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法華狼の日記

2012-01-13 上げたのは2日後

[]『輪るピングドラム』24th station 愛してる

物語としては、わりと普通の落とし所だった。

いくつか掘り下げない部分を残しつつも、世界を改変した結果として家の前を通りすぎた子供二人に新たな立場を与え、きれいに物語を閉じた。

良かったのは、罰を受けなくてはいけないという自己嫌悪と、生きることが罰だという認識という要素を組み合わせて、多くの登場人物が生きることを望むようになった結末への理路。それと、初回で衝撃を与えられた脱衣バンクを、最終回において痛々しく描き直し、意味あいを変えさせてくれたこと。


しかし世界をより良く変えた代償として記憶が失われ、しかし変わる前の欠片を見つけて涙する場面は、複数の作品で見かけたもので、この作品の独自性までは感じられない。

自己犠牲を滑稽と紙一重で描くことも、タルコフスキー監督の映画『ノスタルジア』『サクリファイス』といった先行作品があり、これもやや既視感がある。

社会や、テロ団体や、親子といった大き目の共同体を否定しながら、小さな共同体を作ることだけが回答として提示されたところも、踏み込みの不足を感じた。サネトシを一人残して去っていったモモカについて考えれば、孤高の人生もできるならば良しという結論なのかもしれないが。

作画も良かったものの、基本的にはデザインと演出と会話劇で進行したこの作品らしく、単独で見せ場となるほどではなかった。


あと、運命を乗り換える言葉は、たとえばただの「いっしょに食べよう」だけだったりすれば、意外性と納得感があったかなあ、と思ったり。いや、しれっと以前の回で明示していたというだけでも良いのだが、どうも引っぱった割りには印象的な言葉ではなくて、いっそ肩透かしする方向へふりきれば良かったと思うのだ。

ただ、「いっしょに食べよう」だけではハウス食品のCMみたいな家族賛歌でしかなく、親の因果が子を呪ってきた物語の結末で小共同体賛美に転換した違和感を増大させかねない。だから「運命の果実を」という特異さを付与しておくことにも意味があると思わないでもない。


全体についての感想も書いておく。

ふりかえって考えると、整理すれば不要になる回や描写もあったとは思うが、おおむね毎回それなりの意味を持っていたと思うので、無駄とまではいえなかったと思う。構造としては同じような展開が続いたこともあったが、楽しめるだけの変化はつけられていた。

読み取れるテーマについては、明示された結論や描写が既存の作品にあるものばかりなので、深く掘り下げないと独自性は読み取れない。自己犠牲を正面から完全否定した『STAR DRIVER 輝きのタクト』のように新たな結論をはっきり見せてくれるかと期待していたので、その点は残念だった。

作画回もあったが、どちらかといえばアニメーター出身の演出家が映像を完全にコントロールするため自ら作画へ手を入れたという感が強く、動きだけで見せ場になったことはあまりない。どちらかというと原色が乱舞する背景美術が面白かったが、わりと背景が真っ白な場面の印象も強い。必要なところにだけ力を入れて、安普請で許されるところは徹底的に手を抜くところが、この作品がよく評されるのとは別の意味で舞台劇っぽかった。悪い意味ではなくね。

NakanishiBNakanishiB 2012/01/16 17:54 どうも。わたしも最終回はまあ微妙でしたね(^_^;)。実はその辺は見たころにこのなまでやっているツイッターでつぶやいたりしています。まあ。私ははまったのでいろいろいまだに尾をひいていますが。とりあえず少しだけです。

>ただの「いっしょに食べよう」だけだったりすれば、意外性と納得感があったかなあ
 これは何度も何度も家族(?)で食事するシーンがあって、話が進むにしたがってどんどん不穏になっていったので、「運命の果実」はそれをもう一度作り直すもののように思います。まあこれ自体は製作者の念頭にあったとは思いませんが、福音書ではイエスが誰かと食事するというのは(文脈によって意味が異なるとはいえ)重要なモチーフですから「いっしょに食べる」もモチーフになった地下鉄サリン事件と合わせて深読みはできると思います。

>社会や、テロ団体や、親子といった大き目の共同体を否定しながら、小さな共同体を作ることだけが回答として提示された
 うーん、(15話で期待した)社会的なものがついにぼやけたままだったのは確かですが、ネット上で探せるBDでのインタビューの抜粋を読む限り、むしろ「小さな共同体を作らざるをえなかった人々」を扱っているようです。りんごの家族の扱いを考えると親子が否定されているわけではないと思います。というか実はいまいち何が提示されたのかについては考えがまとまっていません。最終回の物語的結末と実際に作品全体で提示されたことはちょっとずれているように思えて。

 個人的には作品にはまって、次週を待ち続けるという体験が重要だった感じがします。映画や演劇では決してありえないことですから(マンガなら可能か)、改めてテレビアニメを見るということを久しぶりに(というか初めて?)したというところですね。(美術を含めた)演出の力というのは感じましたが、「作画」という意味でぴんと来なかったのはむしろ私についてはアニメ経験が足らないせいかなと思います。

 あと、サネトシ先生は口癖など監督そのままみたいです。

 では、結局たらたらとすいません。

hokke-ookamihokke-ookami 2012/01/18 00:57 >ネット上で探せるBDでのインタビューの抜粋を読む限り、むしろ「小さな共同体を作らざるをえなかった人々」を扱っているようです。

なるほど。序盤の主人公達3人を中心に考えれば、そうですね。

>次週を待ち続けるという体験が重要だった感じがします。

この点は本当に凄かったと思います。それこそ1クール作品なら『まどか☆マギカ』等がありましたが、2クール物で毎回のように飛び道具をくりだしてビックリさせ続けたのは凄い。
昨年中期の話題をさらった『TIGER & BUNNY』など、2クールをもてあましてか、途中で何度もダレていましたから。

>サネトシ先生は口癖など監督そのままみたいです。

ダヨネ。
……真面目に、制作者が最も自己を投影するのは悪役というパターンは少なくないので、だからこそサネトシの立ち位置も掘り下げてほしかったなあ、と思いはしますね。

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