2011-10-04 ゆれる

□爺猫記□
爺様の病発覚から、もうじきひと月が経とうとして居る。長くはもたぬ腎臓の病だ。気休めと知りつつも、腎兪や百会などのツボを指圧し、やんわりと撫でさすってマッサージを施す。一日の大半を眠って過ごしては居るけれど、たまに起き出しては水を飲んだり、トイレに行ったり、天気の良い午前中には、窓辺に日向ぼっこすることも在る。朝晩は特に外気が冷たくなってきたので、毛布の寝床の中へ湯たんぽを入れてやる。しかしながら餌を殆ど口にせず、徐々に血の気は薄らいできて、体温も下がってきて居る。ああだこうだ抗わずに腹を括り、延命治療もしない、などと格好良く啖呵切ってはみたものの、いざ蓋を開ければ、こうして日に日に弱ってゆく爺様を看ながら、甚だ情けない程、おろおろとゆれて居る始末だ。この体たらくの甲斐性無しめ。
昨晩の寝床の腕枕。爺様の細い寝息が、肩口に預けた小さな顔からこぼれてきて、そっと額に頬を寄せてやると、力無く伸ばした前足が、乳房の上に軽く置かれた。まるで眠りながら無意識に寄る辺を求めるみたいな様に、堪らずその上へ我が手を重ねれば、爺様が寝息の隙間で、ニャとひとつ、ひどく小さく鳴いた。それまで辛うじて押しとどめて居た感情が、どっと溢れ出す。嗚呼、そうだ。この小さな命。この小さな命を預かって居るのだ、私が。本当に是で良いのだろか。他に手立ては無いのか。もしかしたら、未だ手の施し様が在るのではないか。ならば嗚呼、もっと一緒に居たい。生きさせてやりたい・・・。ゆれた心が乱れて縺れて、頬を伝った塩辛い涙は、耳元から枕へ落ち、そうしてやがて冷たくなった。
独りの時間は、カーディガンをひたすら編み続けて居た。尋常でないくらいに没頭して居ないと、またゆれてしまうのが怖かった。丁度、そんな矢先だった。小野さん(id:sap0220)のところのさぷ氏が、遠く旅立ったことを知る。ようやく苦痛から解放されて、のんびり昼寝したり、好きなもの食べたり。穏やかな日々が待って居るのだろな。ねえ、さぷさん。そっちはあったかですか?





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生き死にの淵では、ただ無力で、僕の場合は自分の至らなさや身勝手さだけが露わになって嫌になりますが、感謝の気持ちのおかげで救われています。
ホビさん、爺様、こっちはあったかですよ。そっちとおなじように。(さぷ)
>心臓の病気で長くはないことがわかってました。
そうだったのですね。闘病は猫自身が辛いのは勿論ですが、それを看る周囲も辛いし、命を見送るのには幾度立ち会おうとも、慣れると云うことが決して無いのですよね。私も延命については悩みましたが、例えば、もう手の施し様も無い余命二ヶ月と云うのを、ああだこうだいじくって、僅か一週間でも延ばすことが、本当に必要なのか、と。我々人間の勝手なのじゃないか、と・・・。
どうせ見込みの無い病なら、ホスピスとまではゆかなくとも、できるだけ苦しくないよに、穏やかに、残された日々を看てやりたいな、って。けれど、人間なんてのは、実に容易くゆらぐ生き物ですから、ここへ来て、じたばたと悪足掻きして居ます。爺様に呆れられそうです。まぁ、今更良い主ぶろうってのが、そもそも無理なんでしょうけれど(苦笑)。
>感謝の気持ちのおかげで救われています。
ええ、そうですね。私も爺様への感謝の気持ちは、それこそ言葉では云い尽くせぬものが在ります。だからこそ、主である私が、しっかり気持ちを持たなくてはいけませんね。
さぷさんには、いずれ爺様があちらに行きましたら、是非仲良くしてやって頂きたいです。どうぞ宜しく・・・。