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Critique of games - メモと寸評


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『PLANETS vol.7』第二次惑星開発委員会/宇野常寛編,2010 所収
「ゲームと物語のスイッチ」ほか


『早稲田文学増刊U30』早稲田文学会,2010 所収
「認知的作品論」


『Review House 03』レビューハウス編集室,2009 所収
「批評」としてのゲーム実況動画―「反復性」の破壊と「一回性」の発生 / 黒瀬陽平(司会)×石岡良治×井上明人×濱野智史


(Chris Bateman,Richard Boon,松原健二(監訳),岡真由美『「ヒットする」のゲームデザイン ―ユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン』オライリー,2009 所収 
「ゲーム市場の生態系とネットワーク構造の変化をどう捉えるか」

ユリイカ2009年4月号 特集=RPGの冒険
『ユリイカ2009年4月号 特集=RPGの冒険』青土社,2009
「リテラシーという解釈システム」


『未来心理 vol.13 』モバイル社会研究所,2008
「遊びとゲームを巡る試論-たとえば、にらめっこはコンピュータ・ゲームになるだろうか」
[ ! ]リンク先PDFファイルです。


ユリイカ2008年9月号 特集=太宰治/坂口安吾 無頼派たちの“戦後”
小島秀夫インタビュー(聞き手=井上明人)「ゲームという戦場から見た世界――『MGS4』という挑戦」


ユリイカ 特集=任天堂/Nintendo
「宮本茂をめぐって―コンピュータ・ゲームにおける作者の成立―」

その他の仕事リスト

2005.08.22(Mon)

[][]テレビゲーム解釈論序説―アッサンブラージュ 八尋 茂樹 (著)

テレビゲーム解釈論序説/アッサンブラージュ

 まだ精読はしていませんが、以下は数時間かけてざらっと読んだ限りの簡単な感想です。もう一度読んだら感想がかわるかもしれません。という留保付きで。

1.

 著者が私なんかよりも数倍努力しているであろうことは素直に認めます。それほどにこの著者はものすごく頑張ってこれを書いています。参考文献もけっこうがんばって引っ張り出してきているし、データ作りにかけている時間も単純な量としては「すごい」と思いました、

2.

 ただし、それだけの美点を本書が持っているにせよ、本書にいまひとつパッとしないもの感じてしまったこともまたまぎれも無い事実です。章ごとの問題設定や結論といった部分がまったくクリアーではない。本論の中でいろいろな方法論によってRPGの諸要素を配置・解析しようとしているのはわかるし、個別のネタの水準でいえば比較的に面白いものも少なくないです。それは間違いのないことです。しかし、何を言いたいのか、何を悩んでいるのか、そういったことがまったくよくわからないといった印象を持ちました。結論がパッとしないことを責めるのが酷であるにせよ、せめて問題意識の明瞭さ/あるいは議論の仕方そのものにもう少し深みのあるものが欲しかったというのが正直な感想です。*1

 羅列、分類をしてみせたその先が見えない。あるいは羅列するにしてももう少し計量的にやってみせるという方向性に行きえたのならば、まだ興味深く読みえたとも思うのですが。

3.

 全てを影響論*2にからめつつ論じて見せようという意図=統一的な議論をしてみせようという戦略は見て取れます。だが、それは本書の中心となっているというよりかはむしろ、毎章ごとに「なんか変なところにつながっていくなー」と感じさせてしまうような、妙な「下心」といった印象におさまってしまいました。影響論にからめることで多くの人に興味をもって読んでもらえるのではあるまいか…!という戦略は間違っていないとは思います。ですが、しかし著者はたぶん本当に影響論に興味のある人だとは思えません。それはおそらく切り口でしかない。だがしかし、興味がないけれども、むりやりに影響論をベースにしてしまおうとしています。このような論文の目的の分裂傾向が、けっきょく分析の焦点を常に中途半端な着地点へとしか着地させていないのではなかろーか、と。

4.

 ですが、最後にもう一回誉めますが、間違いなく労作ではありますし、今後同様の試みを目指す人にとっておおいに参考になる一冊であることは間違いないでしょう。著者の今後の活躍を期待します。


 と、こんな感じでしょうか。

ほかに感じたことは

5.

 個別の話になりますが強烈に感じたのが「調査概要の書き方」なんですが、調査したゲームのタイトルを各章ごとにダーっと挙げるというだけというのは調査概要の書き方としてこれでよいものだろうか、と思われました。これは八尋氏個人への批判というのではなく、ゲームを調査する、といったときにどういった形の調査方法を提示しえるのか、というフォーマットが開拓されていないことにも起因していると思うので、ここらへんは大きな課題ですね。

6.

 また、手堅い内容?というか、むしろ「批判可能な内容」は含んでいないとは思いましたが、いまの時期のゲームの議論をするのに、このようなスタイルは本当に必要とされているのだろうか、というのが本書に対する疑問の一つとして感じもしました。もう少し議論を引き起こすような冒険をしてナンボなのではあるまいか、と。アカデミックな人であればあるほどにもっと批判可能な形式のものを書いてもよいのではるまいか、と。*3

7.

 著者の経歴が「早稲田教育・英文学科」→「茨城大・教育学研究科修士」とだけ書かれており、年齢とかがよくわからないのですが、この人の学問的な教養のベースは海外文学なんだろうな、と思われました。社会学的?な分析らしきこともやってはいるのですが、どうも引用とかの内容をみてると海外文学への造詣の深さのようなものを感じます。私は文学系の批評ではない「日本人の書いた海外文学の学術論文」の作法というのは不案内ですが、中途半端に社会学とかのフリをしたりするのはやめて、もっとガリガリに文学野郎な雰囲気で全編押し通してみてくれたほうが面白かったのではないかという気もしました。

 

*1:このようなことを言うと、私のことを「もっとキャッチーな結論が欲しいよね」系の人だと思う人もいるかもしれませんが、そんなことはない!…つもりです。問題意識が魅力的で、議論が面白ければ結論が曖昧だったりしても評価できるものというはいくらでもあるだろうとは思っています、が!しかし、この本はどこに問題意識があって、どこにどういう議論があるのかさっぱり見えないといった印象なのですよ

*2:ゲームの悪い影響/良い影響を論じようとすること

*3:これは単なる時評ですし、どのような論文教育を受けのかによってそれぞれ作法が違ったりするところでもあるのやもしれません。

SD-BGSD-BG 2005/08/24 13:59 先日研究会が持たれた本の面白い時評があるので、目がとまりました!
この著者は日本教育社会学の会員ということもあって、私の院の教育社会学ゼミを母体とした研究会
で文献として採用されましたが、少なくともこの分野ではかなり、本当にかなり貴重な文献であると思われます。
手法は典型的な文学経由の研究者のものかと思われます。以前、学会誌に載っていたちびまる子論(?)もこういう系統でした。
「文学社会学」の手法は、他分野からするとかなり異質で違和感を感じられることと思います。
もちろん、ゲームの学問的論究はこの本から始まったばかりですので課題は多々あると思われます。
ただ、スタートラインに立った本がこれだけの成果を残していることは、大きな前進は間違いないかとも素直に感じます。
ゲームソフトに関するまとまった論が全くというほど存在しないこともありますが・・・。これだけのゲームの量(記録)をこなし、
さらにこれだけの量と質の論考を残すのは、普通困難です。次にこのレベルの本が出るのはいつになるでしょうか。
さて、おそらく井上さんがクリアな結論がないと指摘されるのは、著者が悪影響論者でもなければ、熱狂的な擁護派でもないという中立な立場なので、
ゲーム脳のような明確な方向性が見えないと思われているのかもしれないなと感じてます。これはゲーム関係の研究の第一人者、坂元章氏が批判を受けている点と
同じです。これは論文集であることと関連していると思います。先の坂元氏にしても議論の焦点や結論が論によって二転三転することがあるのですが、
過去に発表された論文をまとめると一貫性に欠けることは多々ありますので、著者や出版編集者の努力でもベストの編纂には至らないこともあるかと思われます。
この本も例外ではなく。
あと、どの学問的視座からこの本を読んで、掘り下げていこうとするか、だと思います。この本は著者の圧倒的な知から成り立ってますし、
それが逆に(皮肉にも)他分野の読者にとって見えにくくしてしまっている。またまたそれとは逆に、かなり示唆に富んでいる「死」に関する論にしても、
死生学的視座が欠如している(と自ら言っていた)教育系分野の大学教員たちはその点を高く評価したということにもつながるかと思います。
現代思想を経由している本はみなこの種の批判をどこかしら浴びるのですが、本当に微妙なスタンスですね・・・。
それにしても、この本から何を得て、何が足りないかを積極的に論じているのは、現時点で井上さんだけのようですね。
それだけ読解に多くの知を必要とする書でもあると思います。この本に掲載された魅力的なトピックだけを追って終わるという読者が多いでしょうから、
今後、井上さんのような読解能力の高い人の時評が増えてくれると、この本が面白い広がりを見せるかと感じてます。長々と失礼しました。

hiyokoyahiyokoya 2005/08/25 00:51 >SD-BGさん

 コメントありがとうございました。一応、いくつか弁明しておきますが、まず著者が中立的であるから「結論が見えにくい」と言っているわけでもないですし、政治的に振舞うことをもって「議論を呼べ」と言っているわけでもありません。というか、こういう学問的バックグラウンドを持って書かれているようなものの場合、極論すれば結論というのはせいぜい「あれば望ましい」という程度のものだろうとすら思っていますし、立場が明確でないというのもそれでもいいとも思っています。
 私が一番問題としているのは、もっと単純なことで各章ごとの単位で読んでいっても、著者が何をテーマとしようとしているのかというのは一応はわかっても、そのテーマをどう料理したいのか、ということが全くピンとこないということです。著者が目配せよく様々な方向の議論をちょこちょこと取ってこようとしているのはわかるのですが、議論の整理をやっているようにも見えないし何か新たな論点を提供しているようにも見えない。ただ「単に目配せがいいだけ」なのではないか、というのが本書に対する一番の不満点です。それは、現代思想だからどうこう、とか、価値の中立性というのとはおそらく別の問題でしょう。たとえば、同じゲームに関する議論でも、84年、97年に書かれた中沢新一のものや、93年に記号論系(?)の素養を持った社会学者たちによって書かれた『人はなぜゲームするのか』、またここ数年の東(浩紀)さんの精力的な評論を読んでいても、本書のようなタイプの不満というのはありません。坂元氏の論文に対してもこのような不満はありません。
 また、「死生学的視座」の欠如という議論ですが、この批判は判断のわかれるところではないかと思います。何をもって「死生学的視座」と言うのかは難しいと思いますが、たとえば「死生学」において語られている死と生をめぐる概念を援用できているか/いないか、という指摘ならば喜んで受け入れるべきものかもしれませんが、それが「死生学」という名の下の語られるような「いかに生きて死ぬべきか」というような当為命題ならばそんなものは断じて無視してよいだろう、とも思いました。(※「死生学」というのがどのような学問なのか正直よくわからないといった印象が強いので。これについてはどういう批判なのか想像がつきにくいのですが)

SD-BGSD-BG 2005/08/25 09:57 レスありがとうございました。出勤最初の仕事の前に・・・。
うーん。昨日から私の周りの大学教員の仲間の間でメールでやりとりしてみてたのですが、そういったそれぞれの論考の不明瞭さは誰も感じませんでした。私も、なぜ「全くピンとこない」とこの書についておっしゃられているのかがどうにも見えてこなくて・・・。(もしこの書にむけて何らかの力学を意図的に持ち込まれようとしているなら別ですが・・・)
でも、井上さんがそう感じるなら読者が全て一致した読解をするわけではありませんので・・・おのおのバックグラウンドが異なりますし、これを書いている時点で井上さんがどのような学術的バックグラウンドがおありなのか、全くわからないものですから・・・きっとそうなのでしょう。
私の周りのわずか7名の大学教員に限られてしまいますが(笑)、少なくとも人文系のアカデミズムに身を置く者にとっては、術語の使用やその概念の解釈、援用の位置、使用する意義も的外れではなく、むしろわかりやすい論の展開となっており、何が言いたいのかとか、何を目指しているのかとか、どうしたいのかなどが不明瞭であるなどという点での不満を見いだすことの方が逆に難しく感じられます。むしろ社会学においても、文学においても、かなり多くの新しい方向性を切り開いています。
別に自分の著書ではないので必死になって擁護する必要性も全くないですが(笑)、せっかく井上さんの考え方に触れる機会に恵まれましたので書かせていただいてますが、「私」からするとむしろ井上さんの挙げられた著書の方がソーカル事件で問題となったような方向性の言葉遊びに始終して、何をしたいのかどこに行きたいのか全く不明瞭ですし、中にはゲームの価値を無理やり押し上げようとしているように感じられるものまで存在し、それが今までこれらの文献が何ら学術の場で言及されたり引用等されず、「無視」されてきた最も大きな理由であったことは井上さんもよくご存知のはずです。だから、むしろこれらの書を引き合いに出されたことの意味がちょっと読めません(*ただし、中沢氏の後期と東くんの初期の著書に限ってはもちろん全否定するどころか、大いに示唆に富む論考と考えています)
この著者の論文がそれまでのゲーム論的書籍と異なって、好意的にであれ、問題提議であれ、何らかの形でこれまで数多くの学術論文において言及、引用されてきたことや、これまで著者が様々な団体の学術研究会においてゲストとして招待されていることが証明しているように、「「「少なくとも」」」私たちの世界では示唆に富んだ、多くの学術分野での空白を埋めていく一助となる貴重な書であることは記しておきたいと思います・・・もちろん、それをどのように捉えられるかは自由です。
また、だからといって、井上さんの意見を否定しているわけでもありません。この本に何を求めたかがたぶん私たちと井上さんは根本的に目的が異なるでしょうから。
口の悪い教員は、「この本を読めばゲームを研究している者はかなり嫉妬して、まっすぐ読みたくなくなるだろうな」と言いましたが、この書がそういった賞賛と嫉妬のふたつの感情でとらえられることがあっても、「目配せがいいだけの書」とバッサリ切り捨ててしまっては、アカデミズムにおける大きな損失であると考えます。それはあまりにも残念!
私(や友人)のゼミでは、学生たちに勉強のために読ませ、夏休みあけに合評会を開くことが決まりました。おっと、また長々とすみません。もうこの本について書くのはこの程度にとどめておきますね。連日にわたって大変失礼致しました。

SD-BGSD-BG 2005/08/25 10:18 ちょい補足。ちょっと擁護一辺倒のようなレスつけてしまいましたので・・・。
私たちの読み方は、自分たちに有益な情報を探し出して、それを発展させようとする視点が主となります。
ですから、この書をカンペキな書として諸手を挙げて絶賛するわけではありません。
もちろん課題はいくつもありますが、そのマイナス部分に着目するよりも、私たちにとってはプラス面の方が圧倒的に大きかったということです。
私たちも、マイナス面のみに焦点を絞ったストロングリーディングをしようとすればいくつも挙げることはできます。
しかし、それは(これも「少なくとも」)私たちにとってはあまり生産的なことではないので、しないだけです。
今後、この書が発展的にゲーム論を推し進めることは期待しても、類似品が出ないことを祈ったりもしています。

hiyokoyahiyokoya 2005/08/25 15:25 >SD-BGさん

 ありがとうございます。
 バックグラウンドが違う、というのはおそらくおっしゃる通りかと思いますし、そこで気を使っていただけるのはありがたい限りです。
 おそらく人文系アカデミズムの方のコンセンサスが私のものと違う、というのはおっしゃる通りかと思われます。私が「まっすぐ」読んでいるのかどうか、というのは他人の評価としてしかわかりえないことですが、私も別に本書を、「「目配せがいいだけの書」とバッサリ切り捨ててしまっては、アカデミズムにおける大きな損失であると考えます。それはあまりにも残念!」という意見にはまったく同意です。「目配せがいいだけ」というのは私の感想をもっともネガティブに言えばそういうふうにもいえる、という程度にうけとっていただければ幸いです。人文系アカデミズム(特に文学系の「アカデミズム」は私はわかりません)に浸っていない人間からするとそのように見える部分がある、というのは心に留めていただければ、と(それを「嫉妬」と受け取っていただいてもかまいませんが…)。これが賞賛されているだけ、という文脈しか存在しないとすればそれはそれで「生産的でない」事態とも思いますし、もちろん、批判されているだけ、というのも同様に不毛だろうと思います。言い方が少し過剰だったためか妙なところまで議論が跳んだようですみません。
 なんにせよ、細かい論点について議論せずに全体的な印象論だけで書かせていただいているだけですので、個別の論点について話していけば、SD-BGさんとそんなにかわらないかもしれません。

//////// 2005/08/25 16:39 おいおい。1年経ったか経たないかというのに、また悪い病気が再発したらしいという噂を某所で聞いて来てみれば、今度はこの本をつかまえて悪口を言い始めてるじゃん!ちょっと前に桝山氏の本に対して、ワンパターンのボキャブラリーと文章構成で、大雑把なこと書き散らかした上にさんざんコキ降ろしたばかりで、今度はこの本に紋切り型の悪口ですかい? 桝山氏の本はあんたごときにけなすことができる程度のレベルの本だったのかね?しかも、自分とこでタレてるならまだしも、Amazonにまでウンコみたいなコメント貼り付けやがって、氏がどれだけ迷惑を被ったかなんて、犬の放尿感覚であちこちに悪口を書き散らかすあんたにゃ関係ないことなんだろうね。「批評は批判という意味でしかなく、さらに批判は悪口をタレることと信じ込んでいるらしい」とあちこちで言われていることをご自身は知ってるのかね?あんたは自分がここ数年、嘲笑、顰蹙を買っているということすら知らないんじゃないの?上(SD-BG氏)のレス中に嫉妬なんていう言葉があるけど、他人のゲーム論に対するあんたのcritiqueとやらからは、それこそ嫉妬以外に感じられるものはないね。本当は自分が「テレビゲーム文化論」を書きたかったんだろ?で、悔しがっているうちに今度は「ゲーム解釈論」が出ちゃって、もう地団駄踏みまくってるんじゃないの?だから真っ向からゲーム論を展開している人たちにそうやってイチイチ嫉妬して、イチイチ悪口を書き散らかすんでしょ? 過去(桝山氏)においても、現在(八尋氏)においても、そして未来においても、あんたの国語の読解力と文章力じゃあ悪口のみで固められたモノしか永劫に書けんと思うよ。絶対に。

hiyokoyahiyokoya 2005/08/25 16:51 >//// さん

私の指摘があいまいであるという指摘は甘受しますし、私の議論がそれほどレベルの高いものでないというのもおっしゃるとおりかもしれませんが、それ以外に私の何を批判されているのかが今ひとつわかりません。確かに建設的な話をもう少ししましょう、というのには同意しますが後学のために私のどこがどう不毛な批判でしかないのかおっしゃっていただければ幸いです。

>自分がここ数年、嘲笑、顰蹙を買っているということすら知らないんじゃないの?

直接に言われたことはあまり多くはありませんがそれがどのようなものかお聞かせいただければぜひ反省材料にさせていただきたいと思います。

SD-BGSD-BG 2005/08/25 18:30 夏休みなので、井上さんのレスを読んでからサクッと帰ろうと思ってましたが、何だかビビらされるコメントがあって・・・。
なぜ彼は憤っているのか知りたくて、ちょっと井上さんの書かれたものをいくつか拝読させていただきました。
私ごときが井上さんにレクチャーする気は毛頭ありませんが、少しだけ感想を。
正直、論点は他のサイトに見られないような鋭いものと感じ、感心すらしました。
同時に、率直に言えば、井上さんの書評は、公の流通メディア(例えば出版社が出す雑誌など)で発表する書評とはやはり違うなとも感じました。
もし私が井上さんがアマゾンで桝山さんの本に対して書かれているようなことを書いたら、私の場合は実名での書評ばかりですので、おそらく次から講談社との仕事はありません。
ですから、どのように感じることがあれ、あのような刺激的で挑発的なタイトルやコメントはつけません。
それをズルいと捉えられるか、人の中で文を紡いでいるためと捉えられるかは各人によって異なるでしょうが、とりあえず私たちの間でのマナーではあります。
コメンテイターが議論として拡張したくて書いたとしても、それを「何らかの理由でこの本を力学的に押しつぶしたい人間の書いたもの」としか捉えてもらえず、結果、議論を呼ぶことができなくなるかもしれません。
次に井上さんのサイトで書かれている桝山氏の本へのコメントですが、サイトの読者がどのように感じるか、最も端的にわかるのは最後の誤字指摘の一文かと思います。
あれは、それまでの井上さんのせっかくの論の展開を台無しにしていませんか?あの本の書評において、そこに触れる必要性の有無の解釈に左右され、もしかしたら井上さんの人間性を誤解してしまう人が出てきてしまうかもしれません。
それまでの論が立っているだけにもったいないと思いました。
私のようなズルい人間の話では、井上さんも得るところがないかもしれませんが、自分の経験上、最も効果的な議論に発展させることができる書評とは、評価(プラス面の指摘)を7割、今後の課題(政治的差別に反対するなど、よっぽどのことがない限り決して「批判」ではない)を3割というバランスで書くと、
読者は評者の指摘する課題を効率よく消化し、結果、評価面への指摘よりも課題面に目を素直にむけてくれ、最終的には有益な書評と評価されることが多いです。
不思議なことに、「評価」を頑張ってしたつもりでも、それが評価/課題が半々(!)のバランスであると、読者は評者に対してアラさがししかしない人と思われますし、さらに課題が「批判的」となると、私のような生活空間で生きていますと、身の危険すら感じることもあります。
ですから、私の場合は、たとえ身の危険を感じてでもそのように書く意義があるものかどうか、政治的信条との天秤にかけながら書いたりしているわけです。
まだ私には井上さんがどのような方かわかりませんが、井上さんのゲームに対する切り口や目のつけどころの鋭さは、書き方次第では、各方面から(一応そう書いておきます。井上さんに不満を持たれている方がどのような方かわかりませんので)高く評価される、有意義な書評になるかと思います。
私がまだ若かった頃に得意になって切って切って切りまくる方法をとっていましたが、鼻についたのか、「ああ、わかったわかった。あんたは偉いよ」などと教授から嫌われて、ゼミを移動した苦い思い出があります(涙)。
それ以来、私の場合、どんなに批判的に感じる部分があっても、それは単独で書評の形で指摘せず、必ず自分の論文の中に埋め込みます。
それならば、批判の部分は「自分の論を展開するために必要な部分」であり、批判するためにわざわざ論を組み立てたような、嫌味な文にしないためです。
ダラダラと書いてしまいましてすみません。
井上さんがよくこう締めくくっていらっしゃるように、私も、「井上さんの今後の活躍に期待したい」です。

SD-BGSD-BG 2005/08/25 19:02 ああ、あとひとつ書き忘れました。
アマゾンとかにはマイナス面の書評はしないのが逆にカッコいいと私は思います。
あそこで議論を展開するのではないわけですから、もしかしたらそのことで関係者から恨まれてしまうかもしれません。
議論は自分の土俵で堂々と行っていれば、それは商業的な利害と直接的に結びつくものではなく、営業妨害的な文を発信していると誤解を受け、苦情を受けることはないと思います。
井上さんのレベルであれば、アマゾンなどに一言コメント的に書くよりも、ご自分のサイトやブログで十分有意義な議論を展開できるかと思います。
大きなお世話で申し訳ありませんが、せっかくなので触れさせていただきました。
有能な人材を社会が無駄にしないためにも。

hiyokoyahiyokoya 2005/08/27 00:29 >SD-BGさま

あたたかいお言葉ありがとうございました。お互いに人格攻撃だとか妙な「力学」なるものを前提にして話をするのは私は出来る限りやめたいほうなのですが――といっても信じていただけないかもしれませんが(笑)誤字・脱字の指摘がイヤミにみえるという指摘はおっしゃるとおりかと思いましたので、なおしておくことにいたします。ただ、ウェブに文章を載せるということと、論文の中でとりあげる、ということはまた別の水準の作法かとも思われますのでそこらへんはSD-BGさんの指摘を参考にしつつも、また別途に考えてゆければと思います。

で、さて、もしSD-BGさんが私がやっかみとかで本書の問題点を書こうとしているわけではない、ということを信じていただけるのならば、もう少し具体的に本書に対する私の疑問点を書かせていただきたいと思うのですが、いかがでしょう。素直に私もSD-BGさんにお伺いできるのであれば、お伺いしてみたいこともありますし。もし、わたしがやっかみで書いているのでしかない(あるいはそのようなフシが濃厚だ)、と思われるのならば、お互いに無駄なエネルギーを使うことになると思いますのでこれ以上書くのはやめましょう。

fXXk!!fXXk!! 2005/08/27 11:48 おやおや、こいつ、本格的なバカのようだな。
////氏が言ってることもわかんないようじゃ。
おまえのこと、みんな「ひよこのフンだれ」とか
「ウンコ屋のI」って呼んでるんだよ。
SD-BG氏がゲーム事情に詳しいかどうかわからんが
おまえは業界からウンコ扱いされてんだよ。
わかったらさっさとAmazonにまきちらしたウンコ
コメントを回収しろや、ボケ!そして謝罪しろ!
おまえの批評ってやつが卒論レベルに達してるとでも
言うのか!あほが!
常に破綻した思考回路もったおまえが、文章を発信する
こと自体が犯罪なんだよ!
そして二度と批評家ヅラしてウンコまきちらかすんじゃ
ねーぞ!おめーみたいのがいると大迷惑だ。
いっぺん死ななきゃわからんのか、このウンコ野郎が!

//////// 2005/08/27 12:57 >私の何を批判されているのかが今ひとつわかりません。

はぁ?!Σ(▼□▼メ)  なめてんのか?
頭に虫でもわいてんのかいな?あんたが自分の何を批判されているのかがわかんないようじゃあ、抗議している俺たちも徒労に終わるなー。


>後学のために私のどこがどう不毛な批判でしかないのかおっしゃっていただければ幸いです。

あんたに後学なんていらないんだよ。クソったれが。FXXK!!が書いてるように、まず最低限、桝山氏への侮辱のコメントを撤回し、謝罪しろ。
そして、今後一切、どの本に対しても悪口をまきちらかすのをやめてくれ。頼むから。
あんたみたいな厚顔無恥は、今後もウンコ屋I、ひよこのフンだれでいいかもしれんが、他の人はたまったもんじゃないんだよ、ウンコ君。


>>自分がここ数年、嘲笑、顰蹙を買っているということすら知らないんじゃないの?

>直接に言われたことはあまり多くはありませんがそれがどのようなものかお聞かせいただければぜひ反省材料にさせていただきたいと思います。

あんたの周りは「すげーな」とかほめてくれる馬鹿ばかりかもしれんが、あんたの小宇宙から一歩出れば、あんたは犬の糞以下なんだよ。
大きなしっかりとした本をケナして悪口を言うことで、ちーっぽけな自分を大きく見せようなんて、ホントにあんたはショボショボ野郎だな。
あんたの文章なんて身内以外誰も読みたくないんだよ。
もう迷惑をかけることはやめてくれ。頼む。お願いだ!
できれば消えてくれ!

etcetc 2005/08/27 22:07 すでに終わりかけの話題の様子で、なんなんですが、一つだけ言わせて下さい。
感想の2、6番あたりや「>そのテーマをどう料理したいのか」という言葉はいくぶんか的はずれ、であるよう思えます。
なぜなら、筆者は芋の皮を綺麗に剥くことから始めたかったのであり、hiyokoyaさんが望むような論説を盛り込むつもりは元々からしてないのではないか、と思えるからです。

テレビゲーム解釈論*序説*――アッサンブラージュ
と言う題名からも、また「はじめに/あとがきに代えて」に書かれている「そして今後、「所詮子供のおもちゃ」と〜(略)〜読者と共に深めていきたいと願っている/本書にわざわざ目を通すほどの〜(略)〜きっとここから建設的な議論を展開してくれるに違いない」という筆者の言葉からも、本書一冊を通して、序論、序説という範疇をでるつもりはないのだ、との表明とも見受けられますし、たしかにそのように書かれているなあと感じました。つまり「単に目配せがいいだけ」というのはまさにその通りで、そこからあまり発展的なものを書いていくつもりも(とりあえずは)なく、それは「後々の事」であるという念頭があったように思います。

それと、かなり余計なお世話でしょうが
感想の1.の
>*素直に*認めます>データ作りにかけている時間も*単純な量*としては>参考文献も*けっこうがんばって*引っ張り出し
部分の**間の言葉は蛇足というか、あまり意味のない「棘」と個人的には思います。
「がんばりは認めるが、どうもね……」と言う論調に以降も見られやすいのかと

mu11mu11 2005/08/28 15:45 >////さん
hiyokoya氏は、桝山氏からこんな評価をされてる。
http://www.kuropanda.jp/blog/archives/2005_07_16.html#000915
ご自身のBlogで取り上げるくらいだし、著作への批評、レビューを消すように求められているとは思えないよ。
桝山氏を擁護しているあなたがこんなコメントを残してる方がショックだ。

send-001send-001 2005/08/28 20:20
////クンは今日から仕事が缶詰だから、今日からしばらく私が来るよ。

mu11クンはこう書いてるね。

「ご自身のBlogで取り上げるくらいだし、著作への批評、レビューを消すように求められているとは思えないよ。桝山氏を擁護しているあなたがこんなコメントを残してる方がショックだ。」

いい大人なら容赦なく叩くところだけど、発想からしてきみはまだ高校生か未成年のようだから、おじさんが教えてあげよう。
もしきみは、自分が精魂込めて書いた本を「破綻した卒論」などと言われたらどうだね?
もしかして、きみは所詮他人の本だからそういう綺麗な発想になってないかい?
まぁ、若くてまだ清らかなきみは、その罵声を受け入れ、猛省し、次作の糧にすると言うかもしれないね。
しかしね、普通は、得体の知れない、しかも自分の能力を棚に上げて辱めるような人間の意見など、馬鹿野郎と思ってなかなか受け入れられないものなんだよ。
スプレーで落書きされた壁は白いペンキで消すことができるけど、アマゾンにあんなこと書かれて、しかもものすごい人間がそれを目にし、テレビゲームのことを何も知らない人は、「あぁ、この本買うなら他の本の方がマシみたいだな」って思ったらどうなの?きみは自分の本がそんな風に、読むに値しないような低レベルな書、というようなタイトルつけられて我慢できるかい?

桝山先生はね、色んな意味で大人だったんだね。
消すことができない落書きに対して、「あの手の落書きは本当に下らないので、惑わされないで」ということを発することもできた。
しかし、一段上に上がって、「あの落書きはよく見るとファインアートではないか」という表現で、ご自身の懐の深さを示すことで、あの落書きの問題を少しでも解決しようとされたんだよ。
”色んな意味で”と書いたのは、きみにわかるかな?
これはここでは書かない方がいいから自分で考えてみてね。

桝山先生への罵詈雑言ばかりがクローズアップされてるけど、実際はI氏への憎悪に近い多くの人間の感情の方が大きな問題なんだよ。
某所でI氏がどのようにとらえられているかは上のコメントの通り。
上のやりとりに対しても、中沢氏や東氏の名前を出して、それは理解できるなどと大ボラを吹いているのはミエミエであり、ビッグネームを自分の力へと変換してしまおうという、実に姑息な手段を使う、子供じみた人間であるとも言われているよ。
中沢氏や東氏の書を理解できるというなら、まず彼らの著をここで切り開いてみせてもらいたいものだよね。
まぁ、無理だろう。明らかにハッタリなんだから。
でもこのやり方がI氏の批評とやら(・・・・誰も認めてなんかいないがね)の核でもあり、さらに自分がヤッカミの対象とする本に対して罵詈雑言を浴びせることで、そう言える自分は大きいだろという実に小さな人間であることがわかるだろ?
桝山先生への罵詈を取り消す、消さないは問題の核ではないんだよ。
たとえ奇跡が起こって、I氏がそれを実行したとしても、I氏に対する憎悪に近い感情を持った人間の数は、もう減らないんだよ。あまりにも多すぎてね。
消えてくれ、という////クンの書き込みは行き過ぎかもしれないが、でも、実際にそう思ってる人間はI氏には想像もつかないくらいいるんだよ。
書評というにはあまりにも不快感が強く、しかも悪質。
まだ無垢な人間だけがI氏の批評とやらを見て、鋭いなぁと思うだろう。
SD-BG氏の優しさに甘えたらいけないよ。
そうすれば逆にもっと辛い道が待っているだろうから。なぜなら、この先ずっと、私たちはI氏を許すことはないんだからさ。
まぁ、薄っぺらいI氏のことだ。同情してくれる人間の言葉に己の姿を勘違いし、今後もいわゆる「ウンコ」を撒き散らすんだろうね。
あーあ、本当に嫌なものだ。
消えろとは私は言わないが、せめてご自分が勘違いしている書評、批評とやらをI氏には二度としないでほしい。
切に望むよ、Iクン。
また来る。

tameikitameiki 2005/08/29 14:53 自分の家だけで買ってきた本にウンコ塗りたくってる分には構わないけど、それをお店でやられちゃ、かなわないでしょ?誰がウンコまみれの本買うの?買ってみた読者が自分でウンコ塗りたくるならいいけど、他人が読めないように塗っておくってのは、悪質だねぇ。それを載せちゃうアマゾンもどうかしてるけどさ。
本屋の中心で「破綻した卒論」なんて叫んじゃうのは、桝山さんを侮辱するだけでなく、そんな低レベルの本を出した出版社の社員のオツムは一体どうなってんの?ってことでしょうよ。
本ってのは、著者だけのものではなく、それを店に並べて売るまでの間に頑張った人たちの生活がかかってんだよ。そんなこと知るかってか? 特に鈴木書店の倒産ショックに見られるように、出版界全体が危機的状況にあるというのに、買って読む権利を剥奪するような文を本屋に堂々と貼り付ける感覚が全くわからない。掲載されたことで自分さえやりとげたような満足感に浸ってりゃいいのか? 頼むから、せめて本当に「ウンコ書」なのかどうかは、買ってからそれぞれが判断できるようにしてくれよ。買う前にゲンナリさせて、そんな段階でゲーム論を停滞させてどうするんだよ、ったく。
今回の「解釈論」に対する発言もイチイチうざいねぇ。どう読んでもこの本に対しても嫉妬しているとしか読めない。文から悪意がムンムンと感じられるんだよ。だいたい読解力ないじゃん。すでに「皮を丁寧に剥いていく作業」と書いてくれてあるように、タイトルからして「解釈論」であって、「序説」であり「アッサンブラージュ」なんだよ。最初と最後にも、ここから読者と一緒にスタートさせたいって明記してあるけど、章ごとにも「ゲーム論」を始める前の下ごしらえをしたいってことが何度も出てくるでしょ?そこにこの本の大きな価値があるんだよ。あんたは下ごしらえの段階ですでにできあがりになってないと満足しないみたいだね。レシピに対して「味までわかんないんじゃ、ダメだこりゃ」ってか? あんたみたいに性急に結論を急ぐヤカラがいるから、途中の過程もぶっとばしてしまって、今までもゲーム論が進んできてないんだよ。全く迷惑だな。「ピンとこない」なんて言ってるけど、当たり前だよね。本の読み方も知らないんだから。
でも、こんなこと書くと、あんたはまたムキになっちゃって、あれこれ難癖つけた文章(本人曰くcritique)を発信し始めるんだろうなぁ。時には得意の改名までしちゃってさ。どうにか対策はないものか。
これで桝山さんや八尋さん本人が出てきて、「自分は気にしてませんから、どうかみなさん…」なんて感じなことまで言わせちゃった日にゃ、もうどうしようもないね。合掌。

nanashinanashi 2005/08/30 01:30 ////が一人何役もやって恥晒してるのな。つーかお前だって人のブログまで来て批評にもならない文を散らかしてるじゃねーかw
世に出た本なんざ、批評で斬られてナンボだっつーんだ。それを止めようとして同じ事してるんじゃ、自分で気付いてないようだが同罪だ、同罪。
第一某所が、皆が、ってお前は後ろ盾がなきゃ何もできねーのかよ。酷い書評が載ってるなら、その「皆」で見事な書評でも隣に書いてみせろよ。罵詈雑言吐き散らすだけなら誰でもやれんだ。てめえで建設的な事やってみろ。

SD-BGSD-BG 2005/08/30 08:23
おはようございます。SD-BGでございます。
私の今回の興味は新たな試みをしている「テレビゲーム解釈論序説」を中心にあります。ですから井上さんとの対話を始めました。そしてこのページはそのために用意されていると認識しておりました。そこでひとつ提案ですが、もし桝山氏の著書に関連する疑問やご不満がおありでしたら、ご自分のブログなりに特設のページを設け、そこで手順を踏みながら「討論」をされたらいかがでしょう。井上さんの書評に不備があったとしても、すでにここでもそれを乗り越える努力をされるという宣言もなされています。あるいは出版業界の方々もご覧になられているかもしれませんので、一言書かせていただきますと、自信をもって刊行なさった本でしたら、どのようなしんどい評価をされても、それを覆す営業・宣伝活動をなされ、乗り越えるのもまた仕事の喜びかと思います。ひとごとだからそんなことを、とお思いになられるか、そういう考えもあるか、と思われるかはもちろんご自由です。
最後に繰り返しますが、すでに井上さんが宣言された以上、過去の話題については別の場を用意してなされることを提案致します。なお、ずるいかもしれませんが、私の発言に過激な反論をご用意されましても、私の考えはこれ以上でもこれ以下でもありませんので、返答致しませんので、ご了承下さいませ。以上。

kazamatsurikazamatsuri 2005/08/30 19:58 nanashiさん=hiyokoyaさんだったらショックだな。
そう疑心暗鬼になってくるとアマゾンのコメも直視しづらい。

hiyokoyahiyokoya 2005/08/30 21:22  大変に不本意なことですが、事態の収拾を図るため、これから半年程度にかけてコメントを「はてなユーザーのみ」とさせていただきたいと思います。
 お手数ですが、コメントのあるかたは、はてなへの登録をよろしくお願い致します。あるいは直接にcog_inoue@yahoo.co.jp宛てにメールを送っていただいていもけっこうです。なお、自己申告でしかありませんが、私、井上は今回のコメント欄で、hiyokoya以外は名乗っておりません。

 仔細はどうあれ、このページをご覧になった多くの方々に不愉快な思いをさせてしまったことの種が私自身にあるのは事実ですので、そのことに対して陳謝させていただきます。