法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

いろいろな従軍の思い出

義父の従軍記 - ohnosakiko’s blog

義父より一つ年上の昭和元年生まれ(追記:後で確認したら私の覚え違いで大正13年だった)の私の父も、飛行機乗りだった。海軍の制服に憧れて予科練に入り、念願叶って零戦パイロットになり神風特別攻撃隊に配属された。しかし訓練中に着陸に失敗して大怪我を負い、入院している間に終戦となったので特攻しないで済んだ。

そして戦後、軍国少年から打って変わって反戦平和主義者&社会主義者になり、ガチガチのオールドレフトとして半生を送ってきた(今はボケも入ってそういうことはもうどうでもよくなったみたいだが)。

子どもの頃、父からよく戦争の話を聞かされた。戦争がいかに悲惨で憎むべきものかという話、自分も含めて日本人はいかに間違っていたかという話を。その頃は飲み会で『同期の桜』を歌う人々がまだいたようだが、そういうことも父は忌み嫌っていたし、日の丸・君が代も忌み嫌っていた。

しかし父は一方で、海軍時代の外套や飯盒などの持ち物を大切に取ってあり、時々懐かしそうに飛行機を操縦した時の話もするのだった。

出撃すらできなかった特攻隊の生き残りという立場が、戦後の歩みに関連しているのではないだろうかと、漠然と思う。


それはさておき。
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ohnosakiko セルクマ
↓すみません、訂正しました。昭和元年(大正15年)を大正元年と書き間違えてました(汗。オヤジのボケより自分のボケを心配した方がいいわ/追記:さらに間違えてた。大正13年だったよ‥‥ 2011/08/20

年を誤記しているからその証言は捏造(キリッ)
……何の話かというと、『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて―元兵士102人の証言』が証言者の年齢を誤記し、その証言者が「報道ステーション」に登場した際にも誤記を引き移しており、11歳から12歳で伍長ということは証言が捏造という主張がインターネットを飛びかったことがある。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4784505474/
上記書籍のレビュー欄を見ての通り。星五つの評価でも、下記のように。
ランボーを越えた男達

ランボーを越えた男達, 2004/8/16
By 4G63
レビュー対象商品: 南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて―元兵士102人の証言 (単行本)
この本はエンターテイメントとして素晴らしい本である!


この本にある102人の兵士の中には
当時 『12歳』 の帝国陸軍兵士が居た!
当時20歳で徴兵されるにもかかわらず10歳で志願するその心意気!
しかも12歳で伍長とは!その昇進の早さは彼の優秀さを物語る!


彼は若干12歳にして重さ50kgの99式機関銃を腰だめで撃ち続けた!


コレは大の大人でも不可能な偉業である!
しかも当時は開発されていないはずの機関銃を極秘に所有していた事実!


若干12歳にして50人以上の女性を強姦した!
凄まじい絶倫超人である!


さらに日本軍は止まらない!


南京で30万人の虐殺!
当時の日本軍の基本兵装は単発銃と刀だ!
物資の不足にも関わらず太っ腹に銃弾をばら撒いたのだ!


さらに30万人の死体をガソリンで焼いたと言う!
日本軍が南進した理由の一つが『石油資源の確保』だ!
当時石油資源を確保していない状態。
節約せねばならぬ時期にもかかわらず、30万人を火葬にする有り余る燃料!


太っ腹である!


さあ!皆もこの素晴らしきエンターテイメント作品を読もうじゃないか!

30万人の死体を全てガソリンで焼いたとは、何の話だろうか。それと99式機関銃は99式軽機関銃*1の誤記だと思うが、重量は10kg少ししかない。

*1:その前身となった96式軽機関銃と混同している可能性がある。