金正男(キムジョンナム)暗殺事件で思い出す北朝鮮のこと、改憲派「3分の2」時代を迎えて、番外編)

 このところ、テレビニュースは連日挙ってマレーシア・クアラルンプールで起こった金正男暗殺事件のことを伝えている。繰り返し放映される凄惨極まる映像を見せられて、言いようのない暗澹たる気持ちに襲われるのは私一人ではないだろう。21世紀のいま、まるで中世の暗黒時代のような惨劇が目の前で起っているのだから、衝撃を受けないわけにはいかないのである。

とりわけ私は、2010年8月に1週間ほど友人のジャーナリストと2人で北朝鮮を訪れ、当時の印象を拙ブログで「近くて遠い国、北朝鮮への訪問」と題して書いただけに、今回の暗殺事件は他人事でないような気がする。起こってはならないことが遂に起こってしまったという抑えきれない感情と、これからの北朝鮮はどうなるのだろうかという不安が交錯して、何とも言えない気持ちで毎日を過ごしているのである。

私たちが北朝鮮を訪れた当時は、金正日(キムジョンイル)はまだ健在だったが、病気がちということもあって既に後継者問題は持ち上がっていた。しかし、金一家の動静は一切秘密にされており、中国に保護されていた金正男を除いて他にどんな後継者がいるのか全く知らなかった。金正日の居場所も秘密にされ、友人のジャーナリストが彼の日常生活についてガイドに聞いた時も、「将軍様は人民のため全国を駆け回っておられるので、何処におられるのか分からない」との紋切り回答が返ってきただけだった。

ちなみに私たちの北朝鮮旅行は、国際特急列車でピョンアン駅に着いたときから高麗空港を後にするまで2人のガイドに厳重にエスコートされていた。ガイドと言っても並みのガイドではない。ピョンヤン外国語大学の日本語学科を卒業したエリートたちであり(韓国機爆破事件の犯人、金賢姫も日本語学科の卒業生の一人だった)、日本語は極めて上手だった。しかし、関西なまりの日本語だったので誰に教えてもらったのかと聞いたら、在日朝鮮人で帰国した教授が指導してくれたのだという。きっと大阪辺りに住んでいた人なのだろう。

当時は、日本と北朝鮮の関係が拉致問題の発覚以来一挙に冷却し、日本人観光客はガタ減りになり、私たちは数少ない貴重な存在だった。そんなこともあったのか日本人観光部門の責任者である課長と係長の2人が付き切りで世話をしてくれたのだ。もっとも私たちがジャーナリストと研究者だということで、並みの観光客ではないことを意識して警戒していたのかもしれない。何しろ彼らが案内する革命記念碑や記念施設には一切関心を示さず、政治情勢や国民生活などについてしきりに聞くものだから閉口していたのだろう。しかし運転手付きの専用小型バスには4人しか乗っていないから、会話は一切外に漏れない(運転手は日本語が分からない)。彼らも日本のことを知りたいのか、話題を選んで注意深く話してくれた。

一言でいえば、北朝鮮の印象は「これだけの格差があってなぜ社会変革の動きが起こらないのか」というものだ。社会主義を標榜する国に「王朝」と「ロイヤルファミリー」が厳然と存在し、支配者層と国民の間には「王様と奴隷」くらいの政治的、経済的格差が存在しているのに、この事態を打開しようという動きがどこからも見えてこない。聞けば、国民の大半が疲弊していてもはや社会変革に立ち上がる力が枯渇しているからだという。

私たちが泊まったのは外貨稼ぎのための超高級ホテル(ピョンヤン中央駅前の高麗ホテル)だが、その周辺の光景はホテルから一歩離れるごとに変化していき、郊外から農村部に入るともはや「中世の農村」さながらの光景が広がっているのである。沿道の家々の佇まいや時々みかける人々の姿は、北朝鮮社会が疲弊と貧困のどん底にあることを伝えている。

こんな光景を目の当たりにして、私はこの体制は長続きしない、支配層は必ず打倒されると思ったが、その後の展開は全く逆だった。名前もはっきりしなかった金正恩が突如浮上して後継者に指名され、世襲3代の独裁政治が引き継がれた。それだけではない。後見人の叔父・張成沢が粛清されてその後も次々と幹部が姿を消している。おまけに今回の金正男暗殺事件までが引き起こされた。こんな情勢の中で、最近のピョンヤン市内にはファッションに身を包んだ女性がスマホを操作しながらさっそうと歩いているというが、いったいどこの国の話かと思ってしまう。

おそらく北朝鮮は「自壊」する以外に道はなく、金正恩はその「最後の引き金」を引く運命を背負っているのだろう。そのことが決定的になったのは叔父・張成沢の粛清であり、それが第1幕だった。第2幕は今回の兄・金正男暗殺事件である。そして第3幕は金正恩自身の存在が消える時だ。彼がどんな「消え方」をするのは、今のところ分からない。しかし、その時は案外早いのではないか。ここ2,3年のうちにも次のビッグニュースが世界を駆け巡る日が近づいている。(つづく)