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反復的ディスクライブ

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2012-02-05

02_05

18:44

たとえばル・クレジオとかロブ・グリエとか読む前から「え、読んで影響うけて書いたんじゃないの?」ってくらい変な(ある意味でわかりやすいかもしれない)文章を書くひとを、ぼくは今年ひとりグシャグシャした文章に誘い込んでしまったようなのだけれど、それは例外的なものとして、基本的に「読んだら?」なんて言わない。

けれどやっぱりなんだかんだで「ふつうに書けない」人がいくらかいて、そういう人はふつうの言葉で書くこともふつうに物語を話すのも(たいていは自分がなくなっちゃう不安がおおうから)うまくできない人で、だからまず一語一語をひたすらめんどくさく組み立てていく(ある意味ひとりだけの言葉を作るように書く寂しい)作業を経たあと、同じような神経質さで「神経質でないありふれた言葉の、自分だけの組み合わせかた」を探っていくのが必要になっていくのだろうけど、それはそれで楽しいところはあるかもねって、「これ読んで!」って自分から言えるようになるいつかへの迂回として楽しいところがあるかもねって、少ないひとに言いたい。

それは絶対的にひとりでしかあれないにも関わらず、ひとりとして語れない苦痛をどこまでも自覚してしまう、ある意味で「自己満足な」、ある意味で「寂しい」ひとが、「ひとりでいいよねー」って妥協するわけでも、また「ひとりってなんのこと?」とごまかすわけでもなく、折り合いを少しずつつけていく過程でもあって、だから思うような身体であれないことや、人間として生きるしかないことともほとんど変わりない、というかむしろ書くことがそっちから派生してる。悲しいけれど悲しむだけだと死んじゃうからやるしかないことなんだと思う。

エナミエナミ 2012/04/05 03:13 山本さんはどういう小説や、文章を「ふつうだ」と感じ、どういう小説や、文章を「ふつうじゃない」と感じるのでしょうか?
いくつかタイトルを挙げていただけると助かります。

>ふつうの言葉で書くこともふつうに物語を話すのも(たいていは自分がなくなっちゃう不安がおおうから)うまくできない人

ここで山本さんのおっしゃっている「ふつうの言葉」「ふつうの物語」とは、何なのでしょうか?
説明をいただけると幸いです。
「ふつうに書けないこと」についてはいろいろ考えておられますが、
その根幹のある「ふつう」の内容についてはもっぱらスルーされているように思えます。
「ふつうの言葉」「ふつうの物語」を書ける人は、果たして「神経質でないありふれた言葉の、自分だけの組み合わせかた」をしていないのでしょうか?
私が疑問に感じるものは、山本さんにとっては自明のことかもしれません。
しかし私は、その山本さんにとって自明のことかもしれない内容に興味があります。
よろしければ教えていただけると幸いです。

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