法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『エウレカセブンAO』第五話 タイトゥン・アップ(episode:05 gènèration bleu)

猪爪慎一脚本。OPにストーリーエディターとして會川昇がクレジット。
今回は、組織側の手違いで主人公が右往左往する展開を通し、ゲネラシオン・ブルに所属する人々や組織のありようを説明していく。


新世紀エヴァンゲリオン』のNERV以降らしい組織描写として面白いのが、かつてのロボットアニメで大人が子供主人公を突き放して自分で考えるよう諭していた役割を、この作品では同世代の子供だけがつとめているところ。
大人は心から主人公を初めとした子供達を守ろうとしているが、迷いを持っているがゆえに自信を持って導くことはできない。意図的に説明をしないのではなく、説明ができない。運び屋ガゼルは堂々とゲネラシオン・ブル社長とわたりあうが、それは大人になれていない青年の無根拠な自信にすぎないと、映像だけでも理解できる。例外は機械に対して向き合う職人くらいか。
自分の正しさに自信を持てない大人と、正しさを考えるよう突き放す子供。『新世紀エヴァンゲリオン』が新劇場版においてNERVを冷酷なだけの集団とはせずとも、逆に子供を情報から遠ざけていて、やはり社会との繋がりを切断していたことと、面白い対照を描いている。


ロボットアニメとしてみても、大人の持っている不安感が効果を上げていた。天災や獣害がごとき敵への対処に不穏な空気がつきまとい、敵の奇襲によって明から暗へ転調する流れが美しい。
そこから主人公が前線に向かうまで、すれ違っていた情報がかみあって、お膳立てを整えられて発進するまでの流れも、ベタながら爽快感あって良かった。


映像面では、メカニックのフェティッシュな演出が多くて楽しめた。多人数で整備しなければ兵器は動かないし、整備士とパイロットのコミュニケーションも必要という描写が、兵器や組織の存在感を作り出す。前作では、主人公が高い整備能力を持っていたので期待していたが、全体としてはスポイルされていた要素だ。
作画的には、比較対象が少ない空中戦なのにちゃんと敵の巨大感が表現されているレイアウト等が良かったが、作中の台詞で「ワカメ影」が出てきたところが最も印象に残った。とはいえ、この作品のポップカルチャー引用は、あまり視聴者に訴求しそうな描写ではないな。