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2010-05-24(Mon)

ミッシェル・イエ

[] 葉璇

金像奨助演女優賞を受賞したばかりの葉璇(ミッシェル・イエ)は、新作《飛砂風中轉》で陳小春(チャン・シウチョン)の妻を演じている。葉璇は今回、陳小春との共演は夢が現実になったようだと話した。これまで葉璇が演じた役はどれも賢い役だったが、今回はこれまでとは違って、いろいろな表情を見せている。ちょっとばかり頭が悪そうですでに勢いの無くなったボスの妻。葉璇はこの役は難しくなかったという。なぜなら自分自身を演じればよかったからだ。

最近、テレビからスクリーンに進出している後輩たちに何か教えることはないかと問うと、彼女は、自分はまだ教える資格はないと謙遜した。

葉璇が金像奨「最佳女配角」を受賞した時、舞台上の彼女は止まることなく泣き続けていた。しかしその時の彼女の気持ちはなかなか理解できないだろう。05年無線電視を離れ寰亞電影公司に入り、映画世界に参戦した。映画を自分の生涯の仕事と見なしていたからだ。しかし監督や友人たちからは、誰も彼女を主役に抜擢しないだろうと冷や水を浴びせられた。しかし幸いなことに本人はあきらめることなく黙々と仕事をして、ついに報われたのだった。「今回『最佳女配角』をもらったのは意外な出来事でした。しかし受賞してすぐに大陸でドラマ撮影、あの激動はもうありません。多くの人が『最佳女配角』を取ったから次の目標は『女主角』でしょうと聞いてきますが、私自身はそのような事をまったく考えたことがありませんし、自分に新たな地位が必要だとも思っていません。そして自分の仕事の節目だとも思いません。主役でも脇役でも、ほんの少しの役でも、どんな役でも映画にとっては重要だと思っています」。(まだ続く。明日以降に)


2009-04-27(Mon)

《天水圍的夜與霧》組。

[] 許鞍華

先日の許鞍華(アン・ホイ)のインタビューid:hkcl:20090423)より、さらに興味深いインタビューがあったので。

新京報(以下新):一環して《天水圍的夜與霧》を準備していて、最後には《日與夜》を先に撮影したのは何故ですか。


許鞍華(以下許):2004年復活節、ある監督と話しをしている時、香港の天水圍天恒邨で一家四人惨殺事件が発生したというニュースが流れました。その時この事件は映画になると感じたのです。私は天水圍に出かけて行って、事件の一家の隣人たちにインタビューしました。脚本を書き終え、私たちは出資者を探しました。資金は700万香港ドルです。しかしこんなに多くの資金はもともと集めるのが無理だったのです。当時、多くの香港の映画会社のオーナーたちは(大陸との)合作映画を作っていたのです。この映画は合作映画には相応しくありません。話し全体が暗いのです。大陸の審査を通過するのは難しいと思いました。


この間、私たちは最後の努力で、香港国際電影節のHAF(香港亞洲投資會)に申請しました。しかし入選はしたものの奨は貰えず、10万香港ドルの賞金を手にしました。これでは足りません。その後この脚本は据え置きされることになりました。《姨媽的后現代生活(おばさんのポストモダン生活)》を撮影後、突然嬉しいニュースを受け取りました。ある会社の社長がこの映画に出資していいといっているというのです。ところがクランクイン3週間前になり、この社長が突然出資はしないと言ってきたのです。なぜならこ街の人たちがのこ映画の撮影に反対しているというのです。彼らは傷痕を再び公にして欲しくないと思っていたのです。当時私もこの映画を撮るべきなのか自分でも疑問に思いじはじめていました。したがって社長が投資しないということになっても、私も何もいうことができませんでした。


しかしスタッフたちの仕事が無くなるのは私にとってはプレッシャーです。それで別の題材で撮影しようと決定しました。そのとき突然、何年も置き忘れていた脚本のことが頭に浮かびました。それが《日與夜》の脚本です。7、8年前、ある学生が送ってきたものです。当時の脚本は[艸/全]湾の物語りでした。資料集めの段階で天水圍の大部分の人の実際の生活は平凡で穏やかなものだと気づいていました。その時、王晶バリー・ウォン/ウォン・ジン)が私に何か撮りたいものはないかと聞いてきたので、《日與夜》の脚本を渡し、話し合って電視電影(ハイビジョン撮影の映画)を撮りました。それは大きな賭けをしたくなかったからです(註:ハイビジョンによる撮影は資金が少なくてすむから)。王晶はその後、私にハイビジョン撮影のために資金を提供してくれました。14日で《日與夜》を撮りました。2008年香港国際電影節で2回上映し、反応はとてもよいものでした。王晶は私に続けて何が撮りたいものはないかと聞いてきました。それで私は《夜與霧》を彼に見せました。王晶は1000万近い資金を用意してくれました。いま私は2本がそろって完全だと思っています。ひとつは明るく、ひとつは暗く。天水圍の住人は《日與夜》を好んでくれています。私にとって《夜與霧》を撮ることは《日與夜》を否定することではありません。撮影はより簡単でした。


新:あたなのように著名な監督でも投資者を探すのが大変なのでしょうか。


許:《男人四十》以降、私の映画は興行成績がよくありません。《男人四十》は資金が1200万、香港の興行成績は700万、この映画の時にはまだ大陸マーケットはありませんでしたから、最後には損をしました。その後、純粋大陸資本の《玉観音(デスパレード・愛されていた記憶)》は、出資者は損をしませんでしたが、この作品の香港配給権を購入した会社は損をしました。香港ではさんざんだったのです。その後《姨媽的后現代生活》も損をしました。しかしこれには原因がありますが、それについては多くは語りません。


新:それでは普段は生活のために学校で教えたり、広告を撮ったりしているのですか。


許:これは香港の監督たちの間では普通に起こることなのです。大陸の監督にはスターより集客力のある人がいることは私も知っています。しかし香港では「スターで売る」のです。俳優から監督になった周星馳成龍、香港中国返還後に人気になった劉偉強(アンドリュー・ラウ)、陳可辛(ピーター・チャン)、杜[王其]峰(ジョニー・トー)は別ですよ。でも彼らの報酬も張藝謀(チャン・イーモウ)や陳凱歌チェン・カイコー)や馮小剛(フォン・シャオガン)など大陸の著名監督よりも多くはないはずです。


新:天水圍は資金を回収できましたか。


許:すべて回収できました。王晶はテレビとソフトの版権を売っただけですでに資金を回収できていると話しています。by 2004.4.24「新京報」(抜粋)


2009-04-23(Thu)

牛頭角下邨。

[] 許鞍華

もうすぐ《天水圍的夜與霧》が公開になるので、《天水圍的日與夜》と《天水圍的夜與霧》の関係をおさらい。

多くの人は《天水圍的日與夜(生きていく日々)》(略称《日與夜》)は資金が集められず当初撮影が困難だったと話した。しかしインタビューを受けた許鞍華(アン・ホイ)は、大変だったのは《天水圍的夜與霧》(略称《夜與霧》)だったという。《天水圍》シリーズは現在のところ2作品ある。《夜與霧》は《日與夜》の続編と見られているが、実は許鞍華が最初に考えていたのは《夜與霧》で、《日與夜》は偶然だったと話す。

 

許鞍華は数年前すでに《夜與霧》の準備にとりかかっていた。しかし資金が集められず、途中《姨媽的后現代生活(おばさんのポストモダン生活)》の撮影をした。《夜與霧》は実際の事件を改編したもので、妻殺しやDV(ドメスティック・バイオレンス)、香港へやってきた大陸人についてなどセンシティヴな問題を含んでおり、大陸の審査を通過するのは難しい。大陸マーケットが見込めないと資金は集まらない。許鞍華は撮影準備中にそれに気付き、二次資金はなく撮影が出来ないため、最初の資金をスタッフに渡し、その後スタッフは解散、《夜與霧》は膠着状態になった。

このとき突然許鞍華は、2000年にある学生が送ってよこした脚本のことを思い出した。それが《日與夜》だった。(2007年)7月《夜與霧》は停止、9月《日與夜》はクランクインした。「《日與夜》はハイヴィジョンで撮影しようとしていたので、資金は少なく、簡単に資金集めが出来た」。ちょうどいいことに王晶投資する計画があったので、話しあいのあと、すぐに《日與夜》の撮影を開始した。


本来、呂筱華の脚本は天水圍ではなく、[艸/全]湾を描いたものだった。しかし許鞍華は《夜與霧》を撮ろうとしてすでに天水圍について詳しくなっていたのと、天水圍には片親の家庭が多く、独居老人も多いのを知っていたので、《日與夜》の物語を天水圍に移しても問題はないと考えた。《日與夜》撮影後、電影節で上映し(2008年3月)、反応は悪くなく、出資人の王晶と許鞍華は続けて仕事をすることになり、そこで初めて完成していなかった《夜與霧》の脚本を取り出した。思ってもみなかったことに王晶は脚本がよく出来ているといった。許鞍華は「本当に運がよかった」という。

《日與夜》は上映後の反響もよく、評論家はこの映画はここ数年の香港では見られなかった心温まる、香港映画のスタイルを持った作品だと評した。さらに《日與夜》は、香港映画が自らの行く道を見つけたという意味において、今年の金像奨でも大きな注目を集めた。しかし許鞍華は「《日與夜》の撮影方法はただこの作品にふさわしかっただけで、これが本当の成功だとは思っていない」という。したがって許鞍華は《夜與霧》では、以前のスタイルに戻り、リアルで残酷な生活を映し出している。彼女の言葉を借りれば「原型に戻った」ということになる。


多くの評論家は、許鞍華と杜[王其]峰(ジョニー・トー)は同じように香港映画を保守している代表だと認めている。しかし許鞍華自身はそのようには思っておらず、「もし合作映画のオファーがくれば撮るし、もし大きな資金があれば、それはもちろん嬉しい」と話す。実は、許鞍華は、かねてから香港の歴史映画を撮りたいと思っている。歴史映画には大きな資金が必要だ。それに物語は文芸作品で、カンフー映画のように海外に売れることは難しい。ここ何年この計画はただの思いだけで、いまだに実現していない。


現在は(大陸との)合作が盛んだ。香港の監督はみな大陸へ行っている。許鞍華は「たとえば、私に1億くれるなら、私のギャラは高くなるでしょう。監督は大きな投資に心を動かされます。私が撮った《日與夜》のように、資金が少なくても撮れないわけではありませんが、あちこちへ行って手助けをお願いしなければなりません。気分もあまりよくありません。友人たちが喜んで手伝ってくれたとしても、スタッフには出来る限り高い給料を支払いたいと思います。もし大作なら、彼らの収入もよくなります。長期にわたって、みながお互いを頼って助け合っているというような状態は、結局のところいいことではないのです」。by 2009.4.23「ent.sina.com」

許鞍華はことあるごとに、最初に《夜與霧》があったと話している。2007年にそろそろ《夜與霧》を撮影すると話しており(註:id:hkcl:20070522に記事あり)、その時のキャストは林嘉欣(カリーナ・ラム)と任達華(サイモン・ヤム)だったが、出来上がった映画は張静初(チャン・ジンチュウ)になっている。彼女の方がこの役には相応しいと思う。また《夜與霧》はフィルム撮りだったため、より多くの資金が必要で、資金集めが出来なかったと別のインタビューで話していた。


2009-02-16(Mon)

左から許鞍華と嚴浩。

[] 于冬

昨日、保利博納と黄建新(ホアン・チエンシン)、陳可辛(ピーター・チャン)は共同で映画製作会社「人人電影公司」を設立した。

10年前、保利博納は成立した。当時、このいち民間企業は一部の映画人には注目されたが、それ以外には何もなかった。10年後、保利博納はすでに最も傑出した映画配給会社になっている。企業として完成しているだけでなく、さらにいち配給会社としての限界を超えている。この保利博納を1人で作り上げた于冬は、陳可辛、黄建華と新しく人人電影公司を作った。それは自身の制作についての力量をさらに強化するものだ。中国映画はますます進んでゆく。保利博納もまたこのような時代に、新たに始めるのことになった。


◎陳可辛、黄建新と中国の夢工場を作る


捜狐:新しく出来た「人人電影」と保利博納はどういう関係になりますか。

于冬:保利博納は一環して配給会社だと思ってください。配給は私たちの主なる業務です。ここ数年、配給と映画撮影をし、さらに多くの香港映画を配給してきました。多くの香港の会社との間で確かな基礎を作ってきました。陳可辛との仕事は、実は《投名状》から始まっていました。陳可辛は、彼自身が武芸に優れているだけでなく、大変によい監督でもあります。さらに彼はよいプロデューサーで、プロデュ―スと今後の発展についても考えることが可能です。また非常に新しい理念で映画の発展を押し進めることもできるでしょう。従って彼との合作を通して、私たちの願い、つまり一緒に会社を作ることにしたのです。


捜狐:保利博納はこの会社に直接投資するのでしょうか。

于冬:はい。保利博納は、陳可辛と親しい関係にある黄建新監督を私たちの会社に招きました。それは黄監督がよい監督であるだけでなく、保利博納の成長を見てきたからです。また彼は陳可辛の長年の友人でもあります。さらに彼は《墨攻》や《殺死比尓》《投名状》《ハムナプトラ3》など多くの映画をプロデュースし、非常に経験豊富な監督です。私の願いは私たち3人が手を取り合い、夢の工場を作り上げることです。


捜狐:このような3人が手を組んだ後、新たなメンバーを加えることはあるのでしょうか。

于冬:はい。私たちはこのような会社ですから、将来はさまざまな監督とコラボしていきます。例えば、私たちが投資して撮る最初の映画は陳徳森(テディ・チャン)監督、陳可辛、黄建新プロデュースの《十月圍城》です。


捜狐:保利博納は、以前に范冰冰(ファン・ピンピン)の会社と一緒に仕事をしていますが、以前と今回の陳可辛との仕事では似通ったところがありますか。

于冬:范冰冰との仕事は、主に芸能人のマネージメントについてでした。


◎香港の監督は大陸の観客をおろそかにはできない。


捜狐:今回「人人電影」を作ったことは、保利博納にとっての最大の意義はどこにあるのでしょうか。

于冬:意義はあります。香港映画は次第に大陸に向かっていっています。これはひとつの曲がり角です。大陸の映画マーケットは、つまり香港から出て行くことによって初めてその巨大な空間があるわけです。もし香港の監督が、いまだに香港映画のスタイルにこだわり、日増しに大きくなっている中国大陸マーケットの重要性を考えないのなら、香港映画はますます周縁化していくことになるでしょう。合作映画こそが、今後大中華地区の映画産業を支える需要なパワーとなり得るのです。《英雄》を初めとする大作から《投名状》《赤壁》などは、どれも優れたそして最先端の中国語映画のクリエイターたちが集まっているではないですか。


捜狐:今年の最も重要な作品は《十月圍城》以外に何があるのでしょうか。

于冬:保利博納の最も重要な変化は配給だけでなく、自らが投資して撮影することです。私たちの映画販売額はすでに投資額の半分を超えています。私たちはそれでも、まだ映画会配給会社でしょうか。すでに映画制作会社になっています。中国のマーケットは大きく、保利博納は香港合作映画の配給会社という本来の性格から投資会社に変わっていったのです。それは必然で、大陸のマーケットは大きく、必然的に保利博納が版権を持つ側になったからです。何平の《麥田》、霍建起(フォ・ジェンチィ)の《台北飄雪》、羅卓瑤(クララ・ロー)の《如夢》、さらに爾冬陞(イー・トンシン)プロデュースの《竊聴風雲》は旧正月前にクランクアップしています。旧正月後には成龍(ジャッキー・チェン)と王力宏(ワン・リーホン)主演の《大兵少将》、さらに爾冬陞プロデュース、古天樂(ルイス・クー)主演が1本あります。(略)by 2009.2.16「捜狐娯楽」

于冬の言っていることは正しいと思う。たしかに大陸の観客を考慮しない香港映画はどんどん周縁化していくだろう。しかし大陸の観客を考慮した香港映画は、もう「香港映画」ではあり得ないと思う。そして大陸の監督は娯楽映画を撮れない。だから香港映画の監督たちの力が必要なのだ。合作映画は大陸にとっても有効な手段だということだ。そしてそこには幸せな結婚がまっているかもしれない。だたしその確率はかなり低いのかもしれないのだが。そして周縁化した「香港映画」にも生き残れる道があるに違ないと思いたい。

香港の俳優たちにも同じような事が言える。大陸の俳優たちはみな上手いし、女優はたしかに綺麗かもしれないが、オーラに欠ける人も多い。そこを香港の俳優たち(時に台湾の俳優も)が埋めているのだろう。


2008-12-14(Sun)

羅監督と林雪@香港亞洲電影節。

[] 羅永昌

ニュースがないので「香港電影13号」で、羅永昌(ロウ・ウィンチョン)監督が新作《機動部隊之同袍》について語っているインタビューを訳してみることに。長いので数回に分けて(途中飽きなければ最後まで)。

 ◎《機動部隊之同袍》の最初


  • 問:今回の撮影プランの最初はどういったものだったのでしょうか。聞くところによると全部で5話のテレビ映画ということですが。
  • 羅:最初、寰宇の社長と杜[王其]峰(ジョニー・トー)さんが話し合った時には、5本のテレビ映画を撮り、最初の4本は映画館では上映しないということでした。ただしすべてフィルムで撮る。フィルム撮りは杜監督の意見です。コストはかかりますが、クオリティが高くなります。けれど、最終的に手渡す時にはベータ式に変換します。中の1本《機動部隊―警例》は先に第5回香港亞洲電影節で上映しましたが、この時の版もベータで、編集したフィルムはありません。4つの物語とも編集して完成した状態のフィルムはありません。テレビで放送する予定だからです。このようにするのは商業的な考えによるものです。中の1本を映画館で上映し、さらに4本の同一シリーズのテレビ映画があるというのは、海外へのセールスにも役立つと思っています。4本のテレビ映画のうち、2本は劉國昌(ローレンス・ラウ)が監督し、1本を呉耀権が監督、残りの1本を僕が監督しています。本来、僕と劉國昌が2本づつ撮る予定でしたが、僕は1本を撮ったあと、《毎當變幻時》を撮影しなければならなかったので、杜監督が呉耀権に頼んで撮影したのです。
  • 問:《機動部隊之同袍》を映画館で上映すると決めた要因は何ですか。
  • 羅:4本の物語は最初からテレビ映画と決まっていたので、《同袍》は最後に撮影しました。他の4本はすでに完成していて、僕が担当した《警例》も《毎當變幻時》の撮影前に完成していました。
  • 問:5つの物語は、銀河映像の脚本家チームを使っているのですか。
  • 羅:いいえ。5つの物語は、それぞれ異なる脚本家によるものです。《同袍》は游乃海と歐健兒で、《警例》と、呉耀権が撮った1本は葉天成が脚本を書き、残る2本の物語は劉國昌が自分で脚本家を探してきて書かせました。
  • 問:このテレビ映画シリーズは、杜監督の《PTU》と何か関連づける必要はあったのですか。
  • 羅:その必要はありませんでした。ただ撮影開始時にすでに、5つの物語は任達華、林雪、邵美[王其]の3人を必ず起用することになっていました。ただし物語は僕たちが作ることになっており、3人の俳優の関係も自分たちが決めてよいことになっていました。《警例》の任達華と邵美[王其]の関係は、その他の物語では同じではありません(《警例》ではよい友人だが、《同袍》ではまったく反対)。従って、このシリーズは、僕たち監督に多くの力を発揮する機会を与えてくれています。
  • 問:あなたが撮影した《警例》と《同袍》の物語はまったく別のものですが、2本はそれぞれ独立した映画として処理してているわけですか。
  • 羅:そのとおりです。それぞれのストーリーに基づいて撮影しています。《警例》を撮った後に《同袍》を撮影したからといって、《同袍》のキャラクターを先に撮った《警例》に関連づける必要はありません。キャラクターの設定も前作と同じにする必要はまったくありません。例えば、林雪の役も2本の中ではまったく違います。ただし1つだけ共通点があり、それは借金をしているということです。
  • 問:《同袍》のストーリーについて、あなたはどれくらい関わっていますか。
  • 羅:物語のアイディアは游乃海によるものです。物語のコンセプトがすべて出来てから、僕たちは杜監督とシーン分けをしました。その後、再び游乃海と僕が各シーンごとの細かい設計をしました。
  • 問:映画を見ると、香港の政治形態を思わせるところがあるのですが、例えば高官の責任についてなどですが、そのようなことを考えて創作したのですか。
  • 羅:創る時にそのようなことは考えませんでした。それよりも人と人の関係について語りたいと思っていました。例えば映画の中では、おかしな人が荒れ果てた家に「天下太平、世界平和」と落書きしています。これは国家の大事とはまったく関係のないことです。人には欲望と欲張りな心があると思っています。これが無数の人と人との衝突を引き起こしているのです。映画の中では、思ったことをなんでも口にしてしまう人が、最もせわしない人に出会って言い争います。殴り合うという方法を用いて表現しているのです。これが僕の見方です。例えば任達華は、本来この仕事を一生懸命やろうと考えています。ところが時間がたつにつれて、個人が一生懸命やっただけではだめで、上司の目に止まならければならないと気がつきます。そこでだんだんと彼の心に悪魔の心が生まれるのです。たとえ邵美[王其]が橋の下で任達華と、どうすればよい仕事が出来るかを討論したとしても、物事はどんどん進んでしまいます。任達華には邵美[王其]が何か思惑があって事を起こしているとしか思えず、衝突してしまうのです。劇中「天下太平、世界平和」は、精神の平衡を失った人が書いたものですが、実は彼こそが、劇中最も単純でシンプルな人です。彼は少々頭の可笑しい人ですが、本質的には彼は無欲な人で、ただただ心を込めて字を書いているのです。
  • 問:《同袍》の中の林は主に馬鞍山ですが、その中の地下道は物語にとてもドラマティックな効果をもたらしています。游乃海が脚本を書いた時に、すでに山中のシーンがあったので、こういった場所を探したのですか。
  • 羅:地下道は、そういう場所があるということで、再び脚本を書きました。最初、制作が香港の山々を見て回り、城門水塘近くに戦前の地下道を見つけました。脚本を書いている時には、シーンによってはまだはっきりと分かっていませんでした。この時には、摩星嶺で撮ろうとも考えました。摩星嶺の戦争の遺跡は80年代の香港映画にはよく登場していましたから。その後、城門水塘でこのような場所を見つけたのです。それで僕たちはもう1度物語を書いたのです。地下道を通っていくと、霧の世界にたどり着きます。「霧の世界」は海乃海がすでに考えているものでしたが、その時にはまだこのような地下道は見つけられていませんでした。


 ◎任達華がPTUを演じること


  • 問:何故、PTUという警察の部門に特別な興味を持っているのですか。
  • 羅:まず最初に言うと、《PTU》と《機動部隊》は別の出資者です。商業上の考えからいえば、《機動部隊》シリーズは《PTU》の延長上にあると言えば、魅力的に見えるでしょう。もう1つは資料を収集している時に、《PTU》に関する興味深い物語を沢山発掘しました。例えば、どんな警察官でも、新しく警官になってから2、3年後には、一度はPTUに配属される機会があるということです。そして新人警官の中には、それが1回ではないものもいるのです。不思議なことは、僕たちがインタビューした警察官だれもは、たとえ彼らがどんな部門に派遣されたとしても、PTUで知り合った同僚との関係が最もよいと話してていたことです。つまりはPTUの仕事時間は比較的長いということです。ある警察官はPTUに派遣された時、辺境の地の巡視に行かされ、2日間昼夜、草むらに隠れ不法入国者が出て来るのを待ったと話していました。その時に、家の事や思っている事、さまざまな事柄を話し、解散した後みなそれぞれの部門に派遣されても、彼の心は互いに強い繋がりがあるというのです。
  • 問:《同袍》の中で私たちは、PTUも多くの危険な場面を経験するということを知ります。ドラマ化することで、少し脚色があるとは思いますが、香港のPTUは実際にもこのような危険な場面に出会うのでしょうか。
  • 羅:《同袍》の中で語られている情況は実際にかなり近いものです。彼らは事件を調査する必要がありませんが、香港で発砲事件が起これば、警察はPTUをすぐにPTUたちを現場に送り込み、角から角まで残らず調査をします。ですから映画の中でもPTUたちが山を巡視し山に登り、包囲していき、疑わしき人物を拘束していくわけです。このようなことはよくあることです。ただ彼らは非常に流動的です。もし仮に1チーム40人のPTUを作るなら、すぐに40人のチームが出来上がります。そして香港中には多くのPTU隊があります。僕の知る限りでは、中に1つは特別区行政長官付きです。彼らは普段はどんな任務についていても、長官が招集するとすぐに行動を開始しなければなりません。その後、他のPTU部隊と連携を取り合います。従って彼らは警察署には所属しておらず、警邏もせず、普段は各自ある区域の異なる場所に分散しており、招集がかかると警察の車が彼らを拾いあつめ、すぐに行動を開始します。他の警察官とは違います。彼らは駐車違反でキップを切られることはありません(笑)。

今日はここまで。


2008-06-09(Mon)

銅鑼湾。

[] 任達華が語る杜[王其]峰と《文雀》

先だって中環の天星碼頭の取り壊しは激しい論争を引き起こし、集体回憶(Collective Memory)に対する注目が再び沸き起こった。4年の歳月をかけ撮影された《文雀》は、監督の杜[王其]峰(ジョニー・トー)によると、映画の中の1つ1つの物事に無くなってしまった香港の懐かしいものたちへの思いを込めているという。古いものが好きだという任達華(サイモン・ヤム)は、ロケ地である永樂街にはさまざまな思いがある。毎日自分で自転車をこぎ、街の隅々を走った。任達華の目に《文雀》は、杜[王其]峰のいつもの力強さは影をひそめ、柔らかい感情につつまれているように見えるという。任達華が「いつもと違う杜[王其]峰、いつもと違う心持ち」と新しい映画を形容するのも納得できる。


杜[王其]峰と長年仕事をしてきて、任達華はこの作品は杜[王其]峰作品の中でもっともリラックスした作品だという。「この映画を撮って、心はまるで10年若返ったようだ。リラックスしていて、気持ちがよい。僕が演じる棋は、毎日自転車を漕いで、街のあちこちを走りまわる。表向きはカメラで身近な人や物事を撮影しているが、実は次の目標を探している。そんなわけで毎日永樂街を流している」。


作品を見て任達華は、新しい映画は《PTU》《黒社会》《神探》のような黒々とした色調ではなく、新たな色彩にリラックスした音楽を合わせているという。「いつもと違う香港を表現するため、今回はフランス人に音楽を頼んだ。出来上がりはいい感じだ」。杜[王其]峰との仕事が多いが、任達華はハリウッドの脚本が来ても、それは脇において、まず杜[王其]峰の映画を受けると言う。「杜[王其]峰との仕事は、みなに暗黙の了解があって、まるで自分の家に帰って来たみたいだ。僕はなにも言わなくてもいい。現場のスタッフは僕にコーラなどのドリンクを飲まないのかと聞く必要もない。自然に白湯を誰かが出してくれる。なぜなら僕が普段冷たい水を飲まないことをよく分かっているから。これらは一緒が長いことによる暗黙の了解だ。もし2本の脚本が目の前に出されたとしよう。1つは杜[王其]峰のもう1つはハリウッドの。僕はまず杜[王其]峰のを選ぶ。なぜなら僕は彼の映画がどんどん好きになるからだ。2、3分の出演でもかまわない。それでも主役と同じように考えている。彼と一緒の映画には、どこにも不満なところがないんだ。さらに彼の映画は見たあとに考えなければならない。そういう種類の映画なんだ。だからこそ、長い生命力を保っていられると思っている」by 2008.6.9「文匯報」

杜[王其]峰から見た任達華を是非聞いてみたい。


kumabohkumaboh 2008/06/11 01:55 よく頭を悩ませるのですが、「集體回憶」。こなれた日本語としては、何と訳したらよいと思われますか? 「Collective Memory」は集合的記憶とか集団の記憶とか訳されていますけれど、どうにもしっくりこない。

hkclhkcl 2008/06/11 13:11 しっくりくる日本語、悩みますね。やさしく言えば「みんなの共有メモリー」とか「共通の思い出」かなと思っていますけど・・・。

2008-01-24(Thu)

七條

[] 七條

彭順(オキサイド・パン)監督は最近作風を変えた。お得意のホラーはもう撮らず、新作《愛鬥大》では新人俳優を起用し、監督も新しさを求めて学校を卒業したばかりの新人を起用、全編ハイビジョン撮影して、新しい感覚を観客に与えた。

《愛鬥大》のポスターに気を留めた人は、新作の監督が「七條」となっているのに気づいただろう。これは彭順と新人監督と学生の7人が監督したということだ。「青春映画を撮ろうと考え、知り合いの脚本家と話をした。お互いに若者のことを理解しなくてはと感じた。それで新人を募集することにした」。話し合いの後、映画会社は専門学校で脚本を書ける学生を募集した。最後に4人の学生監督が選ばれ、さらに助監督が加わり、彼らが新しい映画の監督になった。

4人の中で唯一の女性監督は、香港藝術学院を卒業している。監督をしてみて、学校の課題とはまったく違うと感じた。「すべての人が私の指示を聞く、時間をしっかり把握していなければならない。自分を待ってすべてが停止してしまうからだ。最初のシーンからすでに混乱してしまって、多くの時間を浪費した」。また浸大の同級生2人は、親しくない人に対しては、指示ははっきりとしなくてはならないと話す。「監督は僕らに対して『とくかく出来上がったものがよければそれでいい』と言った。さらに撮影前に僕らに撮影の基本を守るように話した」。また芸能人出身の1人は時間を把握することが大切だと言う。「今回は7人で撮影したが、時間を把握することが重要だった。なぜなら1人の撮影時間が長くなると、必然ともう1人の監督の撮影時間が短くなる。それは不公平だからだ。」


助監督から監督になった1人は、4人の学生にかつての自分を見るようだったという。「彼ら4人は僕がこの業界に入った時のようだった。映画に対して熱意がいっぱいで、パワーがあった。彼らはのみこみが早く、初日の間違いは、3日目には2度と間違えることはなかった。」また新人たちの心の中には同じ思いがやどって、クリエイティブから始まってはいたが、撮影には心がこもっていた。彭順は新人たちとの仕事で多くの新しいインスパイアを受けたという。

また彭順は近年、映画界で欠けているのは、新しさだが、新人に機会を与える監督や社長は多くはないと話す。「中では曾志偉が心を砕いて新人に機会を与えている。俳優であっても監督であっても、ポテンシャルがあれば、彼は機会を与えてくれるのだ。」by 2008.1.12「文匯報」

1月23日までの上映7日間で294万を稼いでいる《愛鬥大》は、俳優も監督も新人を用い、若い観客を引き付け、興行成績的には成功している。

2008-01-10(Thu)

《文雀》

[] 杜[王其]峰

今日から公開の《蝴蝶飛》について、杜[王其]峰(ジョニー・トー)が語っている。

Q:大陸の女優を主演女優にして、台湾の俳優を主演男優にしたのは、何か特別な意味があるのか?

杜:《蝴蝶飛》は非常に特殊だ。李冰冰(リー・ピンピン)は大陸の俳優で、周渝民(ヴィック・チョウ)は台湾の俳優だ。僕も脚本の岸西(アイヴィー・ホー)も香港だ。こんなスタッフで作った作品は、きっとすべての中国人に受け入れられる。なぜならみんなの愛情に対する感覚は同じだからだ。

Q:李冰冰はこの映画撮影して、鬱になりそうだったと話していたといわれている。あなたは俳優をいじめるのが好きなのか?

杜:脚本が出来て俳優の手に渡ったら、どう役を演じるかは、完全に俳優自身の事情によると思っている。僕は普段は何もいわず、彼らにまず演じさせる。演じたあと僕が評論する。李冰冰は撮影を始めた1週間ぐらいは辛かっただろう。なぜなら彼女の演技は僕が想像しているものと違ったからだ。それに彼女はすごく緊張していた。演技をしていない時、現場で彼女を見るとかなり緊張している様子だった。僕は彼女を北京に返して、少しのあいだぼーっとさせて、それから話しをした。その後、彼女が撮影に戻って来てからは、僕が望むものが現れてきたんだ。キャラクターが経験することも俳優は自分自身にたよるしかないのだ。僕は彼らの演技を見たあと、意見をいうだけだ。

Q:なぜ周渝民を選んだのか? 彼は映画の経験はないが。

杜:僕はいつも俳優と話をする。「わざと演じなくていい」と。周渝民はこのことに関しては悪くなかった。彼そのものも二枚目然としている。同時に憂鬱な感じがして、この役にぴったりだった。役をよく把握した彼の演じ方が大好きだよ。

Q:《蝴蝶飛》はスタイルを変えた作品だといわれているが、自分ではどう見ているか?

杜:スタイルを変えたというのは正しくないだろう。戻ったというべきだ。これまで《龍鳳鬥(イエスタデイ、ワンスモア》や《向左走、向右走(ターンレフト、ターンライト)》など多くのラブストーリーを撮っている。ただ多くの人には男性の映画の方がよく知られている。それに僕は煽情的な映画も好きだよ。僕が以前撮った作品には、完全な脚本のものはなかった。今回は違う。以前の作品はたぶん自分勝手だったと思う。今回はある決まった中で撮るという新しい撮影方法を試している。

Q:内容的には《大隻[イ老](マッスルモンク)》か今回の《蝴蝶飛》か、どちらがより好みか?

杜:人生はひどく現実的で、そしてひどく残忍だ。だから僕が撮る映画は少しロマンティックにしたいと思っている。

Q:《蝴蝶飛》のテーマは無念な思いだが、なぜこれをテーマに選んだのか?

杜:初めて脚本を見たとき、最も感じたことは、多くの物事は変えることが出来ないのだということだ。愛に対しても、生活に対しても、人は自分をいじめ続けている。だから人生でよい結末というのはとても難しい、あちこちに無念な思いが充満しているのだ。by 2008.1.10「羊城晩報」(意訳)

三個字三個字 2008/01/13 20:25 とうとう「文雀」が完成間近ですね。香港公開は4月以降という感じですかね。
是非香港公開の際は見に行きたいです。

茶通茶通 2008/01/14 00:07 まずは香港國際電影節かなと。そのまま続けて一般公開されるといいのですが、こればかりは分からないですよね。

2008-01-03(Thu)

《無間道II》の火鍋屋でござい。

[] 寰亞綜藝集団主席・林建岳

昨年の記事だが興味深いと思うので訳しておく(意訳あり)。

寰亞綜藝集団は近年、香港映画産業に積極的に投資している。寰亞の主席・林建岳(ピーター・ラム)は明報の独占インタビューを受けた時に次のように語った。香港の映画産業が低迷期に入った主な原因は、風潮に流されむやみに映画を撮ってきたことによる。これからは大陸マーケット、特に広東のマーケットへの進出が進んでいく道だ。《無間道(インファナル・アフェア)》と《投名状》の投資者は、映画への投資を決める前には脚本を見ない。なぜならストーリーへの思い入れが過ぎ、その映画に売れる要素があるかどうか、冷静な判断が出来なくなるのを恐れるからだ。彼は成功したどの映画についても、セールスポイントがどこか言えるのだ。


林建岳は《無間道》を例に、香港映画産業が繁栄から衰退に至った原因を説明した。《無間道》が出る前の一定期間、すでに10数本のアンダーカバーを題材にした映画が撮られていた。しかし《無間道》ほど優れたものは出来なかったし、このような大きな成功は得られていなかった。鮑やフカヒレを食べ慣れた客には、佛跳牆(坊さんも壁を飛び越えて食べに来るという美味しいスープ)を作ってやって、やっと美味いと感じ満足する。《無間道》を撮ると決めたのは、劉徳華(アンディ・ラウ)と梁朝偉(トニー・レオン)は長い期間一緒に映画を撮っていなかったし、潜入警官ものは当時流行っていなかった、それでこれはチャンスがあると思ったからだ。


林建岳は父親の林百欣を手伝い亞洲電視の仕事をしていたことがある。この経験が映画に投資する元になった。また亞洲電視の競争相手である無線電視の実力を身を以て体験した。近年、無線は制作費を省くためドラマ製作を減らし、よそからのドラマ購入が増えている。林建岳は香港映画を衰退に導いた主な原因は、風潮に流されむやみに映画を撮ってきたことによるといい、香港の映画人は、杜[王其]峰のように、みな無線の訓練を受けて出て来ている。今は後に続く人がいないのだと話す。


香港映画産業の衰退は、製作過程がいい加減だからだとも言われている。もしアメリカと同様にクランクイン前に脚本が整っており、撮影過程と出費を厳しく計画的に行えば、けして滅びてしまうことはないと。しかし林建岳の意見は違う。アメリカの制度には良いところも悪いところもある。良いのは製作過程ではすべてが予定の中ですすめられていくこと。欠点はフレキシビリティがないこと。組合の力が強く、製作者は環境の変化によるさまざまな影響をなるべく受けないようになっている。アメリカ式は大資本の豪華キャストの映画には相応しいが、少ない資本の映画には不適だ。アメリカ映画は大チェーンのファミリーレストラン、香港映画はプライベートキッチンだ。


またある人は、韓国映画が近年勢いがよく、それは韓国政府が自国の映画産業の発展に大きなサポートをしているからだといい、香港もそれにならうべきではないかという。林建岳はそのとおりだとも、そうではないともいう。彼は韓国政府が韓国映画振興において重要や役割を果たしていることは認める。最も顕著な例は、韓国ドラマが日本のドラマ市場に進出していることで、韓国政府は映像作品の輸出を応援するために、巨額を投じて日本のテレビ局のゴールデンタイムの枠を買い、韓国ドラマを放送し続け、大量の広告を送り続けている。日本のテレビはそれに応じているために、日本の視聴者は韓国ドラマを見ることが習慣になり、やめようとしてもやめられなくなっている。日本における韓国ドラマの収益が韓国全体の収益を越えるまでになっている。しかし、香港は開かれた社会だ。政府が映画をサポートしても、韓国政府のようにするのは不可能。韓国では週末の映画館はすべて韓国映画の放映に当てられており、外国映画上映には制限があるのだ。


香港映画産業の出口はどこに? 林建岳は疑いもなく言う。それは中国語マーケットだと。中国大陸には13億人がいる。東南アジアと海外の華僑も億を越える。中国語と英語、スペイン語が世界の三大言語。「香港人はアメリカ人のようにSF映画をうまく撮れない。しかし中国語映画を撮れば、香港人のようにうまく撮れる人は他にない。」これがこの映画産業低迷時にも投資し映画を撮り続ける理由なのだ。


大陸市場については、特に広東に注目している。広東だけでも億の人がいる。長期間香港のテレビドラマを見ており、香港映画にも慣れ親しんでいる。中国ではその地方の方言のテレビ局がない場所はない。上海も経済力があるが、テレビは上海語ではない。しかし広東なら可能だ。さらに香港映画が広東に入っていっても、外国文化が侵略してきたと見なされることはない。条件を整え広東がより自由な市場になっていくようにしていくように、香港政府と映画界は大陸の各関係部門と調整をはかり、1日も早くその道を開いて欲しい。by 2007.12.12「明報」

韓国ドラマのくだりはちょっと怪しい気もするが、その他は意外にまともな考えだろうと思う。脚本を見ないとはいっているが、大まかなストーリーは聞くとは思うのだが。

2007-11-25(Sun)

杜[王其]峰(左)と韋家輝(右)

[] 杜[王其]峰と韋家輝

銀河映像を設立してから11年、杜[王其]峰(ジョニー・トー)と韋家輝(ワイ・ガーファイ)はパートーナーを組み、2人の作品には《孤男寡女(ニーディング・ユー)》《痩身男女(ダイエット・ラブ)》《我左眼見到鬼》《大隻[イ老](マッスルモンク)》などがある。しかし《大隻[イ老]》のあと、2人はそれぞれ自分の道を歩み、10年の研鑽のあと再び一緒に映画《神探》を作り出した。これは大いに期待するところ。この機会に2人がそれぞれの道を歩んで来た理由を聞いてみた。


脚本に感服


杜[王其]峰は「今回は韋家輝がいたずら心を起こしたんだ。《神探》の脚本では明らかにキャラクターは数人なのに、それを数十人にしてしまっている。それは彼が心の中に潜む悪魔をリアルな人間として表現したからだ。たとえば林家棟の役から7つの悪魔を作り出した。登場したと思ったら8人になってしまう。見たら分かるが、撮るのが大変だよ。物語も一般の観客はついていけない。理解するのに時間がかかる」と笑う。《大隻[イ老]》のあと袂を分ったが、それは意見が一致しないからということではないと言う。誰も白黒つけたがるが、「僕たちはいつも逢って酒を飲んで食事をして話しをしている。僕が脚本を書いたら彼に意見を求めているから、分かれたという感覚はまったくない。創作ということについていえば、テレビの時から彼には感服している。韋家輝の創作は1番だといっていい」。


低調な時は必ずある


それぞれの道を歩んでから、2人はどんどん遠く離れてしまったように見えた。杜[王其]峰はハリウッドやオスカー受賞に向かって歩きだしたが、韋家輝は旧正月映画の成績もごく普通だった。しかし友人である杜[王其]峰には別の見方があるようだ。「それほど面白くないし、それほど良くないもないと思うのかい。僕はそう思わないよ。旧正月映画は、にぎやかならそれでもう十分だ。そういうのは韋家輝を知っている人で、彼に対する要求が高すぎるんじゃないか。映画を撮り終わって上映されたら反応がいいかどうかはあまり気にならないと思っている。それは過程にしかずぎない。どの監督も経験することだ。僕も《開心鬼撞鬼》や《7年之癢 》を撮っていないことには出来ないんだ。だから出来がよくないからといって、いつまでもそこに留まっているということにはならないんだ。つまり僕は韋家輝が優れた監督だということを信じているんだ」。


化学変化を引き起こす


杜[王其]峰は、韋家輝の長所は物語の作り方が綿密で、人物の性格描写が緻密なところだと思っている。「よきパートーナーだから批判はしない。ただよい化学変化が生まれているはずだ。これまで試したことのないこと、試せなかったことを彼は試してみたんだ」。


「韋家輝はつねに変化を求めている」


韋家輝は、つねに脚本に力を注いできた。杜[王其]峰と分かれ独自の道を歩んだ理由について彼は「ある段階に留まってしまうことはクリエイターにとっては、悪夢と言えるだろう。当時は変化を求めていた時期で、4年後の今また杜[王其]峰と一緒に仕事をするのもひとつの変化だ。僕と杜[王其]峰が意見が合わないというのは、みなの考えすぎ。当時、会社にはいろいろな人がいた。例えば羅永昌(ロー・ウィンチョン)や游乃海(ヤウ・ナイホイ)を次を引き継ぐ人物と見なして、彼らにトライさせたのだ」。


自由を味わう


韋家輝が独自に歩んだ数年に監督した《最愛女人購物狂》《喜馬拉亞星》《鬼馬狂想曲(新世紀Mr.Boo! ホイさまカミさまホトケさま)》はどれも杜[王其]峰との合作時代のような輝きはなかったため、彼の能力は疑われ、杜[王其]峰がいないと成り立たないのかと思われた。韋家輝は「疑いなく杜[王其]峰は非常にすぐれた個性をもっ監督だ。商売ということについていえば、これらの映画は責任と任務は果たしたと思っている。興行成績は悪くなかったのだ」とはっきり話す。韋家輝は社長の向華強(チャールズ・ヒョン)が彼を信じて、自由に創作させてくれたことに感謝している。「自分の会社以外での仕事については、商業的ではないという理由から自由な発想を嫌う社長もいるが、このことに関して向華強は自由にさせてくれた」。


こだわりと譲歩


韋家輝の作品には禅の思想と教義に満ちあふれており、かならずしも誰もが理解できるものではない。新作《神探》もまた人の心の悪魔を描き、高尚すぎる心配はないのだろうか。彼は「子供のころから考えることが好きだった。大人になってからは宗教関係の本を読むのが好きだ。大なり小なりその思想や考え方が、自分の作品に反映していると思う。《神探》は商業映画なので、心の悪魔という題材を借用したにすぎない」と笑う。誰でも心に悪魔を持っている。意志が弱い時には悪魔にとらわれてしまうのだ。「2年ほど前に禁煙した。禁煙の過程は大変ではなかった。しかし難しかったのはその癖を直すこと。癖が心の悪魔だ。しかし映画の中の林家棟のように7つも悪魔がいるのはめったにないことだ」。

また杜[王其]峰について、韋家輝は2人の合作は無線電視時代に始まるという。「TVB時代《天堂血涙》というテレビ映画で合作したあと、彼は僕にテレビから出て映画会社をやらないかと言ってきた。杜[王其]峰は自分の映画会社をやりたがっていた。これが彼の心の悪魔といえるかもしれない。96年、銀河映像を作り今に至っている」。「僕らの合作には大きな衝突はない。こだわりと尊敬が必要なだけだ。2つの版が出来てしまった時には、僕の記憶では杜[王其]峰が僕に譲ってくれたことの方が多い」パートーナーへの評価としては、韋家輝は杜[王其]峰の映像は別格だと褒める。「杜[王其]峰はカメラの動かし方の工夫が素晴らしく、俳優たちを動かす能力に長けていて、それが強烈な杜[王其]峰スタイルを作り出すことになっている。さらに最もよいものでもOKを出さないこともある」。

  • 杜[王其]峰・韋家輝合作作品一覧
    • 2000年:《孤男寡女(ニーディング・ユー)》《辣手回春》
    • 2001年:《鍾無艶》《痩身男女(ダイエット・ラブ)》《全職殺手(フルタイム・キラー)》
    • 2002年:《[ロ歴][ロ古][ロ歴][ロ古]新年財(アンディ・ラウの麻雀大将)》《我左眼見到鬼》
    • 2003年:《百年好合》《向左走 、向右走(ターンレフト・ターンライト)》《大隻[イ老](マッスルモンク)》
    • 2006年:《神探(マッド探偵)》

by 2007.11.25「頻果日報」(抜粋)


KEIKEI 2007/11/26 00:23 こんにちは。とても興味深いインタビューです。訳してくださってありがとうございます。
ただ、この映画には古天楽は出ていないのですが、新聞の誤植でしょうか?
一足お先に東京国際で観ましたが、『大隻[イ老]』ほどの受け入れ難さもなく、商業的要素と哲学的要素のバランスの取れた傑作だと思っています。
近々香港へ行くので、また再見するのが楽しみです。

茶通茶通 2007/11/26 00:31 古天樂は出ていないのですね。その部分は「古仔」と書いてあって、古天樂の役のことなのか「物語」(のことも「古仔」という)のことなのかと疑問だったので、直しておきます。ありがとうございます。