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あべ・やすしといいます。

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2008ねん 12がつ 29にち

遺伝子組み換え作物と知的所有権(生産者を 支配するもの)。

 きょうは、遺伝子組み換え(いでんし くみかえ)作物(さくもつ)について。むずかしいけど 挑戦します。


 うえの記事が たいへん話題になっていたのですが、ちょっと残念に感じました。なぜなら、うえの記事では安全性についての議論だけに注目し、「遺伝子組み換え食品」は危険だというのは根拠が うすいという内容だったからです。


 そのため、わたしは この記事のはてなブックマークで つぎのようにコメントしました。

知的所有権の問題が指摘されていない。消費者の視点だけじゃなくて、生産者の視点も必要。まだ ちゃんと しらべてないから、たいしたコメントできない。べんきょうする。


 まだ べんきょうできたとは いえないのですが、とりあえず、かけることを かきます。よろしく おねがいします。


 辻信一(つじ・しんいち)さんとの共著の『そろそろスローフード』で、島村奈津(しまむら・なつ)さんは、「遺伝子組み換えは食べものの世界においてはあり得ない」と いっています。その理由は、つぎのとおりです。

ビタミン含有率が高い遺伝子組み換えのゴールデンライスの開発に対して、イギリスのビタミン不足の子どもたちのために開発しているのになぜ反対かと、ヴァンダナ・シヴァさんが責められた。答えは、「そんなものはいらない。リンゴひとつ食べればビタミンは補えるもの」。バランス良く食べれば、そんなものはつくる必要がないし、ほんとうに栄養不足の子どもたちの役にたつわけでもない。そして、ゴールデンライスみたいな画一的な圃場(ほじょう)をつくるためになぎ倒された、たくさんの薬草でビタミンを補給していたインドの子どもたちが、年間4000人失明していると反論していました。もうひとつは、バスマティライスに象徴される特許の話があります。何百年もかけてそこの風土に合う品種を農家の人たちが選抜してきたものと本質的に違うのは、スピードと暴力性。アメリカの大企業が特許をとって、インドの農家がバスマティライスという名前で売れないという状況をつくってしまうというのは、あり得ないと思うんです。

(52ページ)


 島村さんによると小麦と大豆では、遺伝子組み換えの導入に ちがいがあるそうです。

…小麦は聖書にでてくる聖なる食べものだから、反対が多くてなかなか遺伝子組み換えが進まないらしい。一方で、日本の伝統調味料の根幹にある大豆や、メキシコの人たちがマヤ文明のころから大事にしてきたトウモロコシは、遺伝子組み換えが進んでいる。ひどい話でしょ。

(60-61ページ)



 それではここで、安田節子(やすだ・せつこ)さんの つぎの記事を よんでみてください。


 一部を 引用します。

 多国籍バイオ企業は各社とも戦略的に種苗企業の買収を続けています。バイオ巨人企業のモンサント社(米国)は穀物メジャーのカーギルの種子部門買収をはじめ、積極的に種子企業の買収に取り組んできました。そして05年1月に野菜・果物の種苗最大手のセミニス社を買収しました。


 セミニスは3500以上の種子を販売し、特にトマトやキュウリで大きなシェアを持つ会社です。モンサント社はこの買収で種苗分野でも最大手になりました。


 バイオ企業がそれまで目立たない分野だった種子事業の買収に力をいれるようになったのは、遺伝子組み換え技術によって生物に特許をかけることができるようになったことと関係があります。特許種子からの利益のみならず、種子に関連する農業資材(農薬、肥料、機械など)も企業の指導に基づき販売されます。モンサント社は遺伝子組み換えの特許種子を盾に、自家採取はもとより花粉交雑でも特許侵害として農家から賠償金を取り立てビジネスにしています。


 いまや種子は農家の自給的種子から商品としての種子に取って代わられていっています。われわれの食べものの源である種子が商品化され、ごく一握りの企業に牛耳られることに危機感を抱かざるを得ません。


 安田さんは、つぎのように疑問を なげかけています。これは、とても たいせつな といかけだと おもっています。

 遺伝子組み換え技術の問題性は、つまるところ種子や生物に知的所有権や生物特許を主張し、私物化するということにあると私は思います。種子の支配は食の支配です。つまり私たちのいのちを左右する力を企業が握るということ。そういう未来を誰が望むでしょうか。



 天笠啓祐(あまがさ・けいすけ)さんは、つぎのように現状を 説明しています。

 GM[遺伝子組み換え(あべ注)]作物の栽培面積が拡大しているが、それは他の種子が入手し難くなったからである。モンサント社などバイテク企業が種子企業を買収し、市場独占を進めてきたからである。

(天笠「「遺伝子組み換え」待望論をめぐって」『オルタ』2008年 7・8号、26ページより)


 大企業は もうかっているようですが、はたして生産者は どうなのでしょうか。とても気になります。構造的に従属させられている現状にあると いえるのではないでしょうか。ここにあるのは問答無用の論理です。自分の権益を 拡大することにしか興味のない資本主義の論理です。わたしは、このような「タネの支配」は、いかがわしいものだと感じます。


 

 ここで、わたしの敬愛する塩見直紀(しおみ・なおき)さんの『半農半Xという生き方』ソニー・マガジンズ新書を よんでみましょう。塩見さんは会社づとめを しながら、自給農を はじめたそうなのですが、あることに気づいたそうです。

 あるとき、それは「完全な自給」ではないことに気がついた。なぜなら、野菜のタネのほとんどは、毎年、いや永遠に種苗会社の交配種(いわゆるF1種=一代交配種)を買い求めなくてはならないからである。

 種苗会社の掌(たなごころ)の上で「農」をしていることに愕然とした。

 その種苗は化学肥料や農薬の使用が前提となっていたり、自分でタネを採取せず、次年度も購入せざるをえない仕組みになっていたりする。次世代にいのちをつなぐという生命の本質からかけ離れつつあるものになっている。

 「種子を制するものが世界を制す」という種子ビジネスの渦中に私たちがいることを知ったのである。

(118ページ)


 塩見さんによれば、なんと「F1というのは一代限りで優れた能力を発揮し、次の季節に次のタネをまいても形質がバラバラになり、同じものがわずかしかできない」というのです(119ページ)。


 遺伝子組み換え作物以前の問題として、すでに、タネは支配されていたということです。そして、さらに その支配が つよまりつつあるということなのです。その点を しっておく必要がありそうです。


 遺伝子組み換え作物における 特許(知的所有権)の問題を 自覚し、現代における農業というものが、タネを支配するビジネスによって支配されてしまっているということまで、きちんと みすえる必要があるのではないでしょうか。そして、ちがった農業のありかたに、注目する必要があると おもいます。塩見さんは つぎのように のべています。

 F1の問題は一代限りの発想、設計思想の問題だと思う。もし、種苗会社の発想として、一代目だけ販売するが、二代目は購入者が自分で育てるのだという発想のタネを目指したら、もっと違ってくる。問題は家電などと同じように、永遠に買い続けないといけないといった、工業的な発想が根幹にあることではないかと思っている。

(120ページ)


 そして、塩見さんは ご自分の めざすところを、つぎのように のべています。

在来種を守り伝える人々をさまざまな形で支援し、自らも連綿たるいのちの支援者として、いのちの種子を大地にまいていく。お互いが手塩にかけ育み合ったいのちのタネを交換し合い、味わい合い、未来に遺し合うことができればと思っている。

(121-122ページ)


 ぜひとも、このような とりくみに賛同し、「いのちをつなぐ」思想を、とりもどさなくてはなりません。


 いのちから、いのちへ。タネを みつめて。タネを、みつめなおして。


追記(2月26日):


 わたしは遺伝子くみかえ作物については、ほとんど予備知識がなく、それでも べんきょうしてみようということで、いくつか手もとにある本や雑誌をよんで かいたのが、最初の記事(遺伝子組み換え作物と知的所有権(生産者を 支配するもの)。 - hituziのブログじゃがー)でした。


 しばらくたって、遺伝子組み換え作物、知的所有権、そして農薬。 - hituziのブログじゃがーを かきました。一方には遺伝子くみかえ作物に批判する議論があり、そして、そうした議論はニセ科学だという議論があるのは わかっていました。ただ、技術が いま現に どのように利用されているのかについても注目する必要があるように感じられました。とくに、「遺伝子組み換え作物、知的所有権、そして農薬。」の記事では、遺伝子くみかえ作物を推進する ひとたちは、多国籍企業がしていることについて、どのように おもっているのか、率直な意見が ききたいと おもいました。


 わたしは遺伝子くみかえ作物は、工業的な大規模農業に適したものだと おもっていました。だから、世界のどこでも利用価値のあるものだとは いえないのではないかという先入観がありました。


 そうしたわたしの疑問や先入観について、くわしく応答してくださる記事を トラックバックしていただきましたので、たいへん おそくなりましたが、追記して ご紹介します。

 専門家の かたから、これだけ ていねいにご批判いただくことは、めったにないことで、こころから感謝しています。もちろん、感謝だけでなく、申し訳ない気もちにもなります。無理解な ひとが いなければ、専門家が苦労して何度も解説する必要はなくなるのですから。


 ともかく、わたしの問題意識によりそうかたちで、論理的に議論されているので感動しました。感動している場合かと批判されましたら、あらためて 頭を さげるしかありませんけれども。ともかく、じっくり幻影随想: 「ビタミンAがなければ、リンゴを食べればいいじゃない」byヴァンダナ・シヴァを およみください。見識の ふかさに感銘をうけます。

Carnot1824Carnot1824 2008/12/30 11:27 はじめまして。
遺伝子組み換え作物の議論の争点は、こちらの講演要旨に簡潔にまとまっていますのでご参考ください。
http://hideyukihirakawa.com/GMO/politicizing_risk.pdf

hituzinosanpohituzinosanpo 2008/12/30 12:44 こんにちわ。きれいに整理されていて、参考になりますね。よい文献を おしえてくださり、ありがとうございました。

通りすがり通りすがり 2008/12/30 14:12 ヒトでも近親交配がよくないように、親と子が安定的に似るのは、実は安定的ではありません。
ふつう、親と子は瓜二つではないのです。子が変化することが、過酷な自然を生きる大いなる知恵なのです。

あなたは「親と子が違う一代限りの作物の設計思想が工業的発想だ」という趣旨の文章を
引用されておりますが、いやいや、ずっと同じ形質が出る「在来種」のようなものを作ったら
そちらの方がよっぽど、人間の都合に合わせた工業的な作物でしょう。

ソメイヨシノやみかんやリンゴなども、どうやって維持しているか、ご存知ですか?
何が自然な いのち の有り様か、よくよく考えた方がいいでしょう。

「変わらず昔のまま」に感情的に固執するのは、安定して満ち足りた資源を消費する、
茹で蛸のような人間の怠惰な姿そのものです。

次々と変わりゆき、自転車操業を繰り返し、発展し、多様性を増していく。
これが自然の姿ではないですか。


グズグズと、ただGMに反対していてはだめだと思うのです。

企業はほっといても進んでいきます。
知的財産権で違いなく、種々の安全性でむしろ安全なGMを
企業に一律にやめさせるような合理的な理由はもう出てこないでしょう。

一方、このまま反対する人がいると、技術を広く公開できる科学者たちは
特許や資金の不足によってどんどん肩身が狭くなるでしょう。

完全にGMが認められざるを得ない世界は、もう、すぐそこです。
そのときまでに、どうやったら大企業の独占を許さないで
自然をパブリックドメインに保ち続けることができるのか。
どうやったら、いのちをつないでいけるのか。

少なくとも、いつから在来なのかもよくわからない在来種を維持することでは
ないと思いますよ。

hituzinosanpohituzinosanpo 2008/12/31 00:09 後半の一代交配種のはなしは遺伝子組み換え作物とは関係がありません。タネ支配は、遺伝子組み換え作物に はじまったことではないということを 確認したかったのです。おおきな現実があるということですね。そのなかで、ちいさな とりくみを支持していきたいということです。

「親と子が安定的に似るのは、実は安定的ではありません」というのは、遺伝子組み換え作物を 支持しないという意見の表明のように感じられますが、いかがでしょうか。


F1種=一代交配種についての解説を引用します。

「F1とは、一代雑種を意味する交配種のことである。これは人為的に開発されたもので、従来品種よりも多収性や均一性で勝っているが、種ができなかったり、できたとしても親とは違う性質になるなど、品種として一定しない。こうしたF1種子は、ハイブリッド種とも呼ばれ、「交配」、「F1」などと表示され売られている。

一方、在来品種とか伝統品種と呼ばれる種子は、長い年月をかけ環境に適応しながら、種として生き延びてきた。それらは、親から子へ品種として一定の特徴が受け渡され安定している。そこでこうした昔ながらの種子を、固定種と呼ぶこともある。

植物の生命は、芽→花→実→種→の繰り返しによって循環する。もしもこの循環が途絶えれば、その種は絶滅する。F1種は一代限りである。つまり、子孫が続かない循環しない種子なのである。」
(http://ww4.enjoy.ne.jp/~macroway/currt/F1.html)

端的にいえば、一代かぎりのタネだということです。「ずっと同じ形質が出る「在来種」」というのは、さきばしった誤解です。

一代交配種の普及によって「多様性を増していく」のではなく、植物が画一的に統一されてしまったのです。これは、農業や野菜に ご関心があれば、どこかで みききする知識だと おもいます。

「そのときまでに、どうやったら大企業の独占を許さないで」と おっしゃいますが、すでに大企業によって独占されているではないですか。そして日本は、遺伝子組み換え作物の世界最大の輸入国ではありませんか。「完全に認められ」るまえに、とっくに独占されています。その現実を 無視するのは、なぜでしょうか。

通りすがり通りすがり 2008/12/31 04:38 もう一度通りすがってみましょう。

>「ずっと同じ形質が出る「在来種」」というのは、さきばしった誤解です。

誤解の内容が分かりませんが???

在来種というやつは、同じ場所で近親婚を繰り返した結果、親と子が似てしまった植物ですよね?

でも、F1やGMとは違って、歴史性が重要でしょうから、直ちに新しい形質を導入して変化するような
人間の作為を加えるのは嫌なわけでしょう?

ということは、もう、急激な環境の変化にはほとんど耐えられないわけですよね?

しかも、その「環境」というやつは、人間の庇護下であって、自立とかとはほど遠いわけですよね?

そういうタネを保護して収穫し続けることが、どこかF1やGMを収穫するより良い点がありますか??


>一代交配種の普及によって「多様性を増していく」のではなく、植物が画一的に統一されてしまったのです。

固有種をたくさん植えたら、「植物が画一的に統一されてしまった」ことにはならないんですか?


F1やGMは常に改変されていますから、スナップショットを撮れば画一的に見えるかもしれないですが、
毎年毎年変わりますよ。環境変化にもばっちり対応できるでしょうね。
企業や研究者がたくさん増えれば、地域にあったGMみたいなものもできて、多様性も増すでしょう。

でも、あなたが守りたいといわれた固有種はどうでしょうね?
固有種ばかりになると画一的で、毎年毎年一緒でしょうから、環境が変わったら手も足も出ず、大変なことになってしまうかもしれませんね。なにしろ、土着なことがあなたが守りたい固有種の取り柄ですから。


>「完全に認められ」るまえに、とっくに独占されています。その現実を 無視するのは、なぜでしょうか。

小麦のことを書いておられたのに、こういう反論はおかしいですね。

まだ世界的にもGMが大々的に行われているのは大豆とかトウモロコシとか限られた種であって、たくさんの農作物がフロンティアとして残っていますね。
しかも日本はできたGM作物を輸入しているだけで、国産で苗から育てているGMは僅かですね。

まだGM業界は限られたパイの奪い合いとはほど遠く、広大な未開の地が広がっていますよ。


あなたの主張は、オセロゲームの後攻1手目で

 ○●
 ●●●

「既に1vs4になったから4倍の差がついていて、もう負けも同然である。現実を直視し、降参せよ。」

というのと似ています。まぁ、ちょっと気が早過ぎはしませんか?
そんな風に現実を捉えていたら、後攻は誰も勝てませんよ。

コピペだけでなく、ご自分の頭で現実をじっくりと捉えられみてはどうでしょうか。
GM反対本や「農業や野菜に ご関心があれば、どこかで みききする知識」は、頭を少し働かせてみれば、矛盾に満ち満ちているので、間違え探しの格好の材料になりますよ。

では、お元気で。

hituzinosanpohituzinosanpo 2009/01/02 10:36 「在来種というやつは、同じ場所で近親婚を繰り返した結果、親と子が似てしまった植物ですよね?」というのは、わたしが引用した文章から さきばしって誤解されたようにしか おもえません。「ご自分の頭で」と おっしゃいますが、現実に もとづかないのでは、はなしは とおりません。

結局のところ、どのような社会を のぞむのか。どのような野菜を たべたいのか。そして、どのような農業がやりたいのかということだと おもいます。わたしは、職業的な農家になりたいわけではありませんが、「半農半X」でありたいと おもっています。農作業に かかわっていたいと おもっています。

それは以前 記事にしました。
http://d.hatena.ne.jp/hituzinosanpo/20080811/1218458026

わたしはベジタリアンですし、大豆が とっても だいすきです。だから気になるのです。

「ちょっと気が早過ぎはしませんか?」というのは、なるほど そうかもしれません。それは、希望があるということだと感じました。

自然農という農業もありますが、基本的に野菜をそだてるというのは、人為の かたまりだと おもっています。「直ちに新しい形質を導入して変化するような人間の作為を加えるのは嫌なわけでしょう?」というのは、ちがいます。

つぎの「固定種をつくろう自家ダネをとろう」という文章を よんでみても、農業は人為の連続であることが確認できます。
http://www.ruralnet.or.jp/gn/200102/yas.htm

ここで とわれるのは、どのような人為を ほどこしたいのかということです。どのような農業に共感するのかということです。技術論は革新的で魅惑的です。それは たしかにそうです。けれども、結局のところ、農業は ひとがやるものです。器用仕事なのです。

だからこそ、生産者に おもいを はせていたいのです。

anakanak 2009/01/07 12:09  小生は遺伝子組み換えを認める立場です。何か妙な物質をつくるような植物を育成して、それを畑でつくるなんて企てには反対ですが、農作物を改良していこうという試みに遺伝子組み換えを使うことは結構と思います。問題はここで指摘されているように、種子が特許になることです。農家と育種家の自家採種は古くからの権利です。これを侵害するのは犯罪に近いといってもよいでしょう。あんまり言う人がいないので、この記事を呼んでうれしくなりました。
 そもそも遺伝子特許なるものが問題です。遺伝子は本来自然に存在したもので、いわば公共の財です。ですから、それを処理する方法を開発すればそれは特許になるでしょうが、遺伝子自体を特許の対象にするとは僭越です。これはアメリカの国家戦略ですね。有史以前から南米の人たちが営々と作り上げてきたトウモロコシにわずかばかりの遺伝子を組み込んで、このトウモロコシは俺のだなんて、まさに盗っ人たけだけしいといってもよいでしょう。
 一代雑種は種子独占には当たらないでしょう。なんなら、たとえばタキイの種子を材料に、あなたが新しい一代雑種の組み合わせをつくったっていいのですよ。それでタキイが文句をつけてくるなんてありえません。

hituzinosanpohituzinosanpo 2009/01/08 17:00 コメントありがとうございます。「農家と育種家の自家採種は古くからの権利です。これを侵害するのは犯罪に近いといってもよい」という ご指摘に、こころから賛同します。

一代交配種は、おっしゃるとおり「種子独占」ではないです。ただ、うられているタネが そればかりというのでは、おもしろくないと おもうのですね。さらに、タネが とりにくいというのでは、なおさらです。ただ、特許の問題は からんでいないわけで、その点は おっしゃるとおりだと おもいます。コメントありがとうございました。

ATMATM 2009/02/04 11:18 > 「そんなものはいらない。リンゴひとつ食べればビタミンは補えるもの」。バランス良く食べれば、そんなものはつくる必要がないし、ほんとうに栄養不足の子どもたちの役にたつわけでもない。]]


これって、物凄く的外れな言葉だと思うのですが。リンゴを手に入れられない人は、どうしろと?
1日1ドル以下で生活して、主食すら満足に用意できない貧困層の人が、どうやってバランスの良い食事を食べることができるのでしょうか。

att460att460 2009/02/10 21:19 あまりにも遅いレスで、何ですが、少しだけ。

F1のメリットは「雑種強勢」が得られる事です。両親の優れた点+αの性質が得られます。

雑種 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%91%E7%A8%AE
に少し触れられています。

育種メーカーのメリットは、結果的なものです。

hituzinosanpohituzinosanpo 2009/02/26 20:58 ATMさん、お返事が おそくなって すみません。シヴァ『食糧テロリズム』を みると、単一種大面積栽培(モノカルチャー)は、たかい生産性と いわれるけれども、じつは従来の栽培法のほうが豊富なものが採種できると主張されています。モノカルチャーが貧困をよびおこしているという確信があるから、「主食すら満足に用意できない」のはモノカルチャーに問題があるという議論だろうと おもわれます。シヴァさん自身はアントワネットのような発言のつもりはなく、貧困問題を かんがえての発言なのだろうと おもいます。ただ、黒影さんのトラックバックにあるとおり、遺伝子くみかえ作物に反対することは、なにも生産的な解決につながらず、むしろ悪循環をうんでしまうということは、はっきりしているように感じます(http://blackshadow.seesaa.net/article/113593203.html)。

hituzinosanpohituzinosanpo 2009/02/26 21:04 att460さん、そうですね。遺伝子くみかえと おなじく、F1についても農業経営の観点からすれば、ものすごく もっともなことだということを、『イラスト図解 農業のしくみ』という本を よんでいて実感しました。ただ、メリットというものは、本来「結果的なもの」であっても、大企業が市場を独占する手段にしてしまうなら、「同時に」目的にも なりえるようにも感じます。
 メリットがあるから うれているというのは、もちろん、そのとおりだと おもいます。

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カテゴリー [ 社会 , 料理 , 映画 , ことば , コミュニケーション ]

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