法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』

南アフリカから移民したウェイン・クラマー監督による、2009年の米国映画。移民税関捜査局のベテラン捜査官マックスを主軸に、米国へ移民しようとする人々の悲喜こもごもを描く。
何度となく空撮で映し出されるロサンゼルスは美しく、俯瞰でながめる建造物は無機質で、人々が豆粒に見えるほど広い。本編映像は様々な場所でロケーションし、テーマにそって多様な人種がいれかわりたちかわり登場する。おそらく低予算作品だろうに、短時間ながら激しい銃撃戦も楽しめた。
制作したのは独立系映画会社のワインスタイン・カンパニー。マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画や、クエンティン・タランティーノ監督の社会派な娯楽作品で知られている。脚本を読んで出演を快諾したハリソン・フォードは、これが独立系映画での初主演作となった。


さて、ひとくちに不法移民といっても、その背景や思想はさまざまだ。ある女性は芸能で成功をおさめようとして観光ビザで入国し、ある女性は家計をささえるため集団作業に従事する。物心ついた時から米国に住んでいたのに、テロリストの心情を理解しようとしたイスラム教徒として注目され、両親の不法滞在を口実に退去をせまられた少女もいた。
永住権を入手するために、ある者は口先三寸で乗り切ろうとして、ある者は心身を穢される。引き離された子供に会うため徒歩で国境を越えようとする母親もいる。捜査官マックスはマイノリティの心情によりそおうとするが、あくまで微力な存在にとどまる。
もちろん許可された移民も多く登場する。革命後のイランから亡命した裕福な一家や、仕事熱心なコリアタウンの住民。他にも成功をおさめた著名な移民の名前が言及されながら、複数の物語が帰化宣誓式へと収束していく。


帰化宣誓式の直前に、とある殺人事件の謎が解けかけており、物語が収束するかと思わせた瞬間に状況が動く。映画の見せ場となる銃撃戦だ。
移民仲間に強要されて強盗に加わった少年と、たまたまいあわせたマックスの同僚。米国に帰化して深く根づくべき二人が、皮肉な形で対峙する。あまりに救いのなさすぎる状況ゆえの、二人のかすかな共感が、数少ない救いにつながる。その後に待ち受ける苦難を予想させるからこそ、その救いが胸にしみた。
銃撃戦が小さな雑貨店で突発的に始まるという状況設定もうまい。かかわる人数が少なくても自然で、商品棚が並んでいるため狭さが気にならず、むしろアクションに緊迫感が生まれる。
やがて始まる盛大な帰化宣誓式において、救われた者と救われなかった者が残酷に対比される。しかし裁きを告げるマックスは、あくまでひとりの捜査官として、相手を諭すように罪をあばく。そこにあるのは、クリント・イーストウッドが『グラン・トリノ*1で演じたアンチヒーローの対極にある、不寛容な仕事をつづけながら葛藤するベテランの姿だ。


残念なところとして、どう考えても邦題がおかしい。『Crossing Over』という原題から、どうしてこのような安手の警察映画のようなタイトルへ変えてしまったのか。せめて内容と原題を合わせて『越境捜査官』あたりにするか、工夫がなくても『クロッシングオーバー』にするべきだった。
他に残念なところとして、群像劇としても脚本が整理しきれていない。異なる人々の物語がひとつの局面で重なりあう、いかにもなクライマックスは楽しめたのだが、それでも描く必要のない人物や出来事が多い。さまざまな問題を一作品で描こうとして言葉足らずになってしまう、真面目な作者がおちいりがちなパターンだ。
2時間足らずしか尺がないのに脇道が多いため、重なりあう局面にいたる前ふりにも不満があった。少なくとも、強盗に加わるよう強要された少年は、もっと家族の描写がほしかった。