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hiroyukikojimaの日記

2016-02-23

黒川信重さん、加藤文元さんとトークイベントをしてきました!

19:00

 先週の金曜日、2月18日に、神保町書泉グランデにて、トークイベントに参加した。

前回(素数の個数が、自然対数(log)で表せるのはなぜか - hiroyukikojimaの日記)に告知した通り、東工大数学者である黒川信重先生加藤文元先生のトークに飛び入りという形で登壇した。これは、雑誌『現代思想』増刊号の「リーマン刊行記念に企画されたイベントだ。この本では、ぼくは、黒川先生と加藤先生との鼎談リーマン数学=哲学に参加しており、さらには、原稿リーマン予想まであと10歩」を収録している。

この本については、(まだ、ほとんど読んでないし、笑)、いずれ宣伝するとして、今回はトーク・イベントについてだけ報告することとしよう。

マニアックな数学のトークショーにもかかわらず、たくさんの方に来場いただき、椅子が置けなくなるほどの満員盛況で、とても嬉しかった。来場していただいた方、本当にありがとうございます。前回のエントリーで書いた通り、ぼくは大学の業務が入っていて、間に合うかどうかはっきりしなかったため、「飛び入りかも」という告知にしていただいていた。当日は、10分ぐらいの遅刻で到着することができ、ほぼすべてのトークに参加することができた。

トークは、リーマン予想リーマン直筆論文の黒川先生による紹介から始まり、加藤先生がリーマンの研究に影響を与えたヘルバルトという哲学者哲学の話へと展開し、その後、リーマンの業績、現代数学への影響、リーマン予想攻略の現在などをたどっていった。

ぼく自身は、実は『現代思想』での鼎談の時点で、加藤先生の二冊の著作には目を通して行ったのだけれど、最も重要な著作『物語 数学の歴史〜正しさへの挑戦』中公新書の存在を知らなかった。加藤先生のリーマン論はこの本が詳しく、事前に読んでいればもっと質問したいことがあったと後で気づいたのであった。だから、トークに飛び入りしたら、この本からたくさん質問をしようと準備していたのである。

物語 数学の歴史―正しさへの挑戦 (中公新書)

物語 数学の歴史―正しさへの挑戦 (中公新書)

この本は、とてもすばらしい数学史についての著作だ。前半の、古代数学・中世数学についても、独自の視点から展開されていて参考になるが、圧巻は後半の近現代の数学史である。とりわけリーマンの業績を深く洞察した第10章は、数学研究者数学ファン、どちらも必読の、みごとな数学論だと思う。加藤先生は、リーマン数学の影響を「真にパラダイムシフト的革命性がある」とまで言ってのけている。それはどういうことか。

加藤先生は、リーマンの業績の最もすごいところを、「空間そのものの創造」だと考えている。リーマン以前では、平面上の曲線、というような、いわば「空間の一部」を研究対象としていた。ところが、リーマンは、空間そのものを研究対象とするようになったのである。複素関数を扱うリーマン面や、計量から空間にアプローチするリーマン幾何が典型的なものである。とりわけリーマン幾何は、その後、アインシュタイン重力場理論として結実し、つい先日の重力波の検出などにもつながってくる、タイムリーなものだ。このようなリーマンの思想について、加藤先生は、この本の中で次のように記述している。

リーマンが言明したことを、非常に大まかに述べると、

函数の概念(代数函数体)

・面の概念(コンパクトリーマン面)

・形の概念(非特異射影曲線)

の三つの概念が、一つに統合されるということである。

これをもって筆者は、一次元代数幾何学三位一体と呼んでいる。本来、出自もそれを扱う感性も違う三つのものが、一つの姿に統一されるわけだ。そして、ヘルバルトの言う「実体」として、より強固な存在感を持つことになる。

ぼくは、リーマンについて、このように論じている研究を知らない。そういう意味で、加藤先生のリーマン論は非常に新鮮にして、また、驚きに満ちたものだった。本書には、アーベルガロア方程式論、パスカル、ポンスレの射影幾何学ロバチェフスキー、ボヤイの非ユークリッド幾何、谷山・志村、ワイルズフェルマーの最終定理など、非常にポピュラーな数学史を網羅しながらも、読み終えてみると、それらのアイテムはすべて、リーマンを中心に語られているように思われてくるから、実に味わい深い。

 ぼくは、トークの中で加藤先生にどうしても語っていただきたい題材があった。それは、京都大学望月新一氏がabc予想にアプローチした研究のことだった。実は、雑誌鼎談のあと、加藤先生についてネットで検索をかけているときに、望月氏がアップロードした報告書(→no titleからDLできる)を発見した。この報告書の冒頭で望月氏は次のように加藤先生に謝辞を述べている。

2005年7月〜2011年3月の間、加藤氏が京都大学数学教室准教授をしておられた頃、3週間に1回(=3〜4時間程)、2人で行ったIUTeichのセミナーがありました。当時、IUTeichはまだ発展途上の段階にあったわけですが、ご多忙の合間を縫って延々と喋りたがる私のお相手をしてくださった加藤氏に大変感謝致しております。

ここで、IUTeich、というのは、「宇宙際タイヒミュラー理論」という望月氏の生み出した理論のこと。abc予想は、この理論によって解決された、とされている。(abc予想については、abc予想が解決された? - hiroyukikojimaの日記とか、ABC予想入門 - hiroyukikojimaの日記などを参照のこと)。望月氏が、この理論をネット上にアップロードして世間が騒然となったとき、ぼくはAERAの取材を受けてコメントをしたので、この理論のことがずっと気になっていた。加藤先生が、この理論の構築過程に貢献されていた、というのは、ぼくにとって吉報そのものだった。渡りに船とはこのことで、ぼくはトークの中で、加藤先生からこの話を引き出したいと思ったのだ。

意を決して、この話題を振ってみると、加藤先生は、嫌な顔一つせず、誠実にIUTeichについて、ご存じのことを説明してくださった。すべてをここで書いてしまうと、トークイベントにわざわざ来場してくださったお客様の利益を損ねてしまうので、少しだけ紹介するに留める。

加藤先生によれば、望月氏と加藤先生のセミナーは、数学技術的側面というよりは、IUTeichの哲学的な側面についての議論であったそうだ。どうして、哲学的な議論が必要か、というと、IUTeichを既存の数学にはめ込もうとすると矛盾を孕んでしまうため、既存の数学様式を超えた、新しい枠組みが必要になったからだという。そして、望月氏は、そういう全く新しい数学手法を一から構築し、IUTeichを生み出したのだそうなのだ。そのような雰囲気は、確かに、先ほどの報告書の中の次のような田口雄一郎氏の言葉の引用からも感じられる。

つまみ食いして手っ取り早く理解しようとすると10年経っても理解できないが、しっかり前から順番に読むと半年で理解できる

この報告書を読み、加藤先生の理解を聞いてみると、望月氏が頑なにマスコミの取材を断っていることの真意がわかるような気がした。IUTeichは、既存の数学では捉えられない、全く新しい斬新な(それでいて数学的には無矛盾な)理論であるから、「つまみ食い」的、あるいは、「要するにこういうこと」的、お手軽なまとめの報道になじまない、ということなのだろう。