第39回ちびっこ相撲大会

 恒例の栖吉地区 ちびっこ相撲大会女子腕相撲大会が、悠久山蒼柴神社 相撲場で開催され、オリンピックに優る熱戦の数々が繰り広げられました。
 毎年この時期開催する大会、39回は39年間継続して開催されてきたことを意味します。
 私が関わり始めたのは14年前の1998年第25回大会からで、当時は一般市民の大会も並行して開催され、私も一選手として参加し3年連続して優勝させて貰いました。当時長岡角道会が所有していました相撲回し(褌)の6本は、私に託されまだ我が家の屋根裏に眠っています。最近は一般参加が全く、独り相撲をする訳にもいかず、褌も誇りをかぶってしまっている状態です。
 14年前は、幕下まで務めたことがある相撲経験者の相崎さんが、子どもたちの指導をされておりました。また、大会当日は相崎さんが使っていた見事な化粧回しが会場に展示されました。
 今から丁度10年前、第29回大会を終えた後の反省会で「家老さん! 来年は30回の記念すべき年、盛大にやりましょうや!」と言われた相崎さんが、その年の11月に急逝され、第30回大会の開催が危ぶまれました。
 地区も私も相崎さんの遺言、是が非でも30回大会を開催したいとのことから私も東奔西走し、両国の国技館を訪ね、指導者派遣をお願いしたり、指導用のビデオや資料の収集に飛び回ったりしました。
 結局、指導者の派遣は対応して貰えなかったため、当時、長岡でラーメン店をされていた大相撲経験者に指導をお願いしたのですが、時間的に都合がつかないという理由で、子どもたちの指導は、私が行うことになり、既に10年もの歳月が経ちました。
 30回の記念の大会なので、新たなイベントを加えよう!ということで、ちゃんこ鍋を調理し子どもたちは元より応援に来られた方々へも振舞ったのも10年前のことです。残念ながら今年と来年は、コミュニティーセンターの改築のため調理場が使えず、ちゃんこ鍋は休止状態ですが、やはり恒例のイベントがなくなると、いまひとつ盛り上げ欠けるような感じがします。
 中越大震災の翌年平成17年には、ちびっこ相撲大会に先立ち、中越地区中学生相撲大会が開催され、当時被災地慰問で駆け付けてくれた時津風部屋の力士と一緒にちゃんこを調理したり、子どもたちとの掛かり稽古等もしてもらい、大勢の観客が集まりました。その翌年から2年間は、相撲場の隣接地にあった罹災者仮設住宅で合宿をしていた錣山(しころやま:元寺尾)部屋の力士も大会に参加、本当に大勢の観客で賑わったことが思い出されます。
 6年前からは女子の腕相撲大会も始まり、男女一堂に会しての大会となり、PTAやお爺ちゃんお婆ちゃん達の応援も多くなり、本当に地区あげての相撲大会となりました。
 今年は2回の学校体育館に於いての事前練習、そして大相撲名古屋場所のテレビ観戦を通じて、勉強した成果が現れ、素晴らしい取り組みが続きました。また女子の腕相撲は、家での練習の成果か、小さい子が大きい子を負かすこともしばしばで、大いに会場が湧き上がりました。
 特筆すべき点はもうひとつ、それは、土俵作りも、土俵俵から全てを地元で賄っているということです。中越大震災以後経費節約のため、俵は現在「わら細工」の会の方々から編んでもらっています。また、昨年からは土俵に上がるための藁草履を男子力士全てに作って貰い、本当に感謝しています。
 来年は40回、是非、盛大かつ地区あげての大会にしたいと思っています。