エセすすきの日ごろの話題

2017-04-05 第743回

変化の胎動 06:17

  • 堺屋太一氏が経済企画庁長官時代の1999年ごろ、月例報告で景気は「変化の胎動が感じられる」と言った時期があった。しかし、今、「変化の胎動が感じられる」のは、景気ではなく芸能界で芸能界の世代交代の荒波は大きな変化の胎動が出た。また、今までの壁が壊れ始めた。芸能界のドンが次々と倒れて、新しい人へと流れが、変化が出るのはいいことだ。この言葉「変化の胎動」は芸能界にあると思うようになった。いよいよ、芸能界に世代交代が来た。そうだ。老兵が倒れるときが今来たのだ。

1999年の日本を振り返るときに 06:17

  • 1998年や99年ごろの聖教新聞の寸鉄は破邪顕正日本の政治の腐敗を鋭く批判と勢いがあった。 
  • 『病める現代。生命を励ます仏法哲理に刮目(かつもく)せよ。宗教蔑視じゃ島国沈没。』 (1998年11月23日付) 
  • 失業率、また最悪更新。“記録破り”の連続日本。悪政五輪メダルは無用』 (1998年12月19日付) 
  • 失業者が、300万人台に。国民を苦しめる悪政どこまで(続くのか)。(政治に)根っこから変革!』 (1999年4月3日付) 
  • 『文化とは、人間向上への闘争なり。享楽日本、真の文化は何処(いずこ)に在りや?』 (1999年4月12日付) 
  • 失業率は最悪。家計は底冷え。こんな日本に誰がした。無責任政治屋共だ。』 (1999年5月7日付)と政治腐敗の日本に厳しく喝の言葉があった。
  • 終身雇用年功序列がすでに崩れた今、雇用不安はあると思う。今の日本はわずか3年以内で退職。一つの会社に粘り強く働く努力がなくなっているので、日本の自信喪失が顕著に出てると思う。 
  • 『日本人は全体的に「自信喪失」文部省調査。哲学と確信の(創価)学会こそ柱なり。』『「日本はあらゆる可能な景気策を」G7。そうだ!と国民も挙(こぞ)って賛成』 (いずれも1999年5月1日付) 
  • 『「日本は自己主張が埋没」と。民衆が黙れば社会は沈没。青年よ叫び訴えよ。』 (1999年5月2日付)今も日本は自信喪失。不安を思う社会が蔓延してる。それは震災以前からそういう空気が強くなってる。私は、震災前の昔を通して、不安を不安に思う考えがあったので、その苦しさはあった。日本は哲学が求められてる。哲学なき社会は衰亡すると。今それを考えてほしい。 
  • 『母たちの、切実な願いと怒りの声。政治家よ、生活の叫び、襟正して聞け。』 (1999年4月4日付)

聖教新聞は今物足りなくなった? 06:17

  • 聖教新聞。ある時期までは間違った考えこそ正せ。間違った社会は社会は衰亡すると。「悪を責めていけ」の言葉があって、それはそれでよかった。2010年以降になって、日本は微弱になる中で聖教の正義の言論がなくなり、集団でと、かつての勢いがなく、本当に日本はどうなるかと思う。1999年の寸鉄のような勢いが感じられなくなった気がする。創価学会のものとして、本当に強く怒りたい。小池百合子も「こんな日本にした無責任政治家共」のひとりではないか? 創価学会は反小池を先頭に立つ人で寸鉄でたくさん、警告しなくてはいけないのではないか? だまってただ迎合したら、終わりではないか? 創価学会よ、今こそ「悪を攻め抜く」言葉をたくさん書け。そして、「お笑い創価学会」と揶揄されたとき、佐高信テリー伊藤批判したか。 創価学会誹謗中傷した知識人批判したあのときの勢いはどこへ行った。

田宮卓批判…その後 06:17

  • 2012年夏。エセすすき、ブログで名言マニアの田宮卓氏を批判。私が4月に聖教新聞の寸鉄でどうでもいい格言を書いてるうち、自分の低俗さ、つまらなさにひどいと思った。田宮卓氏が未来に、人間が善へ導く言葉をサイトで紹介してるのに、私は、レベルの低い格言を書いているので、そのことや田宮卓氏をなじった自分が恥ずかしくなった。自分と氏の差は歴然。バーナード・ショー「嫉妬は他人をも信用しない」トルストイ「自分の罪を正当化するのは悪人の所業」は、格言にしてはむずかしいです。田宮卓氏は、素晴らしい格言を集めて、紹介してるので。我ながらそれが情けなくなった。さて、743回目。今回の話題はどうなるか…

2011年11月の記憶 06:17

2011年11月の記憶 06:17

  • 2011年11月18日の創価学会創立記念日はあの日はどんなことがあったのか。思い出せず、全く覚えていない。どうしても覚えていない日だった。何にも覚えていないのだ。2011年11月25日にばちーんんんJumpを。そして、ラ・ママ新人コント大会を。が、それを見て楽しかった日は、2012年のこれからの自分は大きく変わっていく。それを気がつかない日となった。「サワダヒロタの部屋」のレポで書いてないので、いい思い出を作れたことはできたはず。2012年もどんなことがあっても乗り切れることがあったのだ。2011年震災で強く乗り切っていく力を身に付けたのでまだできたはずだった。

2011年11月の記憶 06:17

  • 確かに自分は苦しく、集団にもまれず、孤独の中で生きると強くなれないと叱った人もいて、ある意味ではいい時期だった。つらかったけど、乗り切れるものはまだあった。今はこれだけしか書けない。いや、つらかったけど、また乗り切れる勇気はあったのだ。2011年末ごろ、自分の様子がと、これ以上書くのはよくないが、自分の中で悪い予感があったのでしょう。ひとりぼっちでいるとさみしく疎外感を覚える。それは、あってはいけない。そのことで泣いてはいけないと私がそのあとに苦しんだことで得たことをここで書く。

2011年11月の記憶 06:17

  • 確かに自分が苦しかったのに、「自分はどうしてこうなるの」と思う自分がいけないと今更だが思う。ひとりぼっちでいた自分でそれで怪しまれることをしたと自分がいけないので自分の言動が至らなかったと思う。
  • ただ、震災から当時8か月だったあのとき、日本は本当に苦しかった時期になぜ自分だけよかったのかと思う。自分の感覚がおかしかったと思うのだ。2012年はひどかった。これもおかしいもの。穏やかじゃなかったのでしょう。私がです。
  • 日本が大きく変わり始めた大きく変化したとき、2013年ごろからと思う。あのときから日本は大きく歴史が変わり始めたと今更思うのです。

2011年11月の記憶 06:17

  • もうひとつ、さよならしたことを書いて、743回目の話題もさよならしたい。ビデオ録画。2011年11月でできなくなる。ビデオテープ好きな自分にとってビデオを見るのは楽しかった。地デジ移行して、買い替えたのがこの時期なので、ビデオテープ録画ができなくなるのは残念だった。でも、ビデオテープは時代にそぐわないので今は録画もきれいなDVDで見たいのはある。みんなきれいな映像で見たいものである。およそ60年近くでようやく日本も我が家にきれいな映像を見れる時代になったということだ。きれいにオチが付いたので次は744回目です。