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“人は感情の生き物だ!!”というフレーズのポジティブな面に注目しています。
感情を喜ばせてくれるヒト・モノ・コトバにたくさん触れて、よりハッピーな人生を!

2014-11-22

「利他主義の複利」で心豊かになる!+3つのおすすめアクション

「利他主義の複利」という言葉、ご存知だろうか?


分かるようでわからない、パッと聞くと「何???」と頭にハテナが浮かぶこの言葉。

前エントリで紹介した本『ツイッターで学んだいちばん大切なこと』に登場する、素敵な考え方だ。


ビズ・ストーン氏から学ぶ「利他主義の複利」

同書の著者 ビズ・ストーン氏は、twitter の共同創業者。

2006年 オデオ社のハッカソンで、ジャック・ドーシー氏とのペアで生みだした twitter。ブレイク後の 2009年に、ストーン氏は「コルベア・レポー」というテレビ番組に出演する*1。このとき、司会のコルベア氏から出演者に贈られたもののなかに、ある素敵なものが入っていた。


収録後、僕とリヴィアは番組からプレゼントをもらった。おそらくテレビ番組に出るともらえる、よくある記念品の類なのだろう。番組名の入った帽子とTシャツ、水がかごに入っている。だがもうひとつ、僕に大きな影響を与えたものがあった。ドナーズ・チューズという非営利組織の、25ドル分のギフトカードだった。(p.247-248)


ドナーズ・チューズ(donorschoose.org)は、「公立学校のためのユニークな慈善団体」で、「全米各地の公立学校の教師が、授業で使う教材や備品など必要な物をサイト上で知らせ」、「その中から関心のあるプロジェクトや、近所の学校、あるいはすばらしい授業をやっている先生やとくに困っている先生を自分で選んで寄付をする」ためのサイトだ。


コルベア氏は、自らこの活動を応援するとともに、番組ゲストにもこのサイトで使えるギフトカードを贈っていた。受け取ったストーン氏は、小学校2年生を担当する先生のリクエスト(=『シャーロットのおくりもの』がクラスの人数分必要!)に応えて、寄付をした。力になれたことそのものが嬉しかったし、その後 本を受け取った子どもたちからのお礼のカードが届いたのが何よりも嬉しかった、と書いている。


で、この喜びは、寄付した人とされた人だけにとどまらず、広がっていくのだとストーン氏は言う。

ドナーズ・チューズを通して、利他的な行ないが力強い連鎖を生むと知ったのだが、ほかにも、おそらくさらに大きな気づきがあった。(略)その寄付は世界を変えたわけではないけれど、何人かの先生がしたい授業をするのには役立った。(略)こう考えていくと、スティーブン・コルベアが影響を与えたのは僕だけではない。彼の贈ったものは教師に届き、子どもたちにも届き、さらには子どもたちが得た有意義な経験や知的な成長にふれるすべての人に届くことになる。(p.250)

「利他主義の複利」とは、この加速度的な広がりのこと。

番組に迎えたゲストにギフトカードを贈る形でスティーブン・コルベアが行った小さな善意は、こうして加速度的に広がった。僕はこれを利他主義の複利とよんでいる。(p.251)


僕が twitter や facebook などのソーシャルメディアを気に入っている理由の1つは、この「利他主義の複利」を生み出す拡散力があるからだ。信頼できる(=フォローしている or 友人として繋がっている)人の発言や紹介であれば、活動している人そのものを知らなくてもそこに何らかの想いを積み重ねていくことができる*2


身近な人に対しても、また、遠く離れたまだ見ぬ人に対しても、自分のアクションによって何らかのよい影響が伝搬できれば、とても心が気持ちよく生きられるはずだ。ソーシャルメディア隆盛のこの時代だからこそ、「利他主義の複利」という考え方が、もっと広がればいいなと思う。


3つのおすすめアクション

実際に行動してみると「利他主義の複利」の効果が実感できるので、以下に僕自身がやってみておすすめのアクション3つをご紹介…。

続きを読む

*1:当時の動画はこちらから http://thecolbertreport.cc.com/videos/4qhn4o/biz-stone

*2:もちろん、ツールの使い方によっては悪意や憎悪も広がっていくので、情報自体の見極めやリアクション方法の選択は必要なのだけれど…。

2014-10-11

『ネットコミュニティ戦略』が引き寄せた、3冊のコミュニティ本が気になる

いや、まさに、タイトルどおり。

気になる、気になる…。

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(上の1冊に、下の3冊が引き寄せられてきた)


『ネットコミュニティ戦略』

こちらが、今回の引き寄せのきっかけとなった一冊で、2001年発刊。


インターネット初期のウェブ・コミュニティに数多く携わってきたエイミー・ジョー・キム氏が、成功するコミュニティのつくり方や育て方を解説した一冊。ソーシャルメディア時代になっても通用するノウハウにあふれた古典的名著である*1


ちなみに、2014年10月の1ヶ月をかけて、Facebookグループ「コミュニティマネージャーズ・コミュニティ(CMC)」内のイベントで、この本を課題図書としたオンライン読書会を実施中である。ご興味のある方は、CMCへご参加を!(なお、入会の際は入会フォームへもあわせてご登録を!)


『これまでのビジネスのやり方は終わりだ』


こちらも 2001年発刊。"THE CLUETRAIN MANIFESTO"(クルートレイン宣言)としてネット上で話題になった文書を書籍化したもの。*2


「市場の本質は、会話であり対話である」と訴えるこの宣言には、95のテーゼが設定されている。

1.市場とは対話の積み重ねである。

2.市場を構成しているのは、顧客層の統計的区分ではなく、人間だ。

3.人間同士の会話には、人間的な響きがある。人は自分の肉声で会話を交わす。

 (略)

目につくキーワードは、「市場」「人間」「対話」「会話」「肉声」だ。


『Webコミュニティでいちばん大切なこと』


こちらは 2008年発刊。

ビジネスツールとしてのWebコミュニティづくりについて、国内のそうそうたるメンバが筆をとったもの。


「はじめに」には次の言葉がある。

Webコミュニティの根底にあるものは、あくまでも人と人のコミュニケーションである。人間の命題ともいえるコミュニケーションをどう味付けし、おもしろくするか。それがWebコミュニティの肝なのだ。

やっぱり「人」だし、「コミュニケーション」なのだ。


『ツイッターで学んだいちばん大切なこと』

そしてこちらは 2014年、つい最近でたばかりの一冊。


著者は、twitter の共同創業者である ビズ・ストーン氏だ。

ツイッターが爆発的なサービスになった理由が語られているようだ。


パラパラ読んだなかで心にひっかかってきたのは、「人」へのこだわりが書かれた次のような箇所。

ソーシャルメディアとは技術の話だけでなく、それを使う人についても考えなくてはいけないのだとわかっている人物を必要としていた。そして僕がそれに適任だと考えたのだ。(p.12)

人は、ふさわしいツールを手にすると、じつに驚くようなことを成し遂げられる。自分たちの人生を変えられる。世界を変えられる。(p.16)

僕の役割として思い描いていたのは、ブロガーに人間性を加えることだった。ブロガーの顔である公式ブログに「ブロガー豆知識」の項目を立ててヘルプコーナーを作り、サービスの特徴をまとめる。ブロガーに声とブランドを与えようと思っていた。(p.23-24)

つながりあった社会の本当の意味での希望は、人と人が助けあうことにある。

人は基本的に善だ。僕らがつながるのは、互いに人の力になるためだ。協力しあうためだ。それ以上いい理由があるだろうか?(p.309)

(とりあえず現時点での)まとめ

というわけで、『ネットコミュニティ戦略』を読むことで引き寄せられてきた3冊、それぞれ「人」に対する着眼で共通点がありそうだ。今後、楽しみながら読みすすめていこう。

で、コミュニティに関する気付きがあればまた投稿したい。

*1:巻末の解説を書いているのは、当時マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパンに所属していた勝間和代さん!

*2:原著の全文は、こちらで公開されています → http://www.cluetrain.com/book/

2014-09-06

全生庵で坐禅体験 〜「いま」を味わい尽くす〜

以前から気になりつつも未体験だった坐禅。

先日『坐禅のすすめ』を読んでますます熱が高まり、著者・平井正修さんが住職をつとめておられる臨済宗・全生庵の「初心者坐禅会」に参加してきた*1


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心がみるみる晴れる 坐禅のすすめ

心がみるみる晴れる 坐禅のすすめ


今回の「初心者坐禅会」には、40人弱の人が参加していた。僕のように一人で来ている人も多かったが、家族やカップル、友人グループで現れる人もいて、比率にすると半々くらいか。くつ下を脱ぎ、荷物を棚におき、貴重品だけをもってお堂に入る。みな、これから始まる体験に緊張している様子。早く着いた人から、座蒲が置いてある場所に座っていくのだが、せっかくなので空いていた最前列に座らせてもらった。


「初心者坐禅会」では、毎週開催されている「日曜坐禅会」とほぼ同じメニューを行うそうだ。

会の進め方を簡単に説明していただいた後、摩訶般若波羅蜜多心経など3つのお経を読経する。その後、坐り方や警策(けいさく)*2の受け方などの解説(通常はこの時間で住職講話が入る)、それから坐禅2回、読経、三拝、茶礼…とつづく。解説までは若い僧侶のかたにしていただき、平井住職は坐禅から登場された。


実際に坐禅を体験して感じたことを3つ記録しておこう。


声を出すことの気持ちよさ

坐禅前に3つ、坐禅後に2つのお経を唱えた。*3

当日お借りした資料に読みがな入りでお経が記載されており、木魚に合わせた規則正しいテンポで1字ずつ読み上げることもあって、初心者の僕にもすんなりと入っていけた。


こんなに連続して大きな声を出しつづけることは日常では少なくなっているため、読経している途中からだんだん気持ちよくなってきた。みなで同じ言葉を発している一体感、耳に入ってくるそれぞれの声や息づかい、お堂の空間にこだまする響き…。読経の終盤では、みなより少し低めに声を発して音の幅をつくったり、ちょっとしたハモリを楽しんだりする余裕も生れていた。


お経それぞれの意味を理解すればさらに素晴らしい時間になるのだろうけど、僕にとっては純粋に大きな声を出しつづけることが気持ちよい体験だった。


数息観で「いま」を味わう

坐禅の最中は、鼻から息をゆっくりゆっくりと吐いていく。その際に、「ひとーつーーーー」「ふたーーつーーーーー」と頭の中で唱えながら、ほそくながく息を吐き続けていく。数が10まできたらまた1に戻って、坐禅をしている間これをずっと繰返していくのだ。この呼吸法を、数息観(すそくかん)という。


坐禅中の心構えとして、過去におきたことを思い出してクヨクヨ悩まない、未来に起きるかもしれないことをあれこれと心配しない、「いま」「このとき」を感じることが大切だ、との解説を受けた。とはいっても、「考えないようにしよう!」と考えても、しないことを実践するのは難しい。そこで、この数息観によって、数を数え、息を細く長く吐くことに集中し、余計な考えが去来するのを防ぐのである。


実際、今回の坐禅中にも色んな想いが頭をよぎったが、息継ぎをし、次の数を念じ始めるときには数息観に集中するため、浮かんだ想いから離れることができた。この「いま」を味わい尽くす、という感覚を得ることが、坐禅をすることの一番の価値なのかなと感じた。


心が引き締まる所作の数々

坐禅といえば、和尚さんが「喝ーー!」と叫びながら弛んでいる人の肩を叩く。そんなイメージがあったが、実際にはそんなに荒々しいものではなかった。

「警策」は、坐禅中に心を引き締めたい人が、合掌を合図として自らお願いをして背中を打ってもらうものなのだとか。僕もお願いして、警策をいただいた。事前説明を聞いて軽く打つのかと油断していたら意外と痛かったのだが、背中がピリピリとしてその後は集中できた。それにしても、合掌で合図を送り、正対後にあらためて互いに合掌をして「与える」「いただく」関係を確認し、終わったあとにまた合掌をして感謝を表す、という所作が美しいなと感じた。


坐禅の後も、「三拝」(膝まずいて額を畳につけ手の平を耳まであげる最敬礼)を素早く行なったり、「茶礼(されい)」で茶椀やお菓子を手早く配ってくださったりと、とにかく無駄がなくきびきびとした所作には、清々しさを感じた。



たった一度の体験だけれども、禅の教えの一端を教えていただき、みずから体感できたことは大きな収穫だった。

平井住職が著書で書いておられた次の言葉がずっと気になっていたので…。

「ゼロ」から「一」に踏み出す場所。私は自分の寺の坐禅会をそんなふうに捉えています。

どんなに坐禅についての知識が豊富だろうと、やってみないことには「ゼロ」でしかありません。(略)大事なのは、ゼロでは判断のしようもないということ。「一」に踏み出してこそ、判断ができるということ。そのことを実感することではないでしょうか。(p.18)


「一」に踏み出した今だからこそ、谷中の全生庵に足繁く通うのは難しいとしても、自宅であるいは地元で坐禅のエッセンスを取り入れて「いま」を味わい尽くす時間をとっていこう。そう心に決めることができた。


関連リンク


全生庵で座禅体験された方のブログ・日記等

*1:全生庵ページから事前予約が必要です。月1回開催されていますが最近は人気があるため翌月分はすぐいっぱいになるようです。

*2:臨済宗では「けいさく」、曹洞宗では「きょうさく」と呼ぶのだとか。Wikipedia解説より

*3:当日読んだお経はこちら(テキスト)から。一部は動画もあるそうです

2014-08-24

【質問】あなたは「コミュニティマネージャー」ですか?

「結局、コミュニティマネージャーってどんな人なんだろう……」

最近開催されたいくつかのイベントをきっかけに、コミュニティ関連本をむさぼるように読んで、そんなことを考えた。

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(本棚にならぶコミュニティ関連本)


コミュニティマネージャーとは?

考えるようになった直接のきっかけは、7/28に開催された「コミュニティマネージャーミートアップ 2014夏」。

1月第4月曜に行われた「コミュニティマネジャー感謝の日」*1からちょうど半年後の7月28日に、こんな趣旨(↓)で企画されたイベントだ。

ソーシャルメディアの利用が急拡大する中で、組織やブランドのソーシャルメディアの運用を担う「コミュニティマネージャー」という役割が注目を集めています。また、ソーシャルメディアが普及する以前から存在する家族、同窓会、サークル、NPO、プロフェッショナル・グループ、ユーザーグループ、患者会、選挙キャンペーン、デモに集まる人々など、何らかの興味や所属、目的があって生まれるあらゆるグループを運営する方々も「コミュニティマネージャー」としての役割を担った方々です。

さまざまなコミュニティを運営している人同士の情報交換・交流の場として、有志の実行委員会が中心となり、「コミュニティマネージャー・ミートアップ」を開催いたします。 (Peatix:2014夏コミュニティマネージャー・ミートアップ 案内文 より)


行く気まんまんだったのに残念ながら参加できず、詳細なtogetterまとめや 友人のFacebook投稿 等で当日の様子の理解につとめた*2

screenshot

(resignerさん作、臨場感あふれる秀逸なまとめ。ありがたや!)


その後、イベント当日の振り返り会が開かれることを聞きつけ、図々しくも参加させてもらった(笑)。

勢いで、その翌週の「コミュマネのこれからを考える会」にも!!


で、直接・間接に話を聞き、自宅にあったコミュニティ関連本を再読するうちに、モヤモヤと感じていた疑問がはっきりと言葉になってきた。


“みながイメージする「コミュニティマネージャー」ってバラバラすぎ!”


コミュニティの類型・分類

イベント直前の 2014年6月に出版された『コミュニティマネージャーの仕事』には、「コミュニティの類型」として次のマトリックスが示されている。


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同書は、図の第一象限「ブランドコミュニティ」を対象としている。なかでも、“ソーシャルメディア時代に、多くの企業が運営を始めているTwitterやFacebookなどのソーシャルメディア公式アカウントの運営主体者となる「コミュニティマネージャー」の仕事に焦点を当て……”と、潔く言い切っている。


企業においても、“ソーシャルメディア公式アカウント運営者”という意味で「コミュニティマネージャー(Community Manager)」という職種や肩書が増えてきており、徐々にこの役割は市民権を得てくるのだろう。

コミュニティマネージャーの仕事

コミュニティマネージャーの仕事



一方、僕自身は 企業内で社員向けQ&Aコミュニティの立上げ・運営を長く経験してきた。また、高校のクラス友人や、大学のサークル仲間、子どもの少年野球チーム父兄、勤め先での部署をまたいだ読書会、人間力を学ぶ読書会、趣味の音楽でつながっている仲間、町内会などなど、数多くの「コミュニティ」に参加しており、それぞれのコミュニティで、幹事や世話人、スタッフのような役割を担うことも多い。


これらのコミュニティでは、オンラインだけ、あるいは、オフライン(フェイス・トゥ・フェイス)だけのやりとりに特化することは少なく、両方を組み合わせたうえで、どうやってつながりを豊かにしていくか、が大切なこと。なので、上図の第一象限以外についての分類にはやや違和感をもってしまうのだ*3


そんなことを考えながら、他のコミュニティ関連本を何冊か読んでいるうちに、2011年に発刊された『ソーシャルメディア進化論』にたどりついた。

ソーシャルメディア進化論

ソーシャルメディア進化論


同書では、企業が主催するブランドコミュティやファンコミュニティの運営を中心に語られているのだが、ここに出てくるソーシャルメディア(コミュニティ)の分類が個人的にはとてもしっくりきた。「拠りどころ」×「求めるもの」のマトリックスとして下図のように定義されている。

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縦軸の「拠りどころ」とは、何でつながるのかを指す。趣味や想いなど特定の価値観(テーマ)でつながるのか、現実生活の交友関係などでつながるのか、ということだ。横軸の「求めるもの」とは、人々が集まる目的である。便利で有用な情報源を求めるのか、居心地や心の距離を縮めることを求めるのか、である。


こちらは、オンライン、オフラインなどのコミュニケーション手段によらずコミュニティを分類しているので、同窓会やサークル、職場コミュニティなども、マトリックス上のどこかにマッピングできる*4。僕には、この分類はしっくりきた。


あなたは「コミュニティマネージャー」ですか?

このエントリを読む人には、先ほどあげた同窓会やサークル、職場コミュニティなどで幹事や世話人的に関わっている人も多いにちがいない。誰かに「コミュニティマネージャー、やってね!」と依頼されたわけでも、自分から宣言したわけでもないのに、ついつい関わっているコミュニティ全体がうまく回るかが気になってしまう。その結果、「イベントやろう!」と提案してみたり、逆に、名簿をメンテしたり手順をまとめたりと黒子的な作業をかってでたり…。


「コミュニティマネージャー」という言葉は、単純に考えれば「コミュニティ」を「マネージする人」なわけで、もとの語感としては色んな種類のコミュニティの運営に携わる人、という意味でよいだろう。


最近では、前述したように「企業のソーシャルメディア公式アカウント運営者」(=狭義のコミュニティマネージャー?)の存在感が高まる機運がある。それ自体は歓迎したい動きなのだが、そうなればなるほど「コミュニティの運営にかかわる人全般」(=広義のコミュニティマネージャー)をうまく表現する言葉が欲しくなる。「コミュニティ」×「デザイナー、コーディネーター、ビルダー、ファシリテーター、幹事、黒子(笑) etc.」。なんだか、どれもちょっとずつ違う感じがするのだ…。


そんなわけで、コミュニティ運営に携わっているあなたに聞いてみたいのは次の2つの質問。

  • いま、「コミュニティマネージャー」と呼ばれていますか?
  • 今後、どんな肩書・役割で呼ばれたいですか?

僕自身は、「コミュニティ世話人」あたりが心地よいなと思っている。


追記:コミュニティ・マネージャーズ・コミュニティについて

Facebook上には「コミュニティ・マネージャーズ・コミュニティ(CMC)」というグループがあり、僕もメンバとして参加している。

https://www.facebook.com/groups/cmcjp/


本グループの設立趣旨について、現在明文化されているのは以下の文章。

ソーシャルメディアツールを活用して「コミュニティ」を運営する方にとって効果的なスキル、ツール、こつ、成功・失敗事例などを共有し、相互交流を通じて、それぞれの豊かなコミュニティ運営に役立てる場づくりを目指す有志により運営されているグループです。


先日のイベントやアフター会合の結果をうけて、この文言を見直す可能性も話し合っているところだが、もし現時点で、広義の「コミュニティマネージャー」に興味がある方がいらっしゃれば、ぜひお声かけのほどを。

関わるコミュニティを幸せにし、あなた自身が楽しくなる方法を一緒に考えましょう!


本ブログの「コミュニティ」関連エントリ

その他エントリはこちら。

*1:2010年アメリカで提唱されて始まった「コミュニティマネージャー感謝の日」は、日本でも2013年1月から始まった。詳しくは、このムーブメントを日本へ持ち込んだ市川裕康さんのブログを!

*2:主催者のお一人 市川さんのブログ記事はとても参考になりました!

*3:オンラインもオフラインもコミュニケーション手段でありコミュニティそのものの類型ではない。また、企業内でも個人中心のコミュニティはあるのだ

*4:もちろん、情報収集と関係構築の両方を求めるため、象限をまたぐことはあるだろうけれど

2014-08-10

「寛にして栗」〜尚書の九徳より

山本七平氏の『人望の研究』で興味深い言葉に出逢った。

人間集団における人望の研究―二人以上の部下を持つ人のために (ノン・ポシェット)

人間集団における人望の研究―二人以上の部下を持つ人のために (ノン・ポシェット)


江戸時代はもとより明治・大正・昭和初期まで、朱子学の入門書として読まれた『近思録』という書籍がある。この中で「九徳最も好(このま)し」として紹介されているのが、中国古典・『尚書』(『書経』の別名)に登場する「九徳」。

「行為に現れる九つの徳目を、舜帝の臣・皐陶(こうよう)が舜帝の面前で語ったもの」なのだとか。


  • (一)寛にして栗(寛大だが、しまりがある)
  • (二)柔にして立(柔和だが、事が処理できる)
  • (三)愿にして恭(まじめだが、ていねいで、つっけんどんでない)
  • (四)乱にして敬(事を治める能力があるが、慎み深い)
  • (五)擾にして毅(おとなしいが、内が強い)
  • (六)直にして温(正直・率直だが、温和)
  • (七)簡にして廉(大まかだが、しっかりしている)
  • (八)剛にして塞(剛健だが、内も充実)
  • (九)彊にして義(強勇(ごうゆう)だが、義(ただ)しい)

九徳 - *ListFreak


この言葉がいわんとしているのは、相反する2つの要素を兼ね備えることが重要だ、ということで、その状態をもって九徳という。


逆にいえば、1つ目の「寛にして栗」も“寛大で、しまりがない”という前半しか満たさないのはよくある話であり、この状態だと「不徳」になる。全てが一方だけなら「九不徳」だし、前半も後半もできていなければ(例:寛大でないうえに、しまりもない)「十八不徳」になる、というのが山本氏の解説だ。自らを省みると、(一)(二)(七)の後半、(四)の前半、(八)(九)の両方など、まだおぼない行動・態度も多い…。


この世に完全完璧な人間などいない。とはいえ、生きている間に少しでもそこに近づきたいとは思う。

この9つの徳目は、記憶しよう。


読書メモ(詳細)より

山本七平氏は、著書全体を通じて「人望=徳+才能」だと結論づけている。

このうち「才能」については天賦のものという意味ではなく、「自分なりの行動基準(ものさし)」だとしている。すなわち、才能を発揮するためには「常に一定して変わらぬ法則に照らして行う方法」を獲得することが大事、ということらしい。あきらめず身につけていきたい。


関連リンク

九徳をブログで紹介されている方々。


以下は、本ブログ中の関連エントリ。


追記

9年前(2005年)に、別の本で同じフレーズに出会って旧ブログにアップしていたことに先ほど気づいた。ありがとう > ZenBackさん(笑)

感性は当時から変わっていないんだなと納得すると同時に、学びがゆるいなぁと反省。


なお、出典は谷沢永一さんの『名言の智恵 人生の智恵』。文中で引用されている訳は、山本七平さんのものだった!

名言の智恵 人生の智恵―古今東西の珠玉のことば (PHP文庫)

名言の智恵 人生の智恵―古今東西の珠玉のことば (PHP文庫)

2014-07-12

背後にある善意を見つける 〜本物の「信頼」を育てる方法

前回エントリで紹介した、岩井俊憲先生の『マンガでやさしくわかるアドラー心理学』を読み終えた。

(発売1週間で、すでに2万5千部発行なのだとか!)


同書のなかで、「信頼」について腹落ちする定義に出逢ったのでご紹介したい。


それは、「良い人間関係を築く4つのガイドライン」として紹介されている、以下の解説文だ。

(1)尊敬……人それぞれに年齢・性別・職業・役割・趣味などの違いがあるが、人間の尊厳に関しては違いがないことを受け入れ、礼節をもって接する態度

(2)信頼……常に相手の行動の背後にある善意を見つけようとし、根拠を求めず無条件に信じること

(3)協力……目標に向けて仲間と合意できたら、共に問題解決の努力をすること

(4)共感……相手の関心、考え方、感情や置かれている状況などに関心を持つこと


「信頼」と「信用」のちがいとして、「無条件に信じる」か「条件付きで信じる」かというのはよく言われること。

一方で、定義の前半にある「相手の行動の背後にある善意を見つけようとし」という観点は、今まで考えたこともなかった。でも、考えてみると「あぁ、なるほど!」という強い納得感が得られた。


例えば、ある人が厳しい言葉をなげかけたり、つれない素振りを見せたり、やる気のない態度をとったり、予想もできない行動をとったとする。それでも、その人に対する「信頼」を強くもっていれば、落胆したり反発したりする前に、「きっとこの行動の背後には何か意味があるにちがいない」と感じるだろう。本物の「信頼」というのは、軽々しく「裏切られた!!!」と嘆くようなものではなく、岩井先生が同書で書いておられるように決意や忍耐を必要とするものなのだ。


見方を変えれば、「相手の行動の背後にある善意を見つける」ことが、本物の「信頼」を育てるための有効な方法なのではないか。相手が子どもだろうが、年下だろうが、過去に嫌なやりとりをされた人だろうが、まずはその人格を尊敬&尊重する。その上で、背後にきっとあるはずの善意を見つける。


こんな行動をとりつづけることで、まず自分から「信頼」を与える人でありたい。、

そしてそれを積み重ねていけば、いつか本物の信頼が得られる人になるだろう。

「背後にある善意を見つける」ことは、その第一歩に違いない。意識して実践しよう。


関連エントリ

2014-07-05

【レポート】6月28日「アドラー心理学を学ぶデー」(講演会&読書会)

先日のエントリで書いたように、6月28日は「アドラー心理学を学ぶデー」と題して、

  • 岩井俊憲先生講演会「自分と他者を勇気づけるアドラー心理学」
  • アルフレッド・アドラー著『性格の心理学』読書会

に参加した。ともに、一般社団法人 人間塾 主催のイベントだ。


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(一般発売前の最新刊『マンガでやさしくわかるアドラー心理学』にサインをいただいた!*1


以下、学びの記録としてレポートを…。


講演会「自分と他者を勇気づけるアドラー心理学」

12時からは、アドラー心理学ひとすじに活動してこられた岩井俊憲先生ヒューマンギルド代表)による講演会。

タイトルは「自分と他者を勇気づけるアドラー心理学」で、アドラー心理学のエッセンスである「勇気づけ」を、僕のような初学者にも分かりやすく伝えていただいた。となりあった3人でのミニワークを頻繁におこない、そのたびに会場に笑顔と熱気がみなぎっていたように思う。なかでも、ほめると勇気づけるの違いを体感するワークは面白かった。


なお、アドラー心理学をすでに学んでいる人にも響くようにと、普段の講座や講演ではしない話もふんだんに盛り込んでくださった、とのこと。確かに、ご自身のアドラー心理学との出会い、ご家族との関係や日常のやりとり、アドラー心理学ブームのとらえ方 等をお聞きすることで、アドラー心理学を実践することの価値を大いに感じることができた。


ノートにメモした言葉から、心に強く残った箇所を転記すると…。

  • しかしちょっと待てよ → 陽中の陰
  • 「勇気づけ」とは、困難を克服する活力を与えることであり、テクニックではなく態度である。
  • 放てば手に満てり
  • 息子さんからのメール(感動!) → 僕自身の父との会話を思い出した
  • 尊敬(re-spect) … もう一度、離れて、見る
  • 共感…「相手の関心」に関心をもつ。相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じる。
  • 信用(credit)と信頼(trust)のちがい … 証と条件
  • 毎日が結婚のし直し
  • 良い出し・感謝・学んだこと を伝える … 右にいくほど、否定しづらく(=受け入れられやすく)なる。

特に、勇気づけの実践として、相手へ「感謝を伝える」「学んだことを伝える」というのは有効だなと感じた。今週、親しい人と話をするときには、意識して実践中である。


(会場で20冊限定で販売されたこの本、タイトルどおり分かりやすかったです!)


『性格の心理学』読書会(第29回人間塾in東京)

講演会の余韻もさめやらぬなか、15時からは人間塾の読書会。

今回の参加者は 44名で、うち7名が人間塾初参加。5,6人で1つのグループをつくって、課題図書『性格の心理学』について対話を重ねていく。このグループのなかに、岩井先生や小倉塾長も1メンバとして参加するのだから贅沢なひととき!


グループごとの対話は、黒田塾頭が作成されたお題によって進んでいった。

  • 「本書で出てきた性格のうち、あなたまたは周りの人にあてはまるものを1つ選び、実例をあげてお話しください」
  • 「ご自身がアドラーになったと仮定し、どのようにアドバイスするかをお考え下さい。(できるかぎり引用箇所を挙げて)」

僕のいたグループでは、5人中3人が偶然にも同じ箇所をアドバイス箇所として挙げていた(僕もその一人)。

人間の不安は、個人を共同体に結びつける連帯によってのみ取り除かれうる。自分が他者に属していることを意識している人だけが、不安なしに人生を生きるだろう。(p.95)

グループ内ではさらに「受けるよりも与えることが幸いである」(p.62)の部分を挙げている方もいて、なるほどぉと感じた。この連帯は、自身が共同体に積極的に貢献することによってこそ得られるにちがいない。


読書会は、このあともう1つのお題(相談&アドバイス)をみなで対話したあと、最後に岩井先生の総評で締めくくられた。

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ぜひ岩井先生の声で聞いていただきたいのだが、お話のポイントは次の3点。

  • 『性格の心理学』は最も離脱率が高い本 → 読みきったこの集団はすごい!
  • この本はアドラーの「人間知」あふれたもの → さらに進んで、みなさん自身の人間知を開発してほしい
  • 独善的な「良い・悪い」から、共同体にとっての「建設的(useful)・非建設的(useless)」軸へ

この岩井先生の総評(特に3点目のポイント)を聴いて、思い出した課題図書のフレーズがあった。会の最後にグループ内でシェアしたところ、かなり共感を得られたみたい。

人生においては、正しいということは重要ではない。むしろ、自分の問題を前に進め、他の人の問題を促進することに貢献することが重要なのである。(p.42-43)


意見や考えそのものの「良い・悪い」で考えず、自分が関わる共同体にとって1mmでも1cmでも建設的な方向へ進める。そんな貢献ができるように、小さな行動を積み重ねながら、自らの人間知を高めていきたい。


懇親会

読書会のあとは、麹町カフェという、雰囲気のあるお洒落なお店で懇親会。

初参加の方や人間塾in関西のメンバもたくさん集まって、昼間の学びを振り返りつつ、おいしく楽しい時間を過ごせた。

(会の前半、岩井先生の隣でお話させていただく機会も得られ、とても光栄でした!)


この「人間塾」という共同体は、これからも大切にしたいつながりだな、としみじみ実感する時間だった。

お話しできたすべての方に感謝!


人間塾in東京の次回ご案内

人間塾では毎月1回課題図書を設定した読書会を実施している。

次回、東京での開催は 2014年7月26日(土)に、『きけ わだつみのこえ』を課題図書として行われる。


この会にご興味がわいた方は、以下のリンクにて詳細をご確認ください(お申込みもこちらから)


関連エントリ

*1:書いてくださった言葉「寛容」は直感で浮かんだイメージとのこと。ありがたい




■「よろしかったら、もひとつどうぞ!」