エセすすきの日ごろの話題

2017-05-02 第770回(通算774回目)

?? 23:00

(2017年5月1日ごろに書く予定)

2017-05-01 第769回(通算773回目)

?? 22:10

(2017年4月30日に書く予定)

2017-04-30 第768回(通算772回目)

2017年4月も間もなく終わる 21:24

2016年10月にピース綾部祐二ニューヨークへのニュースに。2017年4月から綾部がニューヨークで活動する。このショックは大きく、笑って見送ろうと思った。でも、今年になってビザ発給されず、2017年4月なっても綾部は日本にと思った。すべてを失ったときに這い上がるか。どんなことでも乗り越えるかと願った。

なのに、綾部祐二はすでに渡米していた。思ったいたことと違ったのでどう思えばいいか分からなかった。」

この2月26日からNHK又吉直樹の「火花」全10話放送。今日で放送終了。「火花」を通しての芸人の世界を描く。実写である。そういえば、ラフレクラン西村真二出たなぁ。二枚目が「火花」に。これが気になった。

が、エセすすき、綾部祐二のロスショックで悲しんでます。綾部が好きだったので嘆いています。

「明日へ」2017年5月 21:24

私の履歴書」で2007年5月に執筆したのが新藤兼人であった。1912年(明治45年)4月22日生まれ。当時95歳。

私の履歴書」の中で最後の明治生まれの執筆者となった。明治や大正生まれの著名人は戦争をくくりぬけてひとことに重みはあった。

財界人の勲章「私の履歴書」。2013年以降から登場人物が刷新した感がある。2011年ごろはそういうものはなかった。

プロゴルファー岡本綾子と戦後生まれの文化人の登場でリニューアルした気がする。女性初の経営者の登場など変わった気がするのだ。時代の流れには逆らえない。

安倍修仁氏やカルロス・ゴーン氏とバブル崩壊失われた10年と言われる中での1990年代の企業家が書くのは大切だと思う。

私の履歴書」は、大正・昭和の財界人の自叙伝ではなく、これから、平成日本に活躍した人たちを書き記さないと後世に伝える資料にならないのではない。時代を伝える資料はもっと必要である。

2017年5月の執筆者。明日からスタート。また時代を伝える証言者は増えて、さらにまた1ページを残すことになる。

「明日へ」…2017年5月(の前に) 21:24

確かに時代を伝える資料は大事で記録を残すことは必要。しかし、無断でしかも高名な哲学者桑原武夫氏の無断破棄されたと大切な資料を無残にも市の職員が捨てられるのは悲しかった。

私だって怒りたいです。桑原武夫を知る手がかりを失ったことで。だから、歴史に名を残した偉人は後世に伝える事業と考えたい。

どうでもいいが、NHK番組発掘プロジェクトでは希有な映像資料を残していこうとする。NHKに寄贈を。NHKも今回の事件みたいに無断破棄するなよ。NHKを伝える資料失くすと事件になるので!

サヨナラ(か)、体育の日 21:24

10月10日は「体育の日」。1966年から1999年までの「国民の祝日」で10月10日の記念日だった。その「体育の日」が51年で消えるかもしれない。10月10日の意義が薄れてきた。10月10日は、ある意味で記念日でその記念日を敬う日だった。「サヨナラ、体育の日」は私も悲しい。

昔の祝日の「よかった」か。小生書けず。10月10日が平日になったのは2000年以降。2001年10月10日が雨だった日を昨日のように覚えている。

そして、明日は… 21:24

さいたま市」市政16年。「浦和与野大宮合併で「さいたま市」に。

埼玉高速鉄道開通。さらに上野東京ライン首都直結は一歩、一歩前進した。さて、今の市長はさらにできるか気になります。

そして、(もうひとつの)明日はまたエセすすきのブログ、769回目。9でスタートの思い通りにならないスタートです。

2017-04-29 第767回

創価学会の言葉…ネットでの言葉 05:18

  • ネットで何度も書いているが、創価学会の正義をネットで書いても伝わらない。正義ではなく悪の言葉がはびこり、悪が横行してる。嘘の言葉として残ってしまう。
  • 結局、行動でしか残すことはできず、その人の行動だけが、善に返る力はないと思う。ある方の「言葉で語るより行動を示すしかない」。そうだと思う。行動でしかその人の伝えたいことがあるので行動は大事だ。
  • ネットでいくら書いてもそれは伝わらないと思う。
  • 日本は流されるあまり、考えも行動もそれに乗ってしまうのは、震災前からあったと思う。震災前の日本は「なぜそうなってしまったか」今一度考えるべきと思う。私もそれを考えていきたい。
  • 2007年ごろから2013年までなぜ日本は腐敗したか。また、この間に得て、失ったものは何か、考えていきたい。

創価学会の言葉…多宝の友よ。 05:18

  1. 昔、創価学会は60歳以上の人が指導部と呼ばれる人生の先輩が後輩に指導していく部があった。これを長く書くと失言になるので控える。しかし、指導部は廃止された今、もしあればだが、人生の先輩をと言葉自体に問題はあった。
  2. 「人生を指導する」と70歳だって、元気に活動して、若々しい人が多い。それを指導部とは。
  3. 失言で言葉に違和感がある。確かに2007年ごろか遅くても2010年ごろから言葉の重さがなくなったと思うのだ。人生の先輩は確かに手本にしないといけない。
  4. 2012年1月の時、100歳を迎えた女性。師匠がいる限り発展した、師匠がいたからこそここまで。100歳になっても青年の気概で生きる。この言葉、言葉が100歳の人とは思えないほどいきいきして、ここまで生きるまではと不甲斐ない自分に喝を入れられた。(2012年1月号の「大白蓮華」で)
  5. さらに、「人生は楽しい旅」であり、師匠とともに旅を送れる。91歳で生きること自体が旅を言えるすごさ。しかし、どこかへ遠くへ旅する喜びではなく、人生そのものは旅であると師匠のもとで送れる生き方を。
  6. それを2013年11月号の「大白蓮華」で読んだとき、その方のいきいきした言葉や若さ、さらに、写真で子供たちがその方を前に拍手を送れる喜び。これには自分に喝を入れられた。
  7. 今、改めて愚かな自分にあのときに言われた言葉を自分の教訓にいく他にないのだ。
  8. 旅をすることはつまらない。子供の時の考えがあったあまり、それが自然に「旅行嫌い」自分になってしまったと思う。その考えがわびしく、むなしく聞こえてしまった。
  9. こうして書いてみると創価学会指導部ならぬ今の多宝会の人こそ見習うものがあるのだ。生き方の手本にと。
  10. まもなく36になるが、早くから絶望の考えに生きると空しくなるものだ。今、そういう友と会えない今、それが反省しないといけないと思うのだ。
  11. だから、自分は一人じゃないと思う。767回目に書く。絶望は不幸。生きることへの歓喜と。
  12. さて、6月13日にはどんなことを書くのだろうか?

春の叙勲 05:18

  • 2011年春の叙勲。延期になった。しかし、2011年4月29日、内定者発表されず、中止と思ったとき、震災で褒章をもらう喜びじゃないと思った。失言を書きたくない。
  • 今年になると、1947年生まれの方が叙勲を授与する。戦後生まれで叙勲は違和感や抵抗はある。
  • 昔、叙勲は、大正生まれや昭和一桁の人間が贈られる栄誉と思った。昭和一桁あたりから考えが崩壊してきたが、20年近くで叙勲の重みがなくなった。
  • そういえば、海外の勲章に難癖をつけたお坊さんいないなぁ。

次期衆院選で望むこと 05:18

禍は… 05:18

  • 確かに、復興相の失言はひどかった。軽々しいものがあった。767回目に書くことも書いていて、一瞬だけ、その大臣の失言が頭をよぎった。軽はずみな言葉が災いのもとだ。
  • 「口は災いもと」だ。768回目以降もブログで書くことは慎重にと思う。
  • 「禍は口より出てわが身を破ってしまう」。これはあの竹入義勝以外の犯したことではないようだな。

2017年4月も間もなく終わる 05:18

  • 2016年10月にピース綾部祐二ニューヨークへのニュースに。2017年4月から綾部がニューヨークで活動する。このショックは大きく、笑って見送ろうと思った。でも、今年になってビザ発給されず、2017年4月なっても綾部は日本にと思った。すべてを失ったときに這い上がるか。どんなことでも乗り越えるかと願った。
  • なのに、綾部祐二はすでに渡米していた。思ったいたことと違ったのでどう思えばいいか分からなかった。
  • エセすすき、綾部祐二のロスショックでいます。今まで好きだった綾部がいい人だったので、ニューヨークに行ったことも嘆いています。SMAPのロスショックに次ぐ、ロスショックです。
  • そして、4月にエロメンニューフェイスが誕生。一徹氏、エロメン卒業以降、自分の反省と今のエロメン危機に残されたものがどう立ち向かうか、気になっています。
  • さて、769回目もどうなるか?

2017-04-28 第766回

エセすすきの言いたい放題…2009年の公明党憲法記念日アピール 06:55

エセすすきの言いたい放題…ネット上での創価学会 06:55

  • ネット上での創価学会の正義はすべて不正義に似た言葉であり、間違った考えが横行してる。ブログ創価学会の正しさを書いても伝わらないのでこれが問題である。
  • 創価学会の正義や哲学を伝えるのは、新聞か書物しかない。また、実際に行くほかにないのだ。
  • 創価哲学は実は実体験しか残せないのだ。ネットの言葉は呪われてるはずである。
  • 復興相の失言「災害東北だからよかった」は、確かに言ってはいけない言葉だった。では、ネットで逆手にとってツイートで「東北はよかった」とアピールすればどうかも問題だ。
  • 日本は小さくなって、小さい殻にこもったらいけないのだ。島国ゆえの根性がむき出しである。
  • ネットでの言葉も罪は重い。ゆえに創価学会のネット上の不確かな話もさらに不幸だ。
  • 『来年の(自民党)総裁選へ、もう鍔(つば)ぜり合い。たかが「小島の主」の座に群がる愚人達。』(1998年8月8日付の聖教新聞から)
  • 橋龍内閣、ついに消滅。発つ鳥、あとを濁さず。発つ龍、あとに泥水の渦』(1998年8月1日付の聖教新聞から)
  • 『「最大、最高の方(かた)」がバブル生んだ張本人・宮沢(喜一)氏とは!人材不足極まれり』(1998年8月2日付の聖教新聞から)
  • あの当時も創価の怒りは凄まじかったなぁ。

エセすすきの言いたい放題…「有閑倶楽部」大問題 06:55

  • 私がブログで書いてもどうにもならない。抗議したかったら、集英社に、一条ゆかりに手紙で抗議したいものです。
  • 有閑倶楽部」は、人の不幸を描くのが多く、人を不幸にさせたマンガが多過ぎた。人の不幸ばかり書き過ぎだった。1989年に「丑三つ時の女」にしても可憐がスキー場仏像を暖代わりに燃やしてしまった。これで高熱にうなされたストーリーで始まった。人の呪いを描き、さらに、妬みで人を殺して、財を成した人なんてひどいと思う。宗教を軽視ゆえの表れかと思う。
  • 私はその話、読みたくなかったし、読みたくもない。宗教軽蔑した人間のマンガは嫌と思う。また、「たたりだべぇ」のばばさまの話もだ。
  • 果たして人の不幸を多く書いた漫画はスゴイかといえばそうではなく、実はそうじゃないと思う。一条ゆかりの考えが悪すぎた思いのだ。
  • 766回目に書くが、もう「有閑倶楽部」は読みたくない。

エセすすきの言いたい放題…「ときめきトゥナイト」は間違ったマンガだった。 06:55

  • 2017年になって自分の中で間違った考えを通したあまり、実は本当は「これが正しかった」のがあれば、「ときめきトゥナイト」というマンガである。
  • 自分が愛良の抜けるような顔立ちの少年のピュアストーリーではなく、実は、蘭世が主人公で蘭世と俊の愛の奇跡の物語だった。魔界と人間界のラブコメディであったと。そして、蘭世の弟のガールフレンドがいて、物語は流れて行った。
  • 2002年の「ときめきトゥナイト」のリメイク版では蘭世が主人公で蘭世を軸に描いてる。愛良の「あ」の字は全き出てこない。なぜ愛良が主人公かと書くと、自分が「りぼん」で読んだときの「ときめきトゥナイト」の主人公という単純な考えだったのでその考えが浅かったのだ。
  • 蘭世を軸にしたマンガを最近まで知らなかった。それが軽率だった。「りぼん」で大きな影響を与えたマンガだったのだ。江藤蘭世のラブコメディ。
  • 766回目になって書いて恥ずかしい気持ちの「ときめきトゥナイト」の大作の意義。その考えが浅かった。

766回目以降に書くが… 06:55

  • 2008年8月のはてなで暴言を吐いた「ハリガネロックもう見ない」事件。この事件で自分の軽率さ、軽々しさに恥ずかしくなった。コンビ解消して失ったものは大きかった。でも、失ったから逆に自分で気が付かなかった自分がいたので、そこで得ることがあった。
  • ハリガネロックを失ったときに得たものは何か、今考えている。これを766回以降にきちんと書く。
  • しかし、766回目にして「ときめきトゥナイト」の本当の内容の考えの浅さ、本当の描きたかったこと。「有閑倶楽部」は、描きたいテーマはあった。訴えたい内容はあった。でも、それは自分で楽しめることものが全くなかったので自分で失ったことは確かである。
  • そして、「有閑倶楽部」というマンガを「読みたくない」と書いた今、ネット上で知らないところで流されていくのでネットの言葉は不幸を招くと思うのあった。
  • りぼん」の崇拝。明らかに間違っていた。自分で思うことはあるのだ。

春の褒章 06:55

  • 紫綬褒章内定者が決まる今日。今年の受賞者が誰か気になる。
  • でも、2011年春の褒章は震災の影響で延期になった。しかし、私はあのとき中止と思っていた。津波で家を家族を失ったのに、めでたく褒章を送るのはと中止と思った。2011年6月に内定者や春の叙勲内定者が発表された時、違和感を覚えた。さらに、2012年春の褒章は予定通り、この日に内定が決まったとき、2011年春の褒章が頭をよぎった。
  • 春の叙勲。明日内定者決まり、新聞でも報じられる。年々、重さがなくなったと思う。とくに、1946年生まれの人が叙勲授与となると戦後生まれの人間が叙勲は抵抗があり、戦後の混乱から日本は復興し、日本がこれから新しい希望が放った時、輝いた時期に青春を送った。その人が叙勲はどうしてもである。
  • 私のイメージからして、叙勲は戦前生まれか大正生まれの名誉と思った。そういう価値が低くなった気がする。今年はどうしてもだ。
  • 1947年生まれ。戦後の復興が始まった時期の日本。その人たちが今年から叙勲を。抵抗あると思う。
  • 766回目に書いたが、さて、ウェブログウェブで書く言葉も重みがないです。

さて、767回目は… 06:55

  • 創価学会のことでも767回目に書こう。
  • >書きたかったら、書け。でも、ネットだよ。ネットの言葉は相手に伝わらないから、紙に書いてね。エセすすきさん。