法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『小さいおうち』

同名の直木賞受賞作を原作として、2014年1月に公開された山田洋次監督作品。
物語は、戦前から戦中にかけて小さな屋敷で奉公していた祖母の手記と、手記を読んで祖母とやりとりする孫の記憶を行き来する。そうして悪化する時代状況を背景として、小さな一家の密やかな罪を描いていく。


不倫を題材とした、いかにもホームドラマな物語だが、あまり生臭さは感じない。そもそも女中視点で奥様を美しく描く時間がほとんどで、不倫を直接的に見せる場面はないといってよい。さらに奥様が女学校時代は憧れの的だったと語る男性的な女性編集者も登場し、「エス」っぽい雰囲気も強くある。
そして、そのような女中と奥様のドラマの背景で、軍国化する世相が描かれる。甘い見通しで歓迎されていた日中戦争。それがいつまでも終わらず、中国を支援する米国への嫌悪感が増していく日々。子供を産むため兵役不合格な若い男性が貴重となるが、そのような若者も映画後半では戦争に奪われていく。主人のつとめている玩具会社も、金属不足のため鉄製から木製へと商品が変わっていく。ほとんど画面で戦場は描かれず、苦しむ兵士の姿もないまま、敗戦へと突き進んでいく社会が描かれる。
日中戦争を歓迎したという手記を孫が南京大虐殺の存在をもって否定し、当時の大衆は前線のことなど知らなかったと祖母が反論するくだりも面白い。そうした孫と祖母の衝突が何度かあり、現在から表層を反省した歴史と、軍国主義を内面化した当時の歴史が対比される。いささか孫の表層的な歴史観は戯画化されすぎていると思ったが、演出としては面白いものだった。


小さいおうちは汚れも少なくセット然としているが、制作者の意図したものだろう。回想場面ではハイキーな照明が多用され、現代より意識的に嘘くさく撮影されている。これも不倫を描いているのに生臭くならない理由だ。現代視点のパートでは対照的に、照明の陰影が濃くて、奥行きを感じさせる構図が多い。
特撮はスーパー戦隊で知られる佛田洋が手がけているが、これもクオリティは悪くない。空襲シーンで小さいおうちが壊される場面はミニチュア然としているが、そもそも小さいおうちは実物大セットも作り物っぽいことから、意識的に玩具っぽく合わせているのだろう。瓦屋根を焼夷弾が突き抜けたりと、質感を除いては手間もかかっている。


ちなみに原作は未読だが、女性編集者が吉屋信子を引き、はっきり女性同性愛をうかがわせる描写もあるらしい*1
軍国化していく世相も、より克明に描かれているとか。
『小さいおうち』 原作を離れて「失敗作」を撮る理由 :映画のブログ

 タキと奥様は政治にも経済にも外交にも興味がなく、翼賛的なことはほとんど何もしないけれど、そのイノセンスすらも消極的な戦争推進として批判の対象になることを、作者は板倉正治の漫画を通して訴える。

 にもかかわらず、映画ではこれらの描写がばっさりカットされている。
 庶民の味方の山田洋次監督は、庶民すらも(庶民こそが)戦争への片棒を担いだ事実は取り上げず、大切な人を戦争に取られる被害者としてのみ描いている。わずかに、映画オリジナルのキャラクターである酒屋のおやじが日米開戦に万歳するぐらいだ。

どうやら印象的な描写の多くは原作で念入りに描かれており、むしろ映画はホームドラマらしく薄められているという。
一本の映画におさめるには取捨選択も必要だろうが、個人的には世相を重視した映像化を見たかったかな。