2011-12-02
見せかけの“パンとサーカスの政治”のリアクションが怖い、ハシズムを「一過性ブーム」に終らせたい財界と既成政党の思惑、(大阪ダブル選挙の分析、その2)
大阪財界が今回の選挙結果を手放しで歓迎していないのは、盟主格の関西電力が橋下氏の「脱原発依存」の公約を警戒していることもあるが(関電は平松陣営の中核勢力の一員だった)、それ以上に「何をしでかすかわからない」ハシズムに一抹の不安感を抱いているためだ。またその結果として、ハシズムの「やり過ぎ」に対する大阪府市民のリアクション(反動)が怖いためだ。
これまで大阪府市政は「オール与党体制」だったこともあって、財界との間には「信頼できる安定した関係」が構築されていた。関経連や同友会などの大阪財界と府市当局・府市議会幹部との間には太いパイプがあり、いつでもどこでも財界の意向を反映できる仕組みが出来上がっていたからだ。それが橋下氏という「壊し屋」が現れ、大阪府庁をやみくもに掻きまわしたうえに大阪市役所まで乗り込んできたのだから、いままでの体制をそのまま維持できるかどうか不安になったのである。
一般の有権者とりわけ今回はじめて投票に行った初心(うぶ)な若者層に対しては、橋下氏の「大阪を変える!」とか「大阪都にしてニューヨーク、パリ、ロンドンに対抗できる世界都市にする!」といった威勢のいいスローガンが効果を挙げたのかもしれない。しかし政治経済事情に明るい財界(玄人筋)からすれば、それは「子ども騙し」のキャッチコピーに過ぎず、中身が何もない空文句と変わらなかった。彼らは一様に、「こんな杜撰(ずさん)な選挙公約でよくもこれだけの票を取れたものだ」と感心した(呆れた)という。
それはそうだろう。ハシズムの真骨頂は見せかけの「パンとサーカスの政治」の演出にあるのであって、それを全面展開したのが今回の大阪ダブル選挙だったからだ。「パンとサーカス」というのは、権力者からタダで与えられる「パン=食糧」と「サーカス=娯楽」によって、被支配者である民衆が政治的盲目状態に置かれたローマ帝国時代の退廃した社会状況のことを意味する。だから「パンとサーカス」は、一方では民衆の社会的退廃や政治的堕落の象徴となり、他方では愚民政策による政治体制崩壊はじまりのシンボルとなったのである。
大阪財界の目下の懸念は、橋下氏が「サーカス」の演技者としてはたしかに巧妙ではあるものの、肝心の「パン」が本当は「見せかけ」だとわかったときに、大阪府市民がいったいどんな反応(反動)を示すかということだろう。なぜなら、大阪ダブル選挙は表面的には「大阪維新の会」の圧勝に終わったものの、その底流には、財界と既成政党そしてマスメディア(御用学者も含めて)などが結託して牛耳っている日本の“翼賛体制”への巨大な反撥エネルギーが横たわっているからである。
イギリスのフィナンシャルタイムズをはじめ、多くの海外紙も大阪ダブル選挙を単なる一地方選挙だとは見ていない。そこに流れている論調は、国政(政党)選挙の“代理戦争”として大阪ダブル選挙が現象したのであって、大阪維新の会が既成政党に対する政治不信の「受け皿」になったというものだ。遅まきながら民主党・自民党もその気配を察したらしく、警戒感を露わにしながら懐柔とすり寄りを始めた。
大阪維新の会の圧勝は、財界と既成政党の”翼賛体制打破”への大阪府市民の期待(錯覚)を反映したものである以上、財界が期待するような構造改革や市場原理主義の推進を求めるものではない。だから、橋下氏が大阪都構想を掲げて一見「現状打破」に動いているように見えるうちはよいが、それが民衆の「パン」につながらないことが明らかになったときは、「反ハシズム」の流れは一挙に現在の大連立的政治批判すなわち“翼賛体制批判”に向かう可能性がある。橋下氏が支配階級にとって「両刃の剣」とも「危険な扇動家」とも目されているのは、そのためである。
大阪財界の目下の本音は、橋下氏にやるだけやらせておいて「あとはできるだけ早く消えてほしい」というものだろう。ハシズムにあまり悪乗りして「行政刷新」と「民営化」をやり過ぎると、橋下ブームが去ったときに財界が批判の的になるのを恐れてのことである。だが、劣化した既成政党や政治世界がハシズムをコントロールできるとも思われない。「行きつくところまで行かなければ」ということにならないとも限らないのである。
橋下氏は、当面「壊し屋」の本領を発揮して大阪市役所の「既得権益」に切り込み、大阪府市民の拍手喝采を浴びるかもしれない。なぜなら長年のオール与党体制と部落解放同盟との癒着によって、大阪市政には「大掃除」しなければならない“ヘドロ”がうず高くたまっているからだ。だが「同和問題はいまだ解決されていない」と広言する橋下氏が、果たして有形無形の膨大な同和関係事業にメスを入れることができるかどうか保証の限りではない。
その代わり「既得権益の打破」などと称して市民生活に不可欠な補助金や公共事業をカットし続ければ、「パン」を失った人たちの間では生活保護受給率やひったくり犯罪日本一などの「ワースト指標」が一段と跳ね上がることは間違いない。そのときに問われるのは「ハシズム」の内実(本質)であって、新しい担い手として政治舞台に登場するのが、今回のダブル選挙で橋下氏に投票した若者層であろう。彼らには橋下氏に対する「現状打破」の期待が大きくかつ投票という政治行動を体験しただけに、その政治エネルギーは既成政党をはるかに超える「マグマ」を秘めている。若者層を動員して投票行動に踏み切らせた大阪ダブル選挙の歴史的意義が検証される日は、それほど遠くないのかもしれない。(つづく)
- 29 http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=綺??????????&source=web&cd=1&ved=0CCkQFjAA&url=http://d.hatena.ne.jp/hiroharablog/&ei=p7PYTuvDO5GhmQXZnfDuCw&usg=AFQjCNHwlIL0mqFRG6XGvICzVJlwQbHCZg
- 18 http://search.yahoo.co.jp/search?p=綺??????????&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt
- 17 http://search.yahoo.co.jp/search?p=東日本大震災+阪神淡路大震災+被害 比較&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=ush-jp_hdln_dm&x=wrt
- 14 http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=東日本大震災 構造被害&source=web&cd=8&ved=0CFkQFjAH&url=http://d.hatena.ne.jp/hiroharablog/20110330/1301476964&ctbs=lr:lan
- 13 http://search.yahoo.co.jp/search?p=綺????&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=
- 13 http://search.yahoo.co.jp/search?p=阪神淡路大震災+東日本大震災+違い&tid=top_ga1&ei=UTF-8&pstart=1&fr=top_ga1&b=11
- 13 http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=阪神淡路大震災と東日本大震災の比較&source=web&cd=6&ved=0CEcQFjAF&url=http://d.hatena.ne.j
- 10 http://ezsch.ezweb.ne.jp/search/?sr=0101&query=橋下終焉
- 8 http://search.yahoo.co.jp/search?p=つれづれ日記広原&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=
- 7 http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=橋下 投票率 60&source=web&cd=15&ved=0CDsQFjAEOAo&url=http://d.hatena.ne.jp/hiroharablog/20111128/1322453576&ei=WuPZTraMCuHImAWm08HmCw&u
反独裁というムードを振り撒いただけだったように感じます。平松は詰まるところ、財界の求める行政を行なってきただけで、一般市民のことは殆ど
念頭に無かったのでしょう。そこへ、日頃から一般市民の間に沈殿していた大衆の大阪市の行政に対する不信と不満を橋下に一挙に煽りたてられた格
好で、もうこうなれば、処置なしの状態だったと思います。このことは、国政についても言えると思います。現に小泉は郵政民営化を旗印に掲げて、
圧勝を勝ち取りました。共通して言えることは、日頃マスメディアが官僚機構と公務員に大衆の不満と怒りが向けられるように誘導してきた「成果」
を政治が巧みに利用したということです。ただし、橋下の場合は自身がマスメディアの誘導に乗せられていたフシも窺えます。また、前回の総選挙で
民主党が取った戦略も「脱官僚主導」だった訳ですが、大衆に「官僚と公務員が日本を悪くしている」と思わせるメディアの大戦略は見事に当たって
いると言わざるを得ません。昨今ネット上に書き込まれる公務員への呪いには凄まじいものがあります。それが全て橋下への期待に直結しています。
しかし「官僚と公務員」を引きずり下ろして住みよい国を作ろうというのは儚い夢であることは当然で、橋下は国政に転出し、大阪には再び虚無感が
漂うと思います。
限らないと思います。自分たちにとって「良い独裁」は許せるが、「悪い独裁」は許せないと考えているのだと思います。従って、公務員を
やっつけてくれる「橋下独裁」は「良い独裁」、国民を苦しめる「官僚独裁」は「悪い独裁」というふうに考えるのだろうと思います。見る所
共産党は幹部の方も一般党員の方も知識層の方が多いようなので、橋下流「独裁」は許せないとのお考えなのだろうと思いますが、大衆はそう
じゃないと思います。「石原独裁」、「橋下独裁」、「河村独裁」ならYES、「共産党独裁」ならNOなんだろうと思います。「革命」にも
同じことが言えますね。「フランス革命」なら公開で王妃の首をちょん切ってもYES、「ロシア革命」なら秘密裡に皇帝を処刑してもNO。
気分と擦り込みでそうなっているんですね。絶対に自分では考えませんから。