2010-04-01
■[その他]帰着
いよいよ日本に向け帰国という日の前日の夕方、空港に隣接するマリオットホテルにチェックインした。レンタカーを空港そばのレンタカー会社のガレージに返却し、そこから重い荷物をバスで運ぶのは難儀だったが、翌朝車に乗らずに空港に行けるのは有難かった。
翌日乗った飛行機は、コンチネンタル航空の直行便、ビジネスクラスでしかも180度フルフラットシートは普段なら大喜びするものだが、娘がいたため、全くその便益を享受する機会はなかった。航空会社が用意したバシネットに入れるとすぐに出ようとするし、床に置くとよたよた歩きながら通路に出ようとするわでもう大変。食事はそこそこ、睡眠は全くとれずという状態で、13時間30分のフライトをひたすら耐えた。
やっとの思いで成田空港に到着すると、卒業旅行の大学生や修学旅行の高校生たちと鉢合わせたため、入国審査や荷物の引き取り場は大混雑。もう疲労の限界と思ったところでようやく出口に辿り着いた。
出口には母親と妻の両親が迎えに来てくれた。周囲の視線もあり「お勤め御苦労さま」というねぎらいの言葉はかなり照れくさかったが、孫の顔を見る嬉しそうな笑顔を見ていたら、筆者の疲れも吹き飛んだ。
無事に帰着して親に孫の顔を見せられる・・・、親孝行出来て良かった。
2010-03-31
■[日々の暮らし]エイリアン・ストリート
引越しが終わった日の夕方、アパート近くのホテルにチェックインした。安普請だが、設備は悪くない。
夜はそのホテルに隣接する中華レストランに友人たちが集い、夕食を共にした。ショートノーティスかつ平日の夜にもかかわらず集まってくれたのは、ニュージーランド人とベネズエラ人の夫婦、ホンジュラス人の夫婦の4人。最近買った車の話題や、日本に帰る我々がどうやって英語力を維持するかなど、他愛無い話でをしながら3時間ほど過ごした。引越しですっかり興奮状態にあった妻と筆者(と娘)にとっては、良いクールダウンの機会だった。
彼らを含め、10数人の友人とは、奥さん達が妻のコミュニティ・カレッジのESLのクラスメートだった縁で、仲良くしていた。お互いアメリカ人でないということもあり、アメリカに対する複雑な感情を吐露しあうには格好の相手だったのだろう、ある意味筆者達にとってアメリカ人以上に馴染める存在だった。
成田美名子のマンガ、エイリアン・ストリートを姉が持っていて、中高生の頃に読んだものだが、主人公の家に集うあの留学生同士の交流に通じるような人間関係が我々にも存在していたような気がする。
2年半以上も親しくしていたが、元々いつかはヒューストンを去ることがわかっており、その晩も不思議なほど送別モードではなく、淡々と食事してお酒を飲んで笑っていた。次はハワイで会おうと冗談を言いながら・・・。
2010-03-30
■[日々の暮らし]引越し
日本への帰国、4年ぶりの桜を見られると思うと否が応でも気持ちが高ぶるが、それまでにやらなければならないことが沢山ある。最大の難関は引越し。限られた時間と費用の中で、最低限必要なものを、日本に送らなければならない。東京の筆者のマンションは、ヒューストンのアパートの半分以下の面積だ。
まず、家具は全部売却することにした。売却といえばClaig’s Listや日本語の情報サイトに広告を出すのが一般的だが、不特定多数のバイヤーからコンタクトされるのも嫌なので、知人・隣人のネットワークを通じて売却することにした。ソファーなどのリビングセットやダイニングセットはすぐに買い手が見つかった。また、照明や事務用の椅子、電化製品なども買手や引取り先がそう難しくもなく見つかった。苦戦したのはベッド類、アパートの掲示板に広告を出したものの、結局誰も買手が現れず(連絡先を書いた紙切れだけは全部持っていかれたが)、引越し業者に引き取ってもらった。
次に、所持品をかなり廃棄処分することにした。捨てられない性分の妻や筆者にはこれが難儀な作業だった。服はかなり処分したが、買った量に比べて少なかった。書籍類も一部処分したが、これらは親切な日本人の知人が全部引き取ってくれた。捨てるに忍びなかったので嬉しかった。
最後に残った服、書籍、食器とヒューストンで購入したおむつなど娘の品々を、猫のマークで有名な日本の運送会社に頼んで東京に送ってもらった。2日間にわたって搬出してもらったが、段取りがよく、両日とも半日程度で作業が終わった。
引越しはこの10年で7度ほど行ったが、家族が増えたこともあり、今回が一番荷物が多く疲れた。最終搬出の翌日、すっかり空っぽになったアパートの部屋を見て、非常に清々しい気分になった。
2010-03-29
■[ビジネス]送別会
契約期間が終わり、ヒューストンのオフィスを離れ、東京に帰ることになった。ビジネスキャリアとしての3年間は短いかもしれないが、日本に残してきた家族のことを考えると、3年という月日は長い。
契約終了とはいえ、残務整理等があって4月以降も今の会社の東京オフィスで働き、ヒューストンへも出張する機会があるので、筆者自身オフィスを離れるという意識は全くない。しかし、上司から送別会を開くので○○日を空けておくようにと言われた。しかも妻子を連れてくるようにとのこと。どうやらそちらが目当てのようだ。昨年5月にオフィスでベイビー・シャワーをやってもらった手前、筆者には断るオプションはなかった。。。
送別会は昼間に行われた。おやつ時ということもあり、忙しい時期にも関わらず、会長以下5-60名の同僚が集まってくれた。こちらの送別会は、司会(だいたい上司)が最初にスピーチをした後、ボランティアのスピーチを募るのが一般的なようだ。筆者のような一介のコントラクターの場合、ボランティアは一人もいないだろうなぁと思ったら、4名が話してくれた。
彼らの話を聞いていて、3年間の色々な出来事が走馬灯のように頭のなかをぐるぐる巡った。そして最後は自分の番、下手な英語で出来る限り感謝の言葉を述べたつもりだ。スピーチは全部で20分程度だっただろうか、折角のブルーベル・アイスクリームが溶けてしまっていた。これを目当てに来た同僚達には申し訳なかった・・・。
コミュニケーション・ギャップのある中で、上司や同僚も、筆者に対する不満は沢山会っただろう。それでも、そんなことはおくびにも出さず、感謝の言葉で送り出す、、、大人の付き合いだ。
2010-03-28
■[日々の暮らし]子供を本好きにさせる方法?
我が娘は10ヶ月になった。手放しで10秒以上立ったり、時には両手離しで数歩歩いたりもする。タダでさえ動きの激しい子なのに・・・、我が子の成長を喜ぶ前に、我が家では将来の心配ばかりしている。
妻も筆者も本は好きだから、本好きになって欲しい。常々そう思って絵本や赤ちゃん雑誌を与えるが、舐めたり破ったりするものと思っているようで、見たりしている気配はない。こんなので本好きになってくれるのだろうか、と心配になってくるが・・・。
Parents Magazineの最新号に、「子供を本好きにさせる方法」という記事が載っていた。それによると、最初の12ヶ月は、親は出来る限り子供と一緒に絵本を眺めたり読んだりするべきなのだそうだ。この時期は子供にとって親が全てで、親のすることなら何でも幸せに感じるかららしい。その際、読むならゆっくり、身振り手振りを使う、拍手などリズム感を植えつけるような仕草をする、等が効果的とのことだ。
子供がどんどん活発に動き回る1歳〜2歳にかけては、至る所に絵本を置いておき、機会があったら読み聞かせるようにすると良いのだそうだ。その際、親が動物の声などを真似するなど擬態や擬音を使って本を読んでやる、同じフレーズを繰り返して聞かせる、日常の行動と関連した本を読み聞かせる、子供の写真にキャプションをつけてそれを読んで楽しむといったことをすると良いらしい。
3歳になって言葉や自分の行動の意味を理解出来るようになったら、親は読んでいる間に指で単語や絵を指したり、質問をしたり、読んだ本に出てくる食べ物を与えたりするなど、本の世界と実際の世界の関連について理解させるように努めると良いのだそうだ。また、外に連れ出して風景を見せたり音を聞かせ、それらを絵に描かせたりすることも、本が何かを理解させるうえで重要なのだそうだ。
今のところまだ望みはあるようだが、親の努力も相当なもののようだ。要は、本を読んであげる機会を極力多く持つことと、絵をどんどん描かせるということだろうか・・・。ちなみに、筆者の子供の頃は、母親と一緒に「ひとまねこざる」を読み、父親から空想の物語を聞かされたものだ。