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法華狼の日記

2013-06-28

[]『ガールズ&パンツァー』はスポーツアニメとしてダメだと思うということ

エントリタイトルはいいすぎかもしれない。だが、それなりに楽しんで見つつも、最後まで不満が解消されずに終わったというのは本心からの感想だ。


その不満とは、主人公チームがきちんと負けないこと。初期に対外試合で惜敗したくらいで、試合が本格的に始まってからは勝ち続け、展開が単調としか感じられなかった。

特に後半の試合は最悪で、主人公チームが勝利する説得力に欠けていた。後述の負けられない事情を考慮しても、工夫で補える範囲だというのに。

圧倒的な戦力を持つ敵チームがいくつも登場しながら、主人公チームと正面からぶつからない。甘く見た結果として足元をすくわれるというパターンが連続。敵のスペックだけ高くても、映像の演出は面白くて見ばえはしても、強敵と戦って勝ったいうカタルシスが薄かった。

弱小チームが大正義アメリカや大正義ソ連と正面から戦うような無茶な構図にしないため、スポーツとしてなりたつような厳しい制約ももうけるべきだった。当初のまま、5車輌しか試合に参加できないという制約でも充分だった。


それに、主人公が競技にのめりこむきっかけは実利や人間関係でもかまわないのだが、やがて主人公が競技そのものにのめりこむようになれば、きっかけにすぎない利害関係や人間関係は競技結果と切りはなされていくべきだろう。もちろん一般的には、競技を続けることそのものと人間関係は密接なまま、より新しい人間関係に発展していくことが好ましい。

ここでの比較対象は『ラブライブ!』でもいいし、『ちはやふる』でもいいし、『バトルスピリッツ覇王』*1でもいい。大敗したら人生が終わるような戦争アニメと違って、スポーツアニメは何度も負けていい。生活に影響をおよぼすような現実の利害関係と距離がとれるから、第三者として別試合を観戦するだけでもドラマになりうる。

だから、主人公チームは何度だって負けることができるし、そうしていつ負けるかわからないから視聴者は手に汗をにぎることができる。きっかけにすぎない利害関係というメタな根拠から試合結果が予想できるようではつまらない*2

逆にいえば、『ラブライブ!』で途中から廃校問題が棚上げになったりしたことは、主人公たちの競いあう姿を純粋に描くため必要な段取りであったとわかる。

そして、大切な試合で負けることは、それはそれで印象深く面白いドラマとなる。


もちろん、1クールでは何度も主人公チームに挫折させるような余裕はとりにくいだろう。それならば2クールあれば良かったかというと、視聴者ならばごぞんじのとおり。制作が遅れたため本放送では2度の総集編をはさみ、物語が完結する前に最終回をむかえてしまった。本来の最終回は、数ヵ月後に公開する始末。

スポーツアニメの醍醐味に主人公チームの敗北展開がふくまれると仮定するならば、もっと時間と人員に余裕をもった体制でアニメを制作するべきだった。


実のところ、今回に限らず、長期構成のまずさは以前から水島努監督の欠点と感じている。シンエイ動画に所属していたころは、ほぼ各話完結で生活ギャグを描いていたから目立たなかった。

しかし2度の長編映画『クレヨンしんちゃん』を監督として手がけた時、ネタを濃密に入れすぎてクライマックスのずっと前にピークがきたり、クライマックスをもりあげるために陰鬱とした展開がつづいて間延びを感じた。

そして各話完結のアクションホラーに見せて全体で大きなしかけをしていたTVアニメBLOOD-C』では、伏線のための不自然な描写が序盤から終盤まで延々とつづき、視聴者の脱落をまねきつつ、やすやすと真相に見当がつく結果となってしまった。

水島監督も、原作となる物語がある場合は、薄すぎたり濃すぎたりしないように展開の密度を調節できているとは感じる。逆にいえば、完全オリジナルストーリーの『ガールズ&パンツァー』で欠点が露呈したのは意外ではなかった。

*1:全体の感想はこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120902/1346621477

*2:その意味では、利害関係と主人公たちの行為を切断したまま最終回までつきぬけた『TARI TARI』のシリーズ構成は独特で、今も印象に残っている。

玲 2013/06/29 04:13 >本来の最終回は、インターネットで配信する始末。<

 いや、『ガールズ&パンツァー』の最終2話は3ヶ月遅れとはいえテレビで放送しましたよ。私はBS11での視聴でしたが、wikipediaの記述を信じる限りでは地上波ネット局でも最終2話を放送しなかったところは無いようです。

えるえる 2013/06/29 04:23 "本来の最終回"って何を指しているのでしょうか。
11話、12話は3ヶ月遅れでTV放送してましたけど。御教授願います。

はい?はい? 2013/06/29 09:14 >本来の最終回は、インターネットで配信する始末。<

それって、咲〜阿知賀編じゃないの?
何トンチンカンなこと言ってるんだか。論評としてダメだと思います。
紅茶で顔洗って出直してきなさい。

らっくらっく 2013/06/29 10:25 個人的には,主人公が他校へ転校するほどのトラウマをともなった敗戦が物語の起点になってることや,グロリアーナ戦での敗戦(特に1年生の成長に重要)があったり,調子に乗ってしまった自チームの奢りによりほとんど敗戦確実になったプラウダ戦前半があったりしたので,主人公達の成長を描写するには十分だと思いました。大洗の戦車毎のチームにとっては「撃破された」のも受ける屈辱度は負けといっていいですしね。戦車道の特異な面です。

戦車道の試合の特異な面は,他のスポーツに比べ,リーダーの指揮が勝敗を大きく左右したり,戦い方にもバリエーションが多く存在することでしょうね。トラウマを抱えてるけれども超優秀な西住みほという指揮官が居たお陰で勝てたし,ゲリラ的な戦い方で物量面の不利を低減させたり,というのは普通のスポーツにはありませんし。
最終的に勝てたのは,IV号戦車のクルーがそれぞれの面で優秀だったからに他なりませんが。

円盤付属の資料では,試合の規定時間をこえると1対1でサドンデスという選択もあるそうですし,世界大会への代表選手選出ということもあるでしょうから勝ち方にもこだわるのでしょう。大洗以外の有力校は,捨て身の大洗のように逃げまわって1対1を狙うというのはあまりできず,がっつりフラッグ車を仕留めていくしかないのかもしれません。

774774 2013/06/29 11:03 兵の地力や練度、戦車の性能、戦車の数、伝統・経験の差。いずれの闘いにしても始まる前から彼我の総合的な戦力差は歴然としてましたでしたからねえ。
蟻が巨像と戦う、というのは誇張が過ぎるかもしれませんが(まぁ決勝はまさにそんな感じでしたけど)とにかく主人公チームは常に格上と戦わざるを得なかった。

正直な話、私は1回戦終了時点でリアリティある戦車に乗った可愛いキャラクターがそれらしく「がんばる」(頑張るではない)のが作品の売りだと察し、以降は個人的なこだわりは捨てて作中のノリに身を任せましたね。
何せ女の子の女の子による女の子のための戦車道が前提の大会ですよ。俺たちが作ったビッグウェーブに乗れよ!なんて雄叫びが聞こえてきそうなエキセントリック溢れる設定ですもの。

まぁ個人的には、優勝しなければ廃校するなんて主人公達への心理的なバイアスがもっと早く(1回戦時とか)に機能していて、且つ大会が有力校によるヤラセが横行するような形骸っぷりであればと思わなくはない。
そしたら戦術と精神論で敵に食い込む泥臭い展開に……なんて発想もガルパンという作品があってこそのものなので、やはり力のある作品であると無意識に自覚しているんだなあと

可愛いは正義。展開でもキャラクターでも常に女の子的な丸みを失わなかったからこそ、ミリオタを始め多くの連中に支持されたんだと思います
続編では主人公チームが新たな敵に初っ端から敗れる人気作品のお約束展開がくるものと期待します

NakanishiBNakanishiB 2013/06/29 11:37  どうも、私はたぶん放送時間がかぶっていたほかの作品を見ていたせいだと思うのですが、「ガールズ&パンツァー」は見ていなかったの内容は知らないのですが。
>構成のまずさは以前から水島努監督の欠点と感じている
 と法華狼さんは書いていますが、
 以前の「BLOOD-C」は脚本・構成(の)をむしろ問題視していました。
「フォトカノ」(こっちも適当にながら魅していただけですが)について
>横山監督がシリーズ構成するべきではなかったと思う
 と書かれています。ですが前者はシリーズ構成を脚本家がやっています。あといろいろ評判の「ヴァルヴレイヴ」も脚本。・シリーズ構成よりも監督のほうを重視して法華狼さんは記事を書いているように思ます。実際のところ「シリーズ構成」と「監督」の役割分担というのはどうななっているのでしょう?。
 映画なら監督のほうが、ドラマなら脚本が主導権があるのだろうなと思うのですが、テレビアニメの監督が実際何をするのかちょっとよくわからなくて。富野由悠季などは完全に映画的な監督のイメージなんですが、かなり前のイメージので現在どうなのか。「BLOOD-C」についての記事のコメントにも多少言及がありますが、今回は批判している部分がかなりストーリーとその構成部分に絞られているのでちょっと聞いてみました。

>1クールでは 
 しかしまあ昔の人にはほとんどが1クールというのもさびしいですね。ただそれも現在の環境の理由があるのでしょうから制作体制が弱いのはやや批判として適切でないのではないかと思います。

 荒れそうなところに記事の主題とずれた話ですいません。

hokke-ookamihokke-ookami 2013/06/29 21:44 「インターネットで配信する」を「数ヵ月後に公開する」へ訂正しました。


玲さん、えるさん、はい?さんへ
指摘ありがとうございます。エントリで指摘した問題は終盤の完成遅延ですが、おっしゃるようにインターネットでのみ配信されたかのような記述は誤りです。


らっくさんへ
>主人公が他校へ転校するほどのトラウマをともなった敗戦が物語の起点になってること
>大洗の戦車毎のチームにとっては「撃破された」のも受ける屈辱度は負けといっていいですしね。戦車道の特異な面です。

そのトラウマのあつかいも微妙かな、と。戦争でもスポーツでも、囮を撃破させる選択肢を指揮者は普通に想定しそうなものですし。
それこそ戦争であれば、仲間を死地に追いやるような作戦を避ける意識を成長として描けますが、スポーツはそうではないでしょう? 仲間を危機に直面させたという主人公のトラウマと、囮にした仲間もふくめて総体として戦う違いを理解することこそ、スポーツにおいては成長ではないかと思います。

>ゲリラ的な戦い方で物量面の不利を低減させたり,というのは普通のスポーツにはありませんし。

フィクションのスポーツにおいては、圧倒的なリソースを持つ相手に対して、交代選手が足りない主人が奇策で勝つといった展開は、むしろベタではないでしょうか。私が例示した作品も、そういうパターンが描かれています。
ゲリラ戦ならば、戦力差が逆転するような特殊な地形とか、もうちょっと色々と見せられたんじゃないかしら、と。たとえば、マウスが最初から市街地で戦った最終決戦とか、もう少し工夫できなかったかと思いますね。巨体や低機動力が邪魔にならないような場所で登場したが、主人公チームが戦場を狭い市街地へ移すことで無駄になってしまった、とか。
まあ、たとえ舐めプレイでもバラエティを生むことはできなくはないですけどね。一例として、マンガ『SLAMDANK』の全国大会だと、敵選手と若手監督の内部衝突で試合が荒れた隙をついて浮上したり、敵監督が主人公一人の戦力を見誤って舐めたミスマッチを基点に辛勝したりして、そうして全力を出しきった後に負けて最終回……(おおむね監督が戦犯じゃないですかヤダー)

>円盤付属の資料では,試合の規定時間をこえると1対1でサドンデスという選択もあるそうですし,世界大会への代表選手選出ということもあるでしょうから勝ち方にもこだわるのでしょう。

指摘ありがとうございます。ただ、それで「勝ち方にこだわる」というのが良くわかりません。それで戦力にまさるチームが時間切れを避けたくなることはわかりますが、世界大会への代表選出に勝ち方が関わってくるという情報があったでしょうか?

hokke-ookamihokke-ookami 2013/06/29 21:44 774さんへ
>いずれの闘いにしても始まる前から彼我の総合的な戦力差は歴然としてましたでしたからねえ。

どれだけ人数や戦車数を集めても、試合で戦うのは少数だけというルールであれば、その戦力差も縮められたと思うんですけどね。
後半に戦車集めの展開をしたかったなら、たとえば仲間の戦車が故障した結果にすれば良かった。もともと試合ごとに戦車の消耗が激しいのだと説明していれば、自然に受け入れられたと思います。

>優勝しなければ廃校するなんて主人公達への心理的なバイアスがもっと早く(1回戦時とか)に機能

そういう情報が最初から広まっていれば、学生全体や地域社会が一丸となって応援し、リソースを充足させる展開も説得的に描けたかもしれませんね。
むしろ、その情報を広めなかったキャラクターの意図が謎といっていいかも。

>展開でもキャラクターでも常に女の子的な丸みを失わなかったからこそ、ミリオタを始め多くの連中に支持されたんだと思います

見ていてストレスがたまらない作品ではありましたね。戦車が必要になれば探しまわって1話で集めることができたし、チームの頭数も難なくそろえられた。ライバルを倒したくないという葛藤をおぼえるような場面もない。
その意味では、『ラブライブ!』終盤の挫折が不評だったことと陰陽の関係にある作品だと思います。


NakanishiBさんへ
>以前の「BLOOD-C」は脚本・構成(の)をむしろ問題視していました。

以前に藤咲シリーズ構成を名指ししたのは、『BLOOD+』が今では美化されているものの、そのシリーズ構成は昔は不評だったし、他の作品もあまり評価できないよと注意喚起する意図でした。
指摘されているように、コメント欄で水島監督の作風とも通じているのではないかといった話もしています。
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20110916/1316182938
>他には、映画『クレしん』シリーズにおける担当パートで、主人公達をいじめる場面を長々と見せる癖なども、『BLOOD-C』の出口のない感じと似ている気がします。

>実際のところ「シリーズ構成」と「監督」の役割分担というのはどうななっているのでしょう?

一般的に、どちらが主導して物語を作っているかはケースバイケースです。たとえば『まりんとメラン』というアニメでは、全話の脚本を一人が担当していましたが、後のインタビューにおいて脚本内容はほとんど映像に反映されなかったと脚本家が明かしていました。
全体的な責任は監督が負いますが、どのスタッフに原因があるかははっきりしません。あくまで私個人が持っている知識や推測にもとづいてエントリを書いているだけですし、その時々の興味関心で名指しするスタッフはかわります。
今回は水島監督の過去作品との共通項が感じられたため、最後の段落で名指ししました。特定のスタッフを非難や称賛している時、それは単に言及していないだけであって、名指ししていないスタッフを免罪したり名義貸しとみなしているつもりはありません。

>ただそれも現在の環境の理由があるのでしょうから制作体制が弱いのはやや批判として適切でないのではないかと思います。

監督に全責任があるわけではないにせよ、プロデューサーや制作会社をふくめたくくりでは、総体としての制作者が批判されてもおかしくないポイントだと思いますよ。

らっくらっく 2013/06/30 00:29 hokke-ookami さん,お返事ありがとうございます。

>そのトラウマのあつかいも微妙かな、と。戦争でもスポーツでも、囮を撃破させる選択肢を指揮者は普通に想定しそうなものですし。

主人公のトラウマは囮に関することではありませんでした。命が危ないかもしれない状況で,おそらくは運営側による救出が間に合わないと判断したのか,自ら救出に飛び出した。フラッグ車である自車のクルーに説明する暇も無かったですが,結果的に大会側もそういった救出活動を認めず,母校は黒森峰に負けた。その時の戦車道の常識ではそれが当たり前だったのでしょうね。西住流の家元である母にも認められなかった。主人公にとっては,自分の信ずるヒューマニティが否定される世界として,戦車道から遠ざかりたかったのでしょう。サンダース隊長の「戦車道は戦争じゃ無い」と言われて殊の外喜んだのも,別に手加減加えて貰ったからではなく,「勝利優先では無い」,そういった自分に近い価値観を持っている人が有力校の隊長だったからでしょう。

>それこそ戦争であれば、仲間を死地に追いやるような作戦を避ける意識を成長として描けますが、スポーツはそうではないでしょう? 仲間を危機に直面させたという主人公のトラウマと、

お返事の文脈から言うと,トラウマの原因となった事件では,主人公が囮にした仲間を危機に直面させた,と主張されているようですが,そんな事実は有りません。

>囮にした仲間もふくめて総体として戦う違いを理解することこそ、スポーツにおいては成長ではないかと思います。

まさにそうの様な内容が主題だったと思いますが。合意の上での囮は使う,でも事故では仲間は見捨てない。そういった,「戦車道とスポーツとの自分なりの着地地点」とその考えを一緒にしてくれる仲間を見つけた,それが最終回の「見つけたよ,私の戦車道」というセリフなのではと思います。こういった着地点を見つけられたのは,一連の出来事の責任者である生徒会メンバーがすすんで囮になる姿勢を見せてくれたからでしょうね。
失礼ながら,ここまでのお返事からだけでもhokke-ookami さんが全話通して観たとは思えないのですが,一応以降のお返事にもお答え致します。

>フィクションのスポーツにおいては、圧倒的なリソースを持つ相手に対して、交代選手が足りない主人が奇策で勝つといった展開は、むしろベタではないでしょうか。私が例示した作品も、そういうパターンが描かれています。

奇策とゲリラ戦は意味するところが違うのですが,まぁ本編には奇策も登場しますからそれはそれで。hokke-ookami さんも多勢に奇策で勝つと言うことは認められているということですものね。

>ゲリラ戦ならば、戦力差が逆転するような特殊な地形とか、もうちょっと色々と見せられたんじゃないかしら、と。たとえば、マウスが最初から市街地で戦った最終決戦とか、もう少し工夫できなかったかと思いますね。巨体や低機動力が邪魔にならないような場所で登場したが、主人公チームが戦場を狭い市街地へ移すことで無駄になってしまった、とか。

マウスはともかく,追いついた黒森峰の戦車軍は見事に大洗に狭い市街地に誘い込まれて,戦力を事実上そがれたとともに,フラッグ車同士の一騎打ちに持ち込まれましたので,ゲリラ戦としては申し分ないと思います。事前にマウスを仕留めなかったら,主人公側は市街戦に持ち込めなかったでしょう。もしマウスを生かしたまま市街戦に入ったら,黒森峰はマウスの砲撃で市街地に道路以外の「道」を作ってしまうことも可能ですから。

>指摘ありがとうございます。ただ、それで「勝ち方にこだわる」というのが良くわかりません。それで戦力にまさるチームが時間切れを避けたくなることはわかりますが、世界大会への代表選出に勝ち方が関わってくるという情報があったでしょうか?

まず,プロの試合だったらどうでしょう。戦車道にはプロチームがあるようで,登場人物のひとりは戦車道プロチームのオーナーになるのが夢だそうです。プロ野球の優勝決定戦で勝てるからと言って,敬遠ばかりしていたら客は面白く思わないでしょうし,そんな形ばっかりで勝負が決まるようだと客足も遠のくでしょう。スカウトもチームの打力に任せて試合では敬遠ばかりするような投手に声をかけることは無いと思います。心身ともに実力は真剣勝負を回避していたら分からないですから。車輌の性能が大きく効いてくる戦車道で個人の能力を測るなら,なおさらだと思います。選手の能力を測れない,という点で世界大会の選手の選出も同じでしょう。

ちなみに,世界大会とかプロとかは視野に無い主人公側はなんでもありです。
最終戦で主人公チームが煙幕を張りますが,観戦していたグロリアーナのオレンジペコがそれに対して驚いたり,ダージリンが「恋と戦争のためならなんでも許される」と合いの手を入れて主人公チームを弁護するように言うのは,戦車道としての試合では煙幕を使うのは少しばかり常識外れなんでしょうね。これらの事や,サンダースの生徒の「機銃で撃つなんてかっこわるいじゃ無いですか」からも,武道としての暗黙の規範が有る事が伺えます。

NakanishiBNakanishiB 2013/06/30 03:30  どうも、タイポだらけのコメントにご返事すいません。わかりにくい質問になってしまったので補足です。「ガールズ&パンツァー」はほんとにほとんど見ていないので、「テレビアニメの監督が実際何をするのかちょっとよくわからなくて」という部分がコメントの基本でした。
>名指ししていないスタッフを免罪したり名義貸しとみなしているつもりはありません。
 というのは了解できるし、監督を名指しした理由も十分なのですが、やはりこの批判の内容ではシリーズ構成の問題もあるのではないのかという疑問があるわけです(「ガールズ&パンツァー」もオリジナルストーリーは基本的に誰が作ったのかがわからないわけですが…)。監督が全体的責任をかなりを負うのは当然ですが。「シリーズ構成」という役割自体が昔は目にしなかったので気になっているわけです。まあ、映画でもイーストウッドみたいに既成の脚本はまったく変更しないという監督もいますが。

>監督に全責任があるわけではないにせよ、プロデューサーや制作会社をふくめたくくりでは、総体としての制作者が批判されてもおかしくないポイントだと思いますよ
 そうなんですが、「スポーツアニメ」であることを捨てるということがリソースの弱さと放映期間の短さから出した製作側の選択であったのではということです。この辺は完全な憶測ですが、現実の結果から見ればやはり戦車戦をしたりするのは本当にリソースをくって、本当にきつかったのでしょうから。ヒットするということがはじめからわかっていれば冒険もできたのしょうが。法華狼さんは作画とともにドラマにも相当こだわるし、テレビアニメの存在意義と関わるとみなしているようですので、現在の製作環境の制約は割りひいた方がいいのではないかということです。これも私自身が最近またアニメを見はじめて戸惑っている点です。では、失礼しました。

TeruTeru 2013/06/30 09:35 >「インターネットで配信する」を「数ヵ月後に公開する」へ訂正しました。

昨年12月のBS11chの10話放送では、
次回題名もなく「今後の展開につきましては、公式ホームページをご覧ください。」
同10.5話放送では、
「ご覧の「ガールズ&パンツァー」は、今回をもちまして放送を終了します。
今後の展開に関する情報については、決定次第公式ホームページにてお知らせします。」テロップでした。

放送以外のネット経由で(放送枠その他確保後の)続報を見ていない限り、
昨年末で放送が終了と捉えていても、やむを得ない放送内告知の仕方だったかと。

関係者自身がtwitterで制作状況を「インパール作戦」に例えていたりしましたから、
(戦車3D制作)戦力把握に何らかの読み違えがあったのかなとも思っています。

>圧倒的なリソースを持つ相手に対して、交代選手が足りない主人が奇策で勝つといった展開

西住みほが、チームメンバーの士気に流されて、
その場で一気呵成を選んだプラウダ戦を除き、
指揮が毎回基本的には当たっているのは、
学園艦のサイズともども、そういう(ノリと勢いの)お約束かなと。

史実の細部(8話のNuts!とか)ではなく、ストーリーでのリアル感を求めだすと、
あれで当たるなら(海戦ですが)マリアナ沖やレイテ沖の「策」でも当たってしまう状況設定だなと。

作豚作豚 2013/06/30 11:10 周りからはブサヨが右偏アニメにどうにかしてケチつけてやりたいの図にしか見られてませんよ。

もうこんな事やめて、これからは作画系記事に1本化して作豚ブログとしてやっていったほうがいいんじゃないですかね。その方が俺らも嬉しいし。
「たまんね」で分かり合える価値観がある
「なあ、つれえ;;」で深まる絆もある


ようこそ、作豚の世界へ。

かまおかまお 2013/06/30 12:32 >周りからはブサヨが右偏アニメにどうにかしてケチつけてやりたい

そうそうその通り。いいところもあるみたいだけど
動機がなんなんか知らんけどアウトサイドからは右の人を叩くため何でも無理やりこじつけ強弁するトンデモ女にしか見えてない。



ようこそ新しい世界へ(バラ族男色家の世界のこと)
ってのが俺の多用するフレーズなんだけどw偶然。

133C.N.:名無したん[] 投稿日:2012/02/08 06:51:01  ID:Fqew2mQD0(5)
ようこそ新しい世界へ!
http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/auc-toro/cabinet/img57621704.jpg?_ex=200x200&s=0&r=1

モ毛門モ毛門 2013/06/30 12:39 でモケちゃんって「ゆり」っすか?

ヘテロセクシャルの日本人男を逆差別している変態モケちゃん。

くま(仮)くま(仮) 2013/07/01 19:01  わたし見そびれてるんですが友人どもが申しておりました
 友人A「戦車模型の流布のためにはこれをプッシュせねばならず面白いかどうかは既に問題でない」
 友人B「あれ総トン数縛りにしたらよかったんじゃあ」
 友人C「色で見分けがつかんのがいけません。いいもんの戦車はみんなナチ色にすべきで」
 おまえらちょっとまて

山の井山の井 2013/07/02 13:54 一点だけ。
水島努監督の過去作品との共通項に言及されていますが、私は逆に相違を感じました。
というのも監督は以前「おおきく振りかぶって 夏の大会編」において、スポーツにおける敗北を既に描いており、その重要性を理解していないはずがないと思ったからです。
放送延期が決まった10話(10.5話?)時点ではご指摘のとおり明確な敗北展開がなかったため、黒森峰との決勝ではどのような展開であれ最後は負けるだろうなと予想していただけに、映像美を堪能しつつも、黒森峰に勝利してしまった最終回には違和感を覚えました。
どうして本作では負けなかったのかという点で、どこまで監督が携わっていたのか気になるところではあります。
ともあれ制作体制の拙さという点では制作陣各位批判を免れ得ないでしょうが。

↓参考まで
日本人は「敗北」に感動する 高校野球アニメ「おお振り」の意図
https://ascii.jp/elem/000/000/569/569400/

hokke-ookamihokke-ookami 2013/07/03 01:22 みんな深読みしないのに裏読みしすぎ!
あと、二つの名義を用いている人物については、もちろん他に書き込んでらっしゃる人々や、『ガールズ&パンツァー』ファンと同一視するつもりは全くありません。


らっくさんへ
>主人公のトラウマは囮に関することではありませんでした。
>合意の上での囮は使う,でも事故では仲間は見捨てない。そういった,「戦車道とスポーツとの自分なりの着地地点」とその考えを一緒にしてくれる仲間を見つけた,それが最終回の「見つけたよ,私の戦車道」というセリフなのではと思います。

ええ、そのとおりです。撃破されたという各チームの屈辱度を重視するならば、主人公のトラウマの昇華と相反しませんか?というのが前回コメントの意図です。
もちろん、チーム個々が全体の勝利を求めるか個人的な達成を望むかの葛藤は、それ自体がチーム戦闘アニメの醍醐味でしょう。さらには、勝利することや競争することを達成目標にするかどうか自体がドラマとなることも多いですね(『ラブライブ!』等)。……しかし、そうした葛藤をドラマとして昇華するにも1クールは短かったと思います。しかも終盤で新チームを増やしてしまったわけですから……

>hokke-ookamiさんも多勢に奇策で勝つと言うことは認められているということですものね。

いや、そもそも私は勝利するなら説得力ある過程を描いてほしかったと思っていますし、だからこそルールの穴や意表をついた作戦も求めています。これはただ奇策を使えばいいという話ではなくて、なぜ敵チームが奇策への対策をとれなかったかも説得的に描く必要があります。
たとえば、敵チーム視点の話になりますが、各チームの戦車は総重量の規制があるというルールならどうでしょう。主人公姉チームがマウスを持ち出したからもう新しい戦車は用意していないだろう……と主人公が思って市街地へ逃げ込んだらゴリアテが待ちかまえていた(笑)とかね。
逆に主人公チームでゲリラ戦をやるなら、戦車戦の経験が不足していることを逆手にとって、歩兵戦闘輸送車を投入して歩兵のアンブッシュ攻撃で主人公姉チームを屠ったり(苦笑)とか。
……いや、本編でも主力戦車しか投入してはいけないというルールじゃありませんからね。

>プロ野球の優勝決定戦で勝てるからと言って,敬遠ばかりしていたら客は面白く思わないでしょうし,そんな形ばっかりで勝負が決まるようだと客足も遠のくでしょう。

なるほど、あくまで視聴者側の補完としてはアリだと思います。ゲームの迫真性には寄与しませんが。
余談になりますが、逆に敵の作戦本部へ潜入したり通信傍受されていたエピソードの、そのスポーツマンシップにおける位置づけの補足情報などはご存知ありませんか? ドラマとしては借りを返す的な感じで終わりましたが。


NakanishiBさんへ
>「シリーズ構成」という役割自体が昔は目にしなかったので気になっているわけです。

役職自体は、少なくとも1990年代以前からあったはずです。
役職の仕組みについては、マッドハウス公式サイトのコラムで説明されているので、読んでみてください。このサイトでは他の現代のアニメ制作における各役職も細かく説明されています。
http://www.madhouse.co.jp/column/oginyan/oginyann_07_a.html
『ガールズ&パンツァー』については、映像ソフトやムック等の情報を持っていないので、もちろん想像が大外れしている可能性はあります。

>「スポーツアニメ」であることを捨てるということがリソースの弱さと放映期間の短さから出した製作側の選択であったのではということです。

そういう意図でしたら、私はあくまでスポーツアニメという観点からダメといっているだけなので、何もいうことはありません。少女を媒介にした戦車のプロモーションアニメという観点で高評価するなら、特に私から異議をとなえるつもりもありません。

hokke-ookamihokke-ookami 2013/07/03 01:33 Teruさんへ
>昨年末で放送が終了と捉えていても、やむを得ない放送内告知の仕方だったかと。

BS11はそのような告知だったのですね。私はインターネットでしか見ていないので、各TV局の終了告知については知りませんでした。

>あれで当たるなら(海戦ですが)マリアナ沖やレイテ沖の「策」でも当たってしまう状況設定だなと。

逆にいえば、史実から引用して「現実でもこうなることがあるんだからしゃーないじゃん」という演出も、まあないではないですね。田中芳樹作品で多用される手法。これはこれであらかじめ読者や視聴者が知識を共有しておく必要がありますが。


作豚さんへ
実際に「右偏アニメ」だと思って批判したくなれば、率直にそう批判するエントリをあげますけども、私の場合は。

>これからは作画系記事に1本化して作豚ブログとしてやっていったほうがいいんじゃないですかね。

まあ、記事の方向性を一本化したほうが第三者には親切だという思いは以前から持っていますが、今さら分割するのも難しいので……
作画系ブログに特化してもアフィ収入は期待できないし(白目)


くま(仮)さんへ
総トン数しばりは、真面目にルールとして適用されても良かったんじゃないかなあと思います。軽戦車の数だけをそろえるチームが出たりして。


山の井さんへ
>https://ascii.jp/elem/000/000/569/569400/

紹介ありがとうございます。渡辺コラムはぽつぽつ読んでいたのですが、これは見落としていました。このエントリで導入した仮定について、かなりクリティカルな話がされていますね。
実際、『おおきく振りかぶって』はエントリを書いている時に頭によぎっていたのですが、原作物なので別あつかいだろう、と感じて意識の外に置いてしまっていました。

NakanishiBNakanishiB 2013/07/03 06:50 >hokke-ookamiさん
 どうも、申し訳ないので少しだけ調べてみました。親指シフトがほんとは気になるんですが。80年代、70年代ですら、クレジットはともかく「シリーズ構成」はいたようですね。個人的には90年代も半ばほとんどアニメを見ない時期なんですが。わかったのは仕事の内容は場合によりすぎて、個別にはよくわからない部分が多いということでしたが(^_^;)。今回も具体的なことがわからないとだめですね。ご紹介のページに「監督とは何か」がないのと対応しているような。とりあえずです。

>私はあくまでスポーツアニメという観点からダメといっている
もちろんそれは了解しています。ほとんど見ていない「ガールズ&パンツァー」の評価に異論は唱えません。あくまで「製作環境」が「スポーツもの」というかまともな「ドラマ」を作りにくくするとすれば、何がその要因でどのようにしてその問題を解消するかということにつなげるようにしたいと思ったしだいです。まあ、釈迦に説法ですいません。

ぶはwぶはw 2013/07/03 07:45 >作画系ブログに特化してもアフィ収入は期待できないし(白目)

なるほど日本叩きの目的は小銭稼ぎの為だったのかw

hokke-ookamihokke-ookami 2013/07/05 23:49 NakanishiBさんへ
>わかったのは仕事の内容は場合によりすぎて、個別にはよくわからない部分が多いということでしたが(^_^;)

そうですね。もちろん、だいたいの共通認識はあるのですが、物語の方向性を誰が決めるかというと、それは集団作業ですからインタビューなどの情報を見てもわからないことが多いです。


ぶはwさんへ
この日記は多くの2ちゃんねるまとめブログと違って、アフィリエイトはいっさいしていませんし、この日記を書くことで対価をえたことはありません(懸賞企画に当たったことすらない)。

NakanishiBNakanishiB 2013/07/06 07:13 >hokke-ookamiさん
調べてそうなのかと思ったのは首藤剛志さんの「今、僕は、シリーズ構成がどんな仕事かと聞かれると、はっきりと答えきれなくなっている」という記述でした。大ベテランだからこその発言で、やはり個別の作品を考えるならなおさら安易に考えてはならないと思わされました。では、すいません。

hokke-ookamihokke-ookami 2013/07/08 06:51 こちらのコラムの発言ですね。
http://www.style.fm/as/05_column/shudo26.shtml

genbugenbu 2013/09/13 09:52 今更になってガルパン関連の記事(更新が一ヶ月半前・・・)にコメントというのもアレですが。
ようやく録り貯めていた分を見始めて、ネットサーフィンもガルパン関連のものが多くなってから見つけたエントリなんですが↓
http://d.hatena.ne.jp/alphabate/20121101/1351767695
hokke-ookamiさん(で、よろしいでしょうか)は、この記事の内容について、妥当な指摘だと思われますか?
このalphabate氏は、他の2、3程のガルパン関連の記事や、後は艦隊これくしょんに関しても、同様の内容の記事をつけているわけですが、私個人としては、設定や作中の描写に関して、欠落している部分が多すぎるし、ただでさえ政治色なんて薄味どころか、皆無といっていい作品でいくらなんでも勘繰り過ぎというか、こじつけ過ぎだろうと思ったのですが、hokkeさんはこの記事に関してどう評価されますか?
(ガルパンだとか艦これだとか、ミリタリー色の強いものがそこそこ流行る現状が日本の右傾化の現象の一つだ!というのなら、実際のどころどうなのかはともかく、まだそれなりの説得力はあるのですが・・・)

hokke-ookamihokke-ookami 2013/09/14 08:07 >この日記は多くの2ちゃんねるまとめブログと違って、アフィリエイトはいっさいしていません

自己レスすると、一ヵ月半後にすることとなりました。


genbuさんへ
>hokke-ookamiさん(で、よろしいでしょうか)は、この記事の内容について、妥当な指摘だと思われますか?

なんというかalphabate氏らしいエントリだな、と思いました。解釈の対象となっている『ガールズ&パンツァー』の世界設定があやふやなので、ある程度の整合性はとれていると思います。どこまで本気なのかはわかりませんが。

ただマジレスしますと、よく読めば戦車などのディテール面ではなくて、学校制度の描写に基礎をおいて「軍靴の足音が聞こえる」と評しているところが重要だと思います。「その選択された生徒にとって、この履修届は赤紙と変わりありません」とあるように。
下記エントリも同じように、戦闘そのものではなく、「せめて生徒たちに正確な情報を開示し、誠意をもって話し合うべきでした」というところを批判のポイントにおいています。
http://d.hatena.ne.jp/alphabate/20121206/1354787912
「日本が戦争にのめり込んでいったときのような、やらなければやられるという視野狭窄状態にあることが見て取れた」とあるように、むしろ戦争にいたらなくても、教育機関として批判されるべき状態と解釈している。

つまるところalphabate氏のエントリは、学園ドラマという観点から、学校運営や部活動のありようが前時代的だと批判しているわけです。おこなわれている部活動が戦車道でなくても、負担の大きな部活動であれば成り立つ主張。
もし私が同種の批判を真面目にしようとすれば、表層的に軍事描写の多い作品ではなく、一見して穏和なのに学生の権利が無視されている学園ドラマを俎上にするでしょうね。多くの学園ドラマの世界観が前時代的だという問題はたしかにあるでしょうが、それを『ガールズ&パンツァー』という一作品の問題であるかのように解釈することは、むしろ危険だと思います。

hokke-ookamihokke-ookami 2013/09/14 08:11 >おこなわれている部活動が戦車道でなくても、負担の大きな部活動であれば成り立つ主張。

ついでにいうと、わざわざこのエントリのタイトルで「スポーツアニメとして」と明記したのは、上記の意図を明示するためです。

周 2013/10/27 03:42 個人的には、DVD/BDに付属するブックレットで戦車道ルールや世界設定を語られていたのが、気に食わなかったというか。なんというか。
2chのスレッドでブックレットの内容が開陳されていて、「高校生大会以上の大会ルールだと重量制限が付く」「世界大会ルールだと戦車の改造に制限が無くなる」って知ったときには、憮然としたというか。番組終了後の後付設定ならまだしも、実制作の前の段階で設定されていたのならば、なぜウェブサイトに掲載したりツイッターで語ろうとしなかったのか。「円盤買わない奴には教えてやんねー クソして寝ろ!!」ってことなのだろうか。

hokke-ookamihokke-ookami 2013/10/28 23:17 >実制作の前の段階で設定されていたのならば、なぜウェブサイトに掲載したりツイッターで語ろうとしなかったのか。

うーん、作品中では描かない裏設定であれば、あくまで映像ソフトの特典としてのみ公表するという態度も、それはそれで一種の誠実さだとは思います。
それはそれとして、作品で描かれた範囲の試合でも、もう少しルールを明確化してほしかったな、という気分はありますけどね。

杏樹杏樹 2014/01/31 17:24 http://yy31.kakiko.com/test/read.cgi/x51pace/1388554714/207
オルタナで見つけた、「それを言っちゃあ、お仕舞いよ」なんだけど、言いたいことは解るレスポンス。
個人的には作中で戦車道という危険極まりないスポーツが当たり前のように存在する理由として「ガルパン世界の人間は冷泉久子のような体の悪い老人でも超音速で飛んでくる120mmAPFSDS劣化ウラン弾を軽々と避けてしまうほど身体能力が発達していて。西住みほ程になると片手でキャッチしても無傷なのが当たり前。西住しほクラスになれば50メガトン級水爆が直撃しても無傷でいられる。」というギャグマンガ物理学に答えを見いだした嘘設定を思い付いたり、あるいは、「学園艦の居住者達や本土に住む一般人達は「メガゾーン23」や「マトリックス」よろしく、自分たちが巨大な恒星間宇宙船に乗っていることを知らずに暮らしており、昨日までは80年代だったのが今日は00年代といった状態になっても、彼らは普段通りの生活を過ごしていると錯覚している。この世界の真実を知っている人間の一派は外敵との戦争に備えて戦闘要員を密かに養成する為に学園艦艇を建造し、女子高生の段階から兵器の扱いに慣れさせておくために戦車道なるものをでっち上げた。「数年後に日本で開催される世界大会」は戦争の影が近づいてきた証拠で、西住みほ達が戦車道を復活せざるを得ない状況になったのも計画の内なのだ。」という茶番劇に答えを見いだしたありきたりな設定も思い付いたり。

hokke-ookamihokke-ookami 2015/05/04 23:38 ありゃ、すみません。1年半後にコメントを見たので、ご紹介の掲示板が見られなくなってしまいました。

しかし最近作の『SHIROBAKO』でも、障害を克服する過程は同じようなものばかりで、2クール作品にしてはバラエティが足りないと感じてしまいました。
いや、同じ思想の応用で障害を突破していくことが必ずしも悪いわけじゃないですけど、問題解決を次回に引きながら、いつも関係者が直接的に会話して、労力をふりしぼって協力して解決していくばかりなので、2クール目に入ると何もかも予想通りの物語進行になってしまったんですよね。

杏樹杏樹 2015/05/05 02:45 一年半前に貼ったURLについて説明させて頂くと、今は亡き「オルタナティブ@政治経済」のオタク関係の話題のスレッド(#)に書き込まれたコメントの抜粋で、内容としては、下記URLのガルパン感想(★)の「当たったら確実に死ぬような実弾をバカスカ撃つガルパンの戦車道は、剣道の試合で竹刀と防具を使わないで真剣を使用するようなもの。」という突っ込みと概ね同じ(#2)です。

★ http://animentary.blog.fc2.com/blog-entry-132.html

# ネット右翼とオタクの親和性がメインテーマだが、極端な逆張りと「艦これ」「ガルパン」「ストパン」をDisるだけに止まらない政治的な好き嫌いで作品そのものを断罪したりする空気が満ち溢れているスレッド

#2 安全性を配慮するなら風雲たけし城のアトラクションみたいにすれば良いとも言っていた。

hokke-ookamihokke-ookami 2015/05/05 11:34 フォローありがとうございます。

>#2 安全性を配慮するなら風雲たけし城のアトラクションみたいにすれば良いとも言っていた。

それをうまくやっていたのが『DOGDAYS』ですね。まだ第1作から第2作までしか見ていませんが、ファンタジー戦記をライト化することで風刺した、面白い作品でした。、

ポコテンポコテン 2016/01/29 03:43 自分も放送当時は同じ様なことを考えてましたが、最近twitter上のとある考察を読んでなるほど、と感じました。
よく考えてみれば当時の戦車を使わなければいけないという決まりがある上で戦車を揃えるにしても国別で揃える必要なぞどこにもない筈です、ましてやアンツィオのみたいに買い足すことも出来るのに…。
お金持ちであるとされているサンダースも実戦で使うのはほぼ大量のシャーマンかその派生で、知波単に至ってはクソ弱い皇軍戦車しかいません。その上勝つことよりも突撃してかっこよく爆死することを優先しているフシすらあります

tw20tw20 2016/02/10 17:06 https://twitter.com/02Curry/status/351147622674866176
https://twitter.com/02Curry/status/351150367301566464
https://twitter.com/02Curry/status/351155769716117504
https://twitter.com/02Curry/status/351156903323254785
遅まきながら

hokke-ookamihokke-ookami 2016/02/18 22:07 ポコテンさんへ
協議よりロールプレイを優先していると考えるわけですね、なるほど。それならばPVのような派手で見ばえする戦闘が多いことも理解できます。
ただし、かわりにゲームとしての迫真性は減退してしまいますね。視聴者に手に汗にぎってもらうためには、敵味方がロールプレイつまり舐めプレイをしている雰囲気を出してはならない。作品の娯楽性と根本的なところで衝突する考えだと思います。


tw20さんへ
ポコテンさんの示唆した考察はそれでしょうか。
「スポーツ」としてならダメになるが、「道」を追及する作品としては問題ないという考察ですね。おおむね筋は通っていると思います。ただ……

https://twitter.com/02Curry/status/351155769716117504
>(田尻もケイもカチューシャもねえちゃんも自己のポリシーを極め切ってる)のに、大洗だけが「スポーツとしての競い合い」をやってる。

これは主人公が黒森峰を去った理由から考えると、不充分な解釈だと思います。あそこで主人公が姉と衝突したのは、競技を優先したためではなく、むしろ競技を放棄して仲間を助けに行ったからに見える。その延長の道を主人公が進んだはずである以上、「私の戦車道」は「スポーツとしての競い合い」とは少し違っていなければおかしい。
ここは姉も妹も、最後まで別々の「道」を目指していたと解釈するべきでしょう。ざっくりいうと姉(西住流)は仲間を見捨てて勝利するドラマティックな悲劇のロールプレイ(覇道)を進み、妹は仲間を助けて勝利するヒロイックな娯楽のロールプレイ(王道)を進む。ここでそれぞれの「道」が競技の性格にはまったから、たがいに強者として決戦することができた……という解釈が、より正確だと思います。ついでに、どちらもロールプレイだと解釈すれば、あの状況が本当に危険な状況だったのかという謎も解決しますね。

艦これ艦これ 2016/02/29 01:55 自分はおとといくらいに全話見終えました。文章読みましたが、全く同じ考えで個人的にストーリー性がなかったと思います。自分は最終回だけは黒森峰に勝ってほしいとずっと思っていました。なぜなら、黒森峰はかなり前から訓練しているにも関わらず、数か月練習しただけの素人だらけの大洗に劣勢を強いられていたからです。大洗の生徒に才能があったからや、敵が油断していたからとか市街地での訓練はなかったとかはストーリー的にどうかと思いました。優勝校であるなら自分達の弱点を把握して奇策にも対処すべきだと思いますし、演出的にも西住流の凄さをもっと敵にぶつけるべきだったと思います。尺の都合上、展開は仕方ないにしても結局は大洗が勝ってしまうという雰囲気が出ていて個人的に盛り上がることがありませんでした。例えば、MAJORの海堂戦やロウきゅーぶの硯谷戦は後半で反撃し逆転しそうなところであえて主人公側が負けたからこそのドラマを演出していたと思いましたし、ラブライブは一期での辞退があったからこそ、二期で感動できたのだと改めて思いました。また、話の途中で廃校問題を出すくらいだったらラブライブのように最初から明示した方が説得力があっただろうし、プラウダ戦のように追い込まれかつ負けるといった展開を挟んだ方が面白かったとも思います。
ここまで書きましたが、尺があればもっとストーリーを描けたのではないのかと自分も思います。

hokke-ookamihokke-ookami 2016/02/29 22:16 >ここまで書きましたが、尺があればもっとストーリーを描けたのではないのかと自分も思います。

どうしても1クールは短いですよねえ。
このエントリを書いた直後、サバゲ―競技のアニメでは谷が深くて長すぎて視聴者をふるいおとしてしまいました。1クールでは起伏をつくることが根本的に難しいものだと思ったものです。
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20130923/1379979922

ちなみに、尺が少ない劇場版では、このエントリで書いた不満点の多くが払拭されているらしいという感想も見かけました。まだ鑑賞していませんが、連続ドラマだと主人公側の出番をつくりつづけるため、どうしても敗北を描きにくいという問題があるんですよね。どちらが勝つかわからない緊張感であれば、むしろ一本で完結する長編の方が出しやすい(こともある)。

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