法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ETV特集』鯨の町に生きる

太地町の視点によりそい、反捕鯨団体との軋轢と命をいただく葛藤に焦点をあてたドキュメンタリ。漁業組合の構成員が押し込めている思いと、捕鯨漁師の家族として生活する少女の思索という二つの視点で進められる。
【ETV特集】「鯨の町に生きる」7/24(日)夜10時

生活そのものを問われた漁師たちは思い悩み、鯨漁の存続を争うまでになった。やがて漁師たちの葛藤は、町全体を巻き込み、大きく揺れ動く。これまで当たり前だと信じてきた太地の暮らし。突如、それを否定された漁師とその家族は、異なる価値観とどう向き合うのか、他の命を奪わなければ生きていけない人間の業をどう受けとめるのか、重い問いかけに、それぞれが自分の答えを探し始める。

もし一方の視点によりそうことがドキュメンタリでないというならば、この番組はドキュメンタリではない。
おそらく『ザ・コーヴ』にドキュメンタリー映画としての問題はない - 法華狼の日記

いずれにせよ、ドキュメンタリーとは、作家の主観によって事実の断片を切り取ったものにすぎない。描かれている内容が事実でも、それゆえに観客は全てを受け入れるべきではない。他の様々な情報と同じように、単純に真実か虚偽の二元論で理解できるものではなく、咀嚼する力が常に試されるのだ。

もちろん映画『ザ・コーヴ』がドキュメンタリであるように、この番組もドキュメンタリだ。


一方によりそったことで、太地町の生活感を写し撮れた面白味があった。反捕鯨団体の日常的な妨害や、鯨肉を近所におすそわけしていく光景は、シーシェパードの視点からは見えにくいだろう。
なかでも、捕鯨漁師だけが太地町で充分な年収がえられているという部分が強く印象に残った。番組終盤には、鯨を捕殺することに抵抗があって他の魚介類を獲っていた時期のある捕鯨漁師も登場。捕鯨をやめていた時期は年収が半分も落ち、長男を大学に通わせられなかったという。
地方経済という意味で考えると、太地町捕鯨問題は一地域にとどまらず、日本全体のありかたが問われているとはいえよう。鯨を食べなくても生きていけるが、鯨を獲らないと生きていけない。
仕事に出ようとする漁師の軽トラックをとりかこみ、目前で10万円の札片をふってイルカ一頭を離すようせまるシーシェパードの姿にも、植民地主義を見いだすことが可能だ。


番組が焦点をあてた、他の命を殺して生きているという論点の強調も興味深い。反捕鯨団体の撮影を受けて捕殺を隠すためにシートを頭上にはったり、漁船に引き上げて苦しませないよう即死させるようになったことが描かれる。
後者は鯨肉を好む美食家にも歓迎されるような気がするし、網へ大量に追い込んで捕殺するより資源管理もしやすいだろうと思う。専門家の見解はどうだろうか。
しかし捕殺の苦悩は、あくまで捕鯨派の心情を描く内向きの主張になっていることは注意したい。写経も慰霊碑も、あくまで捕鯨する側の心情をいやすためのものだ。捕鯨漁師自身も結末で自覚をかいま見せている。


そして太地町の中学校で反捕鯨団体と和解の道をさぐる議論が行われた授業では、おそらく制作者が意図せずに、捕鯨派の稚拙さを映していた。
鯨を食べるなという主張に反発する学生達が、外国も日本で食べない他の命を殺しているという反発心を表明し、相殺するよう主張したのは、はっきりと筋が悪い。しかも反発する際に、犬を食べることが嫌悪感ある外国の食文化例としてあげられていた。
シーシェパードをふくむ反捕鯨団体は、環境保護自然主義の流れで生まれ育ったため、程度に差こそあれベジタリアンが少なくない*1食物連鎖の頂点にある生物をさけて植物や畜産や小魚を食すべきという主張は、汚染物質の濃縮や環境に対する負荷から考えて、理屈が通っている。もちろん反捕鯨派が一般的に犬を食べることは考えにくい。文化差別を批判するはずの学生自身が、文化差別を内面化しているように感じられた。そもそも批判への反発では、正当性は主張できない。
また、海洋環境保護に特化したシーシェパードも、番組に映った公式サイトからも確認できるように、捕鯨はさまざな反対対象の一つにすぎない。もちろん日本だけが批判の対象にされているわけでもなく、シーシェパードの活動は世界各地で軋轢を起こしている。日本と外国の対立という視点だけでは、多くのことを見失う。
Japan Intends to Blatantly Violate International Law with an Announcement to Kill Whales Despite Rulings by the ICJ and the IWC – Sea Shepherd

我々、シーシェパードが違法に取引される海洋生物を保護する目的で継続的に行っている活動は、捕鯨やイルカの大量虐殺を 阻止する立場をとっている為、「アンチ・日本」、「アンチ・ネイティブアメリカン」、または「アンチ・北欧人」等と非難されています。又、シーシェパード は毛皮目的で行われるアザラシ猟に抗議している為、「アンチ・カナダ人」や「アンチ・アフリカ人」とも呼ばれました。南アメリカで行われる違法なサメのフ カヒレ猟では「アンチ・ラテン系民族」と非難されました。

環境団体・シーシェパードは、各々の社会で生み出され、時に悪利用されがちな「文化的愛国主義」にとらわれず活動してい ます。シーシェパードの焦点はクジラ、イルカ、海ガメ、海鳥や魚類の保全です。海洋生物がもたらす素晴らしさ、重要性を示すのが我々の役割でもあります。

しかしこの齟齬の描写がドキュメンタリとしては面白い。相手が自分達を知らないと思っている捕鯨派もまた、明らかに反捕鯨派のことを知らない現状を映し出している。


あと、反捕鯨の四団体が太地町に来ていると説明されていたが、シーシェパードとの軋轢しか描かれなかったところは少し残念だった。たとえばシーシェパードグリーンピースから喧嘩別れした団体であるように、反捕鯨団体も一枚岩ではない。せっかくなら相違点なども見せてほしかった。たとえばシーシェパード公式サイトでは下記のような主張がされている。
http://www.seashepherd.org/japan/news-101212-1html.html*2

シーシェパードの乗組員で作られたヨーロッパの団体「ブラックフィッシュ」は、シーズン初めに太地の港内で網を切ろうする試みに失敗した。彼らは集中力に欠け、統制力無しの情熱だけを持っていた。結果として、1頭もイルカを逃がせずにコーブ後見人に対しての監視と圧力を増やしただけであった。

そのほかの団体、自称、「オセアニック・デフェンス」は彼らのウェブサイトで間違った情報を流したり、太地の土地での多くの仲間をソーシャルネットワーク上で非難した。彼らは船を沈めるとか、網を切るとか脅したが、彼らは日本に一人も活動する人がいないのに、仲間をその土地に送っているフリをして寄付金を募った。彼らがしたことはスコット・ウェストとコーブ後見人に対しての圧力を更に増やしたことであり、「オセアニック・ディフェンス」のインチキの脅しに応じて、その手段として警護が硬くなり「ブラック・フィッシュ」の失敗を導き出した。

現在はオーストラリアのブリズベンの元シーシェパードのマイケル・ダルトンが作った「アイズ・オン・太地」と呼ぶ団体が来ている。シーシェパードは「アイズ・オン・太地」の戦略と戦法を知らないし連合するつもりもない。我々は彼らの良い意図を望んでいるが、戦略が何なのかをしらないからコーブ後見人のセキュリティ身の安全にわれわれの注意が向いてしまう。マイケル・ダルトンが元シーシェパードであると言う事実にもかかわらずシーシェパードは現在、完全に関係が無いし、コーブ後見人と「アイズ・オン・太地」の間には何も話し合いが無いことを明白にしておきたい。

シーシェパード自身がグリーンピースと対立した経緯を知って読むと、さらに味わい深い。


撮影対象の主張ではなく、はっきりドキュメンタリ制作者の説明にも疑問点があった。
太地町漁師が大量の漁獲をねらったため大事故を起こしたという過去の教訓を、当時に米国が鯨油獲得を行っていたという外国批判に結びつけようとしながら、きちんと演出できていない。他国が捕鯨を行っていたことが、なぜ日本の捕鯨が乱獲へつながったのか説明していないのだ。番組の描写だけでは、外国に責任がありながら日本の漁師は批判しなかったという、せいぜい一周した自己正当化でしかない。
あと、太地町捕鯨史を説明する場面で、江戸時代の近海捕鯨、昭和の南洋捕鯨、現在の近海イルカ漁、全てひとくくりにしていたことも難点だ。今回の焦点ではないので簡単にすませることはしかたないにしても、年収をめぐる話にもかかわってくる。時代区分は正確に願いたかった。
それに関連して、2010年に日本が調査捕鯨をやめたという報道を、太地町と重ねあわせることにも注意がほしかった。重ねあわせる論調が捕鯨推進派の公式見解なのでドキュメンタリとして素直に流したのだとしても、距離をとってほしかった。調査捕鯨をやめた理由は反捕鯨団体の活動ということが公式見解とはいえ、もともと調査捕鯨は科学的な正当性がほとんど認められず、反捕鯨論調が強くない国家からも中止するべきという意見が多い。様々な問題をかかえつつも、太地町の近海イルカ漁は正当性を主張しやすい部類だろう。反捕鯨への反発という一点で抱き合わせては、ひとくくりで正当性を失わせかねない。

*1:ザ・コーヴ』のルイ・シホヨス監督も、動物は小魚しか摂取していないとインタビューに答えている。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20100402/1270161435

*2:機械翻訳したかのような稚拙な日本語だが、日本人メンバーは関与していないのだろうか。このページには、深く協力している映画『ザ・コーヴ』で主演しているリック・オバリーを「監督」と表記するような信じられないミスもある。