“アメとムチ作戦”(恐怖アピールと夢の組み合わせ)による橋下維新の大阪都構想広報戦略は成功しない、大阪維新の会内部資料が暴露した橋下維新の実体(その3)、ポスト堺市長選の政治分析(12)

 友人のマーケティング研究者に聞いた話によると、広告業界には「フィア・アピール」(Fear appeal:恐怖アピール)という広告テクニックがあるのだそうだ。一言でいえば、広告の読み手に「恐怖」や「不安」を与え、どうすればその恐怖を取り除くことができるかを訴求するテクニックである。そういえば、保険商品や金融商品に関する広告はほとんどこの手の類(たぐい)で、「保険を掛けなかったら人生は不安」とか「老後の蓄えがなかったら人生は不幸」など至る所に“恐怖アピール”が溢れている。端的に言えば、フィア・アピールとは「この商品を買わないと、あなたは大変なことになりますよ」と消費者を脅かし、商品を買わせるテクニックなのである。

 これまでの大阪都構想に関する橋下維新の説明(宣伝)は、主として大阪都構想には「こんないいことがある!」との“アメ作戦”に重点が置かれていた。その極めつきは、松井幹事長が知事就任時に語った「府市統合すれば4000億円の財源ができる」というもので、あたかも大阪都構想が「打ち出の小槌」か「魔法の杖」であるかのような印象を与えるものだった。こんな「イカサマ発言」が曲がりなりにも通用してきたのは一重にマスメディアの怠慢や劣化によるものであり、担当記者やデスクが大阪都構想の中身をキチンと検証せずに橋下代表や松井幹事長の発言をそのまま垂れ流してきたからである。その結果、大阪府市民の間には「大阪都構想の中身はよくわからないが、何となくいいものらしい」との印象が広がり、各紙の世論調査でも大阪都構想への「賛成」が「反対」を上回るようになった。

 ところが今年8月9日の大阪都構想法定協議会の席上で府市統合にともなう経済効果試算が公表されて以降、情勢はガラリと変わった。経費削減効果が年間736億円から976億円と目標の4000億円に遠く及ばず、しかも府市統合とは何ら関係のない経費削減額が706億円(地下鉄民営化275億円、ゴミ収集民営化109億円など)がその中に含まれ、これを差し引くと府市統合の“真水効果”はほとんど端金(はしたがね)程度にしかならないことが判明したからだ。

 これ以降、浅田維新政調会長は「財源問題を法定協議会の議題にしない」との「臭いものに蓋」の方針に転じて議論を封印し、内部資料でも「財源問題については過去(に指摘した)二重行政の無駄以上に立ち入らない」(「全体戦略」その4・活動戦術)ことになった。その代わり打ちだしたのが、今回の内部資料の最大の特徴ともいうべき「二重行政、二元行政では大阪の危機を打開できない」「大阪は衰退する」との恐怖アピールにもとづく脅かし戦術であり“ムチ作戦”である。つまり橋下維新は「大阪都になればこれだけいいことがありますよ」とのアメ作戦から、「大阪都にならなければ大変なことになりますよ」とのムチ作戦に戦術転換しようというのである。

 このような人間の不安感や恐怖心を逆手に取った広告手法すなわち“恐怖アピール”への戦術転換は、大阪維新の会内部資料の「全体戦略」(その4・活動戦術)にのなかで次のように提起されている。
 「市民の危機意識を喚起→二重行政、二元行政ではできないことを強調」
 「対立軸の明確化(「夢」対「東京一極集中」「二重行政」「衰退大阪」)

 しかし、恐怖アピールによって府市民に不安感を与え危機意識を煽るという方法は、すでに堺市長選の橋下代表の応援演説のなかで打ち出されていたものだ。このままの府市二重行政では東京一極集中が続いて大阪は衰退する、大大阪の復活、新しい大阪への飛躍のためには新しいプロジェクトが必要だ、それを叶えるのが大阪都構想だというストーリーである。橋下維新は恐怖アピールによって堺市民の不安感を煽り(脅かし)、不安や恐怖から逃れるためには「大阪都構想」という商品を買う他はない(売りつける)という論法で堺市長選を乗り切ろうとして、そして失敗したのである。

 その原因は、橋下代表がこの広告テクニックの「落とし穴」にはまったことにある。それは、人間(消費者)の感情には恐怖や不安が強すぎるとこれを回避しようとする心理が働くことを「騙しの天才」といわれる彼が知らなかったことだ。強い恐怖や不安を与えるメッセージは直後には強い印象を与えるが、記憶するのが苦痛なので、人間は無意識のうちにそれを消そうとする。また恐怖アピールが繰り返されると、今度はそれが「狼少年」となって信用されなくなり、逆に反感が高まるということが起る。橋下代表の選挙応援演説が堺市民からそっぽ向かれたのは、彼が躍起になって「このままでは堺は危ない!」と絶叫すればするほど「イヤな感じ」になり、「またか」という気持ちを市民に抱かせたからである。

 橋下維新が堺市長選の敗北から学んだことは、恐怖アピールに度が過ぎると却って逆効果になるということだった。そこで大阪都構想の是非を問う住民投票対策としては、恐怖アピールを背景にしながらもそれを前面に出すことはせず、大阪都構想の「向こう側」にある“夢”で勝負しようというものだ。堺市長選では“夢”を訴えることが足りなかったので負けた。だから、大阪住民投票ではキャンペーン方法を改め、大阪都構想をテレビコマーシャルのように映像化して“夢”を語り、市民の関心を惹きつけようというのである。果たしてこの「プレゼン作戦」は成功するのだろうか。(つづく)