Hatena::ブログ(Diary)

法華狼の日記

2010-11-01

[][][]誰が靖国英霊を公表したのか

先日、靖国合祀取消訴訟で那覇地裁が遺族の訴えを退けた。

朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?

 沖縄戦などで死亡した肉親が無断で靖国神社に合祀(ごうし)されたとして、沖縄県内の遺族が神社と国に合祀取りやめと慰謝料を求めた訴訟で、那覇地裁は26日、遺族の請求を退ける判決を言い渡した。平田直人裁判長は「遺族の信教の自由を妨害する具体的な行為があったとは認められない」とした。遺族は控訴する方針。

 これまでに軍人・軍属の合祀について争う訴訟はあった。今回は民間人を含めて遺族が望まない合祀が妥当かどうかを問う初の訴訟だったが、同種訴訟と同じく合祀を容認する判断となった。

 原告は70代の男性5人で、肉親計10人の合祀について提訴した。沖縄戦でひめゆり学徒隊に動員された17歳の女子生徒や、国に「戦闘参加者」とみなされた2歳の幼児を含む一般住民6人が含まれる。原告は、軍国主義の象徴だった靖国神社に肉親が無断で合祀され「追悼の自由を侵された」と主張。神社が管理する「祭神簿(さいじんぼ)」などから肉親の氏名を消すよう求めた。

 国は多くの一般住民が戦闘に巻き込まれた沖縄戦の経緯をふまえ、「戦闘参加者」とみなした一般住民の遺族に給付金などを払っている。原告は、「戦闘参加者」の情報を国が神社に伝えて合祀に協力したと主張し、国も訴えた。

 判決では、山口県護国神社への合祀をめぐり遺族が敗訴した1988年の自衛官合祀拒否訴訟の最高裁判決をふまえ、「他者の宗教的行為に不快な感情を持つとしても、法的救済を求めることができるとすれば相手の信教の自由を妨げる」と指摘。靖国神社の「信教の自由」に基づく合祀を尊重する立場を示した。

 国の関与については「国の情報提供は合祀に一定の役割を果たした」と認めつつ、「戦没者についての照会への回答は時代の要請に応じた行為で、宗教的な色彩はない」と判断。「国が合祀を推進したとは言えない」とした。

遺族の意思や本人の意思と明らかに反しているのに宗教行為へ用いることが信教の自由という主張は、やはり理解しがたいものを感じる。死者の霊とやらを得手勝手に用いる宗教は数多あるとはいえ、それは一定程度まで遺族が同意していたり*1、歴史的な過去の人物を用いたりするものだろう。

それはさておいても、靖国神社を擁護する主張において遺族の心情を根拠とするものがあるが、実態として靖国神社は遺族の願いを聞き入れることはない。単に利用できる場合に利用しているだけだ。


さて、上記の報道に対してgryphon氏が『エスパー魔美』の有名な描写になぞらえているのだが、どうも的を外しているような気がしてならない。

(11.1追記)靖国合祀取り消し訴訟、那覇地裁判決で過去エントリのプレイバック。 - 見えない道場本舗*2

「ムハンマド風刺画」「コーラン焼却」騒動(の解決策)に通じるとした「エスパー魔美メソッド」を

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20101011#p4

から展開させて

f:id:gryphon:20101011082106g:image

「あいつはまつった!ぼくはおこった!それでこの一件はおしまい!!」

でいいんジャマイカ

もちろん

「あいつはのろった!ぼくはおこった!それでこの一件はおしまい!!」

も可。

この描写の前提として、父を批判された魔美が怒って抗議し、「天ばつ」をくだしたという背景がある。父が語る言葉は、魔美の思い込みを意図せず批判するという意味も物語上ある。比べて考えると、靖国神社の場合は英霊が遺族に「おしまい!!」と宣言できるわけがない。それともgryphon氏は英霊の代弁者として遺族に「おしまい!!」と宣言しているというのだろうか。

何より、魔美の父は「自由に批評する権利」を無制限に認めているわけではない。台詞をよく見ればわかるとおり、「公表された作品については」という前提がある。比べて考えると、靖国神社の場合は遺族や英霊本人が能動的に公表したとはいえない。むしろ国の情報提供も裁判で訴えられ、判決でも「国の情報提供は合祀に一定の役割を果たした」と認められている。そもそも、ひめゆり学徒隊や一般住民が「英霊」という立場にされたこと自体、国が深く関わっている。つまり靖国神社裁判を『エスパー魔美』に当てはめるなら、無理やり作品を作らされて勝手に公表されて批評されたということになる。gryphon 氏は見せかけの自由にとらわれ、その前提として存在している強制を無視してしまっている。


魔美の父は「それがいやなら、だれにもみせないことだ」と正しく指摘している。遺族にも、情報を提供しない選択をするような「自由」が与えられてしかるべきだったはずだ。

[][]本橋浩一社長の訃報

日本アニメーション代表取締役社長の本橋浩一氏が亡くなったらしい。私は会員ではないので記事内容は読めないが。

訃報・本橋浩一氏(日本アニメーション代表取締役社長) - 文化通信.com

ちょうど先日に伝説的な作品『宇宙船サジタリウス』がGYAOで配信開始されたこともあり、名前が印象づけられている。こうも立て続けにアニメ関係者が亡くなるとは……*3

映画、海外ドラマ、アニメほか|GYAO![ギャオ]

[][]『人生が変わる1分間の深イイ話』の漫画・アニメSPを見て『ONE PIECE』の謎が解けた

日本テレビ系列で放映している、様々な「深イイ」逸話を紹介するバラエティ番組。マニア視点だと薄すぎたり*4、特筆して取り上げるべき逸話と感じられなかったり*5、どうにも面白味が見いだせない番組なのだが、今回は最近の漫画やアニメも取り上げるというので見てみた。


司会の島田新助がアニメや漫画を好まず、ほとんど今まで見たことがないというのは自由だし、そのような司会者に興味を持ってもらおうとしてゲストがプレゼンする趣向も悪いとはいわない。

しかしTVアニメ『ONE PIECE』主題歌の作詞を依頼された島田氏が、作品や資料を読み込まずに想像で書いた逸話はひどすぎる。それでも作品内容と合っていたら深イイ話だったかもしれない。たとえばTVアニメ『鋼の錬金術師』前シリーズの1期OP主題歌を担当したポルノグラフィティは、作品テーマだけを把握した上で実際の作品はほとんど知らないまま作詞したという。結果として評価は高かった。しかし島田作曲による「風を感じよう」は陽気な歌詞が放映時の重い物語内容に全く合ってなく、さして熱心に見ているわけではない私も見ていて強い違和感があった。さらに島田氏自身の次女に内容が違うと指摘されたことを悪びれずに語る姿に、嫌悪感を持たずにいられなかった。


島田氏の発言はtwitterでも議論を生んだようで、すでにTogetterでまとめられている。

http://togetter.com/li/64965

叩くこと自体を問題視するつぶやきも散見される。

実のところ、少なくとも主題歌の話については、島田氏個人の問題というより、興味が持てない人へ仕事を回してしまうことが常態となっているタイアップ主題歌全体の問題なのだろう。『BLEACH』とか『NARUTO -ナルト-』*6とか、主題歌が新しく変わる度に演出家の努力に感動している。

[][]タイアップ主題歌といえば『地球へ…』2期OPをコンテ演出した北久保弘之監督の話が面白い

演出家自身による技法解説として興味深い上に、半年から3ヶ月という短い期間で新しく変わるタイアップ主題歌の問題が、よく伝わってくる。

ただし、作品自体が前番組の打ち切りによって急にゴールデンで放映されたという経緯があり、主題歌に限らず制作状況がひっぱくしていた。放映まで3週間なのにコンテも全く出来ていないという異常事態は他の作品にそのまま適用できる話ではないとも思う。

http://togetter.com/li/59259

主題歌の秒数が通常のTVアニメOPの尺を超えている。スポッティングシートとCDデータの時間が合わず主題歌の正確な秒数がわからない。正確なスポッティングシートは作業時間内に届かず。

そうした音楽側の不備にくわえ、残り時間が限られた中で省力しながら*7主題歌に合わせたカットを積み重ねていく。結果として作画の見所も多くて*8作品にも合う、印象的なOPにしあがった。

もちろんコンテ演出にあたって「ファンの方には申し訳無いのだが、俺には余り理解出来なかった」という感想を述べつつも、その原作を全巻借りて読んでいる。短い頁数の作品とはいえ、放映まで3週間という状況で出来る限りの努力をしていたわけだ。


また、OPの内容には気づかれていない暗喩があるという。

「夢見た場所へ JET BOY♬」の歌と共に見上げると 頭上に輝く地球と月。で、このOPは終わる訳だが、多分、観て居る人がたった1人も気付いて居無い事がある。実はこのOPはキャラクターのライティングが全カット「アンダーライト(光源が真下)」なので有る。上からの光源は1カットも無い

LawofGreen

2010-10-15 12:55:38


コレは別に視聴者に気付かれ無くてもイイのだが、では何故、全ての光源が真下に有るのか?と言うと、実は登場人物達の画面外の遥か眼下に「本当の地球が有り、その地球から太陽の光が反射した「アースライト」に照らされて居るから」なので有る。良くスペースシャトルの船外活動で地球光に照らされる〜

LawofGreen

2010-10-15 13:06:42


地球光に照らされて居る宇宙飛行士の映像は観た事あるでしょ?結局「地球へ…」は 皆が望んで止まなかった 遠き故郷「地球」という幻想を追い 辿り着いたのはコンピューター・マザーが支配する「幻想の地球」であり 人類 ミュウに取って 幻であり最後にジョミーが見上げる地球は幻想の地球な訳。

LawofGreen

2010-10-15 13:36:09

キャラクターが逆光というところは一目瞭然だが、さすがにその暗喩がこめられていることはわからなかった。

*1:本人が納得していても、先祖を持ち出して高額の布施を要求したりする宗教は社会的に問題視され、詐欺として扱われたりすると思うが。

*2:太字強調は引用ママ。

*3脚本家首藤剛志氏については、体力的に問題をかかえているらしいと知っていたので、まだしも受け入れられたのだが。

*4:たとえばマンガ『ちはやぶる』ならば、作者が盗用事件後に再起して書き始めた作品で、あえて序盤で卑怯なことをする少年の姿を描き、その少年が後に主人公格の一人となった、とか色々思いつくのだが。多くの視聴者がどこに興味を持つのかは知らないが。

*5:マンガ『鋼の錬金術師』の雑誌再掲載話なんてマンガというジャンルで取り上げる意味すらないだろう。

*6:さすがに最近はネタ切れも目立つが。

*7:星空ばかりの背景も省力のためだったという。始まりと終わりの地球と月でも、同じ背景画を兼用しているが、これは省力というだけでなく映像を閉じる手法としても意味があるのだろう。

*8村木靖板野サーカスは直線的な軌跡でわかりやすい。回転しながら滑空するアルテラのレイアウトは北久保自身が大幅に手を入れたという話を聞くと、アニメーターとしての技量も全く衰えていないと感じる。3段階変身を担当した平山英嗣は、本編でも最も作画の見所がある回で作画監督をつとめたが、当時の感想を見直すと軽く言及しているだけだった。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20070617/1182033081