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広原盛明のつれづれ日記

2010-10-20

北朝鮮を「鏡」にして見た中国の「実像」、太子党による世襲体制の究極矛盾、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、番外編、最終回)

| 07:33

日中交流の場では、中国の学生たちはあまり政治の話はしない。というよりは、大学当局から「政治の話はしないように」と釘を刺されているらしい。だが日本の大学に留学して学位を取り、中国で教職や研究職に就いている教員たちのなかには、天安門事件当時に国内外で民主化運動をした人たちも数多くいて、その人たちと私たち日本人教員との間では自由に意見が交換できる。お互いに「オフレコ」の信頼関係があるからだ。

西安は、京都と同じく「大学の街」、「学生の街」だ。大小合わせて100近い大学があり、学生数は北京に及ばないが、市民のなかに占める学生数の比率は、北京を凌いで中国一だ。このことは、日本における京都東京の大学関係にもよく似ている。西安では大学や学生の与える社会的影響力が大きく、だから学生が市内にデモに出るといったことになると、それは「一大事」を意味するのである。

当時から(そしていまも)聞いていた中国の学生や教員たちの批判(不満)の中心的内容は、「地方政府の党や役人の腐敗がひどすぎる」ということだ。一党支配の下であらゆる権限が彼らに握られている結果、通常の行政実務、教育研究実務においても教員や学生の意見はほとんど通らない。まして新しい事業や制度をつくろうとなると、そこに様々な権限(利権)を行使する党幹部や役人が介入し、暗躍するというわけだ。

成都西安を中核とする中国内陸部では、目下、「西部大開発計画」が進行中だ。沿岸部の先行開発の結果、内陸部との地域格差が深刻化し、このまま放置すると「地方の反乱」が広がり、中国全体の一党支配体制が崩壊する恐れが出てきたためだ。このため、ここ数年間物凄いスピードで各種の開発事業が内陸部の大都市に投入され、省都など中心都市では「開発に次ぐ開発ブーム」に沸いている。

だが「開発」は、日本の高度成長時代と同じく「利権」と直結している。日本では田中角栄・金丸信・小沢一郎など「土建族議員」がこの時期一大勢力を築いたが、中国では「太子党」や「小太子党」などといわれる党幹部や官僚など血縁で固められた特権層が「開発利益」(開発利権)を独占し、一般市民とは隔絶した富裕層を形成するようになったのである。

偏った「開発」は、必然的に環境破壊や災害を生む。ここ10年ほどの間、中国の内陸部で集中的に発生している大震災や大風水害は、国家や地方政府が地域全体の均衡のとれた開発を軽視(無視)し、環境保全や防災対策をなおざりにして、利権中心の都市開発事業を推進してきたツケが回ってきたと指摘されている。

しかし悲しいことには、中国内陸部の災害復興支援に向かった日本人研究者の話によると、災害復興事業それ自体が党幹部や官僚の利権の巣になり、被災者のニーズや意見を無視して復興事業が強行されているという。たとえば、手抜き工事で多くの児童生徒が犠牲になった小中学校建築の倒壊原因の究明に蓋をし、工事施工者と行政当局の癒着関係を隠ぺいして、再び問題業者に工事を委ねているケースなど、枚挙のいとまもない。

先日閉会した党中央委員会で、次期指導者として習近平国家副主席がその地位を固めたという。習近平氏はいうまでもなく一党支配のなかの「太子党」の中核に位置する世襲幹部であり、この間の中国経済発展の成果を享受してきた既得権層、特権層の代表者でもある。いわば「党中党」を構成する中心人物だといってよい。

専制政治の圧制から人民を解放するために戦った革命幹部の子女が、今度は自らが特権層として人民の上に君臨することなど、「社会主義」のテキストのどこにも書かれていない。だが北朝鮮中国の現実は、一党支配のもとでの世襲幹部によって専制政治が継承されている。これは否定しようのない事実であり、この事実は「社会主義国家」の虚構性を暴露せずにはおかない。

北朝鮮の体制崩壊は、目下、中国の支援によって辛うじて免れている。だが「母屋が傾けば小塀は倒れる」のであり、その歴史的瞬間はそれほど遠くないところまできている。(おわり)

村上村上 2010/10/24 07:30 これまでの日記、とても北朝鮮、中国理解のための勉強になりました。ありがとうございました。先日佐世保の私たち子どもばかりの3人の上陸地点に立ち中国の暮らしをしのびました。真の友好関係を築くための努力を微力ですが、続けたいと思いました。このシリーズは私への激励の言葉でもありました。引き続いてご健勝を祈っています。

バッジ@ネオ・トロツキストバッジ@ネオ・トロツキスト 2015/06/16 11:57 普段は「リベラル21」での投稿にしか反応しませんが、ネット界でも「北」や中国を批判できるまっとうな左翼やリベラルのエントリが少ないので今回は先生のホームにも一言。

歴史修正主義者たちが常用する「自虐」「自虐史観」なるレッテルは、ごく一部に限っては「当たらずとも遠からず」があるのですね。当方は、それを旧日帝時代の悪行の未清算がもたらした「贖罪主義」と形容し、この用語法には左派的在日の中からも理解や同調があるのですが、それは、日本の左派・リベラル、良心派の中にある旧植民地、かつての被侵略諸国に対する無批判主義のことです。
ま、中国の覇権主義からの被害を経験したり独裁時代の韓国を批判していた「まともな左翼」は例外なのですが、一般に日本の左派、良心派の多くの中には、国内極右の増長を恐れるあまり対中批判や南北批判に遠慮する空気が漂っています。
しかし、これは間違った態度です。
歴史問題を清算したドイツ人の多くも、かつて自分たちが抑圧・殺戮したユダヤ民族の国家・イスラエルによるパレスチナ人民に対する蛮行・悪行を批判できないようですが、こういうのは悪しき贖罪主義、見当外れの贖罪でしょう。
何者に対しても、何事に対しても、批判すべきは批判する、という態度が求められるはずです。

中韓や金王朝への事実に基づく批判は、ドシドシやるべし。ただし、日本国内の歴史修正主義者や極右反動たちとも真正面から闘いつつですがね。

badgebadgebadgebadge 2015/06/16 12:21 なお、当方が以前から中韓や「北」への批判を遠慮すべきでないと再三強調しているのは、?ソ連東欧崩壊のような事態は21世紀中国でも繰り返されるであろし、「社会主義」のニセ看板は掲げていない韓国のようなかつての日帝被害国でも近年は極右的自民族優位思想やベトナム派兵への開き直りが一部で広がっている中で、「贖罪主義」的態度はかつての対外盲従勢力の二の舞になるであろうと考えるからです。

なお、「自虐」と「贖罪」は、厳密には異なる意味をもつ日本語ですので念のため。
前者は悪行や過失の有無に関係なく採られる態度であり、歴史修正主義のような事実承認の拒否にも道を開く用語法ですが、後者は、悪しき事実を自覚・直視しているからこそ陥る態度です。
不実な男に捨てられた女性が、自身が無過失なのに行うのが自虐であり、それは贖罪とは異なるということです。しかし、日本は無過失なおぼこ娘などではないから、「自虐」はデマレッテルになるということ。

2010-10-18

北朝鮮を「鏡」にして見た中国の「実像」、反日デモの背景、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、番外編、その5)

| 17:58

 8月上旬の北朝鮮訪問を切っ掛けにして始めたこの「北朝鮮日記」は、今回を含めて約20回になる。だが当初の意図とは異なり、最終的には中国問題に行きついたのは自分でも意外だった。とはいえよく考えてみると、北朝鮮問題は中国問題と表裏一体である以上、「表側」の北朝鮮の特殊性にだけ目を向け、「裏側」の中国との共通性を見ていなかった自分の認識が浅かっただけのことだ。

 中国が劇的な改革開放政策に転じて以来、日本では中国経済的躍進がもっぱら注目の的となり、中国「光」の部分だけが私たち日本人の「中国イメージ」を形づくってきたのではないか。その背景には、輸出偏向型日本経済の行き詰まりを国内需要の回復によって是正するのではなく、アメリカに替わる巨大市場を中国に求めた経済界の強い意向があったものと思われる。自動車産業や家電製造業などは言うまでもなく、流通業から各種サービス業に至るまで、日本企業の中国進出がまるで「打出の小槌」のような響きでとらえられてきたからだ。

 また最近では、日本への中国人観光客の誘致が不況に悩む各地の観光業や百貨店・量販店などの「救世主」として登場してきたことも記憶に新しい。いまや全国各地の地方空港では、日本航空など国内定期便の撤退の穴埋めとして中国との臨時便や直行便(格安航空便)の開設が焦眉の課題となり、これと連動して温泉・ゴルフ・買物を結んだツアー計画が目白押しに並んでいる。バブル時代の一攫千金を夢見た失敗のツケを、まるで中国観光客の大量誘致で取り返そうといわんばかりだ。

だがしかし、今回の北朝鮮世襲体制への積極的容認と支援、日本に対する尖閣諸島問題への理不尽で高圧的態度、そして劉暁波氏のノーベル平和賞受賞に関する世論統制と人権抑圧行動は、中国の「影」の部分を国際的にも色濃く映し出すことになった。とりわけ劉氏夫妻に対する当局のありとあらゆる人権抑圧は、北朝鮮の軍や警察による国民抑圧体制と何ら変わることがない。中国に対する不安感と恐怖心が込み上げてくるのを、私はどうしても抑えることができなかった。

なかでも心底驚いたのは、それに引き続いて中国内陸部に激しい「反日デモ」が発生したことだ。それも四川省都である成都市、陝西省都の西安市で、学生を中心にした大規模な反日デモが起きたことは私にとっては大変なショックだった。詳しい事情はよくわからないので即断を避けなければならないが、西安では7千人もの学生がデモに参加したというから、「一大事」であり、「大変」な事態であることは間違いない。

西安市の大学や学生たちとは、私たち京都建築・都市計画系の大学教員や学生グループは、以前から親密な友好関係を築いてきた。京都平安京が唐の長安をモデルにしてつくられたという歴史的関係もあって、京都の各大学には西安からの多くの留学生が学んでおり、彼・彼女らを通して学術交流も盛んに行われてきた。2004年8月には、京都建築・都市計画系の大学教員や学生たちでつくる「京都コミュニティ・デザイン・リーグ」のメンバー数十人が西安を訪れ、1カ月近くにわたって向こうの大学の寮で生活をしながら中国側の学生たちと合同の「まちづくりワークショップ」を開催した。

日中学生の多くは、互いの言葉がよくわからない。私たち教員も日本で学位を取った中国人教員の通訳を通して何とか会話できる程度だ。だが日中両国の学生数をほぼ等しく組み合わせた10人前後のグループを10組ほどつくり、具体的な作業にかかるようになると、彼・彼女らは電子辞書と筆談そして片言の英語を通してすぐにコミュニケーションができるようになった。「まちづくりワークショップ」は現地でのフィールド調査が基礎になることもあって、互いの情報が共有しやすかったからだろう。

若者の感性と適用力はすごいものだ。1週間も経つと、彼・彼女らは以前からのクラスメートやゼミ仲間のような感覚で一緒に行動するようになった。互いの育った環境は異なるものの、それがかえって異文化交流の刺激剤となり、密集市街地・郊外開発地・中心商店街・歴史的寺院地区など、各々性格の異なる地域をいかにして改善し、整備し、活性化するかについて激しく議論を交わすようになったのだ。

最終段階では、グループごとに「まちづくり提案」のプレゼンテーションをして論評し合い、それらの結果を教員も学生も等しく投票をして優秀作品を選んだ。その後の打ち上げパーティが、空前の規模で盛り上がったことは言うまでもない。ワークショップが終了して、日本グループが帰国する日が近づいて来ると、親しくなった学生たちの間では別れを惜しむ感情が日増しに高くなった。西安空港での彼・彼女らが互いに手を握って離そうとしない光景は今も忘れられない。

その後輩である西安の学生たちが「反日デモ」に大量に参加したなど、率直にいって私はそのまま信じることができない。尖閣諸島問題に対する日本への抗議がスローガンだったというが、それは単なる「切っ掛け」であり、「口実」にすぎなかったのではないか。私たちが訪問した頃から中国では大幅に大学拡張政策がとられ、これまでの専門学校が大学に格上げされて学生定員が倍増されるなど、大学の大衆化が激しく進行していたにもかかわらず、それに見合う対策が極めて不十分だったからだ。

大学の「入口」を拡げても、「出口」を確保することは容易ではない。大幅に増員された学生を就職させるだけの職場を確保することは非常に難しい。かっての少数のエリート的存在であった学生たちは、いまや日本人学生と同じく「就活」に身を削らなければならない状況に直面しつつあった。しかも内陸部は沿岸部にくらべて経済発展のスピードが著しく遅い。そんな矛盾が今回の「反日デモ」の背景になっているのではないか。(つづく)

2010-10-10

中国の一党支配と北朝鮮世襲体制との関係、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、番外編、その4)

| 17:49

 今日10月10日は、北朝鮮労働党の65周年創立記念日だ。午前中に2万人の兵士を動員したといわれる過去最大の軍事パレード(閲兵式)が、金正恩(ジョンウン)への権力世襲の披露もかねて金日成広場で行われた。中国をはじめ友好関係にある諸外国代表や各国記者も招待しての国際的な大披露目(おひろめ)式だ。「大将」に指名された金正恩も「元帥」の金正日とともにお立ち台に姿を見せ、「先軍体制」を率いる指導者としての権勢を誇示して見せた。

新華社通信によると、中国の胡錦涛国家主席は10月9日、金総書記に党創立65周年を祝うメッセージを送り、「社会主義革命」に向けた党の努力と成果をたたえるとともに、中朝間の友好関係を引き続き強化すると表明したという。それにしても、度重なる胡錦濤国家主席の祝意メッセージといい、軍事パレードへの代表団派遣といい、中国北朝鮮への態度はもはや単なる「リップサービス」の域を超えている。これまで中国の思惑通りにならなかった金正日体制にくらべて、(金正日亡き後の)金正恩体制の到来は、中国が実質的に北朝鮮支配を具体化していくための絶好の機会だとみなしているからだろう。

 中国は、かって「社会主義体制」をまもるために朝鮮戦争に大量出兵し、多数の犠牲者(毛沢東の息子も戦死した)を出しながらも北朝鮮と「血の同盟」を結んできた。しかし現在の中朝関係は、双方が社会主義体制から遠ざかっていることもあって、もはやそのような「大義名分」はひとかけらもみられない。両者の関係は純粋な「国益関係」(利害関係)であって、各々の支配者が互いに「ギブ・アンド・テイク」の手を結んでいるにすぎない。中国は世界の覇権国家になるために「目下の同盟国」として北朝鮮を束ねる必要から、北朝鮮中国経済援助の下で「独裁政権」を維持する必要からである。

 少し古い記事になるが、この間の中朝関係の素顔を浮き彫りにした優れたインタビュー記事がある。朝日新聞のオピニオン欄、「耕論、北朝鮮どうなる」(9月29日)のなかの「一党支配の安定望む中国」という記事である。佐々木智弘アジア経済研究所研究員の意見を金順姫記者がまとめたもので、大変参考になる。インタビュー記事の内容はおよそこのようなものだ。

まず中国にとっては、自国と同じ「社会主義」を掲げる一党支配の国が隣に存在するのは望ましいということだ。それも朝鮮労働党の集団指導体制よりも、金正恩への権力世襲の方が一党支配の安定性が高いと判断しているので、3代世襲のほうが都合がよいということだろう。要するに、中国と同じく「一党支配」を隣国の北朝鮮で維持することができれば、3代世襲体制でも何でもかまわないということだ。

次に中国北朝鮮に改革開放を迫っている北朝鮮向けの理由は、北朝鮮経済的に豊かになるからというだけではなく、中国のように改革開放しても一党独裁は維持できるから「安心しろ」というものだ。北朝鮮での貧困政治体制を不安定化させ、それが万一韓国との戦争状態にでも結びついたら、中国国内の社会不安を招き、在韓米軍との緩衝地帯も失う。だから現状では、北朝鮮の独裁体制が変わらず維持されるのが最も中国国益に叶うというわけだ。

最後の結論は、中朝関係をつなぐのは「一党支配体制」という両国の共通点であり、それぞれの国で一党支配が続く限り、指導者が変わろうとも中朝関係は重要であり続けるというものだ。この最後の結論は、現在および今後の中朝関係を読み解くうえで極めて重要な示唆を含んでいると思う。この文脈に沿って中朝関係を分析すると、これまで中国は世襲体制をめぐって北朝鮮と対立してきたとされるが、それは表面的な対立にすぎず、それぞれの国で「一党支配体制」を維持するのに、どちらが都合がよいかという程度のことにすぎないということになるだろう。それが中国では一党支配のなかでの指導者の人選となり、北朝鮮では世襲体制になるだけの違いなのだ。

そう考えると、世界でも特異だとされる北朝鮮の世襲体制は、一党支配体制の「バリエーション」のひとつにすぎないということになる。北朝鮮の世襲体制は「化石」でも「時代錯誤」でも何でもなく、世界第2位の経済力を持つ覇権国家としてのし上がってきた中国と「一党支配体制」という共通点を持ち、それゆえにこそ「中朝連携」という友好関係を通して独裁体制の維持が可能になるのであろう。

在日出身の金順姫記者は、彼女が京都支局にいた時代に取材を通して知り合いになり、京都の都市問題について幾度となく議論を交わした仲だ。その後、中国総局に配属されて上海で中朝関係の取材に従事していたというが、日本に(一時)帰国してこのインタビュー記事を書いたのであろう。中国がいま民主活動家、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞をめぐって世界から「一党支配体制」の矛盾を鋭く問われている現在、一度再会して忌憚のない意見交換をぜひ実現してみたいと思う。(つづく)

2010-10-04

3代世襲体制を利用する中国の北朝鮮支配の構図、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、番外編、その3)

| 06:36

 これまで中国は、「社会主義と世襲体制は両立しない」といって、北朝鮮体制を厳しく批判してきたはずだ。したがって、今回の朝鮮労働党代表会に対しても、私はこの態度が基本的に踏集されるものだと思っていた。ところがどうだろう。胡錦濤国家主席は代表会に祝電を送り、また閉会直後に北京に参上した北朝鮮代表団に対しては、自ら親しく接見したというではないか。

 しかも、接見の仕方がふるっている。一介の党政治局員でしかない程度の人物にわざわざ人民大会堂を場所に選んで会談し、「代表者会が勝利のうちに挙行された」と述べたうえで、「金正日総書記をトップとする朝鮮労働党の新たな中央指導集団の導きの下、強盛国家を建設する事業で新たな成果を収めることができると信じている」と褒め称え、「地域や国際的な事柄でも意思の疎通と協調を強化し、平和と安定の維持にともに努力したい」と約束したという。(朝日、10月3日)

 このことは、中国北朝鮮に対する従来の態度を覆し、「社会主義と両立しない世襲体制」しかも異例きわまる「3代世襲体制」を公然と認めたことを意味する。北朝鮮がもはや社会主義国家ではないから、世襲体制でも構わないというのがその理由なのか。それとも中国北朝鮮を実効支配するうえで、世襲体制の方がかえって好都合だと判断するようになったからなのか。あるいはその両方なのか。その背景を厳しく考えてみなければならないと思うのである。

 私は以前から国連をはじめとして世界各国が批判しているにもかかわらず、中国がミヤンマー軍事政権を一貫して支持してきたことに強い違和感と疑問を抱いてきた。中国がいやしくも「社会主義国家」としての看板を掲げているのであれば、国民の人権を弾圧し、民主主義を蹂躙している軍事独裁政権を支援することなど「あってはならないこと」、「もってのほか」だと思うからだ。しかしアフリカの腐敗した独裁政権に対しても同様の態度で臨んでいるところを見ると、これが中国の「実体」であり、かつ「本質」だと思わざるを得ない。

 私も参加している「社会主義の未来を考える研究会」(仮称)において、先日興味深い議論があった。テーマの一つは、「現在の中国は果たして社会主義国家といえるか」というもので、報告者は、「中華人民共和国は、ソ連と同様、「党・国家官僚国家資本主義」の独裁国家として存在している。中国の支配階級は、現在では「社会主義」の擬制をほとんど放棄している」と問題提起した。「中国はソ連と同様」というのだから、「ソ連はどのような国だったのか」ということが問題になる。少し長い引用になるが、現在の中国を理解するうえで参考になる内容なので、必要な部分を紹介したい。

 「1930年代に出来上がった「ソ連型資本主義(ソヴェト的生産様式)」は、近代的大工業を一国資本主義的に築き上げることによって、他の帝国主義諸国との緊張関係、国際的孤立のなかで半植民地状態に陥ることなく独立を維持した。さらに新種の資本主義的帝国主義国としてのナチスドイツと連携してポーランドを分割併合し、第2次大戦後は、帝国主義連合諸国と協議、競争しながら、軍事的力で東欧、アジアに「社会主義体制」という事実上の勢力圏を成立させ、おもに東欧衛星諸国を搾取対象とする国際関係を築いた。しかし「社会主義」という擬制をまとい、資本としての運動の全面的な展開を阻害する「党・官僚国家資本主義」の限界から、国内経済の破綻、同時に他の資本主義諸国との経済競争に太刀打ちできない局面で、ソ連内部から資本主義経済体制の抜本的改革としてのソ連国家、党の崩壊を迎えた」。

 従来のソ連に関する公式見解からすれば、随分思い切った問題提起だ。「ソ連は、社会主義を擬制した党・国家官僚が独裁する国家資本主義だった」という歴史的規定も新鮮で面白いし、そして「タテマエの社会主義」(擬制した社会主義)を掲げていたことが資本主義発展の制約となり、その制約を取り払うために「内部崩壊」せざるを得なかったという解釈も目のうろこを落としてくれる。だとすれば、現在の中国が「社会主義の擬制」すら放棄しようとしているのは、「ソ連の二の轍を踏まない」ためだというわけだろうか。

 日本の革新政党のなかには、中国に対する根強い親近感がある。毛沢東による中国革命を目前にして育った世代の幹部が多いせいか、現在の中国がかっての中国からどのように変貌しているかという現実を理解できない(理解しようとしない)空気が支配している。そこでは中国は依然として「社会主義国」、あるいはそこまではいえなくても「社会主義をめざす国」との位置づけが一般的だ。だから、今回の一連の北朝鮮労働党の代表者会の結果についても、またそれに対する中国の態度についても的確な論評ができない状況に陥っている。論評しようにも、中国の態度はどこからみても「社会主義の大義」から外れていることがあまりにも明白なので、「社会主義をめざす国」との規定と根本的に矛盾するからだ。

 私は、「タテマエの社会主義」を掲げた中国が、もはや党・国家官僚が指導する強大な国家資本主義国家として私たちの前に立ち現れていることを率直に認識すべきだと思う。そういうリアルな認識に立つことによってこそ、中国が平然と北朝鮮の3代世襲を是認し、ソ連が東欧諸国を搾取したのと同様に、中国北朝鮮を自らの勢力圏に組み入れて支配下に置こうとする意図を読み解くこともできる。また尖閣諸島をめぐる理不尽このうえもない行動を理解することもできるのである。(つづく)

2010-10-01

ガラスの箱・ピョンヤンで演じられた「3代世襲政治ショー」、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、番外編、その2)

| 17:11

 延期されていた北朝鮮労働党の代表者会が9月28日「革命の首都」ピョンヤンで開催された。「革命の血統」を受け継ぐ「3代世襲政治ショー」が華々しく開幕・上演された。朝鮮中央通信が配信した一連のテレビ映像のなかでは、ピョンヤン中央駅に到着したピカピカに磨き上げられたツートーンカラーの特別列車や、そこから降りてくる着飾った参加者の光景がひときわ印象的だった。また凱旋門の大通りを整然と列をなして走る特別仕立てのバス群もなかなかの撮影効果を挙げていた。すべては、北朝鮮のショーウインドー(ガラスの箱)・ピョンヤンを舞台にして繰り広げられた一大政治ショーを演出する一幕だ。

 前日まではほとんど記事らしい記事がなかった日本のマスメディアも、28日以降は堰を切ったように北朝鮮関係のニュースを流し始めた。この数日間、私がスクラップした各紙の記事だけでも複数のファイルに整理できないほどの分量に達している。だが率直にいって、その内容は国内の政治問題と同様「政局分析」が中心で、基本的には北朝鮮政府の発表を少し味付けして流すだけの「記者クラブ」的報道の域を超えるものではなかった。日本のマスメディアの水準は、国内問題は言うに及ばず国際分野においても、もはや劣化の一途をたどっていることは覆うべくもない。

 日本のマスメディア各社は、北朝鮮に支局や特派員・通信員を置いていない。だから、ほとんどのニュースはソウル支局を通してつくられる。ソウルは韓国政府の情報網や報道機関が集中しており、また脱北者のネットワークなどもあって情報源には事欠かない。しかし北朝鮮当局の報道管制が厳しくて記事の「裏が取れない」のか、あるいは「現場」に行こうとしないのか、今回においてもほとんど見るべきニュースがなかったのは失望の限りだ。なぜ独自の情報源を開拓し、北朝鮮の政治ショーと「舞台裏」(真実の姿)の関係に肉薄しようとしないのか。

 今回の「3代世襲政治ショー」は、北朝鮮政府の用意周到なプログラムにもとづいて上演されたことが明白だ。出し物も金ジョンウンへの「人民軍大将の軍事称号の授与」 (27日)、「党中央軍事委員会副委員長への選任」(28日)、「写真公開」(30日)と3連チャンで日を追って盛り上げ、連日のニュースを巧妙に操作し、演出している。各社はその都度登場する主役・脇役の解説に追われ、「出し物」の政治的狙いや舞台裏の真相の掘り下げなど、その背景分析までにはなかなか手が回らない。これではまさに、北朝鮮政府の思うつぼの「記者クラブ」的ニュースの垂れ流しではないか。

 私が金ジョンウンの写真を見て一番強く感じたことは、彼が丸々と太った「栄養満点の青年」だということだ。金日成にソックリだとか、金正日しか着ない特製のジャンバーを着ているとかの解説には、それなりの週刊誌的な興味はそそられるが、しかしそこから一歩踏み込んで、各紙がなぜ数百万人もの国民が毎日雑穀の雑炊しか食べられない(あるいはそれすらも口にすることができない)現実との比較に迫らないのかまったく理解できない。

 10月1日付けの日経の連載記事、『北朝鮮、“ポスト金正日”の始動(中)』のなかにこんな一節がある。「北朝鮮専門家の多くは、金正日―ジョンウン体制が必要とするのは、人口約2400万人中、約300万〜400万人という朝鮮労働党員ら核心勢力だけの支持で、「一般住民は飢えても関係ない」といのが指導部の本音と見る」。この観測記事が決して誇張ではないことは、これまでの数々の事実によっても確認できることだ。100万人単位の餓死者を出した大飢饉当時においても、金正日ファミリーが「汝人民飢えて死ね。朕はたらふく食っているぞ」とばかり贅沢三昧の生活を送っていたことは、彼の日本人料理人の著書にも詳しい。

 かってルイ15世の寵姫・ポンパドール夫人は、領土各地に大邸宅を建てて権勢を欲しいままにし、国の財源を使って栄華を極めた生活を送った。そして挙句の果ては、「我が亡き後は洪水よ、来たれ!」と言い放ったという。金正日ファミリーが「ルイ王朝ファミリー」にも匹敵する栄耀栄華を極めて生活を送っていることは、すでに国民各層に広く知られている。だがそれでいて、なお「わが亡き後に洪水よ、来たれ!」と言わずに、あくまでも権力の世襲を目指すのはどういうわけか。

 おそらく「アジア地域の後進性の極致(結晶)!」ともいうべき比類ない権勢欲と血統主義の結合が、金ファミリー独裁政治の政治的社会的基盤を支えているのであろう。そこでは2000万人にも上る大半の国民を奴隷視して顧みない、冷酷で非情な支配者像が余すところなく露呈している。その金正日総書記に対して中国の胡錦涛国家主席は、28日、朝鮮労働党代表会について「熱烈な祝意を表する」との祝電を送り、金ジョンウンを含む新しい最高指導機関の支持を表明したという(朝日、9月30日)。中国政府の意図はいったいどこにあるのか、次回で考えてみたい。(つづく)