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広原盛明のつれづれ日記

2013-10-02

堺市長選において、橋下維新はなぜ14万票(42%)もの大量得票を手にしたのか、強固な“維新支持票”が堺市民のなかに存在する理由、堺市長選の分析(その25)、改憲勢力に如何に立ち向かうか(55)

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 選挙後、各紙を2日にわたって詳しく読んでみたが、どれもこれもが“維新批判”の論調で埋め尽くされていて、いささか食傷気味の感じを受けた。まったく「その通り!」と言う他はないのだが、マスメディアの大半が「大阪維新の会」「日本維新の会」の結党以来、これまで(最近まで)橋下維新を天まで持ち上げてきたことを考えると、素直に頷く(うなづく)気になれないのである。「本当にそう思って書いているのか?」とつい疑ってしまう。

 堺市長選までは「橋下礼賛記事」が売れた、市長選後は「橋下批判記事」が売れる、だから論調を変えるというのあれば、これはジャーナリズムの本旨に反するだろう。売らんが為の商業ジャーナリズムそのものだ。橋下維新の本質が一夜にして変わるはずがないのに、堺市長選を境に橋下維新に対する評価が180度変わったというのであれば、これまでの論調を徹底的に検証してから出直してほしいと思う。

 とはいえ、マスメディアの論調は一面では世論の反映でもあるので、橋下維新に対する世論の流れが変わればマスメディアの評価も変わらざる得ない。橋下氏の慰安婦・風俗必要発言以来、維新支持率が劇的に低下し、それが東京都議選と参院選での維新敗退につながり、今回の堺市長選で止めを刺されたという評価は事実関係そのものであり、いかなる右派ジャーナリズムであってもこれを否定することは難しい。各紙の論調がこれほどまでに揃ったのは、それだけ橋下維新の凋落が決定的であり、もはやそれ以外の評価を下すことが不可能になったからだ。

 ところが不思議なことに、関西とりわけ大阪は橋下維新の“別天地“なのだ(だった)。東京の友人たちからいつも皮肉を込めて揶揄されるのは、「関西では橋下維新阪神タイガースは不滅」というもの。反論するにはかなり高度な理論を駆使しなければならないので、飲み屋の議論ではたいてい相手方の主張に負けてしまう。それを裏打ちしたのが今年夏の参院選だった。全国的には維新が軒並み落選したにもかかわらず、大阪選挙区では維新候補がなんとトップ当選を果たしたのである。

 この参院選維新がどれだけの得票率をとったかを大阪府選挙管理委員会のデータで調べてみると、大阪府計28.8%、大阪市29.3%、堺市29.1%、その他31市計28.6%、10町村計28.3%となって、驚くべきことに大都市衛星都市地方都市、農山村を問わず、全ての自治体維新が3割近い得票率を平均して確保している。つまり自治体の規模や性格にかかわりなく、維新がこれだけの得票率を確保しているということは、いかに維新の浸透力が大阪府の隅々にまで及んでいるかを示すものだ。この段階では、橋下維新大阪の普遍的な“政治現象・社会現象”となっていたのである。

 高度成長にともなう(いまの中国のような)公害問題や住宅問題などあらゆる都市問題が激化した1970年代には、開発行政に反対する激しい住民運動、市民運動が起り、その力が全国各地で“革新自治体”を生み出した。大阪でも黒田革新府政をはじめ衛星都市は軒並み革新自治体となり、公害行政や福祉行政などで目覚ましい成果を上げた。それが市民・住民と自治体行政との間に強い連帯意識を生み出し、そこにはかってない固い結びつきが形成された。

 だが、いまは違う。リストラが吹き荒れる自治体行政現場では、市民要求や住民ニーズに応えることが著しく困難だ。だから住民参加・市民参加を表向き標榜しながら、その実は限られた地域有力者が入れ替わり立ち替わり登場し、それに御用学者までが加わった「行政ムラ」ですべての案件が住民不在・市民不在のままで処理される。美辞麗句で飾られた(中身のない)「総合計画」「マスタープラン」「まちづくりビジョン」が性懲りもなく繰り返し策定され、これで「わが町・わが村」の将来発展が約束されるというわけだ。だが実は、そんな上辺だけの行政に住民・市民は「飽き飽き」していたのである。

 私は、橋下維新がかくも大阪一円に広く浸透した最大の原因は、市民・住民の間に積もり積もった“自治体不信、行政不信”に橋下維新が効果的に「火を付けた」からだと考えている。特定の問題に対する不満もさることながら、とにかく自治体全体に対する「漠然とした行政不信」を拭いきれないーー。こんな割り切れない感情を持つ敏感な市民が、橋下維新の熱烈な支持者になったのである。階層的に言えばキチンと税金を納めながら、何の見返りもないと感じている中間層・ミドルクラスが主なサポーターだといえる。

 橋下維新に対する支持の特徴は、一般的には「ふわっとした民意」だといわれる。私もかっては、それが橋下氏一流のデマゴギ―に乗せられた大衆心理だと思っていた。確かにその一面は否定できない。彼の演説を聞いていると、「どこまでが本当で、どこまでがウソか」、はたまた「全てがウソか」がわからなくなるのである。この現象を“ポピュリズム”だと捉え、橋下氏を“ポピュリスト”と規定した政治学者は多い。だが“ポピュリズム政治”がなぜいま市民の心を捉えるのか、それがなぜ橋下維新の支持につながるのかを分析した研究は数えるほどしかない。

 堺市における参院選市長選維新得票率を各区で比較してみた。参院選での堺市全体の維新支持率は29%、最高は南区の31%、最低は堺区の27%である。市長選では堺市全体で42%、最高は南区の51%、最低は堺区の37%だ。各区の差を大きいと見るか、小さいと見るかは意見の分かれるところであろうが、次回はその分析をしよう。(つづく)

旅マン旅マン 2013/10/04 01:14 失礼ながら、これは面白かった!
美濃部都政を大無駄の赤字財政などと批判するが、なんで保守大好きな日本社会で社共がバリバリ地方政権を打ち立てられていたのかを、わかりやすく説明されていたので…。身近にある公害の恐怖など、わかりやすい悪いネズミがいれば『赤い猫でも白い猫でも』使えれば使うだけのことである。
私が学生時代、違う学部で単位には全く関係なかったが、小選挙区制度で手厳しく反対の論陣を張られていたマスコミ論の先生から「次の授業だから覗いてごらん」と紹介された、何故か水戸黄門大好きな(笑)政治政策論の先生は「水洗トイレ、下水整備が都市型社会のポイント」だとかよく言われていたのを思い出した。
下水整備に社共でも自民でも党派性には関係ないとは思うが、革新自治体の時代が都市型社会への移行開始時期でもあったわけで、日常生活に具体的で実感が持てるテーマでもあったろう。
また、たしか、英国労働党が市民権をゲットしていった背景も、下水整備活動ではなかったか?
現在、左派の退潮が著しいが原発のみならず、ゴミ問題など、まだまだ日常生活でツッコミを入れられそうなテーマがあるんじゃないかなあ。
さて、橋下市長がなぜ大阪では圧倒的に強いのか?さすがに今では相対的と訂正する段階になりつつあるが、広原先生の掲げられしデータでは、かなりの人気だと思う。
私は関西『やっぱ好きやねん』地域主義みたいなモノだろうと今でも思っているが、これは、阪神と橋下は…という声に、多分大まかにマッチするんだろう。
ただ、前述したかつての革新自治体が主義思想を度外視した『現状打破』へのリアルなニーズにあったとすれば、特に日常生活に不満がなくなれば、元来『親近感なぞ持てない』地方政治に人々の関心が向くわけがない。
『批判と参画』を説かれた、かの政治政策論の先生の面白レクチャーにしても、それ相応の問題意識を持てない限りは成り立たないわけだ。まあ争点は、子育てでも、騒音問題でも何でもありだが…地域に積極的に関わりたい、関わらざるをえない限りは、地元の議員の氏名すらわからないはずである。
都市化が進み、生活に支障をきたさなくなれば、『普通は』市役所に足を向ける機会なぞ激減する。バブル崩壊以降、町の公務員はそれなりの羨望の対象として一般大衆から見なされており[*看過してはダメなのは労基法などが民間に比べればウンと護られている点をも『不公平』と見なす空気である!だから、「教師のくせに歌くらい歌え、ルールくらい守れ!贅沢抜かすな」という感情論が出てくるのだ。]、テレビ番組は、この期に及んでも「徹底した構造改革こそが、消費増税に対する対策でもあります」としたり顔で解説する。
こんな状況で、はたして新興住宅街に住むような層が、役所や地方政治家などに関わる展開がどれだけあるのだろうか?ましてや転勤族などが…。
現実はともかく、夜警国家万歳という印象をこういう層の人々が持つのは自然の流れであり、子供の進学にしても中学受験なり「気に入らなければ越境」なりすればよい。
してみれば「税金をぶんどってでも超少子高齢化社会対策に公共サービスを充実させるべし」的な社民路線を唱える私なんぞ、超ド保守な『市民の敵』なのだろう。
広原先生は橋下贔屓層を居住区から読み説かれたが、過日発売されたアエラでは所得水準から右傾化は中間層にありと分析していた。登り道が異なっただけだが、大切なご指摘だと言いたい。
『衣食足って』愛国を知ると、皮肉りたくもなりますね。
「俺は正社員だ。過酷な労働環境を生き抜いた頑張り屋、納税者だ」くらいのプチエリート意識が、よくわからない立派な市庁舎、やたら民主的な労働環境の(?)公僕を無駄なコストと見なさせるのでは?ヤンキー主義は安倍自民のみならずだ。
何とかチキなる若手の論者さんが、ソフトだが手厳しく「生活保護者等の貧者を蔑むのは中間以上の層にある」とツッコミを入れていたのも、相通じるモノである。
『納税』って何のためにあるのか?サザエさん一家[もはや、あれもセレブだぞ(笑)昔から世田谷の一軒家で大企業勤務の稼ぎ手複数だったが]クラス以上の層の治安維持のため(笑)?
それならば富士山のすそで戦車萌え萌えショーをやったり、オスプレイを全国配備したりとするのに金をばらまくのも、至極正論なのかも。