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MR.VERTIGOのアウトドア日記

2011-03-19 熊野古道 大雲取越え

[]熊野古道(中辺路 大雲取越え)

 次の文章は今からおよそ800年前、藤原定家という歌人が「雲取越え」をした際に綴った感想だ。

『終日超嶮岨、心中如梦末遇如此事、雲トリ紫金峯如立手』(名月記)

 読み下すと「終日嶮岨を越し、心中は夢の如し。未だかくの如き事に遇わず。雲トリ紫金峯は立てるが如し。」読み方がわからなくても文面から「険しい山道をほうほうの体で越した。こんな目には遇った事が無い。山は掌(てのひら)を立てたように眼前にそびえている」くらいの意味が解釈できれば合格だ。今日挑むのは『大雲取越え(おおぐもとりこえ)』。これで私の中辺路地道ルート踏破は達成する。「雲取越え」とは前回の『小雲取越え』+今回の『大雲取越え』から成る。中でも『大雲取越え』は難所中の難所という誉れが高い。最後に最難関ルート挑戦となったのは仕方ないことだ。だって、このルートは日帰りでアクセスできない。いや、できないこともないが、オレには無理だ。というか、イヤだ。

 起床は5時30分。まずはJR那智駅に向けて6時30分頃自宅を出発した。JR那智駅は道の駅を併設しており、車を駐車するのに適している。那智駅発8時33分の那智山行きバスに乗って本日のスタート地点である青岸渡寺(せいがんとじ)を目指した。終点那智山バス停からスタート地点である青岸渡寺まで急な石段を登る。これがけっこうキツい。出鼻を挫かれそうになったが何とか堪えてスタート地点に到着した。

 スタート地点からも急な石段を登る。ここから約20分くらいで那智高原に到着するがこれは単なる導入部分に過ぎない。那智高原より後は船見茶屋跡(ふなみちゃやあと)まで高低差約330メートルを一気に登る。私は熊野古道の他ルートを歩いてみて、高低差たった150メートルくらいの峠越えにひどく難儀した経験がある。問題は高低差ではなく斜度なのだが、ガイドマップを見ると最初の登りがいちばん長くかつ傾斜もキツい(ように思えた)。ついでに船見茶屋跡は今日の行程で最も標高が高い(868メートル)。だからこの登りが本日のメインイベントだな、などと思ってしまった。後でこの判断が愚かな思い込みであったことを恥じるようになるわけだが、そんなのこの時点で知る由もなかった・・・。

 久しぶりのトレッキングなので体はナマっていた。だから登りの行程は息が切れる。また、標高700メートルを過ぎると風が強くなり、12月に行った小辺路ルート果無越えを思わせる不気味な雰囲気も味わった。汗をかきつつへばり気味でも1時間以上かけてなんとか船見茶屋跡に到着した(ここで昼食)。船見茶屋跡は中辺路ルートで唯一海を見られる場所。確かに那智湾を望むことができ眺めは非常によろしい。しかし、手前に見える山々はところどころ樹木が伐採されて醜い傷跡のようになっている。公園と舗装された駐車場も見える(かなりデカい)。はっきり言ってこれじゃ興醒めだ。

 『大雲取越え』の最高峰地点に到達したところで今日の山歩きはほぼ終了したな、という慢心が私の心を満たしていた。食事を終え、適当に写真を撮ってから再び出発。その後の行程では、船見茶屋跡で遭遇したおじさん方3人組と抜きつ抜かれつ、チンタラ歩いて気分はまるでハイキング。途中に舗装された林道もあって『大雲取越え』恐るに足らず、これじゃ後泊の必要もなかったな、と完全にナメくさった心持ちのまま地蔵茶屋休憩所に到着した。ここで今日の行程は約半分終了。地蔵茶屋休憩所は新しいうえに立派な小屋(室内にコンセントもある)となっている。ついでに自動販売機まである。ここで私は暖かいコーヒーを購入し、携行した魔法瓶へ補充した。こうなるともうアウトドアですらないような気がする。

 さて、問題はこの後である。ガイドマップを見ると峠を2つ越えて胴切坂(どうきりさか)という長い急坂を下る行程だ。胴切坂は長く急な下りで注意を要するな、とは思っていた。しかしだ、まず大した高低差でない(約140メートル)2つの峠越えが非常にキツかった。アップダウンが頻繁でかつ急傾斜。しかも道がとても荒れている。落石や倒木が放ったらかしだ。道のど真ん中に直径60センチくらいの岩が不自然に鎮座している。最近落ちてきたのだろうか・・・。樹木が倒れかけてアーチ状に道を覆っている。まじめな話で危険極まりない状態の箇所もあった。おちおち写真も撮っていられない。この峠越えでかなり体力を消耗した。

 お次は胴切坂の長い下りである。距離は2.4キロ、高低差500メートルを一気に下る。傾斜も急だ。いや、すごく急だ!この下り坂で今までの油断と隙だらけの心構えに強烈な喝が入った。膝が負担に耐えられない。歩いている最中で既に膝がお手上げ状態だ。しかも、とんでもなく長い。「何だこれは!!いいかげんにしてくれー!?」と何度も心の中で悲鳴を上げた。胴切坂も終盤になってやっと『大雲取越え』が難所と呼ばれる所以を知るに至った。これじゃ(定家のような)中世の貴族も音を上げるわけだ。この行程の最後には「円座石(わろうだいし)」という有名な岩がある。岩のある箇所は広場になっていて、この有り難い岩を拝みながら休憩し今日の反省を促された。

 中世の貴族にとっても平成の庶民にとっても『大雲取越え』は想像を超える難所であった。今までの山歩きで多少足腰が鍛えられたという自負はあるのだが、そんなの関係なくなってしまうほど厳しい行程だった。膝はもちろん、大腿部の筋肉痛が甚だしく、翌日はほとんど寝込んでしまった。しかし、とにかくこれで私の中辺路地道ルート踏破は達成した。ま、今日はその記念すべき日になったわけだ。最後に今日のゴール地点である小口(こぐち)集落を撮影。

『雲とりや しこの山路はさておきて をぐち(小口)かはらの さびしからぬか』西行

 別に寂しい所とは思わんぞ。

2011-02-05 熊野古道 小雲取越え

[]熊野古道(中辺路 小雲取越え)


百間ぐら

 週のはじめに降雪があって連日最低気温が氷点下という信じられない寒さが襲った和歌山県田辺市。しかし、週末は春のような陽気になったので古道歩きをしてみた。今日歩いたルートは熊野古道中辺路の派生ルートである『小雲取越え(こくもとりこえ)』。 

 平安時代から続く熊野参詣は一般的にまず本宮大社へ入ってから熊野川を船で下り速玉大社(新宮)に行く→速玉大社からは陸路で那智大社へ向かう→来た順路を戻る。本宮、新宮、那智を巡って熊野参詣は完結するわけだ。『小雲取越え』は前述の一般的なルートとは異なり、那智大社から直接本宮大社へ戻る(新宮に寄らない)ルートの一部になる。熊野古道全域に共通することだが、このルートもスタート地点へのアクセスが非常に悪い。地元に住む私でもかなり下調べをしなければいけない。で、今回どのようなアクセスになったかというと・・・

・午前4時45分起床!?5時30分ころ自宅出発、車で本宮大社を目指す

・午前6時45分本宮大社発新宮行きのバスに乗る

・午前7時30分神丸(かんまる)バス停にて下車

・午前7時41分神丸バス停発、小口(こぐち)行きのバスに乗り換える

・午前7時53分『小雲取越え』スタート地点の小和瀬バス停に到着

 ほとんど地元なのにかなりしんどい。本宮大社午前6時45分発以外のバスだと神丸バス停での乗り換えに1時間以上の待ち時間をくらうことになる。だいたいバスなんて一日に10本もないからね。だから無事スタート地点の小和瀬バス停にたどり着いた時点で今日の行程は半分終わった感じがする。


桜茶屋跡からの眺め

 スタートから約1時間、『桜茶屋跡』からの眺め。「雲取(くもとり)」というネーミングどおり、雲の中を行くがごとき厳しい行程を連想させる眺め。でも、最高地点の標高はせいぜい500メートル。前半は登りでそれなりに疲れるが、全体的に歩き易いルートなのだ。この『小雲取越え』ルートには茶屋跡が多い。文字通り茶店や旅籠の類であろう。明治の末までは実際に営業していた茶屋もあるそうだ。しかし、現在は跡地という表示がないと、ただの荒地にしか見えない。


桜茶屋跡にある祠?

 一番の見どころは何と言っても「百間(ひゃっけん)ぐら」。「ぐら」とは高い崖を意味するそうだ。その名の通り突き出た高い崖である。サイトやガイドブックの写真で既にその素晴らしい眺望は知っていた。実際来てみるとやっぱり素晴らしい。眼下に山々が折り重なって波打っている。惜しむらくは今日持参したレンズが70ミリの単焦点だということ。風景撮影に適したレンズではなかったのだ。でも、ここ「百間ぐら」付近は車でのアクセスも可能である、ということを後で知った。次の機会には是非広角レンズでこの絶景を撮影しようと思う。


絶景だったけどわからないよね

 絶景を眼前に昼休憩を取った。汗をかいていたので乾かす意味も兼ねて服を脱ぎ散らかし、眺望ポイントほぼ独占状態でオニギリを頬張る。スタートから3時間強、誰ともすれ違わなかった。この時期に古道歩きをする危篤な人間はオレくらいだろう、と思っていたらしっかりトレッキング仕様のオバ様2人組が現れた。オレが眺望ポイントを独占している様を見てオバ様2人組はこの絶景を素通りしていった・・・。すごく悪いことをしたな、と思った。

 「百間ぐら」を過ぎると平坦な山道になる。目的地の請川(うけがわ)まではあと少し。出発時は冷え込んでいたがお昼近くになるとポカポカ陽気。なんか一足飛びに春を迎えたような日差しのおかげで、ここ数ヶ月間記憶に無いほどの早起きと、登り道で体力を消耗したツケが一気に噴出した。歩いているのに睡魔が襲ってくる。眠気をもよおしながら夢見心地で歩いて請川バス停に到着。運が良ければ本宮大社までバスに乗ろうと考えていたが、時刻表を見ると10分前に出た後だった・・・。ま、歩いても3、40分くらいの距離なので別に落胆はしない。

 『小雲取越え』というネーミングから勘の良い人は察しのとおり、『大雲取越え(おおくもとりこえ)』というルートも別に存在する。実は那智大社から本宮大社間=『大雲取越え』+『小雲取越え』なのだ。今回は後半のルートを歩いたわけである。さて、今は冬場なので山道歩きは無理せず体がナマらない程度と決めている。『小雲取越え』は体がナマらないレベルのルートだった。しかし、『大雲取越え』は事情が大きく異なる。おそらく以前歩いた『果無峠越え』に匹敵する難所だ。だから冬場のチャレンジは避けて、暖かくなったら行こうと考えている。よってしばらく熊野古道のお散歩は中断だ。こちらにも「高尾山」という(地元では)有名な山があるので今度はそっちに行ってみようかな。

 最後に『小雲取越え』を歩いていて気になったことを一つ。上空を飛行機がけっこう行き交って、常にその音を耳にしながら歩いていたような気がする。

2011-01-10 高尾山

[]高尾山

 正月3日、帰省ついでに世界で最も登山客数の多い高尾山(東京都)を登ってみた。小学校の遠足以来であるから実に約30年ぶりになる。当時の記憶といえばリフトに乗ったことしか憶えていない。ちなみにこの高尾山は首都圏の小学校なら遠足でほぼ必ず訪れるお約束の山だ(と思う)。標高は599メートル。先日歩いた熊野古道小辺路の果無峠は標高約1,100メートル。ま、大したことはないのである。今回は、密かに山歩きを趣味にしようと思い始めたが、見事オレに先を越されてテンション腐り気味のジョン君を伴ってチャレンジである。


しょげてるジョン君

 高尾山の年間登山客数は260万人を超えるらしい。調べてみると最寄り駅は京王線高尾山口駅。駅から登山口までなんと徒歩2分。しかもそこからケーブルカーかリフトで山のほぼ中腹まで行ける。なんてアクセスの良い山なんだ・・・。今まで熊野古道を歩く時はバスの時刻や車を停める場所を(時には)下見までしているというのに。高尾山の登山道は以下のとおりだ。


高尾山マップ

 今回は稲荷山コースを登り、6号路ルートで下山した。超初心者レベルとはいえ熊野の山道をトレッキングしている身としてはケーブルカーやリフトなんぞ使う気になれない。所詮高尾山なんて小学生の遠足レベルなのだ。しかし、熊野古道では高低差(たった)150メートルの峠越えに難儀してるくらいだから、ナメてかかるとひどい目に遭うかもしれない。一応登山だし。

 これが稲荷山コース登山口。スタートからすぐ階段状になったキツい登り道が続く。オレはこの階段状になった道が大嫌いだ。登りも下りも歩き難くて非常にイヤなのだ。歩幅を狂わされるというか、ペース配分がうまく保てないというか、道が九十九折りになっているのにもウンザリだ。ま、今日は登山客が多くてゆっくりしたペースで歩かざるを得ない。だから息があがるということはなかった。階段状の道を抜けると傾斜もなだらかな山道になる。


山道

 行程としてはまだ半分にも充たない所にある稲荷山展望台。この展望台から新宿のビル群を遠くに拝むことができる。あと、筑波山も見られる。熊野古道からの眺望とはえらく違う。関東平野を実感できる広大な眺めだ。おそらく夜景もキレイだろうと思った。


稲荷山展望台からの眺め

 さて、このコースの山道はよく整備されていて歩き易い。山道だけ見ていると熊野古道と特に違いはないように感じる。ただ、人は多い。頂上付近になると1〜6号路+稲荷山コースの登山者が合流するので普通に混雑している。で、頂上はこんな感じ。


山頂

 なんか宴会場のような雰囲気になっている。野球のユニフォームを着たおじさん達は本当に宴会をしていた。おおよそベンチと呼ばれるもの全てに昼食中の登山者が腰を下ろしている。今日もバーナーを使って焼きリンゴもどきを作ろうと思っていたが、この宴会場で誰一人としてバーナーを使っている人が見当たらない。ついでにタバコを吸っている人も見当たらない。皆さん非常にマナーがよろしいのだが、いかんせん足の踏み場ならぬ腰を下ろす場がないので、頂上から少し下ったところで昼食にした。

 帰路は6号路を下る。他のルートは途中に薬王院をはじめとする高尾山屈指の観光スポットを擁しているため半端な混雑ではない、と判断したからだ。この6号路、稲荷山コースより自然満喫な気分に浸れる。木々は鬱蒼としていて、そのため山道も少し暗く、ついでに沢下りの箇所があって変化に富んでいる。後で調べたらこの6号路は沢の水量が多いと通行禁止になるそうだ。高尾山口駅前で入手したガイドマップによると、6号路には『びわ滝』という見どころがある。しかし、よくある話だが現物は拍子抜けだった。それより近くの『岩屋大師』という岩穴がなかなか雰囲気は良かった。なんとなく日本のモノではない感じがする。


岩屋大師

 結局登山の最中で焼きリンゴもどきを披露する機会がなかった。バーナーと小分けにまでしたリンゴをただのお荷物にしたくない。下山後、京王線高尾山口駅からJR高尾駅までの歩く途中に適当な川原を見つけ調理開始。バターも砂糖もタップリ使って作った焼きリンゴもどき、ジョン君にも好評だった。

2010-12-12 熊野古道(果無峠)

[]熊野古道(小辺路 果無峠)

 熊野古道は①大辺路(おおへち)、②中辺路(なかへち)、③小辺路(こへち)というルートに大別される。他にもルートはあるがよく知らないので列挙しない。いずれも熊野三山(本宮、那智、新宮)を目指す熊野参りの参詣道である。ちなみにルートを図示するとこうなる。

 私が今まで歩いていたルートは中辺路で、1000年前から熊野参りの参詣道として最もポピュラーなルートだ。白河上皇後鳥羽上皇も藤原定家も西行法師もみんな中辺路を通っている。京の都から行くのに最も難易度が低くかつ近道だからよく利用されたのだろう。難易度が低いとは小辺路に比べて、近道とは海沿いを行く大辺路と比べて、という意味である。ちなみに、イーデス・ハンソンさんは中辺路沿いに自宅がある。滝尻王子以降の中辺路ルート(地道)はほとんど歩いてしまった。だから今日私は中辺路ルートを卒業して小辺路の一部である果無峠(はてなしとうげ)越えに挑んでみた。

ルートはこんな感じ

 果無(はてなし)というネーミングに何か魅かれるものを感じる。もっとも初めは「はてなし」と読むことができず、果物が穫れない地域なのかな?とマヌケな連想をしていたが。小辺路とは高野山から本宮大社を結ぶルートである。高野山側から伯母子峠(おばことうげ)、三浦峠、果無峠という3つの峠越えがある。峠といってもそれぞれ1,000メートル級の標高があり、これだけで中辺路ルートとは難易度のレベルが違う(中辺路はせいぜい500メートルくらい)。果無峠は小辺路ルート最後の峠越えになるわけだ。スタート地点は奈良県十津川村の蕨尾という地区。道の駅奥熊野古道ほんぐうに車を停め奈良交通の路線バス(八木駅行き)に乗る。蕨尾までは約30分くらい。ほぼ午前8時には果無峠越えの小辺路ルートに差し掛かった。

 この果無峠越えルート沿いには西国三十三観音と称する33体の観音様が祀られている。大正時代に地元の人達が設置したそうだ。私が通ったルートだと最初に出会ったのは第30番目の観音様だった。これ以降、本宮に向かうにつれ順番が若くなっていく。

 事前にガイドやネットで体験記なるものを読み覚悟していたが、峠まではひたすら登り道である。急勾配というわけではないが、登り道を歩くと今の時期でも汗が滴ってくる。登りは視線が足元に集中して周囲の状況に気付かないことが多い。でも、今回は長い登りなのでほぼ30分毎に小休憩を取ってパシパシ写真を撮っていた。その時に気付いたのだが小辺路ルートは中辺路ルートと趣が大きく異なる。中辺路ルートは判で押したように杉の木だらけ。こちら小辺路ルートは植生が多様だ。


 今日の天気は快晴で風もなく穏やかな陽気だった。眺望の利く箇所では写真の撮り甲斐があるというもの。かなりの寒さを覚悟していたので、良い方向に拍子抜けした感じだ。しかし、果無峠の頂上へ近づくにつれて状況が変化してきた。ゴーゴーという轟音とともに木々が揺れている。異様な音だ。ほとんど風は無かったのに、こうも変化が激しいものなのか。

 そして峠のてっぺんに到着。といっても何のことはない、少し広場のような感じになっているだけ。日当りは良いけど眺望が利かず、朽ち果てた祠と第17番目の観音様がある。ともあれ、昼飯にしようとリュックを下ろそうとしたが、ここで体が異常に冷えてきていることに気付いた。手袋をしているにも関わらず、普通に手がかじかんでくる。てっぺんと言ってもたかだか標高約1,100メートル。登ってきた感じだと今日は寒さと無縁だな、なんて考えていた。じっとしていると寒さに耐えられない。なのでそそくさと下り始めることにした。

 腹は減っているので適当に昼飯が食べられる場所を求めて下ったわけだが、おそらく100メートルも下がってないと思われる所でポカポカ陽気になってきた。風は春風のように心地よい。さっさと飯にしたのだが、あの頂上付近の異様な雰囲気は何だったのだろう・・・。

 てっぺんを越えれば後の行程は下りである。この下り道がまた辛い。急なうえにちょっとした岩場もあって歩き方に気を遣ってしまう。下りも終盤に差し掛かったところで見事に膝痛を併発した(それも両膝)。しっかり休憩を取らず、一気に下ったのが良くなかったようだ。それにしても、ちょっと歩き方のレクチャーでも受けないといけないな、とは思っている。

 ところで、この「はてなし」というネーミング、ほとんどの人が「果てしなく続く山並み」のような感じを連想すると思う(私もそうだった)。事実、江戸時代に書かれた記録ではそういった由来の記載があるし、写真を見れば瞭然だが山並みはどこまでも続いている。しかし、私は地元でのおっそろしい言い伝えを知ってしまった。一度くらいの峠越えで何をほざくかと言われればそれまでだが、峠の頂上付近で異様な雰囲気を感じた身としては激しく地元の言い伝えがネーミングの根拠だと思わずにいられない。

2010-11-20 熊野古道(赤木越・大日越)

[]熊野古道(赤木越・大日越)

 今日歩いたルートはここ。熊野古道中辺路と湯の峰温泉を結ぶルートが「赤木越」で、本宮大社と湯の峰温泉を結ぶルートが「大日越」。本宮大社参詣後に湯の峰温泉へ立ち寄って(大日越)、帰路は直接中辺路に戻る(赤木越)ため出来たルートだと思われる。

 本宮大社の先、音無川沿いの広大な川原兼駐車場にマイカーを停め、本宮大社から発心門王子行き午前9時30分発のバスに乗り込んだ。10時前に発心門王子をスタート、20分くらいで船玉神社の少し先、赤木越ルートの分岐へ差し掛かる。今回私の歩いた行程は冒頭で説明した赤木越と大日越を逆走したかたちになる。だから船玉神社から先の分岐で赤木越ルートに入ると登りである。道が階段状でしかも九十九折りかつ急勾配。後で調べたら標高差は150メートルとのことだったが、登りきるまで2回の小休憩が必要だった。完全に肩で息をしている状態。しかし、この登りを越えるとなだらかな尾根道が続くので快適な古道歩きが楽しめる。


整備された地道

 最初の登りで体力を消耗していたので「なべわり地蔵」を少し過ぎてから早めの昼食を取る。すると後ろから外国人の男女がやって来た(おそらく20代)。格好はダッフルコートにジーンズ、足元はスニーカー。男の人はトートバックを肩から提げていた。あんな格好であの登りを越えてきたのか、ある意味強者だ。赤木越ルートの見どころがこのなべわり地蔵。


なべわり地蔵

 余談だがこの付近にあるお地蔵さまは皆こんな顔をしている。なべわり地蔵を過ぎると左側に眺望が利く箇所に出る。山並みが美しい。果無(はてなし)山脈だろうか。そして、もう一つの見どころ「柿原茶屋跡」を過ぎると極端に道幅の狭い所が何カ所かある。狭い道を注意しながら歩くと今度は左右に眺望の利く箇所へ出た。ここを過ぎると赤木越ルートも終盤となる。


多分、果無山脈

 赤木越ルート終盤は岩むき出しの急な下り坂。ガイドマップには地獄坂とある。これは結構危ない。前を行く外国人ペアは大丈夫だったのだろうか。昼飯時に追い抜かれてから結局追いつくことはできなかった。急な下りが終わり、湯の峰温泉の「つぼ湯」付近に到着。近くにあった「湯胸茶屋」に入って小休憩。ここで温泉コーヒー(というのがある)をいただく。赤木越ルート初っ端にきつい登りの洗礼を受けた私としては、ここでゆっくり温泉にでも入りたいところ。しかし、この先の大日越も最初はキツイ登り坂(とガイドマップにある)。どーせ汗ビッショリになってしまうので我慢することにした。

 湯の峰温泉から本宮大社までは約3.5キロ。休憩後、湯峰王子を拝んでから大日越ルートに入る。最初の登りはどんな具合かな、と思っていたらかなりの急勾配。道に敷かれた岩がちょうど人の足の大きさに窪んでいる。おそらく何百年もの間、道を行く参詣者の力強い踏込みに耐えてきた結果なのだろう、と思ってしまう(本当は雨露のせいかもしれない)。

 大日越ルートには「鼻欠地蔵」と「月見ヶ丘神社」という見どころがある。前者は鼻欠けというより、風化したせいだろうが、顔ごと欠けたお地蔵さんだった。一方、月見ヶ丘神社は周囲にある杉の巨木が荘厳な雰囲気を醸し出していた。敷地の片隅に伏拝王子や祓所王子と似た祠があり、それが神社なのだそうだ。

 月見ヶ丘神社を抜けるとずーっと下り坂になる。山道は登りだと息が切れて下りだと膝にくる。歩き方のコツはあるのだろうが、そんなの知らないので仕方がない。地道が終わり民家の間を通って国道168号線に出た。168号線は本宮大社に向かっているわけだが、私は真っ直ぐ駐車場に行きマイカーで湯の峰温泉へ直行した。

 赤木越分岐からの登りは非常にキツかった。全体的に山道は快適で歩き易い。2カ所程だが眺望の利く箇所もあって景色を楽しむこともできる。注意を要するのは赤木越ルート終盤にある岩むき出しの下り坂。雨などで岩が濡れていたら非常に危ないと思う。今回の行程は距離も充分だった。そして最後は湯の峰温泉に浸かって疲れを癒す。これは外せない。


この温泉は外せない