空とタマ—Autumn Sky,Spring Fly

空とタマ―Autumn Sky,Spring Fly (富士見ミステリー文庫)
空とタマ―Autumn Sky,Spring Fly (富士見ミステリー文庫)鈴木 大輔

富士見書房 2006-07
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ストーリー

訳あって家出をした少年の忍び込んだ寂れた建物(納屋みたいな感じか)には、少年より先に何者かが建物の二階部分に陣取っていたのだった!少年は二階に陣取る邪魔な何者かを追い出そうとし、二階の何者かは追い出されまいとし、かくして戦いは勃発する!しかし、家出少年が持っていた「ある非常に大切なもの」を二階に突貫した時に落としてしまい、それが原因で物語は意外な方向へと展開していくのだが・・・?というお話。

良い方向に裏切られた

失敗した。明らかに大失敗した。なんでこの本をもっと早く読んでおかなかったのかと後悔してしまった。
読み始めこそ主人公の少年を「よくある中二病っぽい記号的な少年」かと思っていたのだけれど、読み進めるうちにどんどんと肉付けがされていき、中盤に差し掛かるころにはもう完全に魅入られてしまった。二階に陣取る「何者か」にも徐々に興味以上の何かが湧いていき、最後の方では食い入るように物語を追ってしまった。
この「不思議な戦い」の後のやり取り、そして少年の最後の祈りに、読み終わった時得体の知れない感情が脳みそから溢れそうになっているのが分かった。この気持ちに名前をつける気になどさらさらなれない。それはこの物語を侮辱するような気がする。

どんな本だったか?

多少のネタバレを許してもらえるのであれば、これは「再生」の物語と言うことが出来ると思う。この話の主役二人は「家出人」なのだ。どこかで行き詰っているのだけは間違いない。少年も、そして二階の何者か(少年は「タマ」と名づける事にするのだが)も、隠れるに足る傷を持っている。それが二人が偶然触れ合うことによって、新しい何かに生まれ変わっていく過程を描いた話なのだな。この本は。

祈りの言葉

無関係ゆえに安易な言葉であったり、無力であるがゆえにその場限りの言葉を人は良く口にする。社交辞令として、挨拶代わりとして。大抵はこうした言葉のやり取りは真剣に考えれば考えるほど馬鹿らしくて唾棄したくなるものだけど、この物語は色々な背景と仕掛けとを用意して、「無関係」で「無力」だからこそ紡ぎ出せた、「地の底から天に向かって真っ直ぐ伸びていくような美しい祈り」の言葉を作り出している。素晴らしいと思った。

結論

文句なしの星5つ。
この話の登場人物は殆ど二人に絞られると言っても良いので、この二人に感情移入できない場合は読了が苦しいだろうし、駄作に感じる可能性もあるだろうけど、その程度のリスクを払ってでも読む価値はあるだろうと思う。
個人的な意見としては十代ではなく、少なくとも二十歳以上の人に読んでもらいたいと思った。人生にそろそろ閉塞感を覚えて、徐々に道が狭まってくることを感じ、逃げようのない諦観が心に徐々に付きまとい始めた年齢の人たちにこそ読んでもらいたい。主人公の少年の言葉は疲れたおっさんの心に刺さる真っすぐさがある。
この本は、どこのサイトで薦められていたのかもう分からないけど、とにかく評価していた皆様に感謝。この本による私の幸せな読書体験はあなた方のおかげなのは間違いないです。

おまけ

この本を気に入られた方は宮本輝の「錦繍(きんしゅう) (新潮文庫)」を読まれる事をお勧めする。ちょっとテーマは大人っぽいけど、こちらも再生の美しい物語だしね。