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だれかが書いてはいたけれど

2012-01-29 「ヌード・マウス」感想

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この日はハシゴしてましたね。
2012年の2本目です。

赤坂REDシアターにて、谷賢一さんのプロジェクト
テアトル・ド・アナール第一回公演「ヌード・マウス」観劇。

ひとことで言うと天才です、この人。

内容は以下に。

ずっと昔に離婚した父親(山本亨)は脳科学者の権威。
もう何十年も会っていない父親の元に挨拶に来た姉(佐藤みゆき)と弟(増田俊樹)。
その姉の婚約者(大原研二)という、登場人物4人というストイックな芝居です。

もちろん舞台なのでワン・シチュエーションなのですが、
物語の背後に見えてくる世界観はとても映像的で、
映画化やドラマ化しても面白いんだろうな、というのが感想。

情報量がかなり多く、主人公が脳科学者ということもあり、
専門用語がバシバシ飛び交います。
脳科学の最先端の話題(と思われる)はもちろんですが、
舞台が近未来ということもあってか、
近い将来実現しそうな科学技術の話も駆使されます。

相当取材したんだろうな、と感心するとともに、
理解しながら自分の言葉にしていく作業を担わされた役者さんも
大変だったろうな、とこれまた感心しました。

長年会っていない父に惹かれてそこに居残ることを決めた弟。
交通事故に遭い、脳の機能の一部を失ってしまう姉。
その後遺症に耐え切れずに自分を見失っていく婚約者。
科学者として、家族の父親としてそれに対峙する主人公。

時間軸が交錯しながらストーリーが展開するので、
「あの人いい人なんだよね」と紹介されていた婚約者が、
次のシーンで激怒しながら登場するなどして、
こうした演出が物語をさらにドラマチックにさせていきます。

いくつも張られた伏線も次第に追いつかなくなりますが、
ふとした瞬間にそこがつながると、それこそシナプスに電気が走るように
そこに心地よさが生まれます。

「科学=脳」と「感情=心」という二元論
モチーフとしてよく対比される種類のものかと思いますが、
そこに「肉体=温度」という概念を加えていて、
それこそが人間の魅力である、というような結論で舞台は幕を閉じます。

圧倒的な世界観の設計の仕方と、そこで展開されるストーリーの
オリジナリティ。とにかく刺激的な演劇体験でした。

しばらくこの作家さんは追いかけてみよう。

と思ったら、主催する劇団の公演真っ最中じゃないですか。

http://www.dcpop.org/stage/next.html

地方公演もあるみたいなので、首都圏以外の方はどうぞ。

というか、自分は行けるのかしら。

ーー
●作・演出
谷 賢一

●出演
増田俊樹
佐藤みゆき
大原研二
山本 亨

●スタッフ

美術:土岐研一
照明:松本大
音響:岡田 悠
衣裳:横田真理
ヘアメイク:大宝みゆき
演出助手:則岡正昭
舞台監督:棚瀬 巧
ドラマトゥルク:野村政之
制作助手:齊藤友紀
制作:小野塚 央
プロデューサー:伊藤達哉
宣伝美術:今城加奈子
宣伝写真:引地信彦
Web:MONOLITH
制作協力:DULL-COLORED POP
主催:ゴーチ・ブラザーズ
企画:Théâtre des Annales

2012-01-28 五反田団「びんぼう君」感想




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五反田団第37回公演「びんぼう君」感想。

だいぶ前になってしまいますが、
2012年目の一本目です。

五反田団自体は3本目。
オムニバス的な「四つ子の宇宙」というのを入れると、
前田さんの作品は4本目ということになります。

作・演出の前田さんという方はたぶん、
性根がやさしい人なんだろうな、ということ。

妻と離婚して息子と二人で暮らす中年男性と、
その息子の話です。とにかくびんぼうです。

息子の誕生日に、友だちが遊びに来て
授業の課題である月の観察を一緒にする、
というのが主なあらすじ。

細かい笑いなどもちりばめられていて、
ストーリーがないぶん飽きるところもあるのだけど、
細やかな機微を感じさせるところが時折あるから
けっこう気が抜けなくてよい。

クライマックスはその父親が、
自分のところではなく、母親に育ててもらったほうが
息子にとって幸せだろう、という決断を伝える場面。

それまでフツーのやり取りをしているところに、
急にその話題がふってわいて。
でも、息子もその話題への反応は早く、
男二人の気持ちが、実はずーっと同じ部分で
つながっていたってのだということがわかる、
というお話です。

そうした細かな感情の動きの描き方がていねいで
たぶんそれがこの作家さんのやさしさの現われ、
なんでしょうね。

演目によって好き、嫌いが(自分の中で)分かれますが、
まだしばらく追いかけてみようかと思います。

最近はドラマや映画の脚本なども手がけてますね。




ーー

五反田団第37回公演「びんぼう君」

【作・演出】
前田司郎

【出演者】
大山雄史
黒田大輔(THE SHAMPOO HAT
端田新菜(青年団/ままごと)

【スタッフ】
照明:山口久隆(S-B-S)
宣伝美術:木村敦子
WEBデザイン:石井雅美
舞台監督:榎戸源胤
制作:清水建志・門田美和

2011-09-23 ポツドールvol.19 『おしまいのとき』感想

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ネタバレあり※ご注意ください】



いろいろ考えさせられました。



いま振り返ると、

生きることへの欲求をものすごく肯定しているというか、

人間のズルいところやダメなところ、自分勝手なところなども

ひっくるめて生きていることをよしとしたところからはじめましょう、

というのがテーマだった気がします。

前向きな気持ちになったかといわれると、そんなことはないのですけれど。

そしてこれは、じっくり考えた結果に出た答えなんですけれど。



・・・・・・・・・・・・・・・・



チラシには「ポツドール三年半ぶりの新作公演!」とあり、

主宰の三浦大輔さんも「恥ずかしいくらいの直球勝負でいきます」との

コメントを寄せています。



芝居を見終えていくつか引っかかっている感情がありまして、

単語だけを列挙するとしたら、



「自分の立ち位置の確認方法」

「他者との関わり方」

偽善



の3つになります。



話の内容としては、幼い息子を亡くした夫婦の再生の話です。

奥さんが自分のやり方で、自分らしさや人間らしさを取り戻していく再生の姿を描いており、

タイトルは「おしまいのとき」ですが、そういう意味では「はじまりのとき」でもあります。

が、そのやり方がめちゃくちゃです。



主人公である女性(篠原友希子)は

エアコンの修理に来た作業員米村亮太朗)と不倫関係に陥り、

息子の法要の際にも仮病を使ってその男との逢瀬を続け、

進められるがままに覚せい剤に手を出し、

果てには自らバイブを購入して、からだが求める欲求にのみ

従っていくようになります。



不倫相手である電気屋は身重の彼女(新田めぐみ)との同棲生活をしているにも関わらず、

仕事を後輩(松澤匠)に丸投げをして、主婦との性生活に耽ります。



主人公の夫(古澤裕介)はふさぎ込む妻を支えようと、

気質に仕事に通っています。が、実は会社に行くフリをしているだけで、

ご近所の奥さん(高木珠里)と浮気をしています。

その夫である男(松浦祐也)はその事実を知らずに、幼い息子を亡くした夫婦のために

献身的に尽くそうとしますが、それもやや度を過ぎており、そのやさしさは

夫婦のためにというよりは、自分を認めてもらいたいアピールのようにも見えます。



物語の最後、主人公は不倫相手の指示通りに夫を殺し、

不倫相手と結ばれたいと伝えますが、勢いあまって彼女のおなかの中の

子供を殺してしまった電気屋はそれを受け止めることを避け、

最終的にはひとりになることを選びます。

だれも幸せにならないエンディングのまま舞台は幕を下ろします。



このようにストーリーも登場人物の行動もハチャメチャです。

芝居の展開としては、場面の切り替え毎に暗転が必ずあり、

そこで語られる主人公の女性のオフナレ(心の声)がストーリーを進行させるので、

しっかりと筋を追うことはできます。





考えたことその1「自分の立ち位置の確認方法」について



自分が何かをなすことの根拠をどこに置くのか。

この物語の場合、主人公の主婦は

「亡くなった息子にとってどういう母であればよいのか」だけを信じ、

(結果的には)間違った方法で自分を再生させようとしたわけですが、

自分が幸せに生きること=欲望のままにいきることが亡くなった息子への供養になる

というロジックは最終的には崩れて、簡単に終わります。

それは、自分の意志ではなく、不倫相手に認められたいという

欲求からの行動だったからなのだと思うわけです。



しかし、この主人公に限らずですが、自分は何を理由に生きていくのか。

それをだれしもが自分の中で定めているのかと問われると、果たしてどうなのか。

「自分はそうじゃない」。登場人物への感情移入を拒もうとしている自分に気づいたときに、

結局は自分自身の中に理由を置くこと、そこに目を向けなければいけないのだ、と

いうことを突きつけられます。その不快感がざらついた感じで残るんですね。



考えたことその2「他人との関わり方」について



それぞれ事情を抱えた登場人物たちは、自分の人生を生きると同時に

他人の人生の一部にもなっているわけで、相手にとってのどういう自分であるのか、

または、相手に何を求めているのか。これも問題になります。

そうしたやりとりの密度の濃さも印象的でした。



三番目の「偽善」について。これも「他者との関わり方」の話ですが、

当事者ではないからこそできたことが、当事者になったとたんにできなくなるのは

なぜなのか、という話です。



ご近所さんの旦那さんは、自分に不幸がない状態ではお隣夫婦に献身的ですが、

自分の妻が不倫関係にあったことがわかったとたんに

思考停止に陥ります。他人にやさしくすることで自分を保っていた彼は、

当事者になったとたんに自分自身さえ保てなくなります。



偽善と本当の善との境目がどこにあるのか。あるいは、だれがそれを決めるのか。

善というものを、これまで作家さんが扱ってこなかったような気もしていて、

2011年だからこそとりあげたテーマだったようにも思いました。



そしてラストシーン。



不倫相手の指示通りに行動することを自分の意思だと思いこませ、

夫を殺すまでにいたった主人公の空白と、自分の意志で行動し続けながら、

最後にはすべてを失ってしまう電気屋の空白が重なります。



舞台を上下に分けたセットは、主人公夫婦の裕福なリビングと、

電気屋の男の貧しいアパート暮らしが同時に見せていて、

これはポツドールお得意の舞台装置ですが、文字通り、

二人の空白が重なり合って重くるしい空気が漂う場面で、

主人公の女性は空腹に気づき、黙々とご飯を食べはじめます。



さまざまな思惑や意識から開放されたときに、最後にからだからの本能的な

欲求にのみ突き動かされる姿は、とても人間的な行為で、生命力に満ちています。

それこそが人間の原始的な幸せの姿のようにも見えます。



と、ここまで考えてみると、冒頭のシーン、

葬式を済ませて帰宅した夫が妻のからだを求める場面があるのですが、

主人公はそれを拒むんですね。



その求めに応じていれば、実はこのストーリー自体が必要なかったのかもしれません。

と思うと当時に、それでも以前から夫がそういう対象ではなかったんでしょう。



というわけで長くなりましたが、

目の前で起こっている事実だけを追いかけるとスキャンダラスで

エロくて刺激的ですが、描かれている人間やテーマ自体はだれにでも共通しうる

普遍的なもので、そのあたりが人気の理由だと思います。



文章にすることで、芝居を見たときには言葉にできなったもやもやしたものが

なんとなく整理された気がします。





2011年9月8日(木)〜9月25日(日)

ザ・スズナリ

脚本・演出 三浦大輔

出演



米村亮太朗 古澤裕介 松浦祐也 松澤匠

篠原友希子 高木珠里 新田めぐみ



スタッフ



舞台美術:田中敏恵 照明:伊藤孝(ART CORE) 映像・宣伝美術:冨田中理

小道具:河合路代 舞台監督:酒井詠理佳 演出助手:飯塚克之 上松頼子

写真撮影:曵野若菜 制作:木下京子 広報:石井裕太 制作協力:保坂綾子



協力:ゴキブリコンビナート 劇団宝船

スターダス・21 バードレーベル スカイコーポレーション ダックスープ

オフィスPSC スペーステン M☆A☆S☆H

企画・製作:ポツドール

2011-07-06 20年安泰。感想その3 範宙遊泳

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ポップで、切なくて、知的で、頑固で、

開かれたヤツらが大集合!




25分×5劇団 全て新作上演!



この先20年、

日本の演劇の未来が楽しみになる才能が、5組。

同じ舞台を使い、短編で個性を競い合う4日間。

20年後、これを観たことが自慢になる。





(以上、公式サイトより引用)
―――――――――――――――――――――――――――



本日は、範宙遊泳の感想です。



5つの劇団の中では一番試行錯誤が見えたというか、

実験的だったというのか、いつもとは違う脳の筋肉を使ったんだろうなー、

という印象でした。

劇場の使い方もほかの4劇団とは違う使い方をしており、

課題に対していろいろな作戦を練って臨んだ、という感じ。

もっとも、本公演を見たことがないのでなんとも言えないんですけどね。



話の設定としては楽屋オチというか、舞台裏バラシというか、

「とある劇団による公演後のアフタートーク」という設定で、

劇団員が再現する各パートについて、その話のモデルになったうさぎの一家が

ダメ出しをし続けるという話です。

いわゆるストレートプレイではない変化球もの。

結局後半はそのうさぎの一家のほうが、演じていた人間側に蔑まされていく

その破綻の仕方が、妙にいらいらさせる気分を残します。

まあまあ苦いかなと思って飲んでいたコーヒーカップの底がざらざらしてた、

みたいな感じでしょうか。



空間の使い方は斬新でした。

舞台奥の劇場の扉が開いて劇場の外から役者が出て来たり、

搬入口としても使われているだろうそのスペースでクルマを走らせたり、と、

ほかの劇場ではできないことをやっています。

25分という制限がそうさせたのか、普段からそうなのか、

課題に対してちょっと斜に構えて、いろいろな方法を探って

やりたいことを見つけていくような姿勢は好きです。



もうひとつ。

衣装がかなり特徴的でした。

うさぎの一家がモデルという話だったからなのか、

着ぐるみと私服のあいの子のような衣装がビビッドな色使いで、

見せ方としてはポップでもあります。



演出や役者の演技が好き、ということではないんですが、

「こういう姿勢で自分たちのやりたいことをやろう」という意思は

とても強く感じて、態度としては醒めているんだけど

実は高いところ目指している静かなギラギラ感みたいなところに

好感を持ちました。



駅前劇場や王子小劇場といった、いわゆる小劇場ど真ん中で

一度見てみたいですね。



次回は、ジエン社の感想を書くことを予告して、

本日はこのあたりで。


2011-06-29 20年安泰。感想その2

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ポップで、切なくて、知的で、頑固で、

開かれたヤツらが大集合!




25分×5劇団 全て新作上演!



この先20年、

日本の演劇の未来が楽しみになる才能が、5組。

同じ舞台を使い、短編で個性を競い合う4日間。

20年後、これを観たことが自慢になる。





(以上、公式サイトより引用)
―――――――――――――――――――――――――――



感想です。本日は



ロロvol.5.6『夏が!』作・演出:三浦直之



について。



ロロ公式ホームページ



ロロはチラシなどで名前をよく見かけていたので、冬に一度、

ロロvol.5冬のサミット2010

『グレート、ワンダフル、ファンタスティック』

という演目を見に行ったことがあります。



印象はそのときとあまり変わらなくて、

若いなーというか、曖昧だなーというか、もっと煮詰めてほしいなーというか。

そういう意味では25分という短い時間の中での自己紹介できたのだと思います。



話としては人魚と人間の恋の話です。

前に見たのもそうでしたが、男にも女にもある、恋愛になる一歩手前の

ふわふわした気持ちや感情が描かれていて、その切なさとかきゅんと来るところが

作家さんの狙いなんだと思うのですが、いまいちピンと来ないんですよねー。

なんなんでしょう。



断片的な要素がとにかくいろんなところにちりばめられているのですが、

特に集約されていくわけでもないので、散らかっている印象に近いです。

もっとも散らかっているとはいえ、素材はがキラキラしたものだったりするので

嫌なものではないんですが「で、どうしたの」で終わってしまう。



ゴーストニューヨークの幻」をはじめとして、

さまざまな映画、ドラマ、アニメ、マンガのワンシーンや設定などが

サンプリングされて登場するのですが、正直、これも意図がわからなかった。

笑いに結びつけるのであればそれは成功しておらず、その作品へ尊敬を感じ取れるかと言えば

「なぜここで使ったのか」がわからない以上それも感じられず、

うーん、何を狙っていたのでしょう。



溺れるときの音を「ぶくぶく、ぶくぶく」と声に出したり、

波の音を「じゃぶじゃぶ」と声に出したり、と、

役者が発する音を、意識的に使ってもいたようですが、たとえばそれが

音と言葉(と意味)についての新しい解釈になったり、記号性を強調して

意味を排する、というような実験、気づきの提案というわけでもなさそうで、

うーん、どういうことを狙っているのでしょうか。



と、悪い印象ばかり書いてきましたが舞台美術の使い方はよかったです。

海に見立てた巨大なブルーシートを大きく動かして波や水面を作り出し、

時にはその海がマントになったり影絵を映し出すスクリーンになったり、と、

さまざまなアングルから目一杯生かし切っていました。

たぶん視点の自在がなせる技なのだと思いますが、舞台装置、美術に制約がある中で、

立体的に使われていたのがよかったです。



それにしてもこの「ロロ」が向かうのはどんなところなのか。

手段や手法を持ちすぎる器用貧乏なのか、あるいはやりたいことが多すぎるのか。

いずれにしても、伝えたいテーマを、いまのやり方では表現し切れないような、

そんな気がするので、僕はしばらく「ロロ」からは離れます。



でもたぶん、枝葉がきらきら輝いているので、しっかりとした根が張られて

太い幹がぐんぐん伸びていくと、とんでもなく立派な花を咲かせる大樹になるかもしれません。





このあとツイッターに流れているみなさんの感想を見てみます。

もっといろいろな芝居を見ている人の感想を知りたいというか、

みなさん、どのように解釈して、どのような感想を持っているのかを読んでみます。



余談ですが、観劇後に他の人たちの感想ツイートを追っていると、

なんとなく自分が考えていたことや感じたことをうまくまとめたツイート

出会ってしまい、つい「そうそう!」と「RT」してしまうのですが、

それがとてももったいない気が、最近はしています。

なぜかというとわかったような気になってしまうんですね。



一度自分の中のフィルターを通して、何が残るのかを見るということをしてはじめて、

その作品と向き合うというか、その芝居を「見た」ことになるんじゃないか。

なんてことを思って、なるべく新鮮なうちに感想を書いている昨今です。



次回は



範宙遊泳『うさ子のいえ』作・演出:山本卓卓



の感想を書くことにします。


2011-06-27 「20年安泰。」感想 

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芸劇eyes番外編『20年安泰。』



ポップで、切なくて、知的で、頑固で、

開かれたヤツらが大集合!




25分×5劇団 全て新作上演!



この先20年、

日本の演劇の未来が楽しみになる才能が、5組。

同じ舞台を使い、短編で個性を競い合う4日間。

20年後、これを観たことが自慢になる。



(以上、公式サイトより引用)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――





東京芸術劇場が若手の劇団をピックアップして開催される「芸劇eyes」。

今年は芸術劇場が改修工事中ということもあり、スタイルを変更し、

5つの劇団が作る25分ずつの新作公演をまとめて見られるという、

音楽フェスのようなイベントでした。



これまでの「芸劇eyes」を見ていないので比較はできないのですが、

注目の若手劇団をまとめてみられるというのはかなりお得。まさにフェス。

しかも前売2,000円というチケットの値段はありがとうございますです。

演じる側も、見る側も、これからの人に向けてのイベントということなのでしょう。



というわけで、感想をつらつらと。



●イベント全体について



出自も作風もキャリアも客層もまったく違う劇団を5つ並べる試みは

いろいろな刺激を生み出していそうです。

劇団同士の刺激もあるでしょうし、ファン同士の刺激もあるでしょう。

目的の劇団以外の芝居に発見がある人も多いかもしれません。



使う会場はどの劇団も一緒。

各演目のインターバルが5分程度のため巨大なセットを組んだり、道具を並べたりできず、

演出上の制約はかなり多いはず。もちろん25分という尺も珍しい尺なので、作る側としても

これまでに経験したことがなかった尺で、難しかったのではないかと想像します。



こうした制約に対してどのように向かい合うのか。

各劇団の普段のやり方とどのような違いがあったのか(あるいはなかったのか)。

そのあたりはわかりませんが、制約を活かす手法の差も見どころだったかもしれません。

実際、「これが2時間続いたら困るな」というのもありましたしね。



複数の劇団を一度に見るので「比較する」という体験もできました。

これは新鮮な経験かもしれません。

とはいっても、作家さんの作風やスタイルが違うので、

たとえば「あっさり東京ラーメン」と「がっつり魚介系のつけめん」のお店の

どっちがおいしいのかを比較できないように、どの劇団が一番だ!

というのは決められなかったです。たぶん、他の人もそう。

というか、最終的には「好き」「嫌い」になると思います。



感想を振り返るときにも単体で振り返るというよりは、

ジエン社はこうだったけど、範宙遊泳はこうだったよな」というような

思考回路を辿るので、単体で公演を見たときの振り返りよりも幅広く、

さまざまな切り口で作品と向き合うことができるのかもしれません。



5つの劇団の順番はどうやって決まったのか、というのは気になりました。

おなかいっぱいで食べる料理と空腹のときに食べる料理の味が違うように、

出てくる順番も、見る人の印象に大きく影響します。



個人的にはとてもよい順番だったと思います。

バナナ学園があの順番で出て来てくれて助かりました。



『20年安泰。』というタイトルは「この劇団が20年後も演劇界を引っ張っている」

という太鼓判でも約束でも予言でもたぶんなく、こうしたイベントに集まる若者たちが

脈々と出てくる限り、20年先の未来でも「演劇」は新しい表現として残り続けるだろう、

という期待の表われや前向きな態度なのだと思いました。



劇団をやっている側からすれば、ある種の決断のタイミングなのかもしれません。



出演者もお客さんもエネルギーにあふれていて、

世代的には多感な年齢期を文化的にも「失われた10年」で過ごした、

ゆとり世代」だったりもするのでしょうが、

それでも演劇という方法で世の中に関わっていきたいという人たちが、

まだまだたくさんいるのだということを感じたイベントでした。





と、ここまで書いていたら、長くなってしまったので

各劇団のそれぞれの感想については明日以降にします。



感想も順番通りに、



ロロvol.5.6『夏が!』作・演出:三浦直之



から書くことを予告して、本日はこのあたりで。

2011-05-18

あだち充

20:59




あだち充がやっぱり好きで、

これも好きですね。


hiroyukitsunekihiroyukitsuneki 2011/05/19 00:22 買うなら1巻から買ってくださいね。
リクエストがあればお貸しします。

2011-05-17

[ライブ]Mr.Children Tour 2011「SENSE」

01:53

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5月7日(土)さいたまスーパーアリーナ

Mr.Children Tour2011「SENSE」に行ってきました。



アンコールのラストで被災地支援の曲である「かぞえうた」を歌ったのですが、

そのときのMCが印象的でした。



一字一句覚えている訳ではないのですが、確か次のようなことを言っていました。





義援金のためとはいえ、何か、特定の目的のために曲を書くということが

 不純というか、不自然な気がしてなかなか曲を書くことができませんでした。



 あるとき「かぞえうた」という言葉を思いつき、それで見えたというか、

 苦しみや悲しみではなく、希望や喜びをひとつずつかぞえていければいいんじゃないか、

 そういう歌なら歌えるのではないか、と思ってできたのがこの曲です。

 聴いてください…」





震災に対してどのように対峙したらよいのかに迷う、ものを作る人ならではの

悩みをストレートに明かす姿勢がとても理解できるというか、

別に自分は曲を書く訳ではありませんが、共感できたというか。



多くの人が被害の上に成り立つ「義援金」のために活動すること、あるいは

その行為自体が売名につながることをよしとしなかったのかはわかりません。

とにかく「不純」という言葉の選び方に、僕は好感を持ちました。





ライブ自体はとても楽しめるもので、

最新アルバムの曲はほぼ全曲演奏したし、

まさかの「NOT FOUND」でのオープニング!



途中、マニアックに「深海」からの数曲をつないだり、と、

相変わらずの幅広い曲目、演奏でした。



バンド編成に管楽器が入っていなかったため、

かなりキーボードや打ちこみの音の役割が大きく、

そこが残念と言えば残念だったでしょうか。

小林武史が最近ではツアーメンバーとして

キーボードを演奏しているのですが、

年々存在感が増して来ているように思え、それが気になってます。



それでも「この曲聴いてない」「あの曲も聴きたかった」と、
あがる曲がつきないのがこのモンスター・バンドの魅力。

特に会場が一体になる「イノセントワールド」は聴きたかったですね。

有名曲ばかり演奏する「ドリカムワンダーランド〜史上最大の遊園地」

じゃないですが、ヒット曲ばかりのライブも見てみたいもんです。





最新アルバムの中ではベタですが「365日」が好きですね。



SENSE

SENSE





※一番上の写真は開演前に飲んだビールとツアーグッズのパンフレットです。

2011-05-14 イキウメ「散歩する侵略者。」

| 02:30


f:id:hiroyukitsuneki:20110213095521j:image:w640


観劇直後の感想ツイートは以下の通りです。

  イキウメ感想。
  必見!いまからチケット買える人は探してでも見るべし。
  完成度高いわー。
  地球に侵略してくる「概念」を奪う宇宙人の話なんですが
  「概念」だけを取り出すと人間のいろんなことが見えてくるわけで。
  自分の中の概念を再発掘させられた印象。
  主演俳優の飄々さがキモ。


いやホントよかったです。

以下、ネタバレありですが感想をまとめます。

やはり設定とプロットのうまさなんだと思います。
劇団自体にとっても再々演の脚本で、プロデュース公演も
含めれば4回目の作品。
作家さんの中にもある程度の完成系が見えていての、
今回の上演だったようです。

概略はスペックみたいなものですから本題に入ります。

僕はすごく好きなお芝居でした。
ラストの展開が途中で読めてはしまったのですが、
決して醒めてしまうわけではなく、最後まで心地よくその流れに
乗せられたまま爽やかに見終えることができました。
というか、号泣してました。

会場からもすすり泣く声があちらこちらから上がっており、
ひとりで見に行ってよかったです。
会社の人なんぞと行ったらさぞ恥ずかしかったことでしょう。

あらすじとしては地球に侵略してきた宇宙人と
その街に住む人たちによるSFドラマです。

面白いのはその侵略方法で、
宇宙人は地球人の「概念」を奪うことで成長を続けます。
彼らは身近な地球人を[ガイド]として任命し、
[ガイド]以外の人間からさまざまな概念を奪い続けます。

クライマックスシーン。
妻(伊勢佳世)は宇宙人に乗っ取られた夫(窪田道聡)に対して
自分の持つ「愛」という概念を奪ってほしいと懇願します。
夫の身体を奪った宇宙人はその身体を捨てて宇宙に帰るといい、
地球を侵略するという計画を止めようとはしません。

乗っ取られた身体は元の持ち主に戻ることはなく、
宇宙人が離れた瞬間に死に至ります。(冒頭の金魚からの伏線)
夫(=宇宙人)からそのことを告げられて、妻はいよいよ
「愛」の概念を奪われることを望みます。

劇中では夫役以外にも2人の宇宙人が登場し、
さまざまな登場人物からあらゆる「概念」を奪います。

夫や妹を気遣う家族思いな姉嫁(岩本幸子)は「家族」という
概念を奪われて悩み、常に虚勢を張って退屈な日常を
打破したいと逃げる若者(森下 創)は「所有」という概念を失った
とたんに戦争反対シュプレヒコールを挙げ出します。

大切にしているものが奪われた人のバランスの崩し方がリアルです。
そして、普段の自分たちもあらゆる「概念」の積み重なりの上に
生活していたのだということに気づかされます。

宇宙人は散歩をしながら出会った人と対話をし、
その人が大切にしている「概念」を引き出して奪います。
それを繰り返して成長を続ける夫(宇宙人)は、それまでに
「愛」という概念を奪うことができていません。
おそらく他の2人も「愛」という概念は奪えていません。

以下、記憶なので正確じゃないかもしれませんが、
夫婦が中心になる最後のシーンはこんな台詞のやりとりでした。

夫「そう。みんな“愛”については語りたがらないんだ」
妻「当たり前よ。そういうのは知らない人には話さないものなの。
  いや、たとえ好きな人にだってそんな話はしないわ」
夫「そうか。手に入れるのは難しいか」
妻「でも私ならうまく説明ができる。
  いいえ、私じゃないとダメなの。あなたに“愛”を
  説明できるのは私以外にいないのよ」
夫「本当にいいのかい」
妻「あぁ怖い。早くとってよ。お願い」
夫「わかった。…ありがとう、それを、もらうよ」

夫は妻の「愛」という概念を奪います。
そして手に入れたその「概念」によってものすごく苦しみます。

ストーリーはハッピーエンドを予感させるようにして終わります。
「愛」という概念を知った宇宙人は、地球侵略という計画を翻し、
むしろ地球人の味方になることを決意します。

・・・・・

主演の俳優さんつまり夫役の窪田さんの飄々さがよいです。
もちろん意識してやっているのでしょうが、ひょろっとした
身体もあいまって、生来持ち合わせているようなとぼけ具合が
感情を伴わない宇宙人の特徴とうまく結びついていました。

以上、

印象的だったシーンを抜粋し、振り返りながら書いていますが、
思い出すたびにいろいろな伏線に気づいたり、登場人物の
キャラクター設定や背景の伝え方がおしつけがましくないところなど、
よかったことが次々に思い返されます。

確実に次の公演も見に行くと思います。

よい作家さんに出会えました。

イキウメ「散歩する侵略者。」

[作・演出] 前川知大
[出演] 浜田信也、盛 隆二、岩本幸子、伊勢佳世、森下 創、窪田道聡、大窪人衛、加茂杏子/ 安井順平、坂井宏充

提携:財団法人せたがや文化財団 世田谷パブリックシアター
後援:世田谷区 TOKYO FM
運営協力:サンライズプロモーション東京
主催:イキウメ/エッチビイ


ネタバレしといてなんですが小説化もされています。
 よかったらぜひ。

2011-05-12

ソフトバンク-楽天、ヤクルト-中日

| 02:43

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忘れないうちに、というか、記録のためだけに書いておきます。

時間があればあとでじっくり書きます。



5月3日(火)

福岡ソフトバンクホークス-東北楽天ゴールデンイーグルス

3−0でソフトバンクが勝ち。

先発の和田は被安打3、11奪三振の好投で完封



今年初のプロ野球観戦。

念願の福岡ドームに行ってきました、大型連休

東京から離れた街へ、いわば「脱自粛エリア」という目的もあり

初めて訪れた福岡でした。



スタンドはほとんどソフトバンクのファン。

レフトスタンドの一角だけにえんじ色のユニフォームがいて、

小さな声を張り上げていました。



ホームのファンがこれだけ集まるのは東京ドームくらいですかね。

あとはいったことはないのですが甲子園球場もおそらくそう。

ぜひとも甲子園も行きたいものです。



応援団が振っていた旗に「頑張れ福島!」「頑張れ岩手!」など、

被災地を励ますメッセージが書かれていて感動しました。





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続いて5月4日(水)

東京ヤクルトスワローズ-中日ドラゴンズ

4−3でヤクルトが勝ち。



中日ファンの友だちと5人で見に行ったため、

チケットを買う前に全員でジャンケン。

自分はヤクルト側で見たかったのですが、

負けたために中日側で見ることになりました。



デーゲームで見る野球のすばらしさ。

ビールのおいしさ。

いやー、プロ野球ってほんとにいいものですね。



まあ、勝ち試合ということもあって楽しめましたが

どうせ勝つならヤクルト側で見たかった。



また今年もいろんな試合を見に行くと思います。

ご一緒する方はぜひよろしくお願いします。

おいしいビールを飲みましょう。