大漁、異漁。

十代をすぎても心を隠す私のような人間は、大人の形に見えるだけの羽化できないサナギのようなものなのかもしれない。    遠野りりこ『マンゴスチンの恋人』

12-10-17-水

[][]「さてと 店もかたづいたし そろそろおばあはんとこソバでも食べに行こうかなあ」「なんや チエ ワシと一緒に食わんのか」「おばあはんに呼ばれてるんや テツも連れて来いゆうとった」「ワシ あいつらに会いたないなぁ チエと二人で食うほうが楽しい」「ウチ 楽しない」 11:22

じゃりン子チエ (1) (双葉文庫―名作シリーズ) はるき悦巳じゃりン子チエ (1) (双葉文庫―名作シリーズ)』。コドモのいない風景は、アカンね。育児とかイクメンという広告代理店富国強兵の論に乗ることもないけど、レンアイやシゴトやスイーツがコドモ不在で進行している。オトナがオトナと駄弁り倒す「悲喜こもごも」こそままごとなのだとおもったりする。そこには役割の分担だけがあって、役割の交換、転倒がない。

チエも大人になったらわかるやろけど…………

一人で生きてゆけるなんて思ってると辛抱せなあかん時に辛抱がきかんようになったりもするんよ

チエのおかあさんきれい。チエの父親テツ、これがあかん。色っぽい。関西特有のへりくだったり自尊したりの器用さをもちながら、コドモとのつきあいかたがわからない、オンナといてるとコトバがでない。

「テツもたまには役に立つやないか」「テツゆうな ええことした時はパパと呼んでほしい」


チエがないしょで母のヨシ江と会っているのを知って悋気のテツが可笑しい。

「何が不満やねん」というテツのつぶやきに、論理で応接したら展開がないわけで、一人合点に人生のおもしろさ、かなしさ、かわいらしさがある。

「ワシら二人で仲良う生きとるんや」


「テツは恩を感じたりせん 記憶力がないねん」

にもかかわらず「けっこう根にもつタイプやな」。

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