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法華狼の日記

2014-08-18

[][]きちんと明記したことを気づいていないと反応されて困惑した

従軍慰安婦問題についての朝日検証を読んでなお、朝日新聞の影響力を大きく見積もる人々 - 法華狼の日記でとりあげた大屋雄裕教授*1だが、ここまで非論理的な反応が来るとは思わなかった。

マスメディアで証言が言及される場面を「証言をもとに事実の存在を伝える」としか想定できなくて、よく大学教授がつとまるなと不思議になる。

現実には、証言者の活動を紹介するだけだったり、未検証の証言をもって調査研究の必要をうったえたり、ひとつの証言をもってひとつの仮説をたてたり、著名な証言を真偽不明と指摘するためとりあげたり。むしろ証言ひとつで事実が確定したかのように報じる記事がどれほどあるだろうか。

こうしたことを知らなくても、マスメディアにおける証言のあつかいがさまざまであることは、朝日検証を読めばわかるはず。無知なのはしかたないが、不誠実なのはいただけない。


ついでに、たとえ話で不思議なのは、わざわざ「仮に現存」したという仮定で語っていること。

生物の分類がサイズで決定されるとはかぎらない以上、それぞれ「現存」したと仮定した時のサイズも決定できない。同じ生物種でも年代によってサイズが変わることは、よくあることだ。

同じように、現実に存在しない記者というならば、「就職したのは本人の選択」*2という大屋教授の主張も確定できない。


そしてリツイートしているツイートで引用されている文章だが、「違い」を想定したからこその問いと理解できないのだろうか。

そもそも私はエントリの中盤で、SNSと新聞社の責任は同等視できないだろうという考えを明記した。

朝日新聞に求めたのと同じくらいの誠実さを、身をもって示せるだろうか。あるいは自らが誠実でなくてもいい説得的な理由を説明できるだろうか。


ツイッターのようなSNSなら、たいていの紹介機能が公式に実装されており、内容を改変することなく紹介元へのアクセスを容易にしているから、新聞社の責任とは同等視できないだろうとは考える。

この考えを前提にして、引用されたように「それとも自身のSNSにおける発言は朝日新聞より信頼性が期待できないことを認められるだろうか」とエントリ末尾で問いかけたわけだ。

私が書いたことをなぞりながら、自分が思いついて相手が気づいていないかのようにアピールするのは、自身の読者をも馬鹿にする行為だろう。

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