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法華狼の日記

2014-01-14

[][][]富野由悠季監督のアクション演出は「アニメーション」として外道

だからこそ逆説的に、静止画をならべて解説すると実際の映像より面白そうに見えるのではないか、などと『逆襲のシャア*1を高評価する下記エントリを読みながら感じた。

逆襲のシャアの戦闘シーンは具体的にどこがどうかっこいいのか言語化計画(長い) - 批評家もまた批評さる

(1)でサーベルを抜いたら、(2)で相手が切り捨てられて、

これははっきり2アクションに分かれてます。

逆シャアのような、牽制と本命攻撃を組み合わせた

複雑な殺陣はあまり見られません

grips0087氏は『逆襲のシャア』と『F91』で殺陣の情報量が異なると指摘しているが、カットごとの情報量は大きな違いがない。1カットにひとつの意味をこめていくという意味では、きわめて古典的なコンテだ。それも動く絵の楽しさではなく、説明的な絵を積み重ねていく方向性が見てとれる。

もちろん、他のガンダムシリーズでも、ちょっと探してみれば

同じように殺陣マインドを感じさせるシーンは存在します。

それにしたって逆シャアは2クール終わりの見せ場で出すような密度感の

殺陣がゴロゴロしてるのでやっぱり異常です。

そこで映像リソースが充実している外伝OVAのアクション演出を、カットごとの情報量の違いを意識しながら、さかのぼるように比較してみた。


アニメーター出身の古橋一浩監督による『UC』は、『逆襲のシャア』についてgrips0087氏が説明したような殺陣を、カットを割らずに見せる傾向がある。

下記プロモーション映像がわかりやすいだろうか。たとえば開始33秒くらいの、名もなき兵士の反撃はかぼそく、全方位から攻撃されて削られていく姿を回り込むように見せる。静止画ではビームと反撃が同系統色なのでわかりにくいが、映像で見ればわかりやすい。

「機動戦士ガンダムUC」 | バンダイチャンネル

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もともと古橋監督は長回しの、それも回り込むアクションを好む傾向にあり、『るろうに剣心』等で多用されていた。たとえば第三十幕の6分15秒くらいからのカットは、TVアニメとして異例なほど1カットが長く、こめられた情報量も多い。静止画では魅力の十分の一も伝わらないだろう。

「るろうに剣心−明治剣客浪漫譚−京都編」 | バンダイチャンネル

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かわりに、いかにも少年漫画原作のTVアニメらしく、周囲で観戦している仲間たちが台詞で状況説明をしていく。さすがに映像の緊張感との乖離がひどかったためか、このような説明台詞は徐々に排されていくようになった。


富野監督の志向性に近いカットの積みあげをしているのは、私見では『第08MS小隊』中盤以降のコンテ演出を手がけた飯田馬之介監督だ。

アニメーター出身で、宮崎駿監督の薫陶をあおいだ演出家であり、比較するとずっと動く絵の力を信じているのだが、カットごとの情報は少ない。ただ快楽と説明のどちらを優先するかで、カット割りの呼吸が異なる。どちらにしても普遍性のある古さといおうか。思えば富野監督も、高畑勲監督作品において、宮崎監督よりも下の立場でコンテを切った時期があった。


これが『0083』になると、後にBONESへと分離したスタッフの作品らしく、ずっと映像の力を信じたコンテや演出が多い。

「機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY」 | バンダイチャンネル

中盤で加瀬充子監督から今西隆志監督へ交代し、雰囲気が変わっているのだが、両者とも高橋良輔監督の下で自由な仕事をおこなっていた。それがのびのびとした演出の背景にあるように思う。

また、前半と後半の両方でコンテや演出を担当し、後に『マクロスプラス』を手がけた渡辺信一郎監督の志向性もあったろう。


さらにさかのぼって『0080』になると、逆にコンテとしてはカットごとの情報量を極端に削っていた。前年の『逆襲のシャア』と同じメカデザイナーが、よりディテールとギミックの細かいデザインをしているのに、ほとんど映像上で描写されない。

もともと戦闘の回数や時間そのものが少ないのだが、最も物量を投入した第4巻ですら、多くの雑魚メカは機能を発揮することなく撃破されていく。「モビルスーツのギミックを次々に披露しながら、戦闘を進めていく」の対極だ。かわりに隠し武器ひとつで作戦がついえるような、物語上で必要なギミックだけが、はっきり映像にあらわされる。しかしアニメーター磯光雄最先端の作画スタイルで画面すみずみまで気をくばり、各部のフィンが細かく動いたり爪先が跳ねたりする動きをさりげなく入れ、作品世界の精度を上げる。

ガンダム0080 磯光雄作画 - 批評家もまた批評さる

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それが実在の戦場を粗く撮影した後で必要な場面だけ編集したような、独特のリアリティを生んでいた。個人的には、最も好みな方向性のアニメ演出だ。


また、はてなブックマークを見ると、『逆襲のシャア』の先駆として、TVアニメ版の『超時空要塞マクロス』を指摘している意見があった。

はてなブックマーク - 逆襲のシャアの戦闘シーンは具体的にどこがどうかっこいいのか言語化計画(長い) - 批評家もまた批評さる

id:Harnoncourt 水を差すようで申し訳ないけど、こういうのって、逆シャアよりだいぶ前に初代マクロスTV版でほとんど既出なの。「愛おぼ」じゃなくて。真のエポックはマクロスTV版です。すごく大事なことなので2回書きました。 2014/01/06

しかし富野演出とは土台から演出の志向性が違うのだ。たとえばOPの開始51秒くらいからの戦闘に代表されるような、変型から戦闘までを1カットで見せるようなカットは、富野コンテではほとんどない。OP絵コンテを担当したのは、後に『王立宇宙軍 オネアミスの翼』を手がける山賀博之監督。

「超時空要塞マクロス」 | バンダイチャンネル*2

なお、「板野サーカス」と呼ばれるミサイルの機動と軌道を長く見せる空中戦は、富野監督によるTVアニメ『伝説巨神イデオン』が始まり。ただし、アニメーター板野一郎のアドリブであった。

WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう

コンテでは、あそこまではなかったんですよ。コンテでは何機かがミサイルに当たってやられて、1機ぐらい避けるという内容だったんです。それをロケット花火を思い出しながら描いて、ガンガン(カメラを)フォローさせて、ミサイルがまとわりつくように動かして──(バッフクランはイデオンと)重機動メカで戦って、敵わないから小さいメカを出してきたわけですよ。ちっちゃいから、それだけ速くてミサイルを避けるだろうと考えて。雑魚でも「死に花を咲かす」というところを出したかった。

広い空間での空中戦を長く描写するには、背景の美術画や、動きの設計をおこなうレイアウト用紙からして巨大でなくてはならず、制作現場への負担は大きい。『超時空要塞マクロス』のTV版はしばしば映像作品として破綻した。とはいえ、広大な空間での激しくも素早いアクションをたっぷり見せることに、作画リソースを投入するだけの効果はあった。板野サーカスは空中戦の見せ場となるアニメーション技法として定着していく。

富野演出でも長い空中戦が描かれることはあるが、板野サーカスほどカメラが自由に動くことはない。たとえば近年の再編集映画『新約Z』1作目で、ほとんど新規作画で複数の敵味方が入り乱れる空中戦を描いたが、細かくカットを割って敵味方を交互に見せる演出でしめられていた。

若手スタッフが自由奔放に制作した作品と、つらい現場をわたりあるきながら全体を統括していた富野監督の差が、制作リソースがそれなりにある映画でも志向性の違いとしてあらわれたのだろう。


もともと富野監督は職業的なアニメーターとはいえない。漫画に少し動きをつけてTVで流すような『鉄腕アトム』を出発点として、制約の厳しい現場で腕をみがいてきた。

静止しているはずの存在を動かして快楽を生む「アニメーション」ではなく、紙芝居や漫画の延長のように日本で発達した「アニメ」の手法。それを映画作品でも用いたことで、『逆襲のシャア』のアクションは情報量の密度が独特になったのではないかと思っている。

*1:以下、『ガンダム』シリーズのタイトルは全て略称で表記する。

*2:現在は有料視聴するしかないが、定期的にOPが無料配信されているので、作品全体の視聴ページへリンクをはっておく。

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