が都議会で同意されれば、参院選衆参ダブル選)の投票日とされる7月10日に合わせて出直し都知事選を実施できるからだ(同上)。

問題は、適当な候補者を見つけられるかどうかということだ。不倫スキャンダルで失脚した乙武氏が「健在」であれば出馬の可能性もあったが、天は賢明にもその可能性を事前に封じた。ならば、一部で囁かれている橋下前大阪市長はどうか。その可能性を面白半分で囃し立てる人もいれば、東京有権者が「大阪の(元)首長如きに頭を下げるわけがない」と言う人もいる。しかし結構、本人は「その気」になっているのか、日々舛添問題についてツイッターで発言している。いずれにしても舛添問題の終結は早晩やってくるだろう。

しかし、こんなことよりも私がより重視するのは、東京五輪招致のために使われた裏金(買収資金)の全容が明らかになることだ。次回はこの問題について考えたい。(つづく)

内田 誠内田 誠 2016/05/22 11:13 広原盛明 様
いつもブログ楽しく拝見させて頂いてます。
さて、ほとんどの評論家・ブロガーなどが、歴代無責任都知事・国会議員などを批判していますが、
そいつらを選挙で選んだのは、一般国民です。無責任野郎達は批判されても解る連中ではありません。
絶対にそういう連中を選んだ一般国民・マスコミが悪いんです。もっともっと強い調子で国民側を批判して
ほしいものです。

旅マン旅マン 2016/05/23 09:43 非常に、いやーな展開になってきたと思う。
今回の広原先生の話、週刊紙などのまとめが主たるものだが、考えさせられた。日頃、そんなものを読まないだけに余計に。
この間の鮫頭元総理のテレビ出演、
些か話題になっていたが、そこらが
問題の核心であり、マスゾエ一人のセコい遊興疑惑の比ではない!
そこらの説明よりも、テレビタレントマスゾエの疑惑を叩く方が気持ちよくて視聴率にすぐ出るからではないのか?
また、そもそもマスゾエは自民党や
公明党側の候補者とはいえ、人間関係の面では良くはない。安倍晋三と近い間柄という点では、橋下とはえらい違い様である。
さっきもテレ朝で、これは奥さんに追及してもらったらなどと、あまりにも(マスゾエのキャリアからみても(笑))ポイント突きまくりなコメントを玉川さんがやっていたが、そうしてまともな突っ込みをすればするほど、マスゾエの政治家生命は尽きていく。しかしながら、ざまあみろ、といつもならばコメントする私
でも、これはとてもいやーな感じなんですよ。
なぜか?
テレビが分かりやすく、都知事の子悪党ぶりを叩けば叩くほど、マスゾエは都知事い椅子を放り出さざるを得なくなる。議会も庇いきれなくなるし、広原先生の話でもあった、大きな金の疑惑ぼかしの道具にさえされてしまうだろう。
となると…。
トリプル選挙?
その時、誰が「改革」なる魔法の言葉を唱えて都民をだまくらかすか?
そのまんま東?乙武?
どっちも手垢まみれ、下半身スキャンダル男たち(笑)。
しかし、同じ下半身スキャンダル野郎でも、どんなに暴言とその場しのぎや嘘を吹きまくっても橋下を大衆はそうは見ていないだろう。
過半数はいらないのだ。相対的な強い支持があればいくらでも勝てる。
東京都知事選挙なんて、単なる有名人人気投票である。美濃部時代みたいな政策で好き嫌いがという側面は
殆ど消えてしまっている。
橋下が東京をしきり、安倍晋三が逃げ切り勝ちをやる可能性、否定できますかね?
ロラン夫人だったか?
彼女の死に際のことばを、改革と変えて読むのも悪趣味か?

2016-05-20

「2020年東京五輪(オリンピック)疑惑」が広がっている、JОCのコンサル料疑惑は闇に包まれたまま、東京五輪のホストとなる舛添東京都知事の「公私混同」問題も深刻だ、2016年参院選(衆参ダブル選)を迎えて(その26)

08:59

少し中断していた「2016年参院選衆参ダブル選)を迎えて」シリーズを再開したい。不思議なもので別のテーマに途中で関心を移すと、シリーズを再開するにあたってどんなトピックスを取り上げようかと迷ってしまう。夏の参院選を直前にした政局が大詰めを迎えている現在、取り上げなければならないテーマは山ほどあるが、どれもが複雑な問題を抱えていて取りつきにくい。そこでテレビのトークショーの格好の標的となり、茶の間の関心を独占している舛添東京都知事の「公私混同」問題からスタートしよう。

私が舛添都知事の話題に興味を抱くのは、それが単なる地方首長の税金無駄遣いや政治資金私的流用などの話にとどまらず、安倍政権が総力を挙げて招致した「2020年東京オリンピック」の成否にかかわる大問題に発展しないとも限らないからだ。東京都ではすでに石原知事の時代から「豪華外遊出張」「身内プロダクション援助」「3日登庁」などの税金無駄遣いや公私混同問題が蔓延化しており、都知事のモラルハザードは極に達していた。だいたい「週3日」、しかも午後から2、3時間の登庁で公務などこなせるはずもなく、都政は「知事抜き」で運営されているとさえ言われていた。

その張本人である石原元知事が5月19日、日本外国特派員協会で記者会見し、舛添知事が家族との宿泊費などを自身が代表を務めていた政治団体の政治資金収支報告書に計上していた問題について「あまりに惨めな話。ただ彼は何回も結婚したり離婚したりしてお金がないので気の毒だ」と皮肉混じりに同情してみせたという(産経新聞、2016年5月20日)のだからたまげる。「天に唾する」というか、「目糞鼻糞を笑う」(この場合は「鼻糞目糞を笑う」と言った方が適切かも)というか、とにかく言いたい放題なのだ。こんな人物が大阪の橋下氏らと「日本維新」を叫んでいたと思うと、いまでもぞっとする。

話を元に戻そう。そもそも東京オリンピックは最初から「けち」の付き通しだった。最初の「けち」は、安倍首相がIОC総会で「フクシマ原発の放射能汚染水は完全にコントロールされている」と芝居役者よろしく大見得を切ったことだ。その場では一応招致には成功したものの、その後の汚染水処理が難航に難航を重ねていることは世界中で知らない者はない。放射能汚染水処理の見通しもつかない中でオリンピックを始めるのかどうか、安倍首相フクシマ原発の現状を隠す「国際的大ウソ」をついた責任を取らなければならない。

次の「けち」は、国民の激しい批判と怒りを買った新国立競技場の建設計画だった。オリンピックの主会場となる新国立競技場建設の当初予算は、招致段階では1300億円だったにもかかわらず、計画公表の段階ではオリンピック組織委員会の森会長と建築家・安藤忠雄氏の「出来レース」によって一挙に3000億円に膨らんだ。森会長は「国威発揚のためにはこれぐらい予算は必要」と強弁したが、国民の怒りは収まらず白紙撤回に追い込まれた。しかし、森会長はこれ如きで引っ込むような人物ではない。「主会場」がダメなら「仮設会場」だというわけで、最近では招致段階では720億円だった仮設会場予算が4倍の3000億円に「見直し」される予定だという(毎日新聞、2016年5月17日)。

どうして当初予算が3〜4倍に膨らむような奇怪な出来事が起こるのか。それはもともと国民に不人気だった東京五輪を何としても実現するためには五輪経費を低く見積もる必要があったからだ。東京五輪の招致に関しては東日本大震災の復興の妨げになるとして根強い反対世論があり、巨額の経費を当初から公表すればとうてい国民の支持は得られず、内閣支持率の低下にも連動する恐れがあった。しかし開催が決定され建設事業が既成事実になると、本当の姿が現れる。それが当初予算の3、4倍という当方もない巨額経費なのだ。

経費膨張の怪は、すでに開催費用全体にも及んでいる。招致段階の7千億円の予算が、最近では「最終的には2兆円を超すことになるかもしれない」(森会長)とか、「3兆円は必要だろう」(舛添都知事)といった発言にまでエスカレートしてきている(朝日新聞社説、「東京五輪費用、的確な全体像の明示を」、2016年5月7日)。五輪費用を大膨張させるうえで舛添知事は欠くことのできないキーパーソンだ。彼の采配が全体の利権配分構造を大きく変えるだけの影響力を持つ以上、舛添知事のうえに何が起こってもおかしくない。あれだけの税金無駄遣いや公私混同を重ねながら政治問題、社会問題にならなかった石原知事に比べて、舛添知事がかくも話題になるのは、その背後に途方もない巨大な利権闘争が横たわっているからだろう。(つづく)

2016-05-15

オバマ大統領が広島を訪問するのであれば、安倍首相も731部隊遺跡を訪問すべきではないか、日本が生物兵器禁止条約に署名(1972年)し、批准(1982年)した以上、安倍首相はその歴史的責任を果たさなければならない、731部隊訪問記PART供覆修裡粥

04:54

オバマ大統領が、伊勢志摩サミットが閉幕する5月27日に広島を訪問することが決まった。オバマ氏は「核兵器なき世界」を実現するため、原爆投下を「謝罪しない」ことを前提に、広島の平和記念資料館(原爆資料館)を訪れて記帳し、慰霊碑にも献花する予定だという。注目されるのはそれだけではない。日経新聞の大型特集記事、「検証 オバマ広島訪問」(2016年5月13日)によれば、その「返礼」として安倍首相真珠湾を訪問する構想が急浮上しているのだという。すでに訪問時期も絞られてきており、今年11月にペルーで開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の機会が、その有力候補として挙げられているそうだ。

こんな情報に接すると、安倍首相がなぜ15年戦争の犠牲になった中国に対して哀悼の意を行動で表さないのか、不思議でならない。15年戦争による中国の犠牲者数は2千万人を下らないとも言われており、日本はアメリカへの真珠湾攻撃とは桁違いの被害を中国に与えたことになる。それでいて安倍首相は、2015年4月の訪米時に米議会上下両院合同会議で「対米開戦の誤り」について演説し(日経、同上)、さらには真珠湾訪問までするというのだから、中国への態度に比べてアメリカには至れり尽くせりの対応なのだ。

外交関係が専門でもない私がこのようなことを言うのは、安倍首相の訪中とりわけ731部隊遺跡への訪問は膠着した日中関係に改善をもたらし、また731部隊遺跡の世界文化遺産登録にとっても少なくない影響を与えると思うからだ。周知の如く、ナチスのアウシュビッツ強制収容所(1979年登録)や広島原爆ドーム(1996年登録)の例にもあるように、「負の世界遺産」ともいうべき一群の世界遺産がすでに存在する。「負の世界遺産」とは、世界遺産のなかでも「人類が犯した悲惨な出来事を伝え、そうした悲劇を二度と起こさないための戒めとなる物件」を指すとされ、アウシュビッツ強制収容所は世界遺産登録がはじまった翌年に早くも登録されている。

広島原爆ドーム世界遺産登録時に問題になったのは、アウシュビッツ強制収容所の登録に際して、「この遺跡は唯一のものであって、類似の遺跡は今後制限する」との付帯決議が盛り込まれたことだ。なぜこんな付帯決議がわざわざ盛り込まれたかについて敢えて推測するとすれば、「人類の叡智を表現する傑作」「人類の価値の重要な交流を示すもの」「文化的伝統または文明の稀な証拠」などの登録基準にもみられるように、世界遺産登録の趣旨はもともと人類の創造的発展の側面に光を当てようとするものであって、負の側面については必ずしも考慮していなかった。しかし、アウシュビッツ強制収容所のような「負の遺産」の存在を無視することができなかったために、これを例外的な事例として認めざるを得なかったということであろう。

広島原爆ドームの場合は、アメリカが戦争遺跡を世界遺産に含めること自体に反対し、委員会が紛糾した。これは、広島原爆ドームをもし「人類が犯した悲惨な出来事を伝え、そうした悲劇を二度と起こさないための戒めとなる物件」だと認定すれば、第2次世界大戦を終結させるためには原爆投下が必要であり、原爆投下は正当行為だとするアメリカの立場を公式に否定することになる。したがって、このときの妥協的な措置として、広島原爆ドームの価値はあくまでも平和希求の象徴としての「文化遺産」であり、「戦争遺跡」とはみなされないことになった。いわば「広島平和公園」の中核施設としての原爆ドームの位置づけである。

731研究センターは、最近『広島原爆ドーム世界遺産登録成功経験に関する参考研究』(2011年6月)をまとめた。731陳列館と731研究センターの共同編集で発行された『学術通信』第1号(2011年7月)によれば、その要旨は「日本の広島原爆ドームは1996年に世界遺産に登録され、その世界遺産化への成功経験は参考にする価値がある。七三一部隊遺跡は、広島原爆ドームと共に第二次世界大戦の重要な歴史遺跡であり、後世への戒めとして平和を愛する精神を永く伝える重要な意義を持っている」というものだ。

中国広島原爆ドームの登録に際しては棄権しており、その理由は「第2次世界大戦において日本はアジア諸国に多大の人命・財産の損害を与えたにもかかわらず、日本国内にはこの事実を否定しようとする人びとがおり、広島原爆ド―ムの世界遺産登録はこれらの人びとに悪用される恐れがある。よって、世界平和と安全に寄与することにならない」というものだった。しかしその後、731研究センターが広島原爆ドーム世界遺産登録を成功例だと評価し、その線に沿って731部隊遺跡跡地を「世界文化遺産」としての登録を目指すのであれば、これは日中関係においても注目すべき歴史認識の変化であり、731部隊遺跡跡地の保存整備計画にも大きな影響を与えることになる。この点でも安倍首相の731部隊遺跡への訪問は、世界文化遺産登録への追い風になることは間違いない。

日本政府は731部隊の存在を一貫して隠蔽してきたし、現在に至るもその犯罪事実を認めようとしていない。731部隊に関する教科書への記述も削除されるなど、ままならない状態が続いている。また被害者の賠償請求に対しては、「1972年の日中共同声明で中国は戦争賠償の請求を放棄した」と一貫して主張し、一切の賠償請求に応じてこなかった。最高裁判決も731被害者の賠償請求訴訟棄却した。こうした状況下において、もし安倍首相が731部隊遺跡を訪問することになれば、日中国交回復を果たした田中角栄元首相に比すべき歴史的業績になるに違いない。

日本は国連で決議された生物兵器禁止条約に署名(1972年)し、批准(1982年)した。安倍首相がその精神を尊重するのであれば、過去に犯した誤りを糺す歴史的責任を負っているはずだ。安倍首相に提言したい。靖国参拝はほどほどにして731部隊遺跡を訪問し、この際思い切って風向きを変えてみませんか。

七誌七誌 2016/05/17 01:36 「アウシュビッツ強制収容所」や「広島原爆ドーム」や「731部隊遺跡跡地」を「世界遺産」に登録するというのは、考えようによっては、嫌な感じがしませんか。

yashiro kataumiyashiro kataumi 2016/05/17 17:57 安倍総理が731部隊 (日本細菌戦部隊)の遺跡を訪問し謝罪すれば、間違いなく日中外交が膠着状態から抜け出せるものと思われます。
 私は、日韓についても同じようなこと言えるのではないかと思っています。
1992年から毎年韓国を訪問し、所謂観光地でないところも見て回りました。
 韓国語 一応読解できるので、専門書読み漁っていますが、歴代総理特に村山総理には何行っていただきたいと、ミニコミに書いたことあります。
 今 安倍総理がソウルを訪問し、tabgol公園に行き、史跡を見て欲しい。あの 3.1独立運動発祥の地であるからです。それと、もう一つ、 安重根記念館にも行ってほしい。私が読んだもの紹介のしておきます。

⑴  日本語で書かれたもの。
 『わが心の安重根  −千葉十七・合掌の生涯―』 五月書房

⑵  韓国・朝鮮語で書かれたもの
 2-1 『大韓の英雄 安重根 』 安重根義士崇慕会
 2-2 『安重根事件公判記』  正音社  正音文庫78

ソウルに行かれたなら、是非図書館で実物見て読んでほしいと思っています

2016-05-14

731部隊宿舎区域が全国重点文物保護単位から外れたことは残念だった、宿舎区域の「動態保存」は世界文化遺産登録の新たな可能性を秘めていることを喚起したい、731部隊訪問記PART供覆修裡魁

05:24

前回訪問時に陳列館関係者から聞いた話では、世界文化遺産登録への準備作業は1990年代後半から始まり、2000年からは731部隊敷地の民家143戸と企業12社を移転させて本格的な発掘調査が行われ、2002年末には中国都市計画設計研究院の専門家らが遺跡保存整備計画を作成する段階にまで到達したという。計画の趣旨は731部隊跡地を「世界戦争遺跡公園」(仮称)として再建するというものである。

当時の計画概要は、(1)部隊跡地に散在する26カ所の遺跡を「重点保護区」(遺跡本体を構造的に保存する区域)と「一般保護区」(遺跡周辺を整備する区域)に分ける、(2)破壊されている施設は構造的に補強して安全性を確保し、可能な限り原型保存する。また増改築された部分は撤去・復元する、(3)重点保護区においても、住宅、店舗、工場、倉庫、事務所、学校宿舎などとして現在使用されている施設、とりわけ「部隊員家族宿舎」などは居住者にそのまま使用を認める、という柔軟なものであった。

731研究センターの調査によれば、本部施設と道路を隔てた1.7ヘクタールの宿舎区域には34棟の建物(住戸数は不明)が現存し、ハルビン航空工業集団の社員住宅団地として今も現役で使用されている。731部隊の宿舎区域は、もとは「東郷宿舎」「東郷村」と呼ばれ、部隊の将校、士官、兵およびその家族が住んでいた。楊彦君(前掲、128〜130頁)は次のように云う。

「宿舎区域建物群は、隊員家族宿舎、独身官舎、官舎、そして給水・給湯・暖房等の付属設備からなっていた。さらに学校、病院、運動場、商店街、娯楽、料理店、女郎屋、『東郷神社』等の施設も設けてあった。(略)宿舎区域の現存旧跡と給水・暖房・電気施設についての初歩的調査によれば、731部隊が部隊施設を建設する前からすでに給水・暖房・電気施設の配備を重んじていたと判明した。さらに、731部隊の軍事付属施設の全体規模、基本構造及び全体配置が明らかになった。宿舎区域は範囲が広く、規模が大きく、施設が完備していた。それは、731部隊は規模が大きく、経費が十分で、人員が多い特殊部隊で会ったことを示している。それと同時に、731部隊はいわゆる『軍医』『細菌専門家』『実験手』等の手先に精神的な慰めと軍国主義教育を与えることにより、残忍を極める人体実験の現実を偽り、一般人と変わらない生活の仮の姿を作り出そうとしていた側面を反映している」

この指摘は731部隊基地の特徴を把握するうえで極めて重要だ。拙稿でも指摘したように、荒野の中に忽然と建設された731部隊基地は、部隊の陣容が大規模なこともあって「ニュータウン」のような諸施設を完備した生活基盤を整えることなしには到底機能しなかったからである。この点については、森村誠一も同様の指摘をしている(『新版・悪魔の飽食』、角川文庫、1983年、206頁)。

「第七三一部隊にあったコンクリート三階建て(一部二階建て)の官舎の群れ(独身宿舎を含む)を、隊では『東郷村』と呼んでいた。ハルビン市南方二十キロのだだっ広い広野のただ中にあった部隊である。軍機防衛のために隊員とその家族は、とかく不便な生活を送っていた。軍用バスに乗り小一時間もすれば、楡と馬糞のにおいが同居するにぎやかで美しいハルビンの町並みに出るが、生活の本拠はあくまで東郷村にあった。部隊の性格上、娑婆から隔絶された閉鎖村になることはやむを得ない。しかし三千人近い兵員が細菌と「丸太」を相手に何年も閉鎖村で生活するには、文化的行事や娯楽やスポーツも必要であった」

と同時に、ここでは両者(楊、森村)とも見落としているが、731部隊の立地条件がハルビン市から僅か20キロしか離れていない点も重要なポイントである。なぜなら、これほどの規模の「ニュータウン」であってもハルビン市のような大都市とのネットワークがなければ、「軍医」「細菌専門家」「実験手」などの医学関係者およびその家族の高度な教育・文化的生活ニーズを持続的に満たすことは難しかったと思われるからである。医学関係者とその家族の生活が長期にわたる以上、ハルビン市という大都市が存在しなければ、731部隊の存続も危うかったといわなければならない。1932年に満州事変調査のため国際連盟から派遣されたリットン調査団の一員、ドイツ代表の国会議員ハインリッヒ・シュネーは、当時のハルビン市の印象を次のように描いている(ハインリッヒ・シュネー、金森誠也訳、『〈満州国〉見聞記、リットン調査団同行記』、講談社学術文庫、2002年、134〜136頁)。

「北満の平原を列車で横切ってこのハルビン市に着くと、まるでヨーロッパの都市に来たような気がした。全ての建物は洋風建築、白い顔、すみきった眼、ブロンドから黒まで様々な髪の色をした男女でいっぱいだった。ここには八万人のロシア人がおり、その他の欧州人もその中にまじっていた。四千五百人の日本人がいたが、市民の全体像を変えるまでにいたらなかった。(略)ハルビン市に人が集まったのはそんなに昔のことではない。三十年前にはこの地方には小漁村しかなかったが、それがいまやハルビンという大都会に変貌したのだ。市街は、無数の小舟、ジャンク、汽船、モーターボートの往来で賑わう松花江に臨んでいた」

731部隊基地は荒野の中の「ニュータウン」ではあったが、宿舎区域を通してハルビンという大都会に結びついていた――というのが、私の仮説である。この視点からすれば、宿舎区域が中国政府の全国重点文物保護単位から外れたことは残念でならない。確かに遺跡跡地を復元して公園的に保存するばかりではなく、すでに一般市街地化している宿舎区域を日常生活のまま狷安嵎歛検癖歔粥法蹐垢覆錣繊峪藩冓欷遏廚垢襪里脇颪靴い海箸もしれない。しかし、731部隊基地の本質を文化遺産として伝えようとすれば、そこに住み着いた人たちの現状を否定することなく保存整備計画に取り込み、むしろそのことの特徴を活かした世界遺産登録を目指したほうがよかったのではないか。

現在、世界遺産に登録されている多くの文化遺産・自然遺産・複合遺産は、その顕著な普遍的価値を「現状保存」することが基本になっている。そしてその価値が損なわれたときは「危機遺産」に指定され、損傷が限度を超えると登録が抹消される仕組みになっている。しかし、731部隊遺跡の場合は(徹底的に)破壊された遺跡跡地を保存・修復・再生させることが基本である以上、宿舎区域の動態保存は新しい世界遺産を生み出す可能性を秘めていると私は考えている。(つづく)

2016-05-12

爆破された「ロ号棟」遺跡は何を物語るか、世界文化遺産登録のためには配置図や設計図、構造図や施工図など建築工事関係資料の発見が欠かせない、731部隊訪問記PART供覆修裡押

05:17

 731部隊遺跡の発掘はまだ始まったばかりだと言える。全容の解明は今後なお10年単位の時間が必要だと思われるが、中でも731部隊遺跡の「心臓部」ともいうべき「ロ号棟」の解明が最重要課題であり、地下構造(地下道)や室内設備も含めた完全な復元が望まれる。ロ号棟は細菌戦のための一大人体実験場であり、膨大な数の中国人や朝鮮人(3000人以上とも言われる)が「マルタ」として実験材料に供され、生還者は1人もいなかったという15年戦争における戦争犯罪医学犯罪の中枢拠点だからである(哈爾浜市社会科学院七三一問題国際研究センター編、『関東軍第七三一部隊罪証図録』、第3章「特別移送と人体実験」、70〜71頁、五州伝播出版社、2015年8月)。

ロ号棟は、近代医学戦争犯罪に如何に加担したかを実証する「歴史の生き証人」というべき重要な位置を占める存在であり、ホロコースト(ユダヤ人の組織的大量虐殺)を目的としたナチスのアウシュビッツ強制収容所の毒ガス室よりも遥かに高度に組織された殺戮(さつりく)施設だと言わなければならない。そこには人体実験に必要な施設や設備が組織的かつ集中的に整備され、実験材料となる「マルタ(人体)」の収容から実験を経て遺体焼却に至るまでのプロセスが、まるでベルトコンベアのように「流れ作業」で処理されていたのである。

ロ号棟の発掘作業が進んで基礎部分が露出してくると、どうしても上部構造がどうなっていたかを知りたくなるのが通常の感覚だろう。私自身も発掘現場を目前にして、改めてロ号棟の工事関係資料を何としても入手しなければと思った。しかし、このことはすでに拙論でも書いたように至難の業であり、海底に沈んだ難破船の中から貴重品を見つけ出すようなものか、あるいはそれ以上に困難な作業であるかもしれない。なぜなら、旧満州での軍関係の工事は徹底的に秘密保持が要求され、それに違反した場合は建設業者が厳罰に処せられたからである(拙稿「731部隊を建設した日本の建設業者」、前掲、160〜161頁)。

まして731部隊基地のような特別に秘匿された軍事施設は、設計から施工に至るまでの一切のプロセスが秘密に包まれており、工事完了後はもとより工事中においても関係書類は工事監督者によって厳しく管理されていた。731部隊基地の建築工事関係資料は、工事完了に伴って工事請負業者から関東軍司令部あるいはその出先機関である工事監督部門に一括返却され、731部隊が撤収を始めた段階で証拠隠滅のため一切の関係資料が焼却されたと考えるのが妥当であろう。

とはいえ、幾多の歴史が教えるように、どんな秘密資料であっても誰かの手で保持され、後世になって思わぬところから発見されることがないわけではない。まして731部隊基地は数多くの施設群から構成され、設計図など工事関係資料は全体で数千枚もの膨大な分量に上ると推測される。またロ号棟のような巨大建築物になるとそれだけで千枚近い設計図が必要とされるので、たとえ全容を把握するのは困難だとしても、部分的な図面や仕様書だけでも発見されれば、遺跡の解明は飛躍的に進むことが考えられる。

たとえば、通常の建築工事関係資料にはどんなものがあるか以下に挙げてみよう。

(1)敷地測量図 敷地の形状や寸法を測量し、面積を記した図面。

(2)地盤構造図 敷地のボーリング調査などによって敷地の地質構造や地盤強度を記した図面。寒地の基礎工事の場合は、地下何メートルまで凍結するかが重大な目安になる。

(3)配置図 敷地内の建物の配置、道路の位置や幅員、周辺との高低差、方位や寸法を記した図面。

(4)平面図 建物の各階平面図(間取り図)、室、柱、壁、建具、床の高低差、設備機器、階段などの位置、形状、寸法が記されている最も重要な図面。

(5)立面図 建物の外観である屋根、壁面、開口部などが四方から描かれている寸法入りの図面。

(6)断面図 建物の主要断面を切り取り、建物の高さ、軒高、天井高、床の高さ、室や階段の形状・寸法などを記した図面。

(7)矩計図(かなばかりず) 基礎や構造材の寸法や形状、床や天井裏など複雑な断面構造や寸法を記した断面詳細図。

(8)展開図 各部屋の四方の壁を展開して一列に並べ、設備、建具、家具の位置・形状・寸法を記した図面。

(9)構造図 基礎伏図、各階伏図、軸組図などの各種構造図。伏図(ふせず)とは基礎や各階の柱・梁など軸組を上から見て平面で表現したもの。軸組図とはある断面に沿って柱と梁の組み立て方を描いたもの。

(10)設備図 大きく分けて電気、給排水衛生、空調・換気等に分けられる。電気設備は電気配線や系統図、電気器具や照明器具の位置に関する図面、給排水衛生設備は水道やガスの配管、排水口や下水の配管、空調設備は換気扇や給湯器、空調機その他設備に関する図面

 この他、設計図や構造図には図面では表現できない事項を記した「仕様書」が添付され、施工工事に関する具体的な指示が出される。

 私がなぜこのような面倒くさい図面の種類を並べるかというと、拙ブログを読んだ読者の方からの情報を(たとえ断片的にせよ)期待しているからである。当時の関係者はすでに他界しておられると思うので、そのご家族や知人友人の方々からの情報があれば芋づる式に辿っていける可能性が開けると思うからだ。関東軍、満州国満鉄関係者のご家族はもとより、満州に進出していた当時の建設業者――大林組、大倉土木(大成建設)、清水組(清水建設)、松村組、竹中工務店、鹿島組(鹿島建設)、鴻池組(鴻池建設)、錢高組(銭高建設)、間組、藤田組(フジタ)など――の関係者の方からの情報を切に期待している。なお私への連絡は、拙ブログのコメント欄にその旨を記していただければ(一切公表することなく)、私の方から連絡を取りたい。(つづく)

mkmk 2016/05/12 23:36 (亡霊)
 731部隊の存在を私が知ったのは、推理作家の森村誠一とアカハタ記者、下里正樹の「悪魔の飽食」の共同著作からだった。
現在、手元に残っているのは、晩餐社の1982年5月15日初版本「悪魔の飽食の―ノート」で部隊関係者との取材過程を本にしたものだ。
残念ながら「悪魔の飽食」初版本は、何処かでなくしてしまった。そして、他の一冊は、文芸春秋社発行、1974年5月20日第7刷「日本の黒い霧」松本清張著に収められ
ている「帝銀事件の謎」が私の手元にある731部隊関係の書籍でその他著作は、読んでいないが、まだ私が若憎の時代に、衝撃を受けたものだった。
ハルピン市からそれほど遠くない平房地域に、設けられた特別軍事施設に、日本国の最高峰の学府であった現、東大、京大の医者、医科大学研究者、助手を
軍属として集め、2600人余りの日本人町には、慰安婦施設まであったという。
石井四朗軍医中将という帝大医学部出身者の妄想が戦争を利用し「人体研究」を具現化してゆく恐ろしさのなかに、子煩悩な父、妻おもいの夫、両親孝行の息子が、
眉ひとつ動かさず人を切り裂き内臓をえぐる、炎天下の監房の庭は、やせこけ歩き、走り回る八路軍の捕虜は、人が何日間で息絶えるかの実験動物だった。まだうら若い
ロシア人のママと幼い娘は、青くたかく澄み渡った空のもとで命に満ちた空気を吸うでなく毒ガスの実験棟に生命を奪われた。
日本人の冷たく光る目に、胸を張り、誇り高く死んでいった捕虜や命乞いの空しさを知りながらも阿鼻叫喚のなかで死に着いた者達もいたが、彼らは、一日の殺略行為が
終われば、音楽を聞き、清潔なプールで泳ぎ、酒保にゆく。「ほしがりませんかつまでは・・・」と内地の人々が飢えに我慢しているとき彼らは、厚いステ―キを食べ
尽くす。そしてわが子に、恋人に手紙をかく。マルタ小屋の人間を細菌、化学兵器開発のための感情のない道具(丸太)として、殺す。世界最大の医療機関をつくるこ
とを夢見た731部隊石井中将とその部下達。この部隊のトップは、自らの葬式を出し雲隠れをし、人体の屍によって築いた悪魔のデーターをアメリカ政府に、自らの命と
部下の命と引き換えに渡した。

問題は、この延命した人々が戦後日本の医学界に君臨し、ミドリ十字(現、田辺三菱製薬)、化血研等は非加熱製剤HIV問題を引き起こした。そして化血研は、40年にわたる
隠ぺい工作を行うという企業体質をもつ集団として、見事に悪魔の飽食のDNNを引き継いでいる。ある者は、京都府立医大の学長になり、あるいは、京大病院への勤務者とし
て生きた。今日、悪魔の子たちは、企業利益と自己利益の拡大、蓄積に余念がない。子宮けいがんワクチンに見られる厚生省の導入経緯と啓発、推奨に積極的に関わったk党
の副代表は、議員を辞し、それを声高くすすめた党派は、2475人の副作用者、重篤者617人は、ワクチン接種者3387万人に対する0.08%だと表記する。
患者の面会を拒否する態度にでる。このワクチンを危険視した自民党山谷議員は、「長期的データーがないのに、導入を何故するのか」と迫った。「副作用が起きたデーター
はあるのか」とk党の副代表は、厚生労働省にせまると担当者は「ありません」と答えたのである。こうして子宮けいがんワクチンの被害者が生み出されたのだが。
2009年10月3日公明新聞(公明党の推進で承認が決意)、2013年10月3日週刊文春を読むとこれらの背景が理解できる。
ワクチン製造者は、英国、グラクソスミスクライン社である。617人の重篤者に対し国と第三者機関は、いまだ因果関係をここの身体的問題の一般論に解消して、
ワクチン製造会社への原因究明を強くもとめていないようである。

731部隊のDNNを引き継いだ日本とアメリカの細菌研究者とその政権、民間ワクチン、製薬開発会社は、ハルピン平房の土地でなくなった無辜の人々の血と魂に如何に
罪深いことをしたかを肝に銘じなければならないだろう。
731部隊の存在が、我々、日本人が負わなければならない十字架ならば、全容の解明は、70有余年を経た今日でも追及すべき戦争の闇である。われわれが日常を生きる
暮らしの中にうまれているかもしれない問題でもある。
民族としての謝罪を個々の日本人がしなければ、亡霊はやすらかにねむれない。

第731部隊、第100部隊を含めた関係資料発掘には、日本だけでなくアメリカ、ロシア、中国の関係者、政府機関の協力が欠かせないが、国連人権委員会等の機関との
協議が必要になるだろう。また、中国関係者が日本たたきの観点でなく、全世界から細菌化学兵器の全廃のために、731部隊の遺産を世界にあまねく知らせるように
願っている。

広原盛明氏の無念さと悔しさは、いかばかりのものかうかがいしれないが。活躍を祈るばかりである。