連休が来るたびに、成田から群がるようにして日本をあとにする観光客を毎年毎年恨めしく思っていたひろこ。
それが、生を受けて2×年。ついに、島国・日本を飛び出して、雄大ユーラシア大陸スカンジナビア半島へ渡ってきた。




・暖かいフィンランド
今年のヨーロッパは珍しい暖冬だそうで、北欧のフィンランドさえも暖かく雪があまり積んでないという添乗員さんの電話に愕然としていた。
ところが、幸いひろこたちが行く日から気温もぐっと下がり始め、雪も例年並じゃないものの積み、天気もオーロラ観測にはもってこいの晴天続きでウルトララッキーだった。
よっぽど晴れ男・晴れ女ばかりのツアーメンバーだったに違いない…。


・白に祝福された銀世界
フィンランドは「森と湖の国」。山国家(?)の日本では絶対に拝めない雄大な自然がひたすら広がっている。
異国の衣装を纏った長身の美女を思わせる樅の木。彼らは、自分の美しさと存在感を十分に知っていて、森の中の一つの木に過ぎないと言うことを良しとせず、自分こそが唯一無二の存在なのだと確信しているに違いない。
雪の女王、スノー・クイーン。かわいらしい北欧の家と並ぶと、まるで夢に描くプリンス・エドワード島に来たかのような錯覚に陥ってしまうほど美麗な白樺の木たち。背丈の低い子供たちは、まるで氷の妖精だ。
彼女たちほど、白という白を知り尽くした存在はいないだろう。目を射るばかりに光り輝き、見る者の心を喜びと祝福で満たしてくれる。
白に祝福された、銀世界。
ガラス球に入ったような無垢の大地に、ひろこはただ、恐れと感嘆の吐息をつくばかりだった。

樹氷



・樅の木のアクセサリー
「心まで降り注ぐような満天の星空」―――
その光景を思い描いては幾度となく吐息をついてきたが、実際に見た「満天の星空」は、少しだけ期待を裏切るものだった。
夢に描いてきた「包み込むような大宇宙」というよりも、「手が届きそうな星空」だったのだ。
それでも、かつて見たことのない夜空だった。日本から見るよりもずっと大きくて近い星座たち。毎晩毎晩、街の明かりにかき消されても、こんなにもひろこの頭上で輝いていたのだと気付かされた星々のまたたき。見たことのない銀河の海が、オーロラに負けじと光を放っている。
手を伸ばせば、本当に届きそうだ。大きな北斗七星が、まるで樅の木にぶら下がったアクセサリーのように見えた。
長い間佇んでいると、静かに星たちは夜空を回っていく。
ここは地球の”てっぺん”。
宇宙に、一番近い場所。


・サイレント・オーケストラ
オーロラは運良く、北極圏にいる間は全ての夜に見ることができた。
天使のように、天上から舞い降りる幻想的な光。北の夜空にぼんやりと浮かんでいても、刻一刻と静かなる音楽は形を変える。時には霞のように。時には優美な天蓋のように。
遥か頭上から降り注がれる、光の筋の一本一本の旋律に、思わずそっと祈りを捧げる。
一度だけ、その比喩のとおり、「光のカーテン」を見ることができた。
光の筋は東から西へと夜空を横切り、ふいに光が強くなったかと思うと、レースのカーテンが柔らかく風にたなびくようにゆらゆらとダイナミックに、しかし静かに揺れ始めた。しばらくすると光の帯は消え、再び沈黙が訪れる。するとまた、今度は強い白い光が勢いよく夜空を駆け抜け、激しく、気高い静けさを持って壮大な交響曲を演奏した。
帯の波が行き着く先には、一瞬だけれども、好戦的な赤い輝きを見た。
交響曲はそれだけでは終わらない。もう一筋、帯の上に光の波を作り出し、それはひろこの真上へ、そして向こうの夜空へと、瞬く間に星空を支配した。
それらの演奏はわずか数分のできごとだったけど、遠い昔から北の果ての夜空を静かに燃やしてきたオーロラの、誇りと永遠の躍動を見たような気がした。


・光の中の殺人鬼

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