茂木弘道の「世界出版ブログ日記」

2006-03-16 ナベツネは遊就館展示を自分の目で見ろ

ナベツネの「真相箱」少年からほとんど変わらない、いわば化石的な日本悪者史観の持ち主であることに驚きあきれた次第であるが、そんな無知蒙昧知的怠惰のままで、読売新聞主筆を務めるのは許しがたいことである。少しは謙虚に、歴史の真実を学びなおす気持ちになるべきである。


遊就館がおかしい」という。「あれは軍国主義礼賛lの施設で」というが日本に軍国主愚なるものが存在した、とこれまた化石思考よろしく何の疑いなくいっているのは、お粗末の限りだ。どこの国にいっても国のために闘った人たちの遺品を展示しているところでは、その健闘をたたえているのが当たり前である。これを軍国主義というんだったら世界中が軍国主義になってしまうではないか。世界中にこの例外が1つでもあったら教えてもらいたい。こんな世界の常識も知らないナベツネが自分は偉そうなつもりで、軍国主義がどうのこうの言うんだからあきれたものである。これに続いて「中を見てきた子供が、日本はこの前の戦争に勝ったんだね、というんだな」といっている。ナベツネの程度は見てきたとおりであるが、その子供とやらの知能程度は一体どうなっているんだろうか?あの展示のどこをどう見れば「前の戦争で日本は勝った」と解釈するというんだろうか。頭の程度が知れない。誤解の余地はない説明になっているはずである。何しろ展示説明の全部を英訳したのだから、間違いなくそんな馬鹿なことはないと断言できる。


そもそも、偉そうに風聞を事実であるかのように言い立てる前に、自分で展示をじっくり見たらどうなのだ。直接取材もせずに、「遊就館はよくない」「軍国主義礼賛l」だなどとほざく、ジャーナリストとは一体何者なのだ!日清・日露の戦いの記述も然りであるが、大東亜戦争の記述にしても、「史実に反した記述は1点もない」これをモットーにした記述であり、ナベツネよ、もしここが誤ているというところがあったら是非具体的に指摘してもらおうではないか!それがジャーナリストとしての最低の義務ではないか?大読売であろうとどうであろうと、いや代読売であるからこそ、事実に基かない発言、報道を偉そうにする権利など皆無であることをよくよく認識すべきである。

StiffmuscleStiffmuscle 2007/08/24 17:53 はじめまして、
茂木先生が『正論』2007年7月号、p.261で提示されている米公文書館所蔵の文書、”Compsite Report on three Korean Civilians List No. 78, dated 28 March 1945, ”Special Question on Koreans”についてですが、先日、NARAに問い合わせたところ、”We were unable to locate the report among the records in our custody.”との回等が来ました。
この文書を「史実を世界に発信する会」ホームページ上で公開していただくことはできないでしょうか?
もう一つのNARA所蔵の文書”OWI Japanese Prisoners of War Interrogation Report No. 49”については、「史実を世界に発信する会」にて正確な写しが公開されていることを考え合わせれば、この文書を公開していただければ、さらに多くの国民が、より「史実」に基づいた形で議論できると思います。ご検討の程、よろしくお願い申し上げます。

2006-03-14 ナベツネの恐るべき化石思考

読売靖国参拝に対する論調がおかしいのが気になっていた。どうも中曽根と組んでナベツネがA級合祀の靖国を問題にしているためのようだと漠然と思っていた。ところが、論座2月号の朝日新聞若宮論説主管との対談を読んで、その認識は甘いというか、とんでもない見当はずれであることを知った。


「僕は学生時代から本当に反戦を主張してきました。先の戦争で、何百万もの人々が天皇の名の下で殺された。」


何だこれは!共産主義学生運動をしていた時と全く同じ戦争観を抱き続けているということじゃないか!まるで、あの戦争は日本が勝手に引き起こした侵略戦争であるかのような、東京裁判史観そのものというよりも、戦後のNHKを使った占領軍の「これが真相だ」「真相箱」の日本徹底悪玉論のデマ宣伝を60年も経つというのに何の学習もせずに後生大事に持ち続けているこの知的怠慢者、化石男、これがナベツネノ正体だったのだ。


大体戦争は相手があって起こるものであり、5分5分でそれぞれ言い分があるというのが常識である。ところがあの大東亜戦争に至っては、マッカーサーが上院の公聴会ではっきり明言しているように、日本は自衛のために戦争に立ち上がったのであり、ローガン弁護人が言ったように、先に「経済封鎖という戦争行為」(これは戦争行為であるとケロッグ国務長官がアメリカ議会で明言している)を行ったのはアメリカであり、したがって戦争を仕掛けたのはアメリカなのだ。となると5分5分どころではなく、圧倒的に日本に理のある戦争であったことは明らかである。すなわち「仕掛けられた戦争」であったのである。天皇の名の下で殺されたとは一体どういうことだ!殺したのは、アメリカ軍であり、英軍であり、シナ軍であって、天皇の名の下に殺したとは一体どういう倒錯なのだ。(アメリカについてはそうかもしれないが、中国に対しては侵略だという人は、www.sekai-shuppan.com の、発言舎の中の日支事変菅家の文章をお読みいただきたい。盧溝橋から始まり、上海事変、すべて中国側の仕掛け、拡大策謀によって起こったことである。日本は占領は下が一片の領土要求もしていない)。


戦争責任をいうなら、戦争を仕掛けたほうをこそ第一義的に問題とすべきである。仕掛けられたけんかを逃げ回って済ませられるならいいが、そうはいかないこともある。仕掛けられたが、何とかその回避をしようと東條を含む当時の指導者たちがどれだけぎりぎりの努力をしたか、少しは勉強したらどうだナベツネよ!何百冊も読めとはいわない、せめて東條の宣誓供述書だけでいいから、しっかり読んでみろといいたい。馬鹿にしてはいけない。立派な供述書だ。いまの知識のナベツネではとてもこれに反論はできないはずだ。勿論馬鹿の一つ覚えの開戦非難でもするんだろうか、そんな知的怠慢者は、有力新聞の主筆などという職を汚すのはいい加減にすべきである。


戦争回避だけが能ではない。日本はあの戦争において堂々たる終結の戦略を有していたのである。16年11月15日、大本営政府連絡会議で正式採択された「対米英蘭蒋戦争終結促進に関する腹案」がそれである。簡単に言えば、第一段階作戦(これはそのまま実現された)の後は、太平洋は防御とし、インド洋方面に独伊のアフリカ作戦ともこうして作戦を行い、イギリスに対する豪印からの物資補給を断ち、アメリカインド洋を通じての蒋介石政権、そしてソ連への膨大な武器援助を遮断する、という第二段階作戦の実施である。こうすることによって完全に補給を断たれた蒋政権を屈服させ、イギリスも弱らせ、「アメリカをして戦争継続の意欲をなからしむ」(腹案の目標)という戦略である。蒋政権屈服とは、汪兆銘との親日連合政権の樹立であり、こうなるとアメリカは日本との戦争の大義が失われる。それに加えて、インド洋作戦が成功すると、インド義勇軍のインド上陸、英印軍反乱、そしてインド独立がたちまち起こりことも期待できる。日本はきわめて有利な環境下に、和平提案を行えるのである。少なくとも18年はじめまでにはこれが実現できたはずである。腹案には、講和仲介の国として南米諸国、スエーデンポルトガル、法王庁なども上げていて、きわめて真っ当な内容である。ではなぜそうできなかったのか、ということになるがそれは何回も講演で説明しているが、ここ述べるには長くなりすぎる。ただいいたいのは、アメリカを屈服させるだとか言う誇大妄想などとは無縁のきわめて合理的な作戦を持っていたのだということを知ってもらいたいということだ。


ナベツネがこんなことに無知なのは当然としても、ひどいのは特攻機が片道燃料しか積んでいなかっただとか、強制自爆だとか、ひどい無知振りを平気でさらしていることだ。冗談ではない、敵が補足できず戻ったり、また途中で天候不良で戻ったり、と戻ったケースはいくらもある。最初の特攻隊を率いた関大尉の部隊も、2回不成功で引き返している。3回目にようやく目的を果たしている。強制自爆とは特攻隊員に対する侮辱である。こうした攻撃がいいかどうかの議論はできる。しかし、ナベツネのような卑小な人間ばかりだったのではないことはよくよく認識すべきである。進んで志願したものが多かったのである。というより、志願したもののプールの中から選ばれて特攻に出陣したのであって、実際は強制だというかもしれないが、間違いなく志願だったのである。最終的には志願したもの全体の約半分が、実際に出撃したのである。自分の卑しい卑小さを多くの散っていった先人に押し付けるのは失礼というより犯罪的である。心から謝罪せよ。もし人間としての一片の良心があるなら。

iwaseshunriiwaseshunri 2006/03/14 19:42 岩瀬駿里です。
 ナベツネは昔、東大新人会出身で左翼でありながら微妙に共産党と距離を取っていて保守陣営に行き着いた男です。当時の児玉誉志夫氏などが東大の左翼学生を接待して共産党から主体を確立せよ、などと言って煽っていたそうです。言うなら、ナベツネは元左翼が新保守主義に寝返ったという典型的なネオコンです。私はナベツネは戦争ではなく、学生運動時代の共産党から裏切りとその打算を総括して貰いたいですよ。

hmotegihmotegi 2006/03/15 10:38 そうでしたか。新人会出身の共産主義者でしたか。ナベツネについていろいろ教えください。徴兵され2等兵でした、といっているのですが、志願なのか、徴兵なのか年齢からいまいちはっきりしません。またどこに入隊したのかなども。

iwaseshunriiwaseshunri 2006/03/15 18:57 詳しく分かるのは魚住昭著「渡邉恒雄 メディアと権力」講談社です。p41に昭和20年7月5日に三宿砲兵連隊に入営した記述があります。東大新人会について記述がある「第2章 敗戦と東大細胞」には興味深いです

kousotsudrkousotsudr 2006/03/15 19:41 はじめまして,南京事件関連の貴エントリーで勉強させていただいておりますkousotsudrと申します.
このエントリーに関連のない話題で申し訳ありませんが,先日10日,衆議院外務委員会で民主党の松原議員の質問に引用されていました茂木氏はやはり先生でしょうか?
松原議員は非常に鋭く外務官僚に食い付いていました.
下記のブログで紹介されております.
http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/50413821.html

南京事件に関する逆(ホワイト)プロパガンダは東京裁判史観を打ち破るためにも必要なことだと思います.
外務省もかなりの事を認めていましたし,麻生外相もプロを使った啓蒙活動の有用性を感じておられるようでした.
これからも陰ながら応援させていただきます.
まずはご挨拶まで.

hmotegihmotegi 2006/03/16 11:22 iwaseshunriさま、ナベツネノ本のことありがとうございました。参考にさせていただきたいと思います。
kousotsudrさま
松原議員が質問するというので、資料は提出しましたが、TVは見ていませんでした。実に迫力ある質問で、心強く思いました。Lowdownの記事の訳をしたのは私で、まさか私の名前が出てくるとは思いませんでした。これからも是非応援よろしくお願いします。

2006-03-10 Rebuck 先生のインタビュー

昨日名古屋市立大学のMark Rebuck先生がお見えになって拙著『文科省が英語を壊す』(中公新書ラクレ)についての感想を述べられ、非常に provoking な内容なので、いろいろ伺いたいと思って、インタビューに来たといわれました。インタビューの内容を「日本語学教育学会」JALT (The Japan Association for Language Teaching)の機関紙、The Language Teacher に掲載したいということです。


Rebuck先生が私のことで一番興味を感じていたのは、文科省の官僚と同じ大学を出ているのにその人たち、また多くの日本人、日本の学者と非常に違う考えを持つようになったのはどうしてなのか?ということのようでした。なぜ独特の考えをもてるのかということのようでした。そういわれると結構答えにくいのですが、要するに必要な英語とは何だろう、どうすればうまくなるんだろうということを、思い込みなしで、まともに考えていくと、世の常識とされているものと違ったものにならざるを得ない、ということになるのですが、と答えました。そして話していくうちに、一つは英語コンプレックスに冒されている状態がおかしい、それから脱却してものを考えていくと、自然にいまの私の考えになるような気がしてきまして、そういいました。


英語コンプレックスの原因についての議論もしました。これは基本的に明治以来進んだ外来文化を受け入れるというパターンが長く続いたことがあって、その惰性からいまだに脱却できていないことがあると思います。それに加えて、大東亜戦争の敗北があり、さらに負けただけでなく、占領軍のWar Guilt Information Programによって、徹底的に日本悪者論を叩き込まれたのが底流にあるため、何かというとコンプレックスに陥りやすいわけです。英語が簡単にできて不自由しなければ英語コンプレックスにならないで済むのかもしれませんが、そうはいきません。非常に違った構造をしている英語をものにすることは容易なことではありません。かなり努力してもなかなかうまくならないというのが95%の日本人が経験していることでしょう。本当はそんなことでコンプレックスなど持つ必要はないのですが、上述の基本要因があるものですから、コンプレックスに転化してしまうわけです。


これはコンプレックスとは必ずしもイコールのことではありませんが、同じく日本人の多くの人が体験していると見られる、「愕然体験」があります。どういうことかというと、かなり英語を一生懸命勉強し、本も読めるようになった。ところがある時、アメリカ人と話しをする機会があった。英語はかなり分かっているつもりでいたのに、相手の言うことがさっぱり聞き取れないし、自分が言おうとすることが、一語も口から出てこない!冷汗の出る恥ずかしい思いをしたという体験です。一体自分の学んだ英語は何だったのだ!そして、文法読解中心の英語教育がいけなかった、会話重視の英語をやるべきだ!と短絡的に考えてしまうわけです。余りにも多くの人が体験していて、事実会話ができないので、この短絡思考が疑われることなく広く受け入れられてしまっています。しかし、そもそも「愕然」となんかしなくてもよいのです。「会話はスポーツ」ということを知っていれば、スポーツトレーニングをしてこなかったのだから、スポーツである会話ができないのは「当然」のことにすぎないのです。大体人間の言語中枢は、理解を主につかさどる、ベルニッケ中枢と、声に出す、いわば運動的な機能をつかさどるブローカー中枢とから成り立っているのであって、この両者の統合で言語活動が行われるわけです。運動のほう、すなわちスポーツの方をトレーニングしてなかった、というそれだけのことです。だからといって、語学学習をこのスポーツのほう中心に行わなければいけないわけでは全くありません。


そのことは、本の中でも書きましたが、文法読解を身につけていると、会話ができるよりも、上達の速度がはるかに速いのです。大学の先生が実験によって確かめています。コンピュータを全面的に活用した集中プログラムで、3ヶ月の集中トレーニングを子なったところ、文法読解はできるが会話はだめという生徒は急速に上達し、TOEIC100点以上向上するのに、その逆の生徒はめぼしいアップが見られないという結果です。こんなことは事件するまでもなく、当たり前のことではないかと思うのですが、会話万能論者はよくよく反省していただきたいものです。こうしたこともインタビューのなかでとなりました。Rebuck先生も同意されていました。


小さい時からの英語学習について、英会話はスポーツというが、荒川選手は6歳のころからスケートをやっていたのであのように上達できたのと同じように、英会話も小さい時からやるほうが上達するのではないか、との質問もありました。それは荒川選手のように、「毎日3時間」近くも練習すれば英語力もつくことは間違いないでしょう。それと、週1−2時間のお遊び英語とを一緒にすることは100%別のことで、そんなものは時間の浪費以外のないものももたらさないことをよく認識すべきですと答えました。この混同が多いのですよね。


他にも随分いろいろな話をしました。書き切れないので、最後に一つ、英語の先生方に希望することは何でしょうかという質問がありました。私はこういいました。言語はコミュニケーションのためのものであることはいうまでもないことです。コミュニケーションそのものです。それなのに、コミュニカティブ英語だとか何とか、分かったような分からないような言い方で、英語教育を曖昧にしないで、英語力を向上させることに集中してほしい。語学の先生に、ボディーランゲージだとか、人間としてのコミュニケーションの方法だとかを期待なんかしていない。そういうことは他にやる人がいる。英語の先生はいかにしたら英語力を向上させることができるかに集中していただきたい。ということでした。


それから、思い出したのでもう一つ、楽しく学ぶということについてもいいました。先生がいろいろ工夫してくださるのは結構だが、英語学習のように根気の要ることは、楽しいだけで済むことではありえない。大体楽しくを余りに強調するのは子供を馬鹿にした考えだ。子供にとって英語を学んで本当に楽しく感ずるのは、ちょっと楽しい歌を歌うことなどではなく、自分の英語力が高まったことを実感する時だ。英語学習の目的はあくまで英語に上達することであって、楽しくやるとか何とかは技術的な2次的なことであるのに、まるでそれを第一に持ってくる世の風潮は全く間違っている。こんなこともいいました。


こうしたことはほとんど『文科省が英語を壊す』(中公新書ラクレ)に書いてありますので、興味のある方は是非お読みください。

The Language Teacherには、どのくらいどのように載るのか、楽しみです。

2006-03-03 地球市民のいかがわしさ

地球市民」ということがいわゆる国際派の人、市民主義、人権派の人たちによってよく言われてきました。もっともらしくて表立って反論しにくい概念であるが、どうも胡散臭いと直感的に感じてはいいました。『英語を学べばバカになる』の中で薬師院さんはこの正体を見事に明らかにしてくれています。


要するに「地球市民」とはグローバル化した世界の中で、特定の民族や国家から独立した個人的アイデンティティーを持ち自発的な行為をする市民という人たちということになるが、その実態はといえば結局アメリカの多国籍企業が活躍する世界で生きるエリートたちのことなのである。ドミニク・ヴォルトンというフランスの学者が次のようにその正体を喝破しています。


「もっとも闊達にグローバル化されているのはエリートたちの文化である。この種の文化は、世界中のエリートたちが同様の文化的嗜好を持っているがゆえにグローバルなのである。彼らがしばしば、グローバルな文化>さらには<地球市民主義>などを語る傾向があるのは、そのような代物が、小さな輪の中で経験されているからに他ならない。---<グローバルな地球市民>なるものは、同じようなメディアに接し、同じような行動様式や文化習慣を共有し、世界を旅する語句少数のエリートにしか関係のないまやかしものであり、極端に言えば<空港の地球市民主義>でしかないのである。」


こういうことなんですね。まあそういう人たちが自分でそういう生活を楽しむのは勝手にやっていただいて結構なんですが、そんなごく一部の特権階級の生活に過ぎないなんていうものを、グローバル化時代のすべての人間が目指さなければならない「進んだ生き方」だなどという傲慢きわまる主張もっともらしく行い、「頭の弱い」文科省の役人だとか、マスコミだとかがそれを妄信して、一般の人に押し付けているというところに問題があります。またそれに盲従して、小学英語などを一生懸命にやろうとする人が出てくるので、その害悪たるや大変なもんです。エリートが勝手を言ってるに過ぎないくせにさも人民の味方であるかのごとき立場で主張する、といういやらしさがあります。


「これからの日本人は、「地球世界市民」の一員として暮らしていくために、いままでのような「消極的直線嗜好・行動様式」から脱却し、いわば国民1人1人が、自己のアイデンティティーに基づいた立場から「積極的曲線的思考・行動様式」にのっとった対話的なコミュニケーション能力を身に着けることが必要です。」と称して、小学校で「たとえば休み時間に廊下ですれ違った児童に『ハロー』と英語代刷する。教室以外にも英語を使う場を提供して上げる」ようなことをまじめに行っているのだ。はっきり言って馬鹿である。英語でハローのような日常挨拶をさせることがほんの少しでも「使える」英語力になるかといえば、はっきりと「ゼロ」である。日本がアメリカ植民地だったら、少しはこんなことも役に立つかもしれない。いや逆かもしれませんね、いくらアメリカ植民地だって、こんなこと自然に覚えるだろうから、学校でわざわざ教えるまでもないでしょう。こんなことをやって、どんな効果があるかといえば、唯一つまともな日本語の挨拶ができない子供が増える、すなわち日本の文科破壊が起こるだけ、これしか考えられませんね。もう一度言いますが、英語なんて神様語でも何でもありません。この程度の「呪文」を唱えてホントに役に立つことなんかありません。アメリカ崇拝の奴隷根性を形成するには少しは効果があるでしょうが、まともな仕事をするうえでも、また自己主張をする上でもこんな程度の英語など屁の役にも立ちません。


「英語を学ぶとバカになる」というのは間違いのないことです。こういう類の英語教育をやる限り、それ以外の結果は絶対に期待できません。皆さんそう思いませんか。そう思わない方は、ご意見ください。

iwaseshunriiwaseshunri 2006/03/03 23:07
岩瀬駿里です。翻訳の勉強をしていて思うことに、意外に広辞苑や漢和辞典などで自分の言葉を再点検しなければならなかったことですね。現行の英語教育なら、問題が多いと茂木さんに同感です。

hmotegihmotegi 2006/03/04 10:19 そうですね。「文科省が英語を壊す」はお読みいただきましたでしょうか?「英語を学ぶとバカになる」とあわせてお読みいただければと思います。

2006-03-02 英語を学べばバカになる

Amazonに『文科省が英語を壊す』がでています。一番売れていた時に売り上げランク、150くらいになったことがありますが、今や3万前後です。全部で、百万点弱あるうちの3万ですから絶望的に下位というわけではありませんが、発売1年半も経つとこんなところに落ちてきます。時々何位くらいになっているか覗くのですが、たまには千台になっていることもありますが、10万台もあります。そのところこの本を買った人が同じく買っている本の上位5点が出ていますが、この間見ていたら『英語を学べばバカになる』(光文社新書)という本がることを知りました。(因みにこの本は昨年5月発売ですが、現在の順位は5万です。)

早速買って読んで読んでみましたが、面白い本です。基本的に共鳴できる主張ですが、この本は「グローバル思考という妄想」という副題がついているように、アメリカスタンダードをグローバルスタンダードと思い込み、グローバラリゼーションについていくためには英語が不可欠というのは幻想、妄想に過ぎないことをそれこそ世界的な視野で、ヨーロッパの実情、アメリカの現実などを具体的に紹介しながら、きわめて説得的に説明しています。是非読んでいただきたい本ですね。5万にいる本ではありません。

私の本でもこのことは強調しましたが、この本はそれに集中して説明しているので、非常に迫力があり、参考になります。私の本は、それはいわば前提の導入部とし、さて英語は必要だが、その必要性というのは第二公用語などという日本人すべてに求められるものでは全くなく、せいぜい20%かその程度のひとにとってである。問題は実際に必要とされる人が要求されるレベルの英語力を身につけていないところにこそある。第二公用語を提案した「21世紀日本の構想」メンバー及びその同類の人たちこそがその人間に当たるが、にもかかわらずその能力に欠けていることが問題であって、国民一般にその責任を押し付けるのはとんでもない間違いであり、責任回避であることを私は主張しました。その点がこの本では余り論ぜられていないのは少々残念なことです。「武器としての英語」ということは私は非常に重視しているのですが、この本ではやや否定的な扱いもしています。それは、一部の必要な人と日本人一般とが明確に区別されていないせいではないかという感じがします。私は、国民一般に全く役にも立たない「日常会話」的な英語を教育しようという目標を掲げる文科省の考え方を徹底的に批判し、本当に使える英語はどうしたら身につけられるかということを提示しましたので、ニュアンスが変わってきたのだと思います。

神様語ではないし、グローバルリテラシーでもなんでもない英語を国民全員に中途半端に覚えさせようという文科省の方針は、確かに「バカ」をつくることにしかならないことは間違いありません。この本の主張に大賛成です。

2006-02-24 米人英語教師が茂木英語教育論に関心を示す

世界出版のホームページ(http//www.sekai-shuppan.com )は、日本語学習と英語学習の教材販売が出発点であり、英語教育論も派生的に載っています。茂木弘道の本のところに、「文科省が英語を壊す」(中公新書ラクレ)という拙著のことを紹介しておりますが、アメリカ人の英語教師からこの本に興味を覚えたので、インタビューしたいというメールが来ました。

わたしは名古屋市立大学の外国人教師のマーク・リバックmark

Rebuckと申します。

茂木先生の『文科省が英語を壊す』中公新書を読んで感動しま

した。

わたしは茂木先生とのインタビューを「全国語学教育学会」JALT

(The Japan Association for Language Teaching)

のThe Language Teacherという月刊誌に載せたら、全国の英語

の先生にとって示唆に富んだ、刺激的な物になると思います。

特に外国人の英語の先生は茂木先生の意見に触れることができ

ないので、ぜひとも英語でインタビューを書きたいと思います

。『ハンバーガー英語』教育に偏っている多くの外国人の英語

の先生にとって考えされせる話になると確信しています。

『文科省が英語を壊す』に書いてあることについての茂木先生

の意見、とくに受験英語の重要性、英会話重視と学力低下との

関係、英語教育においての大学の役割などについてもうちょっ

と詳しく聞きたいです。The Language Teacher の編集長と話

して、もし茂木先生とのインタビューが実現したら、その記事

を掲載することの承諾をうけました。

茂木先生はとてもお忙しいと思うのですが、一度、お会いして

お話を直接うかがうことはできないでしょうか。インタビュー

は英語でも日本語でもかまいません。インタビューに承諾して

もらえばまえもって質問を送っておきます。もちろん、原稿を

出す前に茂木先生に送りますので、内容を確認してもらえます

。ぜひご検討してください。お返事を楽しみにしています。

正直嬉しいですね。正論を言っているつもりですが、なかなかベストセラーにならない悲哀をかこっていましたが、やっぱり分かってくれる人がいるんだ!というのが率直な感じです。有頂天になっているわけではありませんが、インタビューを断るはずはなく、3月の上旬においでいただくことになりました。

本当の話、英語は神様語でも何でもありませんし、ちょっとした英会話などはほとんどものの役にはたちません。国際化と日常程度の英会話ができることとの間にはほとんど何も関係はありません。随分英語をやってきたつもりなのに、アメリカ人と会ってみたら全く会話ができない、聞き取れないし、言葉がちっとも出てこない。多くの人がこういう体験をして愕然とする。そして一体自分の習ってきた英語はなんだったんだと思うようになるわけです。しかし、本当は愕然となどする必要はないのです。英会話はスポーツなんです。いくらテニスのやり方を教室で教わっても実際テニスをやってみたらちっとも思うようにできない、といって愕然とする必要がないのと同じで、英会話というスポーツのトレーニングを「すればよい」だけのことです。そうすれば、それまでにやってきた英語が生きてきてものをいうことになるのは言うまでもありません。それを本末転倒して、自分ができないからといって「英会話こそが英語力主体」などと思い込むとろくなことになりません。

使える英語、というものを良く考えていくと、それはちょっとした日常会話などではなく、ビジネスができる英語力だ、ということが分かってくるはずです。ビジネスとは広義に考えて、要するに仕事です。いわゆるビジネスマンが圧倒的に数が多いでしょうが、大学の研究者官僚なども当然含まれます。海外と関連する仕事をする人がその仕事を不自由なくできる英語力、それが使える英語です。ビジネスというと会話、とすぐ思う人もいるかもしれませんが、屋台の夜店ではそうかもしれませんが、圧倒的多数の主流のビジネスは、文書が第一です。正確に読めなければ仕事になりません。そして書けなくては。特にインターネット時代は、大量の文書をスピーディーに処理しなければなりませんので、読む力、そして書くちからが以前にも増して要求されます。会話「も」必要というべきであって、プライオリティーからいったら、読み、書き、の次になることは少しでも仕事をしてみれば当たり前のことです。なのに、読解中心、文法重視の英語教育がいけないなどといっている最近の英語教育の主流、文科省の考えは、全く現実からかけ離れた空論です。小学校英語などはこの空論の最たるものです。Rebuck先生にお会いするのを楽しみにしているところです。

2006-02-23 南京事件研究の最前線

一昨日の東京財団における東中野教授の「南京事件研究の最前線を語る」は、大変な関心を呼んだたようで、通常の虎ノ門道場参加者200名を大きく上回る320名が集まりました。講演内容も大変説得力のあるものだったと思います。多くの知人友人も目からうろこが落ちた、という感想をいっていました。単に虐殺の数が30万なんて多くはない、もっと少なかったなどということではなく、当時国際法違反の殺害を目撃したか、または死体(戦闘による)は多くの人が見ているが、それを虐殺によるものである、といった人は皆無である、という事実から、実態を推察すべきであるということを資料に基づいて示されたわけです。さらに決め手というべきことは、国民党の当時の宣伝部の極秘資料、そして宣伝処長曾虚白の自伝などによって、ティンパーリの「戦争とは何か」という英文書が、宣伝部がティンパーリーに金を与えて作らせたものであることが明らかになったことです。もう一つ大事なことは、南京大学の教授で聖職者のベイツが、陥落後の虐殺の饗宴のストーリーをニューヨークタイムスなどの記者に渡していたにもかかわらず、そうしたことが起こったという記録は当時の国際委員会の資料にも、ボートリンなどの記録にも全くないこと、4万に虐殺のうち1万2千は民間人であったという彼の「戦争とは何か」への匿名の寄稿は、全く根拠がないこと、そして極めつきは聖職者面した彼が国民政府の顧問であったことです。その彼が、東京裁判できわめて重要な証言者であったということです。

会場で話をききながら、虐殺狂信者は果たしてここへ来ているのだろうか、もしいたとしたらどう思っているのだろうかということです。日本軍を悪鬼のごとき存在と仮定しないととても成り立たないようなことを荒唐無稽な虐殺話を本気で考えている彼らですが、東中野教授が、冒頭で紹介したカティンの森の虐殺事件の事を見ていけば、そうそう簡単に大量虐殺などできるものではないことが良くわかるはずです。カティンの森では、ポーランド将校を中心とする兵士1万数千人が虐殺されたことは今でははっきりと確認されています。何しろポーランド将兵殺害の秘密命令をスターリンが出したことが文書で確認されているのですから。ナチの仕業と言い張っていたウソのことはともかく、この1万数千の虐殺を行うのはそうそう簡単なことではなかったということです。まず徹底的に重要なのは、トップからの命令です。それなしで軍という官僚機構は大掛かりな虐殺など行えるはずもありません。トップの命令があったればこそ、まずGRUが管理している厳重に立ち入りをコントロールできる「場所」を虐殺の実行場所として確保できるわけです。次にちょっとした穴掘りでは、1万数千の死体を見えなく埋葬などできません。そこで死体埋葬実行部隊が動員されなければなりません。スターリン命令に基づいているので、囚人部隊をその実行作業隊員として動員することができ、そうしました。深い穴を掘り、死体を12層に重ねていたといいます。そして完全に隠蔽したわけです。その作業は大変なものであったからこそ特別作業部隊が動員されたわけです。残念ながら、立ち立ち入り禁止地区はドイツ軍に占領され、そしてついに死体が見つかったというのがカティンの森の虐殺です。

南京を考えてみるとこのすべてがかけています。1)虐殺命令など全く出ていなかった。2)埋葬部隊の動員など全くなかった。3)埋葬は、紅卍会が行ったが、何も秘密ではなく、又立ち入り禁止地区もなかった。4)立ち入り禁止地区などなかったので、どこにも新聞記者は取材にいけた。5)埋葬されたのは敗残中国兵の遺棄死体であることは当時誰も疑わなかった。その証拠には、そうした死体の存在は誰もが知っていたが、誰も(たった一人も)それが虐殺死体であると「当時」言ったという記録はない。

これ以上あげるのは馬鹿らしくなりますが、要するに「マオ」でユアン・チアンが、毛沢東を非難して南京虐殺のことを触れていないのはけしからんとおろかなことを言っていますが、なかったのだから毛沢東も書かなかった、それだけのことなのであります。結論はきわめて明快です。(それでもわからない、狂信的日本悪者教徒が存在するようですが、死ななきゃわからないとしたらお気の毒としか言いようがありません。)

確かにこうしたおろかな狂信者と議論している場合ではない、というご忠告はその通りと思います。しかし、こんな馬鹿なことばかりをしているわけではありませんで、東京財団と協力して、THE NANKING MASSACRE: Fact Versus Fiction の海外有力者への送付、インターネットによる発信、そして様々な海外発信活動も粉いつつあります。WILL3月号の「南京虐殺はブラック・プロパガンダ」を是非お読みください。これから海外に向けでどんどんやっていきます。是非ご協力ください。

2006-02-17 「南京事件」研究の最前線を語る

今週はいろいろと会が多く、夜日記を書く時間がなかなか持てない。今日も夕方から「頭山満生誕150年祭」が行われるのでそれに出席しなければならない。発起人の末席に名を連ねている。頭山満というと右翼の巨頭という発想しかもてない人が大部分だろう。孫文を庇護しその革命運動の最大の援護者であったことまでは知っている人はいるかもしれない。それはほんの一部分のことだ。蒋介石も一時失脚した時に日本に来て、頭山の庇護を受けていた。インド独立革命家ビハリ・ボースがイギリス政府の要求で日本から追放されそうになった時に、あわやのところをかくまうことに成功し、彼は後にインド独立義勇軍を組織することになったことも是非知っていただきたいことだ。

大体右翼国家主義だというが、頭山の玄洋社の三つ信条がどういうものなのか知っていますか? 第一条 皇室を敬戴すべし 第二条 本国を愛重すべし 第三条 人民の権利を固守すべし とこの3か条です。玄洋社こそ自由民権運動の正当な継承者と考えるべきなのです。人権は国権によってのみ守られるわけですから、国権の伸張に勤めずして人権なし、自由民権を考えるならいわゆる民族主義運動を行わざるをえなかったわけです。

ところで、すでにお知らせしましたが、来週21日(火)に東中野教授の南京事件についての講演があります。題して「『南京事件』研究の最前線を語る」。南京事件なるものは全くの虚構であることはすでにはっきりしている、勝負はついているということを再三述べてきましたが、この講演を聴いていただけば、なるほどそうだと納得していただけるでしょう。是非聞いていただきたいと思います。それでも疑問だという方はどんどん質問していただけばよいわけです。(もっとも、南京事件が否定されると困る人、生きてはいけない人?!はお聞きにならないほうが良いかもしれません。どうにもならなくなるでしょうから。)30万はともかく、大量虐殺はあったに違いないということを漠然と考えられている方も多いと思います。しかし、それはまったくの間違いです。結局のところ第三者による虐殺の目撃証言ゼロ、写真ゼロという厳然たる事実に象徴されるように、数の問題ではなく、火のないところに煙を立てたブラック・プロパガンダであったというのが南京事件の本質です。

21日(火)12時30分より、東京財団虎ノ門近く、日本たばこ本社の向かい)1Fにて。無料ですが、座りたかったら早めにいかれることをお勧めします。 

iwaseshunriiwaseshunri 2006/02/20 20:50
岩瀬駿里です。明日、有給休暇が取れたので講演を聴いてみようと思います。

 確かに、頭山満氏などの「民間」の善意があっ
たから、インド独立運動の芽を潰さずいられた。
左翼が思い浮かび易い日本政府にご追従する「右
翼」なら、引き渡していたでしょう。頭山満氏の
政府に安易に頼らず、自らで頑張る姿勢には今も
敬服しています。
 ただ、日本政府がイギリス政府に屈せずに官民
共々がんばっていれば、というぼやきもあります。

hmotegihmotegi 2006/02/22 14:29 東中野先生に質問されていましたが、講演のご感想はいかがでしたか?非常に説得力のあるお話で、目からうろこの思いをしたかたが多かったと思います。勿論懲りない面々は「それでも太陽は動いている」とがんばるのかもしれませんね。気の毒な人たちです。

日本政府がイギリス政府に屈せず、というのは日英同盟かでは無理な相談かと思います。単に屈するとかどうとか言うことではなく、違法行為を行ったものを居留させるることに抗議してきているわけですから。だからこそ、頭山らの民間人の役割が生まれてくるわけです。官民一致してというのがいつも良いとは限りません。

odakinodakin 2006/02/23 03:06 http://d.hatena.ne.jp/travieso/20060216/p1
ここから来ました。
こんなところで日本人相手に書いてる暇があったら、Wikipedia(文字通り世界中の人が読んでいます)で直接中国人とやり合った方が何千倍何万倍も世界の世論への影響力が大きいのではないかと思いますが、そうしないのは何故なのでしょうか?
http://en.wikipedia.org/wiki/Nanjing_massacre
http://en.wikipedia.org/wiki/Talk:Nanking_Massacre
「数十万人の市民を嗜虐的にレイプし殺害した」というのが世界の「定説」になっている現状を少しでも改善しようという風には御考えにならないのでしょうか。

iwaseshunriiwaseshunri 2006/02/23 06:50
 岩瀬駿里です。有給取って出席しましたが、東中野教授の次回作が楽しみです。講演前半は簡単に今までの南京論争をまとめ、後半は台湾の情報公開によって南京事件の本質は国民党宣伝の「政策」だったことを触れていました。産経抄でクリント・イーストウッド監督と噂された南京映画は実は、ハーバード出の監督だそうで意外でした。東中野教授を訪れたのはもしかして『ラストサムライ』の監督でしょうか。
 ただ、残念なことは東中野教授も言っていたように米国人は南京に無関心だというぼやきですね。
 
 さて、はじめまして、odakinさん。WILL3月号をお読みください。東中野修道教授の英訳本3000冊がすでに海外の日本研究者に配布されたそうですし、英語版webを立ち上げるということです。私も技術翻訳を勉強して翻訳の世界をかじったことがありますが翻訳というのは難しい。プロに訳して貰い、ネイティブチェックを受ける。こういう段階を踏まえなくてはならないと思います。
 私も英訳したいところなんですが、ネイティブチェックを頼める言語感覚に鋭い英米圏の友人がいないので私1人では限界があります。
 その点、東京財団さんはこの点をクリア出来るものと思います。

iwaseshunriiwaseshunri 2006/02/23 07:02
岩瀬です。私も98年年頭に、当時大学生でしたが、
「対日誤解を正そう 『正しい日本の歴史』英語で発信 相次ぐ動き」

 で素人ながら慰安婦問題を英訳化して公開していましたが、翻訳の勉強をしてみるとこれは恥ずかしい。日本の英語教育はめちゃめちゃです。
 英訳、英訳と言いますが、段階とういうのがあるのです。

will
be going to
be to

これらを=で結ぶような日本の英語教育で発信するようでは更に誤解を生むだけです。

iwaseshunriiwaseshunri 2006/02/23 07:12
>こんなところで日本人相手に書いてる暇があった>ら、Wikipedia(文字通り世界中の人が読んでい>ます)で直接中国人とやり合った方が何千倍何万>倍も世界の世論への影響力が大きいのではないか>と思いますが、そうしないのは何故なのでしょう>か?

 要は信頼できる(能力が)ネイティブチェッカーがいないということ。下手な英語で書き散らして良いならいつでも可能ですが、私は30なので土日くらいしか暇がさけません。また、一般の米国人はほんとうに南京に無関心らしいので、私としては『日本の歴史』webを立ち上げてそれから枝を広げるつもりです。

odakinodakin 2006/02/25 23:03 仰ることがよく分かりません。
 マボロシ派には英語が使える人が一人もいない、という事?南京大虐殺(でも南京事件でもいいけど)の一次資料には英語で書かれた物もかなりあると思いますが、マボロシ派の学者さんにはそれらの一次資料を読んでる人が誰も居ないの?
 あと「下手な英語で書き散らして」全然いいんですよ。文章がおかしいのはいくらでも直してもらえます。国際公用語としての英語は只の道具です。流暢じゃないとか笑うような低劣な人間には「おまえは恥ずべき植民地主義者である」と事実を指摘してやればよろしい。
 問題は文章ではなくて中身です。このままでは、論破されるのが怖いから日本に引きこもってる、と思われてもしかたがないのでは。

2006-02-13 ゆとり教育

11日(土)に、東京都教育連盟結成大会が開催されたということです。。紀元節の祝典があったので、聞いてはいたが出席できなかった。是非日教組をしのぐ組織として発展していただきたいものです。友人から、状況を知らせてきてくれました。西沢潤一、米長邦雄両氏の記念講演で、「国語教育こそすべての基礎。昔は週17時間、大正時代でも週12時間教えられていたのに、今はそれ以下である」といっていたそうです。その通り、それ以下なのですが、そんな言い方はことの本質を全く外れた極楽トンボ的な言い方です。これでは、いまはそれ以下の週10時間くらい国語が教えられているかのような言い方ではありませんか。普通読めばそう理解するでしょう。実際はどうかというと、国語に時間が一番多い2年生で、週8時間です。一番少ない6年生になると、週5時間!なのです。6年間平均すると6.5時間。で昔の3分の1強、大正時代の2分の1強というのが実態なのです。

この現実をよくよく認識してもらわないと困ります。英語、パソコンなどに取られているといいますが、それは枝葉末節です。「知の爆発」(東大の小宮総長は、現代をそういう言葉で表現し、その一つの事例として光合成酸素が形成され、燃焼によって炭酸ガスと水になっていく循環の説明が、大学の段階でも30年前にはきわめて単純なものであったのが、現在ではその数十倍の説明になっている話をあげています)の時代だというのに、何と「ゆとり教育」なる寝言によって、小学校、中学校の授業時間が、大幅に削られているのです。それに加えて、何も小学校で全員に教えなくても良いようなパソコンだとか英語だとか、さらには総合の時間というわけのわからない時間を設けたりして、肝心要の国語、算数を大幅に減らしているのが、「ゆとり教育」なのです。理念はいいが、などというおろかなことを言う人がいますが、理念が根本的に間違っていることを認識しないととんでもない結果が生じてしまいます。

米長さんはいいことも言うのですが、かつて話をする機会がありましたが、「ゆとり教育」を擁護して、要するに「座学」とそれ以外のものとのバランスの問題なのだ、といった全く頓珍漢なことをいっていました。「知の爆発」の時代に基礎知識を学ぶ時間を大幅に減らして、いったいどうなるというのでしょうか。何もただ本を読んで勉強すればいいとかそんな問題ではなく、基礎的に学ばなければならないことが増えたら、考えるべきことは座学がどうとか言う寝言ではなく、必要な基礎知識を学ぶための「時間を増やす」ことこそ考えるべきことです。その上で、座学以外のこともおおいにやればいい。好きな子には将棋もやらせればいい、とこういう風に考えるのがまともな考えというものでしょう。世の風潮に惑わされて、勉強だけが能ではないという、それ自体は当たり前だが、じつはとでもない破壊的な効果をもたらす言説を撒き散らしていたのでは、「教育」など語る資格はないというべきでしょう。

khosokawa_2005khosokawa_2005 2006/02/20 16:06 ほそかわ・かずひこです。
お久しぶりです。
私もBLOGをやっています。これから時々お邪魔します。
よろしくお願いします。

2006-02-10 WILLの反響

WILL3月号に掲載された「南京虐殺中国のブラック・プロパガンダ」と題する拙文に対しては多くの方から共鳴ご支持の電話が寄せられ、大変感謝しております。「本当にそうだ。いまこそ、反撃のホワイトプロ・プロパガンダをやるべきだ。本当は、外務省がやるべきなのだが、いくら言っても期待できないから、民間でまず声を上げるべきだ。ささやかだが寄付をさせていただきたい。」というのが大方の声です。是非ご期待にこたえるべくがんばっていきたいと思います。まだホームページが完成していませんで、寄付していただくための講座が公表できませんで、お待ちいただいております。できるだけ早くスタートしたいと思います。

またWILLの文章の中に2月21日に東京財団東中野先生の南京についての講演があるというのを読んだといって、広島の方からどうすればその話を聞けるのか、というお問い合わせをいただきました。溜池のアメリカ大使館の正門から出てきた角に、元NCRビルだったところが、現在日本財団ビルになっていまして、その中に東京財団があります。12時30分からですが、少しお早めに行かないと座れなくるかもしれません。無料です。電話は、03−6229−5502です。是非お聞きになることをお勧めします。

日本に戦争を仕掛けたのは中国、正確に言えば中国共産党である。この歴史事実はいまではいやというほど明らかになってきている。「マオ」もその傍証をおおいに提供してくれている。最近発売された月刊「カレント」2月号の<主張>欄に次の文章を書いたところ、これもかなり反響があるということです。

中国こそ歴史認識を正すべきである」

 いわゆる歴史認識なるものを中国は事あるごとに持ち出して日本を威嚇してきた。あたかも自らが真理を独占しているかのように居丈高に説教すらする始末である。

 では日支事変の発端となった盧溝橋事件は誰が引き起こしたものか教えてもらおうではないか。日本軍が起こしたなどと本気で考えてでもいるのか。なら正しい歴史的な事実を教えてあげようではないか。

 盧溝橋事件の真犯人は中国共産党である。二九軍に潜入していた共産党兵士が仕掛けたものである。一九三七年七月七日夜一〇時四〇分の最初の発砲から七時間後八日朝五時三〇分、四回目の発砲があった後初めて日本軍は反撃を開始した。ところが驚くべきことに、その八日共産党は延安から各地の新聞社、軍などに七日夜日本軍が攻撃という電報を発しているのである。事前に計画していなかったらとてもできない早手回しである。

 中国側から発砲したことは一一日に結ばれた現地停戦協定にはっきり書かれている。さらにその三項では、事件は共産党など反日団体の指導に胚胎することが多いので今後これを取り締まる、と明記されている。二九軍指導部はハッキリはつかんではいないものの怪しいとにらんでいた証拠である。実際に現在明らかになっているように、副参謀長をはじめ、旅団長、宣伝副処長、情報処長など大量の共産党員が潜入していたのである。

 事件を起こしただけではない。これを全面衝突に拡大すべく停戦協定違反を繰り返したのも共産党である。コミンテルン指令の一項「あくまで局地的解決を避け、日中の全面衝突に導かなければならに」に従ってのことである。

 そもそも日本軍中国内に駐屯していたのが悪いとでもいうのか。義和団事件で在留外国人の安全を守れなかったことから、その後に結ばれた議定書で八ヵ国が駐兵権を認められたことをご存じないのか。この条約に基いて駐兵していた日本軍を非難する資格など全くないのである。

 正しい歴史認識を求められているのはどちらなのか明らかである。謝罪をすべきはどちらなのか?

全くあべこべに、こちらがひたすら謝り続けていたのではまともな日中関係など築けるはずもないだろう。ウソから出たマコトという言葉もなくはないが、緊急やむをえない場合はともかく、ウソをあたかも本当であるかのような前提の日中関係は決して両国にとって良いものをもたらさないはずである。