法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『とある飛空士への恋歌』全5巻 犬村小六著

無限に思えるほど平面の海が広がる世界。海を分断する巨大な落差によって国家間の移動は飛行機械によってしか行えない。文明のレベルは第二次世界大戦前後くらいだが、水と触媒を使って半永久的に発電できる技術を持っており、飛行機械の長期間連続運転を可能としている。
その衝突をくりかえしていた国々が民主化をへて連携し、連携の障害として大規模な冒険の旅へ放逐された人々がたどった数奇な運命と、世界の果てで目撃した真実。


階級によって分断された少年少女の淡い恋物語という枠組みまでは、同じ世界観で書かれた一作目『とある飛空士への追憶』を踏襲。しかし面白味は前半の学園ドラマと、中盤から後半の空賊との戦闘に集中している。
主人公の少年と少女に魅力がないわけではない。かつて誇った力を失い、劣等感や後ろめたさをかかえながら、周囲の助けで前向きに生きようとする姿は悪くない。だが、互いの立場を知らないまま親愛の情を深めていく描写が少ない。最初に示した問題の消化も終盤で慌しく行われた。
学園ドラマも個別に見ていけば薄味。少年少女や大人のキャラクターも悪くはないが、特に引っかかりあるような人物像は出てこない。
物語が駆動するのは、3巻で空族が襲撃してからだろう。対立していた対照的な大人が、同じ目的へ動くことで逆にそれぞれの人物像を深めたりする。
圧巻が4巻で、あくまでサブレギュラーだった少年二人が前面で描写され、大規模な戦闘の最中に、訓練兵だからこその緊迫感ある支援を描ききった。キャラクターが勝手に動くという域を超えた、創作の神が降りてきた瞬間というものを感じた。


結末はあっさりしていて、一応は多くの伏線を回収していっているものの、かなりの枚数を使いながら安全な冒険が続くので緊張感が途切れた感が残る。その割りに世界の果てを目撃しようとしたベテランパイロットが複数死亡するのも難か。
冒険の終盤に知らされた世界の姿も、わざわざイラストに起こす必要を感じないような、単純なもの。どのような存在のどのような技術で作られた世界かも明確ではない*1。世界が平面に見えたのは、巨大なダイソン球殻の外表面だったから、くらいのハッタリと納得感は欲しかったな。


あと、『とある飛空士への追憶』で一箇所だけ「ビキニ」という単語が出てきて幻滅したことがあったが、今作も同様に「忍者」が出てきたのは残念だった。
まだしも「ビキニ」は他の場面で「水着」と表記されていたので表記ゆれミスと思うにしても*2、忍者が強敵を倒して危機を脱出するのは安易に感じた。一応、人間とは思えない動きを見せたりもしていたが、世界観の統一という点で難に感じた*3

*1:新シリーズで語られているかもしれないが、未読。

*2:作中の時代設定や、姫の立場からすると下着で良かったと思うが。

*3:最終的に、忍者のような存在がいてもおかしくないような世界設定が明らかにされているが。