ハッカーな知り合い

 「ブラッディ・マンディ」というテレビドラマを毎回見ている。日本の警察が間抜けすぎるのを除けば、とても面白い作品だと思う。とりわけ、三浦くんが演じている高校生ハッカーがかっこいい。いや、ハッカーはかっこよくてはいけないのだが、でもかっこいい。
 これは、マンガ原作らしくマンガを読んでいないのでなんともいえないが、クリフォード・ストール『カッコウはコンピュータに卵を産む』草思社をネタ本にしているのかな、と推察される。

カッコウはコンピュータに卵を産む〈上〉

カッコウはコンピュータに卵を産む〈上〉

これは、実際のハッカー事件で、著者のストールが凶悪ハッカーをつかまえた顛末を描いたノンフィクションで、非常にエクサイティングな本だった。ストールは、大学のランの管理をしていて、使用料金が75セント合わないことに気がつく。何度も計算し直し、調べ直すが、どうしても75セント合わない。普通なら、誤差として気にしないところだが、天文学者の粘着性として、どうしても見逃せなかった。それで細かく調べるうちに、外部から不正にアクセスしている者がいる形跡を掴む。そのハッカーの足取りを追うと、なんと、NASA国防総省のシステムにまで侵入していることが判明する。ストールは、警察と連携しながら、罠を仕掛けて、この用心深いハッカーの正体をじわじわと追いつめる。ハッカーは、驚くべきことに、ドイツの高校生だった・・・
 いやあ、この本はほんと面白かった。今のようなネット社会が到来する前の話だけど、それでもスゴイ。なんたって実話だからね。逮捕された高校生ハッカーの技量も見上げたものだが、ストールご本人のコンピュータ・ヲタクぶりにも恐れ入る。どうしてそんなに自分の利益にならないことに執着できるのか。それはストール自身が本質的にはハッカー気質だからなのだろう。
 「ブラッディ・マンディ」を見ていて、そういえば、20年くらい前に、周りにずいぶん「ハッカーな知り合い」がいたな、と思い出した。以下に書く話は、誰かから聞いた話であり、ぼくのネタではないし、たぶんフィックションだから、そのつもりで読んで欲しい。
当時のハッカーとは、ネットで個人情報に侵入する連中ではなく、「プロテクト破り」をするマニアのことだった。当時は、ソフトは主にフロッピーディスクに入っていて、コピーされないように「プロテクト(鍵)」がかけられていた。その鍵を壊して、フリーコピーができるようにしてタダでソフトをダビングするのがハッカーの目標なのであった。ところが、このハッカー連中、別にゲームソフトがやりたいわけではない。プロテクトをはずすのが、彼ら自身の極上の喜びなのである。はずしてしまった暁には、ソフトのコピーは、本人がやるわけではなく、友だちにあげてしまったりするだけなのだ。
知り合いに、何人か、とんでもないハッカーがいた。あるやつは、フロッピーディスクの書き込みの位置に見当をつけて、やおら磁石でスッとなでて、プロテクトのプログラムを壊す、といった荒技を使った。間違いを犯してディスクをおしゃかにするリスクをよく恐れないもんだと感心した。またあるやつは、二台のフロッピードライブを同時に起動させて、その微妙な回転速度の差を利用して、鍵を破った。どういう原理か、コンピュータ音痴のぼくにはさっぱりわからなかった。
 でも、最強のハッカーは、別にいた。
ある日、我々は、知り合い数人で酒を飲んで、終電に乗り遅れたので、一人の家に行ってゲームでもやろう、ということになった。やったゲームは、今でいうところのエロゲーのハシリのようなものであった。下品なので、以下、「もにょもにょ語」で書く。要するにそのゲームは、美女にもにょもにょして、もにょもにょに連れていって、もにょもにょすることに成功すると美女のアニメセル画像のようなものが出てくる、という仕掛けのゲームだった。我々は酔っぱらった勢いもあるが、聞くに堪えない恥ずかしい下品やろうと化した。が、いっこうにもにょもにょに成功しなかった。我々が、だんだん殺気だってきたのを察した、若い強者ハッカーくんは、「ぼくがなんとかしましょう」と言った。彼が、キーボードをかちゃかちゃ操作すると、ゲーム画面が消え、画面に16進法の数字列が現れた。それを眺めながら、スクロールすると、途中で彼が、「この辺だな」といった。そして、その文字列を一部書き換えた。すると、画面は元のゲーム画面に戻ったが、続々と画面に美女のアニメセル画像が、10枚全部、順々に現れた。我々が、必死になって見ようとしていた画像全部だったのだ。でも、せっかくの画像なのに、それを見た我々はなんだか白けてしまったのだった。そのハッカーくんは、高校生のときに自作ゲームで優勝してパソコンをゲットしたような天才であった。その後、ゲームソフト業界に入ったのではないか、と記憶している。そして、すごいプロテクトのプログラムを開発した、という笑える話を風の噂に聞いた。
 人のパスワードを盗む天才も、知り合いの中にいた。
そいつは、たいていの友人のパスワードを見破って、友人のアカウントで侵入して、メッセージを友人本人に送る、といういたずらをしていた。「たいてい、今つきあっている彼女の名前とか、好きなアイドルの名前とか入れるとビンゴなんですよ」とそいつはいっていた。そいつが企業研修に行ったとき、パスワードにその企業名を使っている社員が何人いるかを、好奇心からハッキングで調べてみたらしい。すると、全社員の3分の2が社名をパスワードとしていた。それをそいつが上司に報告すると、即日、全社員にパスワードを変更するよう緊急命令が出た、ということだった。
似たような話が、物理学者ファイマンの名著『ご冗談でしょうファインマンさん』に出ている。
ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)

それは、ファインマンが、同僚の研究室の引き出しや金庫の鍵を次々と開けてしまういたずらの話である。原理は簡単で、たいていの人は、暗証番号を初期設定のままにしているので、初期設定の番号を入れれば高確率で突破できてしまう、ということ。それと、理系の研究者は、円周率やネイピア定数を暗証番号にしていることが多い、という経験則を使うことである。ファインマンが、ネット社会に生きていたら、きっと世界最高水準のハッカーになっていたに違いない。そして、一文の得にもならず、全く無益無害のいたずらをやりまくったに違いない。