Hatena::ブログ(Diary)

広原盛明のつれづれ日記

2012-03-24

「脱原発=電力自由化」は次期総選挙のシングル・イッシュ―(単独争点)になりうるか、「橋下新党と政界再編の行方(4)」、(大阪ダブル選挙の分析、その19)

| 17:36

 前回の日記で、私は「橋下新党」のかかえるジレンマの1つとして、国政選挙に不可欠な政策の独自性において、橋下新党が既成保守政党と政策の差別化ができない矛盾を挙げた。消費税増税TPP参加、沖縄米軍基地存続、憲法改悪など国政の基本政策のどれひとつをとってみても、橋下新党と民主・自民両党との違いを見出すことができないからだ。

 これに対して2つのコメントが寄せられた。1つは、「脱原発電力自由化」が橋下新党の有力な「ワンフレーズ選挙」の武器になり得るというもの。もう1つは、橋下新党の掲げる「脱原発」は所詮選挙民を釣るための“疑似餌”に過ぎないというものだ。2つのコメントはまったく正反対の意見でありながら、現在の局面を分析する上で欠かせない複眼的視点であり、教えられることが多かった。貴重なコメントを寄せていただいた両氏には改めて感謝したい。

 周知のごとく、「ワンフレーズ選挙」は小泉郵政選挙に始まるといってよい。国政の基本に関する重要政策を体系的に掲げて争うのではなく、そのなかの一部の政策を殊更にセンセーショナルに取り上げ、それに対する賛否があたかも国政を左右するかのような空気(幻想)をつくりだす「フレームアップ選挙」(謀略選挙)のことだ。

 この選挙手法はデマゴギーを得意とするファシスト集団や政党が常用するもので、国政の基本政策をごく一部の政策に矮小化して国民を思考停止状態に追い込み、扇動的な言辞で世論を誘導して民意を掠め取ろうとする。橋下氏が大阪ダブル選挙で仕掛けた「大阪都構想」などはその最たるもので、有権者の多くはその内容を理解することなく「ガラガラポン!」と橋下氏に投票したのである。

 だが「ワンフレーズ選挙」が成功するためには、もうひとつの欠かせない環境条件がある。言うまでもなくそれは、マスメディアが“翼賛選挙”として大々的に謀略選挙に加担することだ。小泉郵政選挙の時には、郵政民営化に反対する者はマスメディアから全て「抵抗勢力」とレッテルを貼られ、抵抗勢力を倒す「刺客」(小泉チルドレン)が天まで持ち上げられた。大阪ダブル選挙では、大阪都構想を批判する者はテレビ等から「守旧勢力」と名指しされ、橋下氏はこの既得権体制を打破する「改革者」として一躍クローズアップされた。

 コメント氏が指摘するごとく、「脱原発」に関する国民の世論は根強く、また原子力保安院原子力安全委員会など「原子力ムラ」に対する反感も大きい。この脱原発世論は、野田政権が定期点検停止中の原発再稼働に前のめりになればなるほど大きくなり、小さくなることはないだろう。だから再稼働第1号候補の関電大飯原発の場合も、オポチュニストである橋下氏がこの機を逃さず、「民主党政権が再稼働で来るなら、大阪市は反対というオプションを示す」(各紙3月24日)と言ったのは状況的に理解できないことはない。また「最後は総選挙で決着すればいいんじゃないか」(朝日3月24日)という発言は、総選挙の政策を意識したものとして注目に値する。

さはさりながら、問題はそれが次期総選挙の「シングル・イッシュ―」として浮かび上がるには、マスメディアの一致した協力がなければ不可能だということだ。橋下新党が如何に仕掛けようにも、新聞やテレビが”翼賛選挙“として加担してくれなければ「ワンフレーズ選挙」は成立しない。この点、原発再稼働の急先鋒である読売サンケイ・日経など各紙や系列テレビが、「脱原発」を掲げた橋下新党に肩入れするとは到底思えない。

また橋下氏自身にとっても、「脱原発」を旗印にして総選挙を戦うことはこれまでの言動と真っ向から矛盾する。というのは、大阪の市民グループが関電原発の再稼働に際して、その是非を問う住民投票条例制定を直接請求したのに対して、橋下市長は反対意見を添えて条例案を市議会に付託している(2月20日)。そしてこの条例案は、来る3月27日の市議会本会議で否決される予定だという(朝日3月23日)。

一方では、関電の全原発再稼働に対する住民投票条例案を否決して大阪市民の民意を否定しておきながら、他方では、関電大飯原発の再稼働に関しては総選挙の争点にして決着をつけようなどといった詭弁は何が何でも通らない。もし橋下新党がそのような姿勢で「ワンフレーズ選挙」に打って出ようとするのであれば、その瞬間からデマゴーグとしての橋下氏の正体は完膚なきまでに暴露されるであろうし、世論も決してそのような「フレームアップ選挙」を許さないだろう。(つづく)

旅マン旅マン 2012/03/25 08:46 原発推進三新聞、その他の主張も殆ど嫌いですが(笑)、橋下さんがそこらはある程度、計算に入れているのではないかと思う。
彼を過大評価するのも危ないし、まず一連の『実績』からみても、たいした活躍をやってのけるたまではないだろう。
しかし、線香花火的な見立ても危うい。
たいしたたまでないからこそ、誰でも権力持てば簡単にやれそうな、学校の先生の口元チェックを推奨したり、をドラマチックな政治ショーにもり立て、視聴率に貢献することにもヤッキになるわけだが、そんなことが国政レベルで徹底される恐れがあることには変わりがない。
さて、マスコミがその経済的なスタンスなどから橋下側にストップをかけうるかについて、あまりあてにはならない。産経新聞なら、いちゃもんをつけそうだが、そもそもあれ自体が所謂『その他の貴重な御意見』レベルの存在であり、あんなものが日常生活で『だいたいの常識』として通用していたらば、彼らの社会科教科書が全国普く使用されていよう…橋下市政なら、そうなる危険性は高そうだが…。問題は、ナベツネ新聞が声を大にして『進んで抵抗勢力』になりたがるか、である。そんなババを彼らが引くとは考えがたい。
いわく因縁も含めて、讀賣が脱原発を憎むのはよくわかるし、批判的な主張はやってはいる。
が、現状の人気を想定して意見すれば、脱原発に断じて許さん的に異議をまくし立てれば、ナベツネさん、袋だたきにされるのは間違いないのでは?それはパ・リーグ再編騒動時の比ではない!全国の主婦から不買運動とか発生し出すのでは?ましてやTVで脱原発を仮に(笑)叫び出した橋下を叩くキャンペーンというのは想像すらできない。
多分、心底では大差がない右派でも讀賣と産経が違うのは、そこらにもあると思う。
日経新聞に大衆を動かす能力があるとは全財産賭けてもないと、冗談がたたけるくらい、ない!あんなもの、会社勤めの脅迫観念か、ミエで読むくらいのものだ。系列のテレビ局の発信力のなさは言わずもがな!
さて、かつて私が高校生時代、おたかさんフィーバーなる一大イベントがあったが、あの時の讀賣グループみたいな迫力というかやる気の半分もないだろう。あれだけの自民党の失政、そして竹を割ったようなおたかさんのキャラへの人気があったのに、陰に陽に反対キャンペーンをやりまくっていたし、なかなかの効果もあった。たかだか私ごときの身の回りでさえ、やはりおたかさんでは微妙という声も何度も聞いたものだ。[もっともそれでも参議院選挙では、日本最強の保守王国で社会党候補が勝ってしまったのだが…。恐るべし、一人区(笑)]新聞、テレビが絶対的な声だった当時のなせる業かとも感じたものだったが、それは讀賣なりの信念が社会党政権で汚されるという命懸け(笑)な危機感からだったのでは。
原発という、ミスすれば問答無用な惨劇に陥るのが体感できた大衆たちに、誉れ高い大衆新聞が大見え切って日テレとコラボして脱原発キャンペーンを張れるわけがない。
フジテレビも産経新聞の主張をオープンに繰り返していたら、多分存在していなかったろうし、仮に『人気者の似たような思想信条を持つ』橋下さんが、大阪市は××原発は許さんとか本格的にやり始めたら、腰砕けになるか、後から懐柔でいいやで済ませるのがリアルな話でしょう。
右派新聞にとって、当面の脱原発は国体護持級の何かではない。そんなものは広原先生の分析のように、橋下さん自身が確固とした脱原発論者でないという面からも、いくらでも泳がせられるテーマであろう。
寧ろ、参政権問題で極右思想結社;産経が牙を向く可能性がまだあろう。
それとて天秤にかければ、物を言う新聞としての(笑)面目を保つ程度の材料に過ぎないか?

myamya 2012/03/25 18:52 パナソニックがどう出るか。PHPがどう出るか。
橋下氏にとってはそれが一番の関心事です。PHPの江口克彦はいまみんなの党の議員。
とVoiceでもたびたびみんなの党よりの特集が組まれたりします。この勢力が脱原発をどの程度本気で
いうのか。パナソニックは重電メーカではありませんから、東芝・日立と違って、脱原発に切り替える
ことができないわけではない。こういう指し方をされたら、どうします? かつての革新勢力の末裔、
市民社会主義者(社民連はもともとはそこから出てきました)たちの末裔はどう対応するのか。

2012-03-22

膠着状態に入った「橋下新党」のジレンマ、「橋下新党と政界再編の行方(3)」、(大阪ダブル選挙の分析、その18)

| 07:25

 このところ、政界再編の動きが鈍っている。というよりは、“膠着状態”に入ったという方が正しいのかもしれない。野田首相谷垣自民党総裁との秘密会談に続いて、岡田氏が自民党幹部に接触して大連立を持ちかけたというが、民主・自民の双方からその動きを打ち消そうとする声が上がっている。与野党とも内部に強力な反対勢力を抱えているためだろう。この膠着状態はいったい「橋下新党」の今後に対してどんな影響を与えるのか、それが今回のテーマである。

 この問題を別に主題としたわけではないが、先週、私も参加して大阪で府市関係者との突っ込んだ意見交換の機会を持つことができた。懇談の内容は主として大阪市政改革に関するもので、関市長のもとでの市政改革の成果、平松市長が目指した市政改革の方向、主要政策における改革の現状と到達点など、数時間にわたって具体的な資料に基づき討論が行われた。

私はもともと大阪市政批判の急先鋒だから、当局側の立場からの説明には疑問や違和感を持つ点が多く、とりわけ同和問題(部落解放同盟問題)に対する総括には「大甘だ」と思うところが多かった。それでも「区制改革」「行財政改革」「経済成長戦略」の3項目にわたる包括的な説明の中で、とくに大阪府と比較しながらの財政改革に関する内容については知らないことも多く、大阪市政全般の問題点を理解するうえで大いに参考になった。

その一例としては、橋下氏は知事時代に「大阪府の財政立て直しに多大な成果を挙げた」と喧伝されているが、大阪市政との対比においてはむしろ各種の財政指標を悪化させている。つまり自治体の借金(地方債残高)、税収に占める借金の返済負担の割合(実質公債費率)、国の基準により将来の借金返済に備えて毎年積み立てる基金(減債基金残高)の全ての指標において、この間、大阪府は財政状況を悪化させ、大阪市は財政状況を好転させたとの説明だった。

地方債残高(2005年度末と2010年度末の比較)

大阪府:5兆7300億円 → 6兆900億円(3600億円増)

大阪市:5兆5000億円 → 5兆1000億円(4000億円減)

 ●実質公債費比率(2007年度末と2009年度末の比較)

  大阪府:16.6% → 17.2%(0.6%増)

  大阪市:11.8% → 10.4%(1.4%減)

 ●減債基金残高(2010年度末見込みと2011年度末見込みの比較)

  大阪府:5189億円不足 → 5707億円不足(518億円不足増)

  大阪市:3112億円 → 3432億円(320億円増)

 こんな数字を挙げだすと切りがないので止めておくが、8頁にわたる詳細な資料に基づく説明の後、議論は今後の「橋下新党」の動向に移った。結論から言うと、橋下氏自身は国政に出て行かないと「言明」しているが、知事出馬をめぐっての「2万パーセントない!」とのウソにもあるように、「彼は必ず国政に出る」というのが参加者の一致した観測だった。ウソか本当かは知らないが、国のトップか国際舞台での活躍が彼の次の目標なのだという。

 しかしその一方、「橋下新党」は国政に打って出た瞬間から“失速する”というのも、また参加者の一致した意見だった。その内部要因としては、杜撰きわまる「維新八策」の内容にもみられるように、政策面で既成政党との差別化ができず、民主・自民と異なるフレッシュな政治路線を打ち出せないからだ。もし差別化を図るとしたら、石原新党のように極右路線をとる以外に道がないが、ブレーンの上山氏(国際派・新自由主義者)や堺屋氏(開発主義者)の意向からして、目下そのような兆候は見られないとのことだった。

 となると、“大阪市解体”で大ナタを振るっている現在の勢いが衰えないうちに「劇場選挙」を仕掛けるしかない。「教育・職員基本条例」の強行採決、区長公募、「維新政治塾」の開設、テレビに露出しているタレントの「顧問就任」の乱発など、「橋下新党」が劇場選挙の大道具・小道具集めに必死なのはそのためだ。しかし、国会解散のイニシャティブが橋下氏にあるわけではなく、「橋下新党」は“オポチュニスト政党”であることが本質である以上、実はこの外部要因が「橋下新党」の最大の弱点になるということでも、参加者の意見は一致した。

現在の政界再編の膠着状態は、たしかに民主・自民内部の反対勢力の抵抗もあることはあるが、その実、大連立を標榜している両党の主流派が意識的につくり出しているとの見方が有力だ。理由は「橋下新党」に漁夫の利を与えないこと、つまり「橋下新党」が失速する頃を見計らって総選挙を仕掛けるのが算段で、そのためにはもう少し「時間稼ぎ」が必要だからだ。

私は以前から主張しているように、橋下氏の危険な言動には注意しなければならないが、「ハシズム現象」や「橋下新党」は決して長続きはしないと考えている。「橋下新党」は所詮“線香花火”のような存在であって、橋下氏は危険なマッチ遊びに熱中する幼稚な“コドモ大人”にすぎない。だから、彼の周りから着火しそうな燃草を取り除けば、「ハシズム」や「橋下新党」は消える他はないのである。

 最近、「橋下新党」の行方を象徴するような世論調査があった。3月19、20両日に行われた共同通信の全国電話世論調査だ。次の衆院選後に望ましい政権との問いに対して、「政界再編による新たな枠組み」との回答が38・3%で最多、次いで「民主、自民両党の大連立」、「自民党中心」、「民主党中心」の順だった。しかし、そこには「橋下新党」に関する回答は出てこない。世論調査の項目設計の段階で、「橋下新党」の選択肢はネグレクトされたのである。

 また衆院解散・総選挙の時期に関しては、「任期満了に近い来年夏の衆参ダブル選挙」を求める回答がトップで、これに「今年前半までのできるだけ早い時期」、「今年後半以降」が続いた。来年夏まで「橋下新党」の勢いは持続するだろうか。政界再編は、当分の間「嵐の前の静けさ」に入ったようだ。

ecopolisecopolis 2012/03/23 20:15 >政策面で既成政党との差別化ができず、

「維新の会」が、政策面で他の既成保守政党と大きく違う点が、少なくとも一つあります。それは「脱原発」です。
 最近のいろいろな動きを見ていて思うのですが、次の国政選挙が「脱原発」ワンフレーズ選挙になるのではないかという可能性を感じます。

 その一つの理由は、「公務員改革」をワンフレーズにしようとしても、これでは「改革派」と「守旧派・抵抗勢力」を対立させることができないことがはっきりしたからです。

「公務員の給料を下げる」→既成政党も賛成
「公務員を減らす」→これも既成政党も賛成

 つまり、既成政党の中でも「公務員の給料を下げるな」「公務員を減らすな」などという人はほとんどおりません。これでは厳しい対立にはなりません。

 ところが、「脱原発」、もっと詳しく言えば「電力自由化(地域独占廃止・発送電分離)によって既存電力会社と「原子力村」を解体し、脱原発を進める」という主張であれば、電力会社にとっては死活問題なので必死に抵抗するでしょうし、それに同調する政治家も出て来るでしょう。そこに対立の構図ができます。つまり、

電力自由化に賛成=脱原発=一般国民の側に立つ改革派
電力自由化に反対=原子力村=既得権にしがみつく守旧派・抵抗勢力

という単純な対立の構図を描き出すことが可能になります。

 かつて1990年代半ばから「ムダな公共事業批判」が盛んに行われました。「無駄な公共事業批判」では、ゼネコンを基軸として政・官・財が癒着した「鉄のトライアングル」が批判の対象になっていました。この「鉄のトライアングル」批判は、ちょうど今の「原子力村」批判とよく似ています。

 そして、2005年の「郵政選挙」の時には、「ムダな公共事業を止めるためには、その資金源である郵便貯金・財政投融資を改革しなければならない」という論理が主張されました。これも今、「脱原発を進めるためには、電力自由化によって「原子力村」を解体しないといけない」という主張がされているのと似ています。

 1990年代半ばに、五十嵐敬喜さんと小川明雄さんらによって「ムダな公共事業」を批判する岩波新書が立て続けに発刊されました。今、大島堅一さんの『原発のコスト』がやはり岩波新書から出ているのは偶然の一致でしょうか。

 私の予想が当たるかどうかはわかりません。しかし、次回の選挙が「脱原発」ワンフレーズ選挙になる可能性について、十分に注意する必要はあるのではないかと思います。

うろこうろこ 2012/03/24 02:18 大阪在住の府民です。
確かに「脱原発」は大きいと思います。「橋下支持者」で最近の橋下氏の動向に疑いの目を持ち始めていても「脱原発だから」で信じ続けようとする人は結構周りにいます。が、これは橋下氏にとっては疑似餌みたいなもので、利用する必要がなくなったら180度転換して「私の認めた原発はいい」と言い始めると思います。大阪で「脱原発」の為に議員の事務所を訪ねて話をしている方がいます。ほとんど事務所は話を聞いてくれるそうですが、「維新の会」だけは門前払いだそうです。なんでも「党の方針で決まっているとか」こんな市民の話すら聞かない姿勢の議員を当選させている愚かさに大阪府民は早く気が付くべきでしょう。国政に広がる前に。

2012-03-08

「橋下新党」は保守大連立の“触媒”に終わるか、「橋下新党と政界再編の行方(2)」、(大阪ダブル選挙の分析、その17)

| 16:21

 京都ジャーナリスト9条の会での議論の流れは、その後の交流会の雑談も含めておよそ次のようなものだった。まず「橋下新党」が(私が言うほど)簡単に国政進出できるとは思わないとの空気が結構強かった。その理由は2つで、ひとつは候補者「タマ」の問題、もうひとつは選挙資金の捻出だ。

 「橋下新党」は200人から300人の候補者を立てて100議席を目指すというが、それだけの「タマ」(人材)を集めるのは容易なことではない。現に、維新の会の現職議員が「ひき逃げ事故」で辞職に追い込まれたり、あくどい口利きで職員の顰蹙(ひんしゅく)を買ったり、社会常識のない「最低ランク議員」だと通報されたりしている。おそらく橋下氏の「分身」(クローン)気取りで舞い上がっているのだろう。

 名古屋市議選挙においても河村市長の「減税日本」は数十人の即席候補者を立てたが、当選して議会活動を始めた途端にボロが出て、議員活動を続けられずに辞めた者もいる。いまや「河村新党」(減税日本)は“粗悪品の塊”とか“幻滅日本”と言われるほどの惨状で、次期選挙で生き残れる者はほとんどいないという。河村氏自身も任期を全うできるかどうかわからない。横浜市の中田市長と同じく、「国政進出」との名目で市長の座を去らなければならないとも限らないのである。

 それに「維新政治塾」で即席の候補者教育を施すというが、松下政経塾でも1桁の少人数塾生を4年程度の時間をかけて養成している。200〜300人もの大量の新人を僅か半年足らずで国政選挙「タマ」に仕立てられるなどと思うのは、狂気の沙汰だといわなければならない。その程度の候補者で橋下氏の大好きな「大勝負」に打って出るというのでは、国民を馬鹿にしていると言われても仕方がない。

国政選挙大阪の地方選挙などとは事情が全く違う。全国各地で既成政党が同時一斉に選挙戦に突入するのだから、橋下氏が応援できる範囲は限られている。「烏合の衆」が全国レベルの選挙戦に臨めば、文字通りバラバラになってしまう。地べたを這うような「地上戦」を戦わなければならない小選挙区選挙では、候補者一人ひとりの「地力」が試される。橋下氏が得意とする「空中戦」はここでは通用しないのだ。

 「維新八策」が国政選挙の政策として通用するかどうかも大問題だ。大阪地域政党の政策をいきなり国政選挙マニフェストに格上げするというのだから、いきおい「付け刃」になることは避けられない。「大阪都構想」が大阪で受けたとしても、「道州制」が東京京都で受けるとは限らない。「憲法改正」「9条改変」などが前面に出てくると、「橋下新党」に対する国民の警戒心は一挙に高まる。事前の世論調査と本番の選挙戦では国民意識は大きく変化する。国民の目はそれほど甘くない。

 加えて、国政選挙候補者1人あたり千万円単位の選挙資金を必要とする。200〜300人もの候補者を擁立するとすれば、数十億円もの巨額の選挙資金を用意しなければならない。だが、それほどの「カネ」を一体どこから調達する(できる)というのか。関西財界は目下のところ模様眺めで、「橋下新党」に対する警戒心を崩していない。橋下市政も「橋下新党」も長続きする存在だとは見ていないからだ。すぐに消える「泡」(あぶく)のような政党に「カネ」を出すバカはいない。

 「橋下新党」の最大の応援団は、目下のところ新聞やテレビなどマスメディア(それも幹部クラス)だ。だが最近になって東京方面はともかく、関西方面では幾つかの変化が出てきている。毎日テレビは、教育基本条例ブッシュ政権の「落ちこぼれゼロ法」にソックリで、実施すれば公教育が破壊されるとのアメリカ教育関係者の厳しい警告を日本の視聴者に伝えた。これに対して、橋下氏が例によって汚い言葉で激しく「つぶやいた」のはいうまでもない。

9条の会の2日後の3月4日、朝日新聞は(私の知る限り)はじめて「アメリカ大阪の教育改革の比較」に関する本格的な大型記事を掲載した。この記事を書いた阿久沢悦子記者は、1月中旬のニューヨーク市教育委員会の現地模様を写真入りで取材し、ブッシュ政権の教育調査官を務めたニューヨーク市立大学教授のインタビューの内容も詳細に紹介している。2カ月をかけた取材を経て、満を持しての掲載だろう。

記事の骨子は、見出しだけを見ても、「落ちこぼれゼロ、夢の果て」、「大阪に先行10年、NY150校淘汰」、「テストで選別」、「弱者置き去り」というもので、アメリカ大阪の教育改革の類似点を要約した比較表がことの本質を余すところなく伝えてわかりやすい。それに「予算かけ細やかな教育を」、「オバマ政権転換」との結びも気が利いている。

京都ジャーナリスト9条の会では、今後とも「橋下新党」の行方を追い続ける予定だという。これからの展開は事態の推移を冷静に見守る他はないが、今回の話題提供でもし私が結論めいたことを言ったとすれば、それは「橋下新党=政界再編触媒」ということだろう。

私は技術系出身なので、大学の教養課程では散々化学実験をやらされた。そのときの指導教授から聞かされた「触媒」の意義が今でも記憶に残っている。それは「化学反応の際にそれ自身は変化せず、他の物質の反応速度に影響する働きをする物質」というものだ。

 「橋下新党」がそれ自体、国政政党として大きく成長していくとは私には思われない。政党としての綱領もなければ、政治理念もなく、ただそのときの「大衆の不満のはけ口」として反射的に出てきた泡のような政治集団にすぎないからだ。しかし「大衆の不満」が政治的に無視できないレベルに達している以上、既成政党は何らかの形で「橋下新党」に対応せざるを得ない。それが政界再編の引き金になり、保守大連立政党結成への“触媒”の役割を果たすとの意味である。

 この見立てが正しいかどうかわからない。「橋下新党」が“大化け”する可能性(危険性)があるという論者もいる。京都ジャーナリスト9条の会に対しては、次の機会に別の観点からの話題提供者を呼んでいただき、もう一段高いレベルの議論をしたいと願っている。(つづく)

旅マン旅マン 2012/03/19 19:22 タマと数については賛成できるが、地上戦だから空中戦は通用しないというくだりには疑問あり。
私は上方の事情はわからないが、市長選なんて比ではない勝ちっぷりで、松井さんが圧勝したことを舐めてはいけない。松井、Who?って奴があれだけ勝てたのは、有権者がいちいち見ていないからである。小選挙区だからこそ、とんでもないバブリーなことになりかねないと思いますよ!
広原さん、先生のご指摘通り、彼等はまちがいなく粗雑品です。
有権者だって、まず橋下さんシンパだってだいたいのことは感じていると思いますよ。
んがしかし、では、大昔から予算中継で『おまえはなんのためにいるんだよ(笑)』とツッコミを入れたくなるような、ひたすらテレビ目線な爺議員とか、まあ本会議中に居眠りするオッサン議員とか…はたしてそれは程度の問題であっても本質的には大差ないと、今時の有権者は見ているのではないのでしょうか?
だから、例によって例のごとく(笑)議員定数削減とか、比例議員は小選挙区みたいな緊迫感零だから、なくしてしまえみたいな『床屋政談』テレビ番組が人口に膾炙しているんでしょう?
間違いなく、橋下支持者などは、犯罪議員とかは駆除すればいいやん(笑)で、ちゃんちゃん!であって、まあ、粗雑品でいいんだよ。橋下の手足になれば誰でもいいじゃん、ばーか!って感じで、批判記事とかせせら笑うだけでしょう。
断っておくが、私は、広原さんの勇気ある発言には敬意を表したい。
しかし、どうも違うと思う。まだ、所謂リベラルな知識人は通常の範疇内で論じているように感じます。
ハシズムは、進行形のインフルエンザみたい。
『だいたいの』多数派さえ、適当に自由ならば多少の『やんちゃ』は政治ショーとして、別に市バスのオッサンとか、物理的に殺すわけじゃねーからいいじゃんよ、くらいで楽しまれている。歌くらい歌えや!てめーら、日頃は『校則、規則』と俺達を縛りあげるのに、なーにが、良心の自由だ?ふざけるな、歌え!みたいなノリもあるのではないかな?
どうせたいした発展もないし、いいだろ?でゆるーくやるタイプ。
『パンとサーカス』などと憂慮する声など、みんな納得済みで、ハイル・ハッシー(笑)みたいな感じなんでしょう。
こういう人々の素朴、かつ、やり場のない感情をとらえた批判、戦術をとらない限り、何とか金曜日とかの定期購読者とか、原爆ドーム前でダイイングする積極的な方々以外[うーん、ある意味『産経信者』に近い精神構造かも…]には、さして声は届かないだろう。

2012-03-05

京都ジャーナリスト9条の会で話題になったこと、「橋下新党と政界再編の行方(1)」について、(大阪ダブル選挙の分析、その16)

| 14:34

 日頃、「ハシズム」のことで日記を書いているから所為か、ある日「京都ジャーナリスト9条の会」の幹事の方から、表記のようなタイトルで「一度話題提供してみないか」とのお誘いを受けた。政治ジャーナリストでも政治学者でもない私が「そんな大それた話など出来るはずがない」といったん断ったが、「それでもいいから」(素人談義でもよいとの意味)といわれてついに引き受ける破目になった。一般市民(新聞読者、テレビ視聴者など)がどのように「橋下騒動」を受け止めているかを、「プロ」のジャーナリストたちが知りたがっているからだろう。 

 しかし、それからが大変だった。新聞スクラップを連日ひっくり返してレジュメをつくり、3月2日夜、京都放送(KBS)会議室において新聞・テレビの現役やОB、出版社幹部などの前でようやくオッカナビックリの話題提供に及んだ。レジュメは「想定される政界再編シナリオ」と「移行過程(ステージ)」を中心としたもので、およそ以下のような内容だった。それぞれのケースごとにシナリオが成立する理由と背景について簡単に記したい。

第1シナリオは、民主・自民両党が2大政党としてそのまま継続し第3極政党が不発に終わるケース。第2シナリオは、民主・自民両党が後退して第3極政党(橋下新党他)が出現し政局が不安定化するケース。第3シナリオは、第3極政党の台頭を機に政局安定化のため民主・自民両党が横断的に解体再編されて新自由主義保守大連立政党が結成されるケース。第4シナリオは、大連立政党から落ちこぼれた残余グループ(旧保守勢力、第3極政党残党など)の中から保守ローカル政党極右政党が分化するケースである。 

これらの政界再編シナリオは、全てが現在の民主・自民2大政党の機能不全状態にあることに端を発している以上、シナリオ・ライティングの前提としてはまず「日本型2大政党制」の問題点を解明しておかなければならない。

そもそも2大政党制がそれなりに機能するには、資本主義の大本を支える(保守)新自由主義政党と、労働者や中間層の利益を一定程度反映できる社会民主主義政党の共存が必要条件になる。なぜなら資本主義体制を維持するためには、社会の多数派である中間層や労働者の支持を得ることが不可欠であり、そのためには資本側に一定の譲歩を迫ることのできる社会民主主義勢力の存在が不可欠だからだ。だが強欲資本主義の支配する日本では、社民政党が独自の政治集団として存在できる余地がほとんどない。

もともと財界がグローバル経済に対応する国内体制(低賃金・低福祉に甘んじる社会)を確立するために意図していた2大政党制は、社民政権が成立するようなヨーロッパ型の2大政党制ではなく、「瓶の形は違うが中身は同じ」といわれる共和・民主両党のアメリカ型「保守2大政党制」だった。

だから、財界が自民党の「利益誘導政治」(財界利益の他、土建業界や農協など地元保守基盤への利益供与を軸とする保守政治体制)に見切りをつけたとき、次の2大政党の主たる担い手と目されたのは、自民党内の官僚ОB集団と民主党内の「連合」を軸とする労働組合幹部(労働貴族)だった。またそれ以外の社会諸階層・諸集団を統合するための「控えのグループ」として、松下政経塾生に代表される親米右翼の民間活動家も起用された。

つまり一方では、国家官僚群を機軸に据えた財界直轄の“テクノクラート政党”に自民党を特化し、他方ではグローバル企業労組の「連合」を中心にして民主党を労働者支配のための“労務政党”として育成するというのが、財界の「日本型2大政党制」の目標だったのである。

ところが何をどう間違えたのか、自由党と合同して2大政党の一角を占めた民主党が「社民ばりの政策」を掲げたことから政治の混乱が始まった。政権交代を実現するには自民党と同じ政策では不可能だったからであろうが、それが財源の裏付けがない「空マニフェスト」(空約束)だったために、政権交代直後から次々とボロが出て収拾がつかなくなった。朝日・毎日新聞からも政権公約を破棄して「豹変政治」や「脱マニフェスト政治」に転換することを勧められ、遂にはマニフェスト全てを投げ捨てる破目に陥ったのだ。

こうなると民主・自民両党は「瓶の形も中身もまったく同じ」になり、もはやアメリカ型「2大政党」とさえ言えなくなった。民主党政権交代に期待をかけた国民の間には大きな失望感が広がり、自民党への不信感と相まって一挙に「2大政党制」への幻想が崩壊することになった。第1シナリオの「2大政党による現状維持ケース」はもはや破綻する他はなく、第2シナリオの「第3極政党の台頭ケース」が必至となった。だが問題は、それが「橋下新党」なのか「石原新党」なのか、はたまた「みんなの党」なのかということだ。

目下のところ「橋下新党」が最有力で、これに迎合する「みんなの党」があわよくば一緒に「抱きつき浮上」しようと画策しているらしい。最終的にどうなるかはまだよく分からないが、いずれにしても「橋下新党」が第3極政党に進出することはまず間違いないと見てよいし、その事態が民主・自民両党間の膠着状態を打開する政治的契機になることも確実だろう。

すでにこの事態を予測した水面下の動きすなわち第3シナリオの「保守大連立政党」結成への胎動が、野田首相谷垣総裁の「極秘会談」という形であらわれている。内側からの小沢元代表の分裂策動を封じ、外側からの「橋下新党」の影響を最小限に抑えるために、消費税増税法案の成立を民主・自民主流派間の「話し合い解散」を取引条件にして成就させようとの画策だ。このとき「橋下新党」や小沢元代表はどのような行動をとるのだろうか。(つづく)

ますますひどくなっていますねますますひどくなっていますね 2012/03/07 03:17 1990年代初頭の、いわゆる「政治改革」の最大のねらいは、「決断できる政治」、言い換えれば「少数意見を切り捨てられる政治」を作ることだったのではないかと思います。
当時の状況として、1991年の湾岸戦争への多国籍軍への参加をアメリカから要求されたにもかかわらず、参戦は決断でききませんでした。また、当時行われていたガットウルグアイラウンド交渉ではコメの輸入自由化を要求されていたにもかかわらず、それを決断できない状況でした。中選挙区制だと、同じ選挙区で自民党候補者同士が争うため、一人がタカ派的な候補者ならもう一方はハト派的になりがちです。例えば、3人区だと自民(タカ派)、自民(ハト派)、社会党というパターンが生じやすく、全体としてはハト派的な政治家が、過半数とはいわないまでもかなりの割合を占めることになります。また同時に、自民党が党内に大きな意見の食い違いを抱えざるを得ない構造になっていました。
 この状況を変える、「決断できる政治」を作り出すためには、中選挙区制を無くさないといけないと言うのが、当時の「政治改革論」だったと思います。財界はもちろん「政治改革論」を支持していましたが、大企業労働組合もやはり支持していたと記憶しています。
 1993年に中選挙区制が廃止されてからも、なかなか「政治改革論」者の思うような「決断できる政治家」は出てこなかったのですが(結局、当時はまだ一般国民が「決断できる政治」を求めていなかったということでしょう)、20年近くが経過して、ついに橋下市長が出てくるようになってしまいました。
 「社会が大きく変化する時には、個人に権力を集中して、決断しないといけない」という主張に対してどうやって対抗していくのか? (こういう考え方は、もともとは左翼的な考え方=プロレタリアート独裁を変形したものではないのかという気もします)そのような独裁的なやり方を否定するとしたら、どうやって社会をまとめていくのか。知恵を絞らないといけません。

旅マン旅マン 2012/03/19 21:32 強欲資本主義!共産党よりパンチのきいた表現に座布団三枚ですね。
我が尊敬する、伊東光晴先生がヨーロッパにイギリスを含まないと『政権交代の政治経済学』の中で論じられていたのを想起しました。
いや、毒は四半世紀に亘って細部にまでいきわたりです。
みんなの党では、確実に大衆は切り捨てられる、社会保障コストなぞ、金持ちには百害あって一利なしなのだから。
こういう勢力になぜ、圧倒的な多数派である大衆がシンパシイを抱くのか?四半世紀に亘るマスコミ教育故の帰結ならば、格差社会に爆心して三等国に行き着くのでしょうが、しかし一方では、橋下さんでさえ留年発言を軌道修正したように『公共サービスの充実』に期待する声も少なくない現実もあります。
結局は社会の大半にとって、夜警政府としてではなく『やっかいなこと』をこなす存在として政府は外せない存在であり、公務員を削減したり、やたら精神的に駆り立てる手法でモラールを劣化させても百害あって一利なしなのだ、だから新自由主義をデストロイせよと、コテンパンにたたきのめすキャンペーンをわかりやすくやるしかないですな。
税金上げて何が悪い!
絆だ、馬鹿やろう!
公共サービス充実させねえと、貧民だらけになるんだよ。
金持ちには市役所、どうでもいいよな?無駄なコストじゃん!等等…。
教育の話に戻せば、先日、偶然なのか、NHKでオランダの留年ありな国をあげての学校生活をテレビでやっていた。よりによって尾木ママつきで。
非常にわかりやすかった。あれに堅苦しさ、説得口調な臭いなど皆無だった。こういうことをやるには物心ともどもコストがかかろうが、いかに公共サービスが大切かを考えさせられた。
『小さな政府』のやり方では、到底ありえないやり方で、あれをみたら多分、ハッシーに投票した大半の有権者も子供を余裕で金かかる私立に通わせる高額所得者を除けば『小さな政府』ではヤバイかもと振り返ると思いました。
この国に空気のように蔓延している、とりあえず公務員減らせ的なムードを『逆に大衆の自殺行為になる』とアピールすることが、反撃の第一歩です!

2012-02-28

いまこそ「反ハシズム、ユナイテッド・オ―サカ」を結成して、“大阪ダブルリコール運動”の準備をするときが来た、(大阪ダブル選挙の分析、その15)

| 18:54

 2月27日の月曜日、私は大阪で昼夜連続2つの会議をハシゴすることになった。ひとつは昼間の都市計画関係学会の学術シンポジウム、もうひとつは「おおさか社会フォーラム」が主催した『公教育と公務員労組の解体と闘うウイスコンシンからの報告』に関する夜のプレフォーラムだ。夜のフォーラムは会場がすし詰めだったこともあって相当疲れたが、久し振りに組合運動や市民運動の熱気に触れることが出来て大いに刺激された。

フォーラムではアメリカから招請された2人の女性教師の運動報告が圧巻だった。ひとりはウイスコンシン州都・マディソン市の教員組合委員長のペギ―・コインさん、もう一人は同教員組合闘争委員会共同委員長でリコール運動ボランティアのカスリン・バーンズさんだ。2人とも意識的にゆっくりと話してくれたせいか、通訳が要らないほど報告がわかりやすく無駄がなかった。

それもそのはずだ。2人はともにウイスコンシン州立大学マディソン校の大学院(教育学)を出た現職教員で、ウォーカー州知事の公立教員攻撃や公務員組合潰しの反対運動の先頭に立ったアクティブな活動家であると同時に、長年の豊かな教育経験に裏打ちされたすぐれた知的リーダーだからだ。報告の概要は以下のようなものである。

ウォーカー州知事の「財政再建法案」提出(2011年2月11日提出)にともない、これに即座に反応したウイスコンシン大学の学生グループの行動(大学からマディソン校を分離する方針に反対)と教員組合の運動(公務員の健康保険・年金料負担増額および教員組合の団体交渉権剥奪に反対)から始まった少数者の運動は、法案提出から僅か10日足らずの間にこれを支援する高校生や市民へ爆発的に広がり、州庁舎・州議会を連日包囲・占拠する数万人規模の大運動へと発展した。

その後の経緯は日本でも伝えられたように、公務員組合の団交権を制限する法案が3月9日上院、10日下院で強行採決されたものの、いったん市民の間に広がった反対運動は衰えることなくその後も継続され、約半年後の11月15日からはウォーカー知事に対するリコール運動がスタートした。署名期間は2か月であるが、この間にリコールに必要な署名数約54万票(前回知事選投票総数の4分の1)の倍近くに達する100万人を超える驚異的な署名数が集約され、2012年1月17日に選挙管理委員会に提出された。また同時に行われた副知事、与党州議会議員4人へのリコール署名も法定数に達した。目下、選挙管理委員会では署名有効性の確認作業が行われており、有効投票数が確定すれば再選挙が行われることになる。

このリコール運動が成功した背景には、「ユナイティッド・ウイスコンシン」(団結したウイスコンシン)と呼ばれる、広汎な市民階層から構成されるリコール署名運動の飛躍的展開があった。労働組合員、退職者、民主党議員、農民団体、市民団体、学生グループなど2万人以上の人びとが、ウォーカー知事や共和党側の猛烈な妨害工作にもめげずに、電話、戸別訪問、サッカーや野球の観客への働きかけなどを通して献身的な活動をやり抜いたのである。

 私はこの報告を聞いた瞬間、大阪でこそ「反ハシズム」のための「ユナイティッド・オーサカ」(団結した大阪)と呼べるリコール運動組織が必要であり、いまこそ橋下市長や松井知事を同時にリコールする“大阪ダブルリコール運動”が提起されるべきときだと感じた。なぜなら、大阪維新の会が次々と打ち出してくる反動的施策や策動に後追い的に批判・対抗するだけでは、「ハシズム」に勝利することが難しいからだ。またハシズムにイニシャティブ(主導権)を握られている状況の下では、「反ハシズム」の国民世論を効果的に結集することが困難だからだ。

 どこかで現在のような「ハシズムにやられ放し」の局面を変えなければならない。そのためには個々の反動的施策に対する批判活動も重要だが、それだけでは現在の局面を変えることは出来ないことを認識すべきだ。もっと広汎な府民や市民、それを支援する国民世論を結集できる「大きな旗印」が必要なのだ。「モグラ叩き」のような後追い的な行動だけでは、人びとを立ち上らせることは出来ないからである。

 「反ハシズム、ユナイティッド・オーサカ」を結成し、“大阪ダブルリコール運動”を提起することは、現在の局面に危機感を抱く広汎な良識層を結集し得る「大きな旗印」になると私は確信する。自治体労組、教組など公務員労働組合はもとより、広汎な市民団体、ボランティ団体、学生グループ、商店主、工場主などにも広くかつ大胆に働きかけるべきだ。もし知識人やジャーナリストあるいは研究者がその「結び目」になることができるのなら、私たち研究者は率先してその行動に立ちあがるべきだ。

 余談になるが、ウイスコンシン州の運動は私個人にとっても決して遠い存在ではない。ウォーカー知事が財政再建法案を州議会に提案する直前の昨年1月27日から2月3日までの約1週間、私は近くのルイジアナ州のニューオーリンズにいた。「ハリケーン・カトリーナ」の襲来で致命的な災害を受けたニューオーリンズの復興実態を調査するために現地を訪れていたのである。

このとき私たち調査団の全日程を調整してくれたのは、ウイスコンシン州立大学大学院で社会学を専攻し、神戸大学大学院で日本の災害研究をしていた有能なアメリカ人の女性研究者だった。彼女はインターネットを駆使して地元のNPОやNGOと連絡を取り、私たちの充実した調査計画をつくってくれた。また現地では専門的な通訳として大活躍してくれたことは言うまでもない。当時、アメリカ中のマスメディアはすでにウイスコンシン州議会をめぐる前哨戦をしきりに報道していたが、そのことを教えてくれたのも彼女であり、自分の故郷の行方を心から心配していたのも彼女だった。 

 

 また当時、エジプトではムバラク独裁政権に対する民衆運動(ジャスミン革命)が頂点に達し、私たちが宿泊していたホテルのテレビは、連日「ブレーキングニュース」(臨時ニュース)を報道していた。そのとき「タハリール広場」のデモに参加していたのが、両親がアメリカ生まれのエジプト人だったウイスコンシン大学の学生グループのリーダーであり、彼はそれから直ちに帰国して学生運動を組織したと今回の「大阪フォーラム」で聞いた。不思議な縁を感じずにはいられない。(つづく)

hiroharabloghiroharablog 2012/03/02 23:35 MYAさん コメントをお寄せいただいたのですが、掲載する手続きを間違ったのか、コメントが消えてしまいました。誠に申し訳ありません。もしよろしければ、お手数でも再度投稿いただけませんでしょうか。

myamya 2012/03/04 05:01 若干、調子を変へてお話いたしませう。いま、橋下市長と大阪維新の会を批判する側は、ありきたりのレッテルで満足するといふ考へを捨てるべき
だと思ふのです。捨てるが大げさであれば「括弧に入れる」といましょうか。「ファシズム」という言い方も、それに対しての「人民戦線」もダメです。
「革新自治体の再生」も「円卓会議」もダメでせう。ファシズムは、概念規定からして不正確ですし、他人をその場の勢ひで罵れればよいというのは橋下
レベルでせう。事実問題として、橋下は暴力部隊を持つてをるわけではないのです。「浪速のチャベス」という表現がありますが、本家のチャベスには失礼なのですが、
「裏返しになつたチャベス」位は言へるかもしれません。企業の正規労働者の組合=労働貴族でしかないヴェネズエラでは、労組の幹部は反チャベスです。
もっとも、「浪速のチャベス」、本家と違うのは、新自由主義が入つてることです。エル・システマという音楽を通じてのチームワークと感受性の底上げを図る
チャベスはドゥダメルという、米国のオケを振り、ローマ教皇の前でも演奏できる指揮者を生みましたが、橋下にはそれは無理でせう。エル・システマはなぜスP0つを
用いないかというとそこに闘争の契機が入るからだそうですね。だから「偽チャベス」。

myamya 2012/03/04 05:12 反橋下陣営が、人民戦線などという言葉を使うことも考えなおすべきでしょう。もともと、スターリン主義はそのままにして、西のほうでは社民と一時休戦して
おくかというものではなかったか。平和になったら、東ドイツやチェコで何が起こったか、突っ込まれますよ。それこそ。革新自治体にしたって、今では、そのまま
繰り返せるとは思えません。歴史は過去そのままでは出てきませんし、それに、足腰の弱い社会党が共産党に食い荒らされていったととらえている人だって、
います。民主に流れた人たちはそうではありませんか。それに、円卓会議って、メンバーの参加資格はどう定めるのでしょう。私が考えているのは、仮に新社会党が
参加したいといって来たらどうされるのか。このあたり、よほど頭を絞らないと、逆に「共産党がリードしてるだけですよ」戸やられるのは必定です。(続く)