大漁、異漁。

今どき風にいえば、鈴子はアイデンティティーを求めていたわけである。それを得るためには、人気などという不確かなものに未練がなくて当然だった。      富岡多恵子『逆髪』

12-2-17-金 たぬきの放課後

狸だんご本舗 榮むら

食べログ狸だんご本舗 榮むら

質実共にメルヘン、ということをもとめる。「六本木狸だんご本舗」は商品にも店主にもそんなところがある。

六本木交差点から入ってすぐのところだから、店主は用心ぶかい。一見の客だとでてきてくれない。

「小狸だんご」は、ちいさな、ちいさなだんご三つの串でもちろん薄皮、黒ごまのしたに粒餡、芥子のしたに白餡、青海苔のしたにこし餡と、手が込んでいる。これは犬食いするものじゃなくて、小狸の気持ちで、ちいさく、ちいさく食べていく。すると青海苔のフィニッシュ、満足感におどろいて眼がまんまるになる。


冴え冴えとした冬の寝起きに「うぐいす餅」。夢の食べものだとおもう。丁寧につくってあるうぐいす餅は、まわりの取り粉が厚くできてる。おおきな声では言えないが、それをちゅっちゅと吸いつつ食べる。小鳥のようについばんでいる。

この店がすごいのは、食べているこちらが小狸になりうぐいすになるところ。

[][][][]そして表情ゆたかな猫 00:21

つぶつぶ生活(1) (KC KISS)

写実とデフォルメのあんばいが見事な栗原まもるの『つぶつぶ生活(1) (KC KISS)』。雨の日の、紫陽花の垣の根許にぼんやり白いもの。花か、ビニール袋かとおもって目を凝らすと猫だった。こういう映画的な描写を、さらりとマンガにしてみせる名人技に引きこまれ、さらにはベストセラーをだしたきり書けなくなったイケメン絵本作家、同居人のゴツくて性格乙女な男、美人で愚直で熱血な編集者といった妙にリアルなキャラクターの立てかたに胸を打たれる。

読みかえすたび丁寧な仕事だと感心するし、設定やギャグを書き急がないところが善い。ツッコミやレスポンスの速さが主線を活かすとはかぎらないのだから。


書けない/書かないことを主題にしているのも潔い。編集者パワーに巻きこまれて新しい絵本が誕生! といったたぐいの御都合主義には飽いている。

編集者の心がゴツ男と通いはじめる。それというのも、絵本作家の米田にはおおきな、おおきな失恋の痛手があるから。米田と編集者がペアになることはない。


一度しんだにんげんがこの世に転生したときに「ドリフみたいな」死装束を着ているとか、にんげんのすがたになることのできる猫(…絵本作家の恋人とおなじ名まえの)が出会うデブ猫には「ベム」という名がつけられているとか(…言わずと知れた「にんげんになりたい」)、絵本作家の恋人「くるみ」の好物が、チョコレートがけのクルミであるとか、細部のアイデアがぴかぴか光っていて、ああ、栗原まもるだなあ、と恋のため息。

猫に「くるみ」の名をつけるのはぜったいいやだということで、「みるく」に落ち着く。転生譚が逆さ言葉というのも、凄い。

雑な派手さのない、聖域のマンガ。