Hatena::ブログ(Diary)

法華狼の日記

2008-07-21

[][]毎日新聞英字サイトコラムWaiWaiが断り書きをしていた件について少し

WaiWaiコラムは、外国人読者からも三面記事視されていただろうことは、当初から想像がついていた。

そして実際に、紙面で掲載されていた時期から但し書きがあったという。

毎日新聞社:英文サイト問題検証(1)*1

 担当記者は、正確さが問われるニュース記事と「WaiWai」とは別の扱いと考えていた。このため、紙面でもサイト上でも「雑誌記事の翻訳で、表現やその内容には責任を負いません。記事の正確さについても保証しません」との趣旨の断り書きを英文で載せていた。

これで、WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判に、大きな疑問符がつく。正確さを保証しないという断り書きがされたコラムが信用されたならば、まず問題は読者にあるのではないだろうか*2

これでは、戦前日本で従軍慰安婦が合法的だったと「事実」と称して主張した人々こそ、ずっと問題だったろう。外国新聞社*3サイトの1コラムにすぎないWaiWaiに対し、ワシントンポスト本紙の意見広告なのだから、その影響力は比べるべくもない。

 しかし、「ネット上では毎日新聞の記事と区別しない人がいたので、毎日にとってよくないかもしれないと思っていた」と振り返る。

この把握は不正確だろう。問題視するまとめサイト等では、意図的に同一視していた感がある。新聞記事とコラムを意図的に混同し、毎日新聞自体をタブロイドと同程度に見なす発言もネットに散見された。

責任の所在が毎日新聞社にあることは変わらないが、記事の信用性を同程度に担保しなければならないという考えになると疑問だ。同じ系列だからといって『夕刊フジ』と『産経新聞』に同程度の信頼性があると考えるようなものだろう。もちろん、どのような媒体であっても強い信頼性を確保するべきという意見は、それはそれで正しいのだが。

 一方、著作権について、担当記者は知識も理解も十分ではなかった。

 「WaiWai」の執筆に加わった当初、ベテランの外国人ライターから「我々がやっている引用は許容範囲だ。単なる翻訳でなく、解説や説明も入れているから」と言われ、十分に検討しないまま大量の翻訳を繰り返していた。読者を引き付けようとして、元の雑誌記事にない個人的な解釈を盛り込むケースもあった。

どちらかといえば、これが問題だったと思う。引用と要約、解説はきちんと区別できるように表記するべきだった。

そういえば産経新聞において、共同通信から配信された記事で、統一協会に祝電を送った安倍官房長官(当時)という表記が削られたという話がある。買った通信社記事の要約は新聞社の自由だが、少しばかり間が悪い感はある。

iza:イザ!

*1:強調は引用者。

*2:断り書きしても、多少の責任があるという考えまでは否定しないが。

*3:外国人読者から見ると、毎日新聞は外国の新聞社。

BigHopeClasicBigHopeClasic 2008/07/22 15:54 >表現やその内容には責任を負いません。記事の正確さについても保証しません」との趣旨の断り書きを英文で載せていた。

そうすると、次はその断り書きがどの程度わかりやすく載っていたかという論点に移行しますね。
商品の約款でも、あまりに小さい字であったり、膨大な分量の中に紛れ込んでいるような表示のものは、じゅうぶんな説明がなければ契約無効の原因にもなります。
そのように考えると、こんどは全記事削除した毎日の判断に疑問がつくわけで、誰の目にもわかるようにそのような注意書きがしてあったのか否かが今となっては検証できないですから。

hokke-ookamihokke-ookami 2008/07/23 08:08 http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080624/1214352762
その点は、すでに上記コメント欄で書いたのですが、「しかしそれでも、やはり閉鎖は過剰反応だったと思います。何が良くて何が悪かったかの検証にもなりませんし」という懸念が当たったかな、と。
個人情報が出ているわけでもなければ、戦争犯罪を肯定しているわけでもなく、コンテンツ全体を即座に破棄する必要性は、もともとなかったと思っているです。検証した後に、コンテンツを存続させるか、注意書きの表記を変えるか、全て削除するか、ゆっくり結論を出しても間に合ったのじゃないか、と。

asahichunichiasahichunichi 2008/07/23 16:29 まあ外国の新聞の電子版を読むような人達は、だいたい読むマスコミが信頼できるかどうかはわかっていますからね。
海外の面白ニュース程度にしかみていないでしょう。それに注釈がつくニュースはだいたい信頼性が低いニュースですからね。
読売テレビ系のミヤネ屋がまたこの問題を取り上げたらしいですが、プロデューサーが左遷らしいです。読売グループ自体がエロ記事や低俗番組でのし上がってきたマスコミですから(読売新聞は戦前、新聞界初の裸を載せて部数を伸ばしたらしい)、読売テレビサイドが矛先が今度はこっちに回ると思ったんでしょうか。
ネット上では毎日の次は産経だといきまいている人もいますし。だから大マスコミが読売テレビ以外報道しないんでしょうね。

hokke-ookamihokke-ookami 2008/07/24 08:59 テレビと新聞とネットでは、それぞれ求められる信頼性も違うでしょうし、今回の騒動がそれを考える契機になればいいのですが、どうにもそうはならなさそうですね。

ちなみに、WaiWaiを批判していたまとめサイトは、もともとはWaiWaiの閉鎖を求めていたそうです。となると毎日新聞は相手のクレームに真摯に応じてバカを見ている、などというとらえかたができなくもないわけで……

sugarisugari 2008/07/25 16:54 >>しかし、「ネット上では毎日新聞の記事と区別しない人がいたので、
>>毎日にとってよくないかもしれないと思っていた」と振り返る。

この文章って、騒ぎが起こった後「区別しない(日本)人がいた」では
ないと思うんだけど。
海外で区別しない人がいて、それを認識していながら、
掲載を続けていたって文章なんじゃないのかな?

hokke-ookamihokke-ookami 2008/07/26 01:28 なるほど、「振り返る」という文章や、GIGAZINEのエントリから考えると、海外の読者がどの程度まで毎日新聞本体と切り分けて見ていたかと考えるのが自然ですね。

SimaSima 2008/07/26 09:03 日本語の検証記事では但し書きは全文翻訳されていませんが、英語版には全文引用されています。”WaiWai stories are transcriptions of articles that originally appeared in Japanese language publications. The Mainichi Daily News cannot be held responsible for the content of the original articles, nor does it guarantee their accuracy. Views expressed in the WaiWai column are not necessarily those held by the Mainichi Daily News or the Mainichi Newspapers Co.” WaiWaiの記事は原文を改編し内容を付け足したものですからトランスクリプト(an exact written or printed copy of something/ロングマン英英)ではありません。但し書きから誇張があるのです。毎日新聞が責任を負わないとしているのはオリジナルの記事の内容だけです。訳者が改変付け足した部分については毎日新聞の責任であるため記事の全削除という対応を取ったのではないでしょうか。

hokke-ookamihokke-ookami 2008/07/27 05:35 >但し書きから誇張があるのです。

「誇張」という言葉の使い方がおかしい気がしますが。
あと、誇張や説明付記について明記してなかった問題は、このエントリで引用している検証記事だけでも充分わかると思います。

>訳者が改変付け足した部分については毎日新聞の責任であるため記事の全削除という対応を取ったのではないでしょうか。

文責があるということと、信頼性を担保することは違いますよ。正確な引用や転載でも、文責は基本的に引用者にあります。
コラム内容が引用であり責任を取らないという断り、そしてコラム情報の信頼性も保証できないと注意した但し書きがある場合、“引用ではない部分の信頼性を保証する”という意味にはなりません。

そしてもちろん、誇張されていると読者が知らない限り、コラム著者が書いた部分だけ信頼するなんて芸当はできないはずです。
いいですか、このエントリで疑問符をつけたのは「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」です。

ついでに、よく付け加えとして話題になる「南京大虐殺の後継」は、それ自体は必ずしも誤りといえません。

kankan 2008/08/18 21:42 正確さを保証しないという断り書きがあるから、外国人が信用する危険性を盾とした批判に、大きな疑問符がつく、という趣旨は全くの屁理屈であると考えます。

危険論と責任論の話を混同しています。

「断り書きがされたコラムが信用されたならば、まず問題は読者にある」という問題提起にスリカエがあります。仮に、信用するか否かの責任が読者にあるとしても(私はその論に与さない)、問題雑誌記事を信用する外国人を増やすリスクを冒していることに変わりないからです。言い方を変えれば、あの問題雑誌記事の英訳を載せるなんてことをしなければ、そもそも外国人が目にする機会が格段に減るから(アクセス数から明らか)、「誤って信じてしまう」外国人も減るわけです。もっと世俗的にいえば、「(信じることの)責任がどっちにあろうが、サイト掲載行為が危険を増やしている」。

あの問題雑誌記事を信用してしまうような「問題ある読者」は存在し得ない、という客観的状況があれば、「外国人が信用する危険性を盾とした批判に、大きな疑問符」をつけなければなりません。例えば、「ウソであることを保証する」断り書きを毎日が付していたならば、「危険を増やす」という指摘は批判されるべきでしょう。しかし、実際の但し書きは「正確さを保証しない」に過ぎない。

なお、この種の誤信のリスクは「断り書き」が有ろうが無かろうが、起こり得る話です。そのリスクを容れてもなお報道すべきか否かを判断する(少なくとも道義的な)責任が新聞社にあります。

hokke-ookamihokke-ookami 2008/08/19 08:20 >危険論と責任論の話を混同しています。

「*2:断り書きしても、多少の責任があるという考えまでは否定しないが。」とエントリでも注意しているように、責任論にもふれていますよ。危険性と責任は密接な関係にあるという話です。
当然の話をしますが、危険度が有意に低くなるよう注意していれば、それ相応に取るべき責任も小さくなるものでしょう。注意書きの有無で取るべき責任が変わらないなら、PL法で注意書きが細かくなったりはしないのではないでしょうか。

>問題雑誌記事を信用する外国人を増やすリスクを冒していることに変わりないからです。

増える程度が大きく変わると推定できるのに、増えることは同じだから変わらないという論理でしょうか。
では、直後に御自身が「格段に減るから」などと書いているのはいかなる意味でしょうか。

>言い方を変えれば、あの問題雑誌記事の英訳を載せるなんてことをしなければ、そもそも外国人が目にする機会が格段に減るから(アクセス数から明らか)、「誤って信じてしまう」外国人も減るわけです。

注意書きもしていないサイト(たとえば毎日新聞を批判しているWiki)などと違い、新聞本紙のニュースと、コラムの信用性を有意に別けているため、むしろ外国人読者がタブロイド記事情報なのかどうか判別できる情報の一つとなる……という論理も成り立ちますよ。
実際、日本国内でそういうタブロイド情報が流れているのはある程度の真実ですし、それをタブロイド情報と断ってさえ国外に流通させるなというのは、表現の自由に対する攻撃とも感じます。

>例えば、「ウソであることを保証する」断り書きを毎日が付していたならば、「危険を増やす」という指摘は批判されるべきでしょう。しかし、実際の但し書きは「正確さを保証しない」に過ぎない。

タブロイド誌に書いてあることが全て嘘というわけもないでしょう。
2ちゃんねるに書いてあることが全て嘘で、まとめページに「ウソであることを保証する」などと断り書きしていないのと同じように。

kankan 2008/08/19 10:10 あの問題雑誌記事の英訳掲載に、あの「断り書き」を載せることで、「(外国人が真実であると信じる危険が)増える程度が大きく変わると推定できる」と判断するのは、私は間違い(屁理屈)であると考えますが、これは読み手の感覚だから仕方ありません。

なお、最初の段落で、「危険度が『有意に低く』なる」と言っているのに、次の段落で、「増える程度が『大きく』変わる」とズラすのは、表現のやり方としてずるいですネ。細かいことですが、いちおう指摘しておきます。

ただし、仮に、(危険が)増える程度が大きく変わると推定できるとしても(私はこの論に与しない)、(危険が)増えることは同じだから、問題雑誌記事を信用する外国人を増やすリスクを冒していることに変わりないということです。

*直後に御自身が「格段に減るから」などと書いているのはいかなる意味でしょうか。、という質問を受けたので答えますが、「格段に減る」というのは、サイトに問題雑誌記事の英訳を載せなければ、それを目にする外国人自体の数が格段に減るから、その問題雑誌記事が真実であると信じる外国人の数も格段に減るということです。「但し書き」が有ろうが無かろうが、記事を目にする母数が減れば、信じる人の数も減ります。単なる確率の話です。「格段」というのは、毎日のサイトのアクセス数を参考にしています。

後半の、「注意書きもしていないサイト・・・」云々の段落と、「タブロイド誌に書いてあることが・・・」から始まる最後の2文は、話のスリカエですね。2回目ですよ。

結局のところ、「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」は正当でしょう?

Gl17Gl17 2008/08/19 11:16 たかが一新聞の三面記事の内容で日本への印象が著しく損なわれるというのは、かなり屁理屈と思いますけどね。
そのリスクが「少しでもある」のと、「大きい」のはまるっきり違うわけで。

あと、この件でほっけ氏が批判しているのは毎日問題で批判があること自体ではないでしょう。
そこに矮小化するのは本質を無視しようとする行為です。
毎日を潰せとかそういう「問題の程度に比して過剰な運動」があることがエントリの要だと思いますが。

kankan 2008/08/19 12:15 Gl17 さんの1行目は報道に対する影響予測の考え方の違いですから仕方ないです。2行目は敢えて無視します。3行目と4行目(「あと、この件・・・行為です。」)は日本語として意味がわからなかったです。
最終行が問題で、「毎日を潰せとかそういう・・・運動があること」は、このエントリの要ではないと考えます。これは私のヤマカンではなく根拠があります。

第1に「潰せ云々」のことはエントリに一言も書いてないし、第2に他人へのコメントですが、2008/07/27 05:35 に、hokke-ookamiさんは、高らかに宣言されています。
−−−いいですか、このエントリで疑問符をつけたのは「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」です。−−−

わたしは、この「疑問符」がおかしいと当初から申しています。

結局のところ、Gl17 さんも、「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」は正当であると考えているでしょう?

Gl17Gl17 2008/08/19 22:08 >第1に「潰せ云々」のことはエントリに一言も書いてない

ネット上に過剰反応があるという前提なのに、それを言外に含めないと言うのは、貴方が知ってて知らないふりをしていると理解します。

>「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」

批判の暴走を非難していると捉えるほうが自然な解釈だと思いますが。
「妥当な範囲で批判のあること」を問題にしているとは常識的に思いませんから。

>「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」は正当であると考えているでしょう?

その、「批判」の実態について。
程度問題としては全く正当性が無いと考えていますよ。
先のコメントで二行目を読んでもらっていたら簡単に理解できるはずですがね。
ご自分に都合の悪いことはともかく無視なさるようで。

kankan 2008/08/20 00:06 私にとって、G17さんは困った方です。
なぜなら、エントリに書いてない「前提」や、エントリに書いてない「自然な解釈」を持ち出したり、エントリに明示してあることを「常識的に思わない」とか言って、論難してくるからです。

わたしが、このコメントで当初から言っている、ほぼ唯一のことは、「これで、WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判に、大きな疑問符がつく。」と、このエントリに明記してあるテーゼがおかしいのではないか、ということです。このテーゼには、少なくとも外形的には、「批判の程度」という観点が一切無いことを改めて確認します。

それを、執拗に「批判の程度問題」にスリカエて、論難(言い掛かり)されても困ります。

ところで、私が「敢えて無視した」ところに注目してくれましたネ。そこは「程度問題へのすり替え」が顕著な部分です。目立つように「敢えて無視した」と敢えて書いたんですよ。普通、本当に「自分に都合の悪いこと」に対しては、黙って無視するでしょ。誰かさんみたいに。

しかし、収穫もありました。

「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」の正当性を訊いたことに対して、「その、批判の実態について。程度問題としては全く正当性が無いと考えていますよ。」と、G17さんは、仰いました。

日本語を正しく解釈すると、「程度問題としては全く正当性が無い」ということは、「程度問題」なのだから、「正当性の存在の否定」ではない。別の表現でいえば「穏当な程度の批判には正当性がある」ということです。

「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」が「妥当な範囲での批判」ならば正当性があり得るわけですよね。これは一安心です。

もうひとつ。「『妥当な範囲で批判のあること』を問題にしているとは常識的に思いません」とも、G17さんは仰ってます。
「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」があって、仮にその批判が「妥当な範囲」であったとしましょう。そのとき、その「妥当な範囲」の批判に「大きな疑問符」をつける人が居たとしたら、その人は、G17さんの価値観では「常識的」ではないですね。

hokke-ookamihokke-ookami 2008/08/20 09:11 kanさんへ。
>あの問題雑誌記事の英訳掲載に、あの「断り書き」を載せることで、「(外国人が真実であると信じる危険が)増える程度が大きく変わると推定できる」と判断するのは、私は間違い(屁理屈)であると考えますが、これは読み手の感覚だから仕方ありません。

「読み手の感覚」で変わる程度のことで「間違い(屁理屈)であると考え」ると書くわけですか……何にしても、「増える程度が大きく変わると推定できる」に反論する根拠は、kanさん個人の「読み手の感覚」しかないということですか。だとすれば話にもなりません。
そして要点の「増えることは同じだから変わらないという論理でしょうか」への回答は無しですか。

>なお、最初の段落で、「危険度が『有意に低く』なる」と言っているのに、次の段落で、「増える程度が『大きく』変わる」とズラすのは、表現のやり方としてずるいですネ。細かいことですが、いちおう指摘しておきます。細かいことですが、いちおう指摘しておきます。

「危険度が有意に低くなるよう注意していれば」と「増える程度が大きく変わると推定できる」は主張として何の矛盾もありません。
そもそも前者は一般論として持ち出した話であり、後者はkanさんへの問いかけという違いもあります。

>後半の、「注意書きもしていないサイト・・・」云々の段落と、「タブロイド誌に書いてあることが・・・」から始まる最後の2文は、話のスリカエですね。2回目ですよ。

反論できないので「スリカエ」と主張するしかない、というわけですね。

>結局のところ、「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」は正当でしょう?

大きな疑問符が、ますます大きくなる一方です。
別の文脈ではありますが、kanさんが「屁理屈」と考えた基準が、ただの「読み手の感覚」では。

>なぜなら、エントリに書いてない「前提」や、

「記事の全削除という対応」という話題で「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」という論点を確認したことに気づいていませんか。

>このテーゼには、少なくとも外形的には、「批判の程度」という観点が一切無いことを改めて確認します。

「疑問符」という言葉を使った意味がわかりますか。
「まず問題は読者にあるのではないだろうか*2」と、「まず」と書いた意味がわかりますか。
「*2:断り書きしても、多少の責任があるという考えまでは否定しないが」と注意している意味がわかりますか。
「責任の所在が毎日新聞社にあることは変わらないが、記事の信用性を同程度に担保しなければならないという考えになると疑問だ」とエントリに書いてあることに気づいていますか。これは、sugariさんが指摘したように毎日新聞検証記事を誤読していたとしても、個別に成り立つ主張です。
さて、kanさんは日本語がどのくらい理解できますか。

>普通、本当に「自分に都合の悪いこと」に対しては、黙って無視するでしょ。誰かさんみたいに。

なるほど、「増えることは同じだから変わらないという論理でしょうか」等を黙って無視したkanさん自身のことですね。
私は全ての文章に返答しても煩雑なだけだと思って行動していますが、kanさんは自身でそう主張するくらいなのだから、よほど「自分に都合の悪いこと」だったのでしょうね。

hokke-ookamihokke-ookami 2008/08/20 09:12 G17さんへ。
>あと、この件でほっけ氏が批判しているのは毎日問題で批判があること自体ではないでしょう。
>そこに矮小化するのは本質を無視しようとする行為です。

この指摘に対する「日本語として意味がわからなかった」という返答は、色々と示唆させてくれますね(苦笑)。

kankan 2008/08/20 09:43 「要点の「増えることは同じだから変わらないという論理でしょうか」への回答は無しですか。」という質問に対して:
回答済みです(2008/08/19 10:10 にて)。端的に言えば「yes」です。
「ただし、仮に、(危険が)増える程度が大きく変わると推定できるとしても(私はこの論に与しない)、(危険が)増えることは同じだから、問題雑誌記事を信用する外国人を増やすリスクを冒していることに変わりないということです。」と云う部分です。
これで、わたしの立ち位置をハッキリ書いたつもりでしたが、見落とされていたのかもしれませんね。

このエントリの「前提」や「批判の程度」について、いろいろ釈明していただいてますが、結局のところ、もとのエントリーにおける、
「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」というのは、
「批判が存在すること」に対する批判なのか、
「批判の程度が大きすぎる」ことに対する批判なのか、
どっちのことを言いたかったのですか?

そして、「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」が存在するとして、その「批判の程度が穏当」だったら、それは是認できるのですか?

kankan 2008/08/20 10:15 すいません。書き間違いです。

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このエントリの「前提」や「批判の程度」について、いろいろ釈明していただいてますが、結局のところ、もとのエントリーにおける、
「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判に、大きな疑問符がつく。」というのは、
「批判が存在すること」に対する批判なのか、
「批判の程度が大きすぎる」ことに対する批判なのか、
どっちのことを言いたかったのですか?
-----
でした(「疑問符」を抜かしてしまった)。

でも、いちばん知りたいのは、こちら↓です。

「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」が存在するとして、その「批判の程度が穏当」だったら、それは是認できるのですか?

hokke-ookamihokke-ookami 2008/08/20 11:03 >ただし、仮に、(危険が)増える程度が大きく変わると推定できるとしても(私はこの論に与しない)、(危険が)増えることは同じだから、問題雑誌記事を信用する外国人を増やすリスクを冒していることに変わりないということです。

何といいましょうか……その文章が回答のつもりだったのですか。
私が「増える程度が大きく変わると推定できるのに、増えることは同じだから変わらないという論理でしょうか」と問いかけたのは、「問題雑誌記事を信用する外国人を増やすリスクを冒していることに変わりないからです」というkanさんの主張に対する返答としてです。「増える程度」や「増えること」が指すのは「信用する外国人」と考えるのが普通の解釈ではありませんか。
では、再度問いましょうか。外国人が増える程度が大きく変わると推定できるのに、外国人が増えることは同じだから危険性が変わらないという論理でしょうか、と。

>このエントリの「前提」や「批判の程度」について、いろいろ釈明していただいてますが、
(中略)
>どっちのことを言いたかったのですか?

釈明ではなく説明です。『このテーゼには、少なくとも外形的には、「批判の程度」という観点が一切無いことを改めて確認します』というkanさんの認識が誤りという指摘です。
そしてGl17さんに対して『執拗に「批判の程度問題」にスリカエて、論難(言い掛かり)されても困ります』などと書いておきながら、いざ指摘されれば「どっちのことを言いたかったのですか?」という態度……聞き返さないとならないほど確信を持てないことを根拠に「スリカエ」「論難」と主張するのは、唾棄すべき行為ではありませんか。
毎日新聞批判に乗っている人間の程度が、また一つ証明されたと思ってよろしいでしょうか。

>そして、「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判」が存在するとして、その「批判の程度が穏当」だったら、それは是認できるのですか?

穏当な批判が存在すれば、それは穏当(語義でいうと、おだやかで道理にあった)な批判でしょうね(苦笑)。
何ら具体性がない仮定の問いは、この種の議論において意味をなすことは滅多にありません。

kankan 2008/08/20 11:55 最初の方の「再度問い」については「毎日の行為は、変態記事を信用する外国人を増やすリスクを冒していることに変わりない」と再度回答します。そして、「外国人が増える程度が大きく変わると推定できる」の部分には「大きな疑問符」(便利な言葉だ)をつけておきます。
私の「どっちのことを言いたかったのですか?」という問いには、明確な答えが無かったと理解します。「聞き返さないとならないほど確信を持てな」かったわけではないです。「大きな疑問符」が「純粋なる質問」ではないことと同じようなものです。「毎日新聞批判に乗っている人間」の意味が不明確なので(「乗っている」・・いい言葉ですね)、証明された云々の質問は意味が分かりません。

いちばん知りたかったと私が明記した、
「『WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判』が存在するとして、その『批判の程度が穏当』だったら、それは是認できるのですか?」

この問いへの言及(回答じゃない?)に感謝します。

「『WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判』が存在するとして、その『批判の程度が穏当』だったら、それは是認できるのですか?」

という問いに、言及したうえで否定しなかった点において、hokke-ookami さんを支持するとともに、否定しなかったという事実をここに銘記しておきます。

Gl17Gl17 2008/08/20 22:36 >「『WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判』が存在するとして、その『批判の程度が穏当』だったら、それは是認できるのですか?」

その質問を単にひっくり返してお返しするしかないんじゃないですか。
批判の程度が穏当でないなら、それは否定されるんですね?と。
すると、私やほっけ氏が穏当でないと認識を持ってさえいれば、そこにはもう「批判の否定で是」という回答が出ちゃいますよ。

エントリで扱われてる主要なテーマは、批判運動が穏当な範囲を逸脱してるという現実の状況を背景としています。
それを無視して「穏当だったら」と問いただすことに何の意味があるんでしょう、無意味です。ただ単に嫌がらせの論難でない限りは。

貴方はその論争で一体何を得たいのですか?
ディベートごっこで遊びたいだけではないですよね?

kankan 2008/08/20 23:33 何を得たいのですか? という質問からはちょっとだけずれますが、今回は事実が得られました。この事実に対する評価をhokke-ookamiさんやGl17さんと共有することは最早意図しません。

毎日新聞の変態記事紹介について、
「WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判に、大きな疑問符がつく。」と、hokke-ookamiさんはエントリーに書きました。

このエントリーのコメント欄にて、

「『WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判』が存在するとして、その『批判の程度が穏当』だったら、それは是認できるのですか?」

という問いにたいし、hokke-ookamiさんはこの問いに言及したうえで言下に否定しなかった、という動かすことの出来ない事実です。

Prodigal_SonProdigal_Son 2008/08/20 23:37 皮肉もわからん人が言質をとろうとするのは滑稽でしかないということに気づいた方がいいと思うけどな。

kankan 2008/08/21 00:15 忠告いたみいります。今回の変態毎日新聞の問題記事紹介について、法華狼さんが「『WaiWaiコラムを外国人が信用する危険性を盾とした批判』が存在するとして、その『批判の程度が穏当』だったら、それは是認できるのですか?」という問いを認識しつつも否定しなかったという事実を得たことに対して、「言質をとろうとするのは滑稽」だという評価があり得ることは理解します。

Prodigal_SonProdigal_Son 2008/08/21 15:42 あの、上記のコメントは私に向けて発せられたものでしょうか。それならば引用は正確にしてください。自分の意に沿う箇所だけカットしてペーストされても困るのですが。もっともkanさんが使用する「言語」において「皮肉」という語彙を既知でなく理解も使用用例にも欠落があるということでしたら申し訳ないのですが。

Gl17Gl17 2008/08/21 22:52 「事実」ですか、まあ事実なんてのは世の中無限にあって、価値観や現実と照らして評価しなければ一文の価値もないんですが。
鬼の首取ったように強調なさってるソレは「批判の程度が穏当でないなら、それは否定される」というのとイコールですし、そちらも否定してませんよね。
うん、事実が一個取れましたよ、私も。(笑)

あと、私の質問は「ちょっと」じゃなくて完全に意図をはぐらかしてますね。
毎日問題でどのような展開を求めているとか、現実に立脚した、議論して意味のある回答でなきゃ100%逃げなんですが。
何を言っても都合の悪い部分はシラを切る人なので、最初から期待はしてませんでしたけど。
もし回答らしきものが出れば、更に貴方の不誠実があからさまになると思っただけで。

Gl17Gl17 2008/08/21 22:59 Prodigal_Sonさん、
まあ、こんな手前勝手で卑怯なディベートもどきを平気でやるんだから困った人達ですね。
アウェーに自ら乗り込んで来て、こっちや世間のルールは無視、ごく狭い俺様ルール以外相手にしないよ!と言われたってなあ。
こんな手合いが毎日の「モラル」や「誠意」を問おうってんだからお笑いというか悪い冗談ですよ。

てえか私等を見放したような言い草してますけど、自分の物言いに説得力の欠片も無かっただけでしょうに。
(こっちは先にもう見放してますよ)

hokke-ookamihokke-ookami 2008/08/21 23:42 kanさんへ。
>最初の方の「再度問い」については「毎日の行為は、変態記事を信用する外国人を増やすリスクを冒していることに変わりない」と再度回答します。

全く回答になっていません。
「危険性が変わらない」と「冒していることに変わりない」は、論点として異なります。

>そして、「外国人が増える程度が大きく変わると推定できる」の部分には「大きな疑問符」(便利な言葉だ)をつけておきます。

何ら根拠を出せずに大きな疑問符をつける行為が、発言の説得力を損ねることに自覚的であれば、どうぞ御自由に。

>私の「どっちのことを言いたかったのですか?」という問いには、明確な答えが無かったと理解します。「聞き返さないとならないほど確信を持てな」かったわけではないです。

下手な釈明はけっこうです。
一度『執拗に「批判の程度問題」にスリカエて、論難(言い掛かり)されても困ります』など他人を批判したのであれば、「批判の程度問題」という論点が「スリカエ」で「論難」だったと説明する責任があります。
つまりkanさんは、発言の責任を取れない、責任を取るだけの理解力がない程度の人間ということです。
比べるのも毎日新聞に失礼ですが(苦笑)、kanさんは毎日新聞とは比べ物にならないほど倫理観に欠けています。

>「大きな疑問符」が「純粋なる質問」ではないことと同じようなものです。

意味不明な説明ですね。
引用を明示せず「純粋なる質問」という単語を説明なくカギカッコにくくられても、文脈を読み取ることはできません。

>言及したうえで否定しなかった点において

具体性がない問いはそれ自体が意味をなさない、という話をしたのですが……

Gl17さんへ。
まったく、一休さんの気分ですね(笑)。
『穏当な批判の妥当性を認めましょう。では、屏風から絵に描いた「穏当な批判」を追い出してください』
虎がどこかに生きているように穏当な批判は存在しますが(当エントリのBigHopeClasicさんによるコメント等ですね)、kanさんが改めて提示することができるかどうかは……

>エントリで扱われてる主要なテーマは、批判運動が穏当な範囲を逸脱してるという現実の状況を背景としています。

せめて日記内検索で、話の流れくらいはつかんでほしいところですね。
長期にわたった話題でもなく、一日もあれば読み終わる程度の文章しか書いていないわけで。

Prodigal_Sonさんへ。
ひょっとしてkanさんは、トートロジーという概念が理解できないのかもしれません。

Prodigal_SonProdigal_Son 2008/08/22 09:49 Gl17さん
>こんな手合いが毎日の「モラル」や「誠意」を問おうってんだからお笑いというか悪い冗談ですよ。

こういう悪い冗談って、この前HNの後ろに「@free Tibet」とつけている人とやりとりしているときに「人権」って概念を思いっきり否定したり、もしくはわかってなかったりするときにも感じますねw 結局彼は延々コメントをしてきた割にはなんの意味もなかったというすごい結論にたどり着いてしまったんだけどいいのかw

hokke-ookamiさん
トートロジーなんて2ちゃん用語にはないから無理でしょうね。

名無しさん名無しさん 2008/08/23 11:25 >まあ外国の新聞の電子版を読むような人達は、だいたい読むマスコミが信頼できるかどうかはわかっていますからね。

それはないですよ。WaiWaiの記事は直リンクまたは転載によって広まっていますから。

こんなもの、確かに100人のうち1人しか信じないような記事かもしれません。しかし、その1人が信じるかもしれないリスクを考慮してもなお、一流紙が報道すべき内容なのか、それが問題となっているのです。

それに、転載されれば但し書きなんて消えてしまいます。こんな記事を信じる人間が問題だといいますけど、ウソだと分かっていてこれを利用して転載し、他人に「信じさせようとする」人間もいるでしょう。私は、この但し書きが転載されていることなど、見たことがありません。記事の文章と別のところに小さい字で書いてあるのですから当然です。

まあ、毎日新聞が自分から「私は東京スポーツのようなタブロイド紙です」と宣言すれば、この問題はそれで終わりでしょうけどね。

hokke-ookamihokke-ookami 2008/08/23 13:22 Prodigal_Sonさんへ。
>結局彼は延々コメントをしてきた割にはなんの意味もなかったというすごい結論にたどり着いてしまったんだけどいいのかw

2ちゃんねるで南京事件否定論者らと論争したことは何度もありますが、ここまで見事に自己完結されたのは初めてです(苦笑)。本当に何をやりたかったのだか……

名無しさんさんへ。
>それはないですよ。WaiWaiの記事は直リンクまたは転載によって広まっていますから。

もし転載文が信用されたなら転載者の責任でしょう、常識的に考えれば。
毎日新聞の通常記事と称してWaiWaiコラムを転載したなら、記事信用性について転載者が虚偽を書いたということです。ちゃんと注釈ごと転載するか、逆に何の注釈もなくネットに流れた情報なら、信用する読者に問題があるでしょう。

>こんな記事を信じる人間が問題だといいますけど、ウソだと分かっていてこれを利用して転載し、他人に「信じさせようとする」人間もいるでしょう。

たとえばSF小説の文章を真実と思って教義に利用したりすれば、小説を書いたSF作家の責任というわけですか。
新興宗教では、あからさまなフィクションを教義に用いている例が少なくありませんが、元の情報を考えた作家に責任がある、という論理ですか。
珍説としか考えられません。

>私は、この但し書きが転載されていることなど、見たことがありません。

なるほど信じる読者の責任というわけですね。

>まあ、毎日新聞が自分から「私は東京スポーツのようなタブロイド紙です」と宣言すれば、この問題はそれで終わりでしょうけどね。

非論理的な考えですね。
『ウソだと分かっていてこれを利用して転載し、他人に「信じさせようとする」人間もいる』と、あなた自身が主張したばかりですよ。
「この但し書きが転載されていることなど、見たことがありません」というなら、その宣言だって転載される保証はないでしょう。
要するに、あなたは自分の発言に全く責任を持つつもりがない人間、ということです。

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