「アベノミクス選挙」による勝利は、「アベノミクス不発」による危機とコインの裏表関係にある、2016年参院選挙がその試金石になるだろう、2014年総選挙を分析する(その10)

 これはどの国政選挙でも共通することだが、通常、有権者が投票に際して最も重視する政策は、景気対策や雇用・所得の確保、年金・医療・福祉など社会保障の充実、子育て・教育といった国民生活に直結する身近な政策が常に上位を占める。今回の総選挙における各紙の出口調査を見ても、国民生活の不安が増している所為かこの傾向はさらに強くなり、景気対策社会保障だけで過半数に達している場合が多い。

 その一方、憲法改正、外交・安全保障、原発・エネルギーなど国家の基本政策を最重視する有権者は合わせて10数パーセント、多くても2割程度の比重を占めるに過ぎない。国家の土台をなす基本政策は一般庶民には程遠い政策であり、内容も理解しにくいのでつい敬遠されるのだろう。

11月21日の官邸記者会見で、安倍首相は冒頭、「本日、衆議院を解散いたしました。この解散は『アベノミクス解散』であります。アベノミクスを前に進めるのか、それとも止めてしまうのか、それを問う選挙であります。連日、野党は『アベノミクスは失敗した』と批判ばかりを繰り返しています。私は今回の選挙戦を通じて、私たちの経済政策が間違っているのか正しいのか、本当に他に選択肢はあるのか、国民の皆さまに伺いたいと思います」と訴えた。

この冒頭発言が安倍政権の選挙戦略となり、今回の総選挙の基調となったことは、その後の選挙戦の展開を見ても明らかだろう。マスメディアの領域では読売新聞が首相会見の翌22日、まるで打ち合わせたかのように「経済政策 主戦場に」の大見出しを掲げ、先頭を切って「アベノミクス解散」の大キャンペーンに乗り出した。「(今回の選挙は)安倍首相が掲げる経済政策『アベノミクス』の評価が最大の争点となる見通しで、その是非をめぐって舌戦が繰り広げられる」と述べ、社説においても「首相への中間評価が下される、『アベノミクス』論争を深めたい」と強調したのである。

またNHKはアベノミクスを主題として取り上げない場合でも、ニュースの冒頭で「今回の選挙争点であるアベノミクスについてはーー」といった前置きをさりげなく挿入することで、視聴者が知らず知らずのうちにアベノミクスが選挙争点だと思い込むような下地を広げた。読売新聞やNHKなど安倍好みのマスメディアが挙って「アベノミクス解散」キャンペーンを張ったことで、総選挙の基調がいつのまにか「アベノミクス選挙」に誘導されていったのである。

安倍政権が消費再増税を1年半延期するとしたことも、「アベノミクス選挙」を有利にした。今年4月の消費税8%への増税によって国民経済が冷え込み、7〜9月期のGDP速報値が「2期連続マイナス」になるなど「アベノミクス危機」はもう目の前に来ていた。このまま10%増税の道を突っ走っていれば、安倍政権は間違いなく内閣支持率の急落に見舞われ、政権運営もままならなかっただろう。しかし、消費再増税を延期して「その間にアベノミクスを立て直して国民生活を豊かにする」と公約したことが、予想以上に安倍政権への期待を高め、「自民圧勝」をもたらす要因になった。

その理由は、国民の多くがまだ「アベノミクス評価」について正確に判断できる状態になく、世論調査においてもアベノミクスへの評価が二分された状況にあるからだ。大企業や株主はともかく、中小企業や一般庶民には景気回復の風は吹いていないことはわかっている。しかし株価は上がっているし、若者の就職状況もこれまでよりは増しだ。消費再増税が延期されたので、当分はこれ以上経済が冷え込むことはないだろうーー。こんな「モラトリアム=様子見」の気分が国民の中になんとなく広がって(過去最低にまで)投票率が低下し、「アベノミクス選挙」に有利に働いたのではないだろうか。

アベノミクス選挙」に持ち込んだことが自民勝利につながったことは、各紙も一様に認めている。代表的なのは投開票日翌日の日経新聞の社説だろう。「選挙戦術で巧みだったのは、解散の大義名分だった消費再増税の延期には各党間で大きな差異がないのを踏まえ、争点をアベノミクスに絞り込んだことだ。(略)政治的な考え方の違いで対立が際立つ集団的自衛権の行使容認などを横に置いた。経済を論争の主要テーマにすえ、対案を示せない野党の攻撃をかわした。アベノミクスの評価になれば、安倍内閣の2年弱の円安株高で潤った人は『業績評価』で与党に投票する。まだ利益を得ていない人にもこの先の可能性を訴え『将来期待』で投票を促す。その作戦が功を奏した」(日経新聞社説、「『多弱』による勝利に慢心は許されぬ」、2014年12月15日)。

 こうして「アベノミクス選挙」に象徴される経済政策が総選挙の主戦場になり、「アベノミクス評価」がいつの間にか「安倍内閣の中間評価」に摩り替わり、そして「安倍内閣の信任選挙」へと誘導されていった。経済政策一点張りで他の重要政策にはほとんど触れず、しかし選挙に勝利すれば安倍政権が国民に信任されたと称して集団的自衛権の行使、原発再稼動、TPP交渉などあらゆる政策を国民の反対を押し切ってでも断行する、という選挙戦略の基本路線が敷かれたのである。

 しかし、上記の日経社説はこうも言っている。「アベノミクス選挙と規定し、それに勝利したわけで、確かにアベノミクスを進めることへの信任は得たといえるだろう。しかし忘れてはならないのは、野党が体をなしていない中での選挙だったということだ。(略)安倍自民党は決してこの勝利におごってはならない。アベノミクスへの将来期待はそれが実績となり、有権者にもたらされてはじめて評価されることを肝に銘じておく必要がある。もしどこまでいっても期待だけでなら、それは必ずや失望に変わる。裏切られたとの有権者の思いを、依然として、拭いきれずに苦しんでいる民主党と同じような展開にならないという保証はどこにもない」と。

 安倍首相もこのことは自覚していると見え、過日の日本経団連など財界首脳が参加する政労使会議において、来春の賃上げを懇願した。またNHKなどは早速、今年年末のボーナスがアップされるとのニュースを流して雰囲気を盛り上げている。しかしこれは東証1部上場500人以上の大企業であって、圧倒的多数を占める中小企業にまで「トリクルダウン」(滴り落ちる)可能性は未知数だ。むしろ異常な円安によって経営環境がますます悪化し、一般家庭では物価値上げの影響で消費意欲が一段と落ち込んでいるのが実情だ。

 もし安倍政権がこのような「格差拡大」の経済状況を打開できず、国民多数がアベノミクスの行き詰まりを感じたときは、内閣支持率は一気に危険水域に入る可能性を秘めている。「アベノミクス選挙」による勝利は「アベノミクス不発」による危機とコインの裏表関係にあるのであり、2016年参院選挙がその試金石になるだろうというのが私の観測である。(つづく)