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法華狼の日記

2011-01-10

[][]阿久根市壁画問題を3行でまとめる

このあたりの話。

@nifty:デイリーポータルZ:日本一のシャッター街・阿久根

阿久根市はインターネット「ネタサイト」の見世物小屋か!? - 見たり聞いたりしたこと

阿久根市のあれ - まずまずのダム日和

正確には3行ではないが、あまり気にしないでほしい。


紹介者の意図はどうあれ、どのような紹介もプロパガンダである。それを紹介者が自覚しているならば、むしろプロパガンダ性が読み取られていないという具体例の指摘は感謝してもいいくらいではないか。

それはそれとしてダムマニア関係の記述が誤っているならば指摘されて当然だし、逆にプロパガンダと指摘する際に紹介者の意図を読み取る必要もなかった。

著作権をおかしていてこそ素晴らしい作品もあるだろうが、商業利益を上げるため多くの人目にふれるべき観光資源とは相反する。阿久根市に好意的であればこそ、大手メディアは紹介をためらってしまうのではないか。

そもそもシャッターアートのように店を閉めた状態でないと楽しめない観光資源ってどうなのか。

いわゆる「誰得」な壁画であるため気づかれにくいが、もし市長派と反市長派という対立が制作場所の選択に反映しているならば、典型的な利益誘導政治ではないか。そうでないことを示すためにも制作場所の選定は透明化しなければならない。

そもそも反市長派と市長派が色分けされた光景そのものがグロテスクと思うのだ。


私自身の「アート」に対する評価は下記エントリ参照のこと。

「芸術家は独裁者の無理解をおそれるべきではない。独裁者が一人の芸術家であることをおそれるべきである」 - 法華狼の日記

ちなみに「デイリーポータルZ」の記事も、その政治性に注意深く読めるならば興味深い情報として意義があったと思う。著作権をおかしたアートを避けていることも、それが記者の選んだ表現ということだろう。プロパガンダもポジショントークも不可避なのだから、それ自体は悪でも嘘でもない。プロパガンダやポジショントークという前提を持たずに表現へ接することがあやまちなのだ。

ただ、前記したdambiyori氏エントリの写真に対する反論は、明らかに著作権にふれる作品をさけているという論点への言及がない以上、無効だと思う。

あと、写真がどうのこうのという話ですが、何年も一人で取材して写真とって記事書いてるライターの写真と普通の人が資料用に撮影した写真の写りが違うのは当然でしょう。「腕のある人が撮った写真はきれい」という当たり前の事実を陰謀論的に解釈されてもなぁ、と。それに、7月の朝と1月の朝じゃ日光の具合が確実に違います。しかも今年の年末年始は全国的に荒天だったのですから、写真に影響が出るのは当たり前と。

dambiyoridambiyori 2011/01/10 03:11 はじめまして、言及ありがとうございます。
あのエントリについては、ともかく自分に関係ありそうな部分で事実誤認があるからそれは指摘をしなくちゃという意図でざくっと書いた物で、そういう物だとご理解ください。
私もDPZの一ファンなのであの記事も公開された時に読んでいました。報道で前市長のむちゃくちゃな様子が伝えられる中で、じゃあなんで現に市長として選ばれてるんだ、どんな風に支持されているんだという疑問に答えてくれるルポとして価値があると思った記憶があります。
で、著作権にふれる作品を避けているという点ですが、はたして取材した当時にその絵があったのか、またライターが徒歩で移動した範囲に絵が存在したのかというのは検証なされているのでしょうか。ざっくりみたところ版権絵に関しては商店街ではなく堤防や消防署など公共施設に描かれているようで、果たして知ることが出来たのかどうかと。また、現在進行中で壁画は書かれているようなので、当時はまだ無かったというのは十分考えられることじゃないかなと。例えば「ボンタンアメ」は1/4に完成したようですし。
で、それは本文を読むと書いてある通り、別の取材でたまたま訪れた場所で見つけたネタなようですから、そういう取りこぼしは十分考えられるんじゃないかなという気はします(そんな中途半端な取材で記事にするなっていう批判はあるかもしれないですけど)。
>その政治性に注意深く読めるならば興味深い情報として意義があったと思う。
僕もこれは思ってて、阿久根市民がなぜあの市長を生み出したのか理解する為の貴重な情報になりえるんじゃないかなあと言う気がします。「プロバガンダか否か」なんていう変なレベルじゃなくて、もっときちんと読み込まれるべきじゃないかな、と。

fnorderfnorder 2011/01/10 12:03 いや、DPZのあの記事は結局のところ無自覚なプロパガンダでしょう。そこは認識しないと不味いと思う。

hokke-ookamihokke-ookami 2011/01/11 00:10 dambiyoriさん、はじめまして。
>ともかく自分に関係ありそうな部分で事実誤認があるからそれは指摘をしなくちゃという意図でざくっと書いた物で、そういう物だとご理解ください。

はい、それは当然のことと思います。
細部の誤り一つを批判する時でも、本来なら全ての論点に言及する必要はありません。その意味ではdambiyoriさんのエントリは、きちんとエクスキューズされていると思いました。

>で、それは本文を読むと書いてある通り、別の取材でたまたま訪れた場所で見つけたネタなようですから、そういう取りこぼしは十分考えられるんじゃないかなという気はします(そんな中途半端な取材で記事にするなっていう批判はあるかもしれないですけど)。

もちろん、取りこぼしも同様に意図であれ、意図なしであれ、それ自体は何の問題もありません(紹介記事としての巧拙を論じることはできるでしょうが、今回に私が選んだ論点ではありません)。
一方で、著作権にふれる絵画を取りこぼすことで、壁画の持つ問題の一つを見失わせる機能を記事が持ったことは、DPZ記者の意図がどうであれ事実だと思います。

ちなみに私自身、熊森協会という自然保護団体を批判するエントリにおいて、舌足らずであったため意図が伝わらず熊森批判への批判と受け取られ、釈明したことが最近ありました。
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20110103/1294073375
意図がどうあれ、読解によって様々な意味が見いだされてしまう文章を書く問題が、わりと他人事ではないと感じる事情があったのです。

>「プロバガンダか否か」なんていう変なレベルじゃなくて、もっときちんと読み込まれるべきじゃないかな、と。

そうですね。ただしその場合も、全ての紹介はプロパガンダという前提のもとでこそ様々な情報を比較できて、きちんと読み込めるのではないかと思います。
また、amamako氏は、DPZ記者が「あの記事はわざと悪印象を抱かせるように写真を撮ったり書いたりしたのでしょう。反市長派の地元のかたが書かれたんでしょうが・・・」とツイートしたことを受けて批判したわけです。順序としてはDPZ記者がakune_genjo氏のブログを悪意ある表現と見なしたことが先なので、DPZ記者自身は逆に単純な阿久根市政への好印象も生んでしまっているとの自覚がうながされることも、当然だったと私は思います。
むしろ、こんなにamamako氏のエントリが注目され論議を生んだことが不思議なくらいです。たぶん「プロパガンダ」という言葉への悪い印象を持っている人が多いのでしょうが。

fnorderさんへ
amamako氏も下記文章のように、DPZ記事を「無自覚」と評しているんですよね。だから、DPZ記事が阿久根市政を好意的に報じているかどうかは今回の問題ではないんです。

>ブログの方は自らが「プロパガンダ」であることに対し自覚的であり、それを隠そうとせず、きちんと「このような立場性を含めて自分のブログの記事を見てくれ」という風に説明しているわけです。それは、「ネタ記事」であることを利用して無自覚に竹原市長の壁画に対して好印象を残そうとするデイリーポータルZの記事より、「プロパガンダ」として、より誠実な態度であると言えるでしょう。

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