「改憲マスメディア」の意見が分かれている、産経は「自民、結党以来の好機」、読売は「憲法改正は幅広い合意を前提に」、日経は「憲法論議、拙速避けよ」との論調だ、この隔たりは何を意味するか、「3分の2」時代を迎えて(その1)

2016年参院選の結果は、改憲勢力が3分の2超を占めるという最悪のものとなった。戦後の政治史上はじめて、衆参両院で憲法改正発議に必要な3分の2議席改憲勢力が占めるという由々しき事態が生まれたのだ。しかし、「改憲勢力3分の2」という圧倒的な選挙結果にもかかわらず、これを伝える「改憲マスメディア」の論調は大きく分かれている。

最右翼の産経新聞は、選挙結果を「自民、結党以来の好機」「千載一遇の好機」と捉え、投開票日翌日から連日社説や論説を総動員して、「憲法改正はいま!」とばかり前のめりのキャンペーンを張っている。7月11日朝刊では、10日夜のテレビ番組での首相の発言、「(憲法改正の国会発議に向けて)しっかりと橋はかかったんだろう。私の(自民党総裁)任期はあと2年だが、憲法改正自民党としての目標だから落ち着いて取り組みたい」を早速引用して、「首相『改憲への橋はかかった』」との挑発的見出しで記事を組んだ。そして「今後はより強固となった政権基盤をもとに何に取り組むかが問われる。アベノミクスの加速をはじめとする景気回復への諸施策はもちろん、拉致問題北方領土問題の解決など重要課題は山積だ。何より、今回得て議席を直接的に生かせるのは憲法改正である」と安倍首相を督促した。

12日以降になると、産経紙はもう言いたい放題だ。12日の「主張」(社説)のタイトルは、「憲法改正案の作成に動け、首相は歴史的使命果たす時だ」というもの。小見出しが「9条は外せない論点だ」「公明との調整避けるな」とあるように改憲の「一丁目一番地」を9条に絞り、公明党を巻き込んで直ちに改正をめぐる議論を始めるべきだ、日本や日本国民を危機から守る上で現憲法がいかにその妨げになっているかを堂々と訴えるべきだ――と力説する。

また改憲論者が常連メンバーの「正論」(論説コラム)では、百地日大教授が護憲派の3分の1の壁を漸く突き崩すことができたと欣喜雀躍し、この機会に「速やかに憲法改正の国会発議を」と題して持ち前の強硬論を展開している。「日本会議」肝いりの百地氏の持論は、具体的には「真っ先に考えられるのは、9条2項を改正して『軍隊』の保持を明記すること、および緊急事態条項ということになろう」というもので、まさに自民党憲法改正草案の強行突破を狙うものだ。産経紙のこうした論調を読んでいると、明日にも憲法改正発議が実施されるかのような危機感に襲われるが、しかし事態はそれほど単純ではない。そのことは、同じ「改憲マスメディア」の中でも、読売新聞と日経新聞とでは産経新聞とかなり論調が異なることに気づく。

7月11日の読売紙は、1面で政治部長の「腰据えて政策を」との論説を載せ、今回の参院選が「国民の間に熱気や高揚感がない静かな勝利」との見解を示した。これまで改憲勢力の先頭に立ってきた読売紙からすれば、産経紙のはしゃぎぶりと同様に、「改憲勢力3分の2」を達成した今回の選挙は「歴史的壮挙」だと評価してもおかしくないはずだ。それなのに論旨は意外に冷めていて、現在の情勢は憲法改正をめぐる政争などをしている場合ではなく、それよりも選挙戦で有権者が重視した「社会保障」や「景気・雇用」の課題に直ちに取り組み、アベノミクスの腰折れを防がなければならないとする。改憲隠しで「3分の2」を獲得した安倍政権が、手のひらを返して憲法改正に着手することの危険性を指摘したものだろう。

社説も同じ論調だ。「安倍政権は、経済最優先の方針を堅持することが大切である」、「首相は、アベノミクスが全面的に支持されたと驕ってはならない。むしろ、経済再生を成し遂げるまでの猶予期間が延長されたと謙虚に受け止め、丁寧な政権運営に努めることが肝要である」とまずは経済政策第一の重要性を力説する。そして憲法改正に関しては、「憲法改正にとって改憲勢力の拡大は前進ではあるが、これで改正発議が現実味を帯びたと見るのは早計だろう」、「憲法改正には国会発議後、国民投票過半数の賛成を得ねばならない。このハードルを考えれば、野党第1党の民進党も含め、幅広い合意が可能な項目の改正を追求するのが現実的だ」と拙速主義を戒めるのである。また選挙後の情勢についても、12日の記事は「憲法改正、険しい道」「公明、慎重な議論要求」「自民草案にこだわらず、合意形成を重視」など慎重論を補強する編集となり、社説も「『未来への投資』的確に進めよ、憲法改正は幅広い合意を前提に」と念押ししている。

読売紙の論調は、「野合批判が響いた民進」(11日社説)との見出しにもあるように、民進党野党共闘に踏み切ったことに対する批判と表裏一体になっている。前回参院選の1人区で壊滅した民主党が、今回は野党共闘で一定の成果を上げたことへの警戒感がみなぎっているのである。そこには産経紙の言うように、「改憲勢力3分の2」の情勢に乗じて一気に改憲に向かうことは得策ではなく、野党第1党の民進党改憲論議に巻き込み、民進党を含めた改憲発議への迂回路こそがむしろ「憲法改正への早道」だとする見通しがあるのだろう。そのことは、「民進党の『左傾化』には党内外から懸念が出ている。安保関連法の廃止を求める戦術には終止符を打ち、より建設的な論戦を与党に仕掛けるべきではないか」との社説の1節にもよくあらわれている。

日経新聞は、財界の意を体しているのかもっと慎重だ。経済同友会の小林代表幹事は参院選で与党が改選過半数を達成することが確実になった7月10日午後、憲法改正には全く触れず、「安倍政権の基盤が一層強化されると考えるが、持続的成長に不可欠な規制改革や構造改革、さらには長期安定政権でなければできない『国民の痛みを伴う改革』に挑戦していただきたい。特に社会保障や財政について、どの程度の水準の給付を保障するのか、どのような安定的な財源を確保するのか、抜本改革を加速すべきである」というコメントを出した(NHK、ニュースWeb)。要するに、社会保障費の思い切った削減や財政改革など、憲法改正よりも先にやることがもっとあるというのである。

このコメントを受けての7月12日の日経紙は、「憲法論議 拙速避けよ」との大型論説を1面に掲げた。論旨は、(1)憲法は国民の暮らしの基盤である。時代にそぐわないところが出てくれば改めればよい。さほどのことでもないと思えばそのままにしておけばよい。(2)現憲法のどこをなぜ書き換えたいのかという突っ込んだ議論なしに、「初めての改憲」という〝勲章″を追い求めるのは筋違いである。(3)憲法論議はどこから始めればよいのか。手直しすることでどういうメリットがあるのか。それを考えるのが論議の入り口だ。(4)最高法規である憲法はそうたびたび改正するものではない。政権交代のたびに書き直しては国民に信頼されなくなる。与野党が日ごろから認識をよくすり合わせておくことが欠かせない。憲法審査会はそのための場として積極的に活用したい。(5)発議に必要な議席数があるうちにと焦って論議が生煮えのままで国民投票に委ねるのは余りに無謀である。イエスかノーかの二者択一は感情的な対立を生み、国をふたつに引き裂きかねない。(6)まずは地道に論議を積み重ねる。それこそが「3分の2」の時代にふさわしい―と安倍政権を強く牽制している。

この主張には、財界本流の考え方がよく出ている。財界が安倍政権に期待するのは、国民世論を引き裂くような憲法改正を短兵急に実行に移すことではなく、長期安定政権でしかやれない「国民の痛みを伴う改革」を系統的に追求することだ。「3分の2」の議席はそのために使うべきであって、改憲だけに目を奪われるべきではない。「改憲勢力3分の2」ではなくて、「改革勢力3分の2」であることを忘れるな―というわけだ。

改憲マスメディア」3紙の主張や論説は大きく分かれている。その背景にどんな政治戦略があるのか、今回からは「3分の2」時代の動向をウォッチしていきたい。(つづく)