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hiroyukikojimaの日記

2009-03-28

0.999・・・は1と等しいか

17:04

 刊行からだいぶたってしまったが、吉永良正さんのアキレスとカメ』講談社というたいへん楽しい本を紹介しよう。

 吉永さんは、ぼくが東京出版の受験雑誌『大学への数学』や『高校への数学』に連載し出した頃、同じように連載を持った人だが、サイエンスライターとしては大先輩であり、すばらしい本をたくさん書き、また翻訳もしている。現在は、大東文化大学の先生をされているので、ライターから大学教員になった、という経歴も似ており、勝手に親近感を抱いている。何度か対談をさせていただき、いっしょにお酒を飲んだこともあるので、知人と言ってもいいと思う。ライターとして気骨を持ったかたで、物書きとして生きていく上での心構えなどを教えていただいた。

アキレスとカメ

アキレスとカメ

この本は、「アキレスとカメ」を含むゼノンの4つのパラドックスについて、俗書が論じてるその論じ方に対し、批判的検討をするものだ。例えば、「アキレスとカメ」は、ご存じのように「のろまのカメが、足の速いアキレスよりもちょっとでも早く出発すれば、アキレスはカメには追いつけない」というもの。多くの本では、無限等比級数の和の公式を使って、「追いつく」ことを示し、このパラドックスを打破した、としている。けれども、吉永さんは、そういう方法では打破できていない、と打破を打破している。

まず、吉永さんが主張するのは、「ちゃんと原典を読め」ということである。オリジナルでないものに対して打破してもそれは打破ではないだろう、というわけだ。オリジナルの文は、次のようなものだそうだ。

走ることの最も遅いものですら最も速いものによって決して追い着かれないであろう。なぜなら、追うものは、追い着く以前に、逃げるものが走りはじめた点に着かねばならず、したがって、より遅いものは常にいくらかずつ先んじていなければならないからである。 アリストテレス『自然学』

吉永さんは、このオリジナルの文章の中に、いくつか注目すべき点がある、と指摘している。第一は、どこにもアキレスやカメの「速度が一定」などとは書かれていない、ということ。第二は、どこにも「永遠に追いつかない」という「時間」に関する言及がない、ということ。第三に、さりげなく「点」ということばを入れ、ユークリッドが『原論』の中で「点とは面積がないものである」というイデア的な定義を与えた、その定義に立脚していることを匂わせていること。

その上で吉永さんは、無限等比級数を使った打破が、打破になっていないことを論じる。実際、全く同じような数理モデルでこのオリジナルの文章に適合するものを作り、「追いつかない例」を具体的に与えている。もちろん、これは「永遠に」追いつかない例だから、トンチ解答とかでは全くない。ぼくもこれまで聞いたことのない反駁方法で、とても感心した。これ以上書くと、ネタバレになってしまって、せっかくの吉永さんの功績を邪魔してしまうので、その「打破の打破」は本を買って読んで欲しい。

 そもそもぼくは、数学教師が無限等比級数を使った計算でこのパラドックスを打破できたかのようなしたり顔をすることが釈然としない。実際、公比の絶対値が1より小さい無限等比数列の和が収束するのは、「収束をそういう風に定義している」からであり、言ってみるなら「追いつく」という結論を最初から仮定しているようなものだ。あとで書くけれど、この無限等比数列の和が「収束しない」ような「収束の定義」も可能なのである。それはともかく、無限等比級数の和、などという詰まらない計算を教えるために、ゼノンの歴史に残るすばらしいパラドックスを陳腐な題材に貶める、という態度にガッカリする。そういうセンセーは、このパラドックスが背後に持っている深淵な問題意識、「時間とは何か」「運動とは何か」「論理とは何か」「無限とは何か」等々、ということに無頓着すぎるのではないか、と思う。まあ、ぼくの多分にあまのじゃくな性格から来る難癖だと割り引いて読んで欲しいのだけどさ。

 さらにこの本では、関連する事項として、有名な「循環節が9の無限小数0.999・・・は1と等しい」という議論についても、けっこうなページをさいて論じている。実際、カバーのイラストは、この数である。基本的には「アキレスとカメ」と同じパラドックスを内包しているからである。これについては、ぼくのデビュー作数学迷宮』でも、「1と等しいというのは、簡単にはいいきれない」ということを切々と論じたから、吉永さんの議論をとても興味深く読んだ。

俗書で解説されているのは、「1÷3=0.333・・・ 両辺を3倍すれば、1=0.999・・・」というものである。しかし、これは全然ダメだ。0.333・・・を3倍するとなぜ0.999・・・になるのかが説明されていない。掛け算というのは、「末尾からやる」ということを思いだそう。末尾にはいつまでたっても届かない。吉永さんの本でも指摘されているが、そもそも0.999・・・とは何であるか、ということが定義されていない。吉永さんの議論だと、「0.9+0.09+0.009+・・・」という無限等比数列の和で定義しなければならない、ということだ。そして、ぼくに言わせるなら、この和が1になるのは、そもそも無限等比数列の和の収束の定義に依存している。「定義」なのだから、1と等しいのはアタリマエで、これでは何も言ってないことと同じだ。

 実際、有理数世界を「コーシー列が必ず収束する」という性質を持たせて拡張する方法は、「実数を作る」ことだけではない。ちなみにコーシー列というのは、十分先の2項の差が十分小さくなるような数列のことだ。このような数列が必ず収束するような世界を「完備」という。我々におなじみの実数というのは、完備世界である。そして、n番目が[0.9+0.09+0.009+・・・+(小数点以下n番目が9で他は0)]で定義された数列は、実数世界ではコーシー列になるから、無限和「0.9+0.09+0.009+・・・」は収束し、それは1である。

しかし、有理数を完備世界に拡張する別の方法が20世紀に発見された。それはp進数というものである。その世界では「2つの有理数の近さ」が普通とは異なって定義される。例えば、3進数の世界では、差が3で割れない2数の距離は1、差が3の1乗でぴったり割り切れる2数の距離は1/3、差が3の2乗でぴったり割り切れる2数の距離は1/9、差が3の3乗でぴったり割り切れる2数の距離は1/27と・・・という具合だ。すると、4は2よりも1に近い、10は1にもっと近い、という具合になる。そして、2,4,10,28,・・・という数列はどんどん1に近づいて最終的には1に収束する。同じように考えれば、2+6+18+54+・・・という無限等比数列の和は(-1)に収束する。(途中までの和から(−1)を引いてみればわかる)。つまり、有限和のうちはどんどん大きな有理数になるが、無限和になったとたん(ー1)に飛ぶのである。逆に、「0.9+0.09+0.009+・・・」はこの世界では収束しない。なぜなら、さきほど定義したこの数列の部分和について、となり合うものを引き算すると距離は常に1/9であって、コーシー列にならないからだ。(p進数については、拙著『文系のための数学教室』講談社現代新書にて好評解説中) 。

 つまり、収束の定義が違えば、ものごとは違うように見える、ということである。「アキレスとカメ」を無限等比数列の和で打破するのは、単に打破するために都合の良い無限和の定義を持ってきたにすぎない。無限和の定義が一つでない限り、これは「完全な打破」とはいえまい。「実数」が「この世界」を表している、というなら、なぜそうなのかを論証しなければならないであろう。ちなみに、昔の哲学者たちが「アキレスとカメ」を考えているとき、一人が「そうだ、実際やってみればいい」と発言して、他の連中から袋だたきにされた、という笑い話がある。「0.999・・・=1」だって同じである。数集合の定義の問題なのであって、「そうならない世界」もある、ということだ。3進数を使わなくても、もっと簡単につぎのようにもできる。すべての小数に次のように順序を入れよう。小数aと小数bの大きさを以下のように比較する。まず、数字のある最も大きい位に注目する。その位での数字が異なっているなら、例えばaの数字がbの数字より大きいなら、a>bとする。同じだったら、次の位を比べる。異なっていたら、数字の大きいほうを大きい数とする。以下同様な作業を続ける。最後まで(小数点以下無限位まで)同じだったら、等しい数と判定する。このように数の大小を導入すれば、推移律を満たす順序集合ができる(はず)。そして、1と0.999・・・はそもそも最高位が異なっているから異なる数であり、前者のほうが後者より大きい。つまり、1と0.999・・・は等しくない。ただし、残念ながらこの集合では、四則演算が整合的にはできない。そういう意味では不備のある解釈ではある。しかし、ぼくの直感では、この数世界を適度に拡張すれば、四則演算の可能な「体」にできるはずだと思う。そしてそれはきっと、実数1個1個が孤島のようにポツポツと並ぶ「超準モデル」であろう。さらにその世界では、無限和「0.9+0.09+0.009+・・・」は1になるが、これは0.999・・・ではない。つまり、無限和「0.9+0.09+0.009+・・・」が0.999・・・の定義ではなくなるのである。(ちゃんと考えてないので嘘かもしれない。超準モデルについては、憧れの超準解析 - hiroyukikojimaの日記参照)

 上記のぼくの議論は、かなり「因縁をつける」「いいがかり」に近い、と我ながら思うが、笑い、吉永さんの議論はもっとちゃんとして上品で、決して高度な数学で煙に巻くというものではないので、是非一読あれ。

文系のための数学教室 (講談社現代新書)

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