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法華狼の日記

2011-12-15

[][][][]従軍慰安婦問題をフェルミ推定で解くことはできない

ツイッターを見ていた時に、興味深いエントリがあることを@氏のツイートで知った。

どうやら馬場正博氏*1による下記のエントリがそうらしい。「雑学知ったかぶり」というブログ名は正直というべきか。

ビジネスのための雑学知ったかぶり 従軍慰安婦問題をフェルミ推定で解くと

従軍慰安婦問題の論点の一つ(B派が論点にしているだけですが)に従軍慰安婦は何人だったのかということがあります。A派はこの数を20万人あるいはそれ以上と言い、さらに文脈的にはその大部分が強制連行された性の奴隷であったような言い方をします。

マイク=ホンダ議員の活動が有名だったころに書かれており、私は全く記憶していなかったが、検索してみると2ちゃんねる等で何度かコピペされていたようだ。

河野談話について、アメリカ議会が非難するほどか否か解釈が異なりうると主張し、解釈の差異で「A派」と「B派」をわけて論じている。


従軍慰安婦は公的な統計などなく、今となっては正確な数字はわかりません。しかたがないので当ブログでもご紹介したフェルミ推定という方法で推測してみましょう。

慰安婦総数に正確な統計がなくて推定するしかないことは事実だ。後述するように、通説の推定数も似た方法論で算出している。しかし馬場氏による推定は、最終的に史実とかけはなれた。

1) 第二次世界大戦および日中戦争に参加した兵士の数500万x4年(兵役年)=2千万人・年

2) 兵士の休暇間隔を3ヶ月として休暇ごとに慰安所を利用したとして利用回数は年4回

3) 1)、2)から第二次世界大戦中の慰安所利用総回数=2千万x4=8千万回

4) 慰安婦の1日の接客数を10人とする

5) 慰安婦の勤務日を年300日とする

6) 慰安婦の平均年限を2年とする

7) 4)、5)、6)から慰安婦一人当たりの接客数は合計=10x300x2=6千人

8) 慰安婦の総人数は3)8千万を7)6千で割って約1万3千人

9) 8)のうち朝鮮半島および非占領地の女性を40%とすると5千人

10) 9)のうち慰安婦になる以前に売春業に従事しておらず実質的に強制された被害者を50%とすると2千5百人

一読してわかるように、ほとんど全て机上の空論にすぎない。土台の認識がほとんど全て誤っているため、推定を加えるごとに誤差が増大しているのだ。以降で細かく見ていこう。

1) 第二次世界大戦および日中戦争に参加した兵士の数500万x4年(兵役年)=2千万人・年

ここでいきなり引っかかる。なぜ参加した兵士の人数に兵役年をかけるのだ。そもそも兵役年が4年はどこから出た数字だ。ひょっとして、太平洋戦争の期間だけ慰安所が存在したという認識で4年ということなのか。「2千万人・年」という表記は、人数を1年間につめこんだという意味なのか。しかし、太平洋戦争期間だけならば「日中戦争」に参加したことは関係ない。

いずれにせよ、慰安所が開設されだしたのは1931年から1932年のこととされる。太平洋戦争終結までの期間でいうと13年間といったところ。「1)」の時点で3倍以上の開きがあるわけだ。もちろん初期の慰安所は少数で、兵士の状況も変化しているので、単純に3倍すればいいというわけでもないが。

2) 兵士の休暇間隔を3ヶ月として休暇ごとに慰安所を利用したとして利用回数は年4回

ここでも驚かされる。従軍慰安婦問題にふれるなら、日本軍にまともな休暇がない代替として慰安所があてがわれ、作戦終了ごとに利用された証言もあることくらいは知っておくべきだ*2。休暇で慰安所が利用されたなら戦地に開設する必要はない。

また、利用が年に4回という頻度が多いと思うかどうかは個人差があるかもしれない。しかし推定後の補足で「兵士の兵役や慰安所利用は多目」というには、低く見積もりすぎではないかと感じる。可能かどうかだけなら、休暇中……正確には待機中に何度も利用することはできるだろうからだ。

3) 1)、2)から第二次世界大戦中の慰安所利用総回数=2千万x4=8千万回

ここで、やはり第二次世界大戦中にしか慰安所が開設されていなかったという認識を持っていることが明確になった。

4) 慰安婦の1日の接客数を10人とする

多いよ。従軍慰安婦は1日に20人以上も相手をしたという記録もあるが*3、前提にしていい数字とは考えたくない。「6)」で仮定している2年もの間に平均して続けられる回数ではないだろう。

5) 慰安婦の勤務日を年300日とする

働かせすぎだよ。肉体にも精神にも負担が大きいのに、1週間で1日しか休めないとは。

いや、日本軍が強要すると考えて負担を無視すると断っているならわからなくもない。しかしフェルミ推定を出した後、馬場氏は下記のような補足を入れているのだ。

慰安婦の負担は少な目に仮定しています。つまり慰安婦の実数はさらに少ない可能性もあります。

馬場氏の思考がおかしいを通りこして怖い。

7) 4)、5)、6)から慰安婦一人当たりの接客数は合計=10x300x2=6千人

単純計算そのものは正しいものの、単位としては6千回が正確だと思うのだが。

8) 慰安婦の総人数は3)8千万を7)6千で割って約1万3千人

この時点ですら歴史と乖離しつつある。関東軍特種演習いわゆる関特演に際して、すでに営業させられていた従軍慰安婦とは別に、新しく朝鮮人慰安婦を1万人から8千人ほど集めたという話があるのだ*4

9) 8)のうち朝鮮半島および非占領地の女性を40%とすると5千人

これも根拠がはっきりしない。被占領地出身者が日本内地出身者より少ないという説は確定していない。

性病検査をした医師による朝鮮出身者が8割という比率の記録も見つかっているし*5、限られた範囲の調査だが日本人より朝鮮人が多かった外務省記録も残っている*6南京の性病検査記録では日本人が朝鮮人より多かったが、それよりさらに中国人が多かった*7

また、9)、10)は常識的なものより大きく取っていると思います。

フェルミ推定を出した後の補足で上記のように書いているが、ここでは歴史学的に見て馬場氏の「常識」がおかしい。

10) 9)のうち慰安婦になる以前に売春業に従事しておらず実質的に強制された被害者を50%とすると2千5百人

慰安婦になる以前に売春業に従事していたことは、強制された被害者であることと相反しない。かつて望んだ職業であっても、条件があわないまま強制的に働かされれば被害者といえる。馬場氏の理屈ではブラック企業など存在しなくなってしまう。

また、被害者の総数を算出するなら、内地出身者を「9)」で排除する必要はない。内地出身者は比較的に安楽な環境であったらしいが、それでも多くが被害者と考えるべきだろう。


さて、馬場氏は推定数を出した後、小さな数字ではないと留意はしていた。

フェルミ推定で考えると20万人の強制連行による性的奴隷の被害者は多分、多くても2千5百人になりました。しかしこれでA派がひるむことはないでしょう。2千5百人を丸呑みしても(しないでしょうが)、これはこれで小さな数字ではないからです。少なくてもB派の一部の主張する0人との乖離は巨大です。

しかし続けて大した数字ではないとも主張していた。

逆に20万人が本当だとしても第二次世界大戦での被害者の数から比べると大した数字ではありません。日中戦争では中国人が5百万人から1千万人死亡した(日本軍に殺された)と言われていますが、これに比べれば同じく20万人を主張して真偽を問われている南京事件の被害者の数も誤差のうちです。

馬場氏が「A派」に留意したのは、後に相殺するための準備でしかなかった。

しかも南京事件への懐疑論を付属させている。日中戦争の被害総数は南京事件をふくむ様々な殺害を累積させたものであり、比較しても日中戦争で日本が与えた被害のゆるぎなさしか示さない。



結論近くの認識を見ると、今日の倫理観で何が批判されうることなのかは理解しているようでもある。

給食費の未払いは1%程度ですが(給食費くらいただにしたら参照)、それでも「モラルの崩壊」「教育の危機」だという人がいます。「国家的に売春を組織化し、中には強要により悲惨な人生を歩まされた女性が数千人いた」という事実(このあたりが河野談話の本音だと思います)がある以上、公に「日本は特別に悪い国とは言えない」とは従軍慰安婦問題では言いにくい環境にあります。

馬場氏はフェルミ推定が誤差の大きな方法論でしかないことも別のエントリでは認識している。

ビジネスのための雑学知ったかぶり フェルミ推定 

フェルミ推定は、いくつもの仮定に基づいていますし、それをさらに掛け算していくので、1桁2桁程度はたちまち誤差を起こしてしまいます。

馬場氏の大きな問題は、「ここまでこじれた原因は、執拗な反日勢力の存在と同時に第二次世界大戦の問題の精査を行うことにいつもは不熱心な日本の対応があります」という色眼鏡を持ち、その上で無知なまま数字をもてあそび、「A派」と「B派」にわけることで自らを中立であるかのように装ったことにある。


ちなみに従軍慰安婦の通説における推計数は、きちんと算出方法が提示されている*8。最大の20万人が出る経過を、馬場氏のフェルミ推定と同じ形式で記述してみよう。

1)主に慰安所が存在した海外地域で考えて、兵員数は約300万人。

2)業者用語の「ニクイチ」や、同様の比率で慰安婦を集めようとした計画案を根拠として、求められた比率は兵員30人に対して慰安婦1人。

3)台湾の証言数で慰安所に残っていた人数が半分以下だった等の根拠により、途中で辞めた分だけ新しく集められた数を考慮して2倍。

4)1)、2)、3)から、慰安婦総数は300x1/30x2で、20万人。

仮定をできる限り少なく、掛け算の回数も少なくしている。最小の数字5万人も、それぞれの仮定にある誤差を考慮したものだ。制約のもとでも可能な限り史実に肉薄するとは、こういうことだ。

*1:ツイッターアカウントは@とのこと。プロフィール欄を見ると、職業は「現在はあまり売れない経営コンサルタント兼弱小医療法人理事」だそうだが、まさかこのブログのような認識では医療に関わっていないと思いたい。

*2:吉見義明『従軍慰安婦』53〜55頁。以下、このエントリで頁数を示す注記はこの書籍を資料としている。

*3http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20100907/1283904121

*4:33頁。ただし原資料は未発見とのこと。

*5:27頁。

*6:28頁。

*7:82〜83頁。

*8:78〜80頁。