★このページは私の日々の中で感じたこと、知ったことを自分なりのメモ、忘備録として書いたものである。よって内容に関して間違っていたり、改造記事を真似て失敗しても一切の責任はもちません。
★この記述は私の個人的なもので、私の所属団体等には一切関係ありません。
★記載されている内容やリンク先には、見る方によっては不愉快な内容が含まれているかもしれません。ご覧になる際、リンクを辿る際には気を付けて下さい。
★内容が誤っていることもあります。間違いに気付いた方はメールを頂ければ幸いです。
★ご意見、ご要望はメールでどうぞ。ただし反応があるとは限りません。また特に断りがない場合は勝手に日記に転載されることがあります。
★この日記の内容で私の私生活を想像されるのは勝手ですが、それが私の全てであると理解されるのは私の本意ではありません。
2011-11-24 鬱病 …
■[utsu] 鬱病 …

先月来から糖尿病、高血圧と診断を受け投薬治療をしているが、初診の際にその内科医に持病のことを話す必要があって鬱病で投薬治療を継続中だと話した。
するとその内科医はご自分の鬱病というものに対する考え方のようなものを話され、その後ろの本棚の一冊に「鬱病」の本があったのを記憶している。
要するに世間が何でもかんでも鬱病だと診断されたりそう言っている患者さんが多いが、その大多数は実は本当の「大鬱」ではなく、その前駆段階、所謂、適応障害とか社会不安性障害が適した病名ではないのか、と。
正直、のっけからそんな話しをされ、いささか自分の病気を否定されたように思ったが、あとあとずっとこの事を考えていたが、先日のNHKのクローズアップ現代でも「職場の鬱」というので、遊びや好きな事は出来るのに、いざ仕事になると憂鬱になる新型の鬱病という話題を放送していた。 自分は自営業だから職場の鬱は関係ないし、内容を少し最初の部分だけ見て、ああ、またこの手の鬱の話しかとチャンネルを変えた。
でも、実のところ、冒頭で書いた内科医の話、まんざらでたらめというか単なる私見ではなく、実は的を得ているのではないかと思えている。
先ず自分に当てはめて考えても自分は今、あの2002年の半年間の激鬱と称した、毎日毎日が何とも言えない憂鬱感で充満していた頃を起点に考えると、確かに二度目、2007年にも三ヶ月ほどそんな感じの再発はあったけど、2002年の時ほど社会性を閉ざしたような生活はしていなかったし、この日記の過去にもそんな感じを伺わせる記録がある。
だから現在、σ(^^)は処方箋上は「鬱病」となっているが、それはあくまでもレセプト診断名上の話しであって、精神的に本当に鬱かと言えば、確かに服薬はしているが社会生活を送れているから緩解状態だと思っている。
となると、果たして自分はサラリーマンで毎日規則正しい社会生活を強いられてたら復帰できていたであろうか…。 恐らく無理だろう。 となると、なんだかんだと言って、恐らく「鬱だ鬱だ」と言いながら自宅でごろごろしてたかもしれない。 それは鬱状態ではなく、単なる適応障害、これこそが内科医の主治医が言った言葉だった。
σ(^^)だって苦しい事、悩ましい問題があれば逃げたくもなるし気分的に沈む、出来れば避けたいとも思う。それが鬱だと言えるかと言えば、なんとなく自分勝手な病気、みたいに他者から言われても仕方が無いだろう。 うちの母親もそんな感じで、何っていうこれと言った理由は無いが、家族に溶け込めないような時、何かと言えば「気分が悪い」「調子が悪い」とのたまうが、別の面でそう言ってたかと思えばケロっとして友達のコーヒーの誘いに応じて出かけたりする有様を見ると、心配していた私達家族がなんだか馬鹿にしているのか、って思うくらい勝手に見える。
そんな古典的な鬱病だと言われてきた昭和時代の第二次世界大戦頃に生まれた母親の今ですら、本当に鬱病なのか? って言いたくなるくらいだから、本質的にその時代が定義していた病気の病態とはもうかけ離れてしまっているのが実態であり、根本的な原点であるメランコリー型の鬱病者の数そのものがもう本質的に変化しちゃってて、それは何も新型でも何型でもなく、現在の鬱病のスタンダードなんじゃないか、って思えている。
だから何だ、って話しじゃないんだけど。

