カテゴリー別に見る
出版物への執筆/掲載など
『PLANETS vol.7』第二次惑星開発委員会/宇野常寛編,2010 所収
「ゲームと物語のスイッチ」ほか
『早稲田文学増刊U30』早稲田文学会,2010 所収
「認知的作品論」
『Review House 03』レビューハウス編集室,2009 所収
「批評」としてのゲーム実況動画―「反復性」の破壊と「一回性」の発生 / 黒瀬陽平(司会)×石岡良治×井上明人×濱野智史
『ユリイカ2009年4月号 特集=RPGの冒険』青土社,2009
「リテラシーという解釈システム」
『未来心理 vol.13 』モバイル社会研究所,2008
「遊びとゲームを巡る試論-たとえば、にらめっこはコンピュータ・ゲームになるだろうか」
[ ! ]リンク先PDFファイルです。

ユリイカ2008年9月号 特集=太宰治/坂口安吾 無頼派たちの“戦後”
小島秀夫インタビュー(聞き手=井上明人)「ゲームという戦場から見た世界――『MGS4』という挑戦」
2005.08.11(Thu)
■近況報告
現在、ミラクルにデスマーチ気味な日常をすごしておりあんま長々とコメントしませんが、
はてなで行った一連の質問はけっこう反響があったようでありがとうございました。かんしゃします。
ですが、まあ、質問者=調査者である私の想定とはまったくことなる解釈をしていただいた方が非常におおく―――それはそれ自体、別に腹立たしいじたいでもなんでもなく、ごく当然にうけいれるべきことの一つですらあるとおもうのではありますが――、わたしはそういう形で自己イメージが好き勝手に解釈されまくり、イメージの統制の難しい状態に陥ることにあまり慣れていないほうなのですが、
とりあえず
id:yms-zunさんの
http://d.hatena.ne.jp/yms-zun/20050810
の私の意図に対する解釈のぶぶんはその通りです。と一時的に宣言しておきます。
■[ビデオゲーム]もっと書きたい方へ
はてなでいろいろ質問させていただきましたが、まだ書きたい!という方は以下にコメントをお願いします。
また、その際にはこのURLが、「はてな人力検索」とは別のアーキテクチャによって運営されている個人向けのウェブログサービスである点に留意していただけければ幸いです。すべてのコメントにコメントを返す義務等はなかったり、私が微細な金額であれお金を払うという関係性にはないことなどなど。
8-14追記:
- http://www.hatena.ne.jp/1123379897
- 「あなたが「ゲーム性が高い」と思うゲームを5つあげ、どのような点に対して「ゲーム性が高い」と思った(感じた)のかを、作品ごとに、簡単にでかまいませんので説明をしてください。」
の追加がある方はこちらの日のコメント欄にどうぞ!


>「無敵モードが用意されているということ」
ゲーム全体からみた場合に無敵モードが用意されているということは
ゲームの幅を広げていることにつながるため、ゲーム性を高めることに
つながっていると思います。例えばゲームによっては、その無敵状態になるためにリスクを背負うということもあります(強い敵を倒さなくては無敵アイテムを手に入れられない、しかしゲームをクリアするためには必ずしもその敵を倒す必要はないなど)。そういう「トレードオフ」を強いることによってゲーム性を高めている場合もあります。
スーパーマリオなどでは無敵アイテムのスターは逃げていくため、それを追いかけると敵に当たってしまったり、穴に落ちたりしやすくなります。それはゲーム性をより深めていると思います。
私はゲーム性をゲームだからこそ出来る遊び方(抽象的)と思っているので、次に挙げる5作品は、私がそれを奇抜だと思ったり、それの可能性を広げたと思える作品になります。そして、きちんとゲームとしての娯楽になっているのか、というのもゲーム性として重要視した作品でもあります。
ただ、それだと大概のレトロゲームが当てはまってしまいますので、高い低いの基準は、私の狭い知識の中で比較的最近驚いた作品、とします。
・絢爛舞踏祭
色んな役職や手段でゲームクリアを目指せるという形はゲーム的ではありますが全く奇抜ではありません。しかし勝手に潜水艦の乗組員AIが生活をしAI同士が親睦を深め合い時には物語さえ進めてしまう姿には、ゲームって良いなあ、と思わせる新たな可能性が感じ取れます。ガンパレの人間より格段に人間らしい仕草もしているし、主人公が出来る行動が増えたことも、ガンパレをプレイしてなお驚いた要因となりました。時間をかければこんな作品も出来るんですね。
・きみのためなら死ねる
ハード自体に今までの路線から外れた可能性が備わっています。それをある程度提示してくれたのがこのソフトなのではないかと(DSの所持作品はこれだけですが・・・)。触っている感覚が新鮮なはずなのに、どこか懐かしい。(当たり前の事ですが)恐らくゲームの操作に触覚を用いているからでしょう。更に、触覚とは言えど一方的な操作ではありますが、視覚的にリアクションを確認できるのは今までのゲーム通りの話です。そこら辺も(これも当たり前の事ですが)ゲームならではの遊びなのかと。それによって触った感触がとても心地良い。まだまだ新しく、楽しいゲーム性を持つゲームが出てきそうな気がしてきます。
・Viewtiful Joe
横スクロールアクションゲームが、ここまで操作感や爽快感を求めつつ難易度を設定してのけて、絵や動きのデザインも拘われるものなのかと。視覚と攻略がマッチした操作も新鮮に感じられました。しかし結局は横スクロールアクションの醍醐味を再確認させられたという意味合いが強く、ここでは冒険要素や子気味良い操作感覚を生み出したスーパーマリオを出すべきなのでしょうけど、使い古しのシステムもセンス次第で新規ユーザが開拓できるのではないか、と思わされたのでここに挙げました。画重視の傾向はあまり良くないとの意見は私も持っていますが、視覚と攻略が見事にマッチさえいれば新しいゲーム性が生まれていけるのでしょう。
・零
遊園地です。基本の映画的な演出や、プレイヤーが操作する形で恐怖を表現するやり方などはバイオハザードなどが既に試みた事ですが、何を言ったところで、バイオハザードよりも遊園地の現実味が格段に大きくなっています。プレイヤーが操作することで可能な「擬似体験」の意味合いも、今作でようやく引き出せたのではないかと感じます。これは単純にグラフィックの進化から来る可能性を提示した作品だと思います。旧世代のハードでは同じシステムでもこれ程まで恐さが伝わらなかったでしょう。この手の「自分が主人公になれる」ゲームは、結局は作り手の映画的センス次第ですが、まだまだ恐くなれるかも知れません。
・ICO
手を繋ぐと何となく感触がある。これは斬新だと思いまし、実際新鮮でしたね。でも本当は画面にHP表示などを設けないことや、BGMを可能な限り撤廃したこと、建物間のロード時間の短さ、妙に現実的に色あせた明暗の表現、バイブレーション、これらがあったからこそリアルな感触があったように感じられたのでしょう。作られたゲーム空間で走りまわれることがこんなに楽しいとは思いませんでした。
失礼しました。
何をして遊ぶのか?ということではやはりオンラインゲームのたいていが自由度は相当高いです。が、そこには他のプレイヤーとの絡みが発生していくので、そういう意味での縛りが存在してくるんじゃないかな?とふと最近オンラインゲーム上でコンシューマーでは味わわなかったような不自由感を感じたのでこちらに書いてみたりなんかして〜。