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法華狼の日記

2015-03-31 上げたのは4日後

『芸能人格付けチェック!〜大物芸能人に常識はあるのか!?スペシャル〜』

今回は挑戦者全員が集団責任で落とされていくためか、GACKTは登場せず。かわりに市川猿之助が模範演技を見せていく。なるほど歌舞伎役者ならヤラセでなくても作法についてクリアしていくのは難しくないだろう。


しかし今回は見ていて首をかしげる項目があった。チェック5「常識のある謝罪記者会見」の状況設定だ。

芸能人格付けチェック BASIC?春の3時間スペシャル? | 朝日放送テレビ

梅宮辰夫!浮気発覚!お相手は40歳年下!クラウディア似ハーフOLと3連泊 ショックでアンナ激太り

平泉成 泥酔でハチ公破壊!渋谷のシンボルが消えた!ハチ公に乗っかりボキッ!渋谷区長『待ち合わせ場所がない…』

和田アキ子 性別詐称!ホントは男だった!偽りの64年『ワイは男や…』峰竜太『気づいていた』名物番組は<アキヒコにおまかせ>にタイトル変更か

他に関根勤脱税について、萬田久子年齢詐称について、それぞれ謝罪する設定が与えられた。

明らかに危なっかしいのが和田の設定で、こういうのは今どきハラスメントだと和田自身がクレームをつけていた。それに加えて危なっかしいのが、どのような理路で誰に謝るべきかという判断の難しさ。

何かについて謝罪するということは、その何かが悪いことであるというメッセージになる。和田の状況設定でセクシャルマイノリティを傷つけることなく謝罪するのは難しい。

和田自身が会見中に笑いをこらえられなくなって、明示的に差別的な言葉が出なかったのは結果として良かったのかもしれない。


萬田ともども謝罪前提ではなく、どのように記者会見するかというチェックなら理解できた。

堂々とカミングアウトする会見にもできたはずだし、それを売りにするタレントとしての再出発を演じることだってできただろう。

2015-03-30

[][][]ベトナム戦争で韓国軍が慰安所に関与していたという報道について、少しばかり

公文書で確認されたと、産経新聞が報じていた。残念ながら「歴史戦」という意味不明な文脈に乗せられて、公文書そのものの文脈ははっきりしない。

【歴史戦】「韓国軍が慰安所設置」 ベトナム戦争時 米公文書に記述(1/2ページ) - 産経ニュース

韓国がベトナム戦争時、サイゴン(現ホーチミン)市内に韓国兵のための「トルコ風呂」(Turkish Bath)という名称の慰安所を設置し、そこでベトナム人女性に売春させていたことが29日、米公文書で明らかになった。

当時に「従軍慰安婦」という名称がなかったから、その言葉を使ってはならないと主張する人々がいる*1。そうした人々は「Turkish Bath」や後述の「Welfare Center」を「慰安所」とみなす産経について、どのような態度をとるだろうか。

 文書は米軍からベトナム駐留韓国軍最高司令官、蔡命新将軍に宛てたもので、日付は記載されていないものの1969年ごろの通報とみられる。韓国陸軍幹部らによる米紙幣や米軍票などの不正操作事件を説明したもので、その調査対象の一つとして「トルコ風呂」が登場する。

以前から、米軍も部隊レベルでは慰安所をつくっていたことが吉見義明教授らによって指摘されている。第二次世界大戦における日本軍との違いは、軍中央の推進や計画によるものではないこと、本国に知られると閉鎖したこと*2米兵が慰安婦をつれまわした問題は、実話にもとづく劇映画もつくられた*3

この「通報」という表現からすると、これも米軍にとって不祥事だったし、それを韓国軍につたえる文脈と感じられる。


【歴史戦】「韓国軍が慰安所設置」 ベトナム戦争時 米公文書に記述(2/2ページ) - 産経ニュース

ベトナムの通関当局と連携した調査の結果として「トルコ風呂は、韓国軍による韓国兵専用の福祉センター(Welfare Center=慰安所)」と断じた。また、その証拠として韓国軍のスー・ユンウォン大佐の署名入りの書類を挙げた。

くわしく書類の内容を知りたいところだ。記事から受ける印象としては、軍中央が兵站にくみこんだ日本軍とは踏みこみが異なるようではある。念のため、踏みこみが浅いからといって、韓国軍や米軍の責任がなくなるわけではない。

ところで、書類に署名している「大佐」という階級は、スマラン事件で収容所に乗りこんだ日本軍将校と同じだ*4。日本軍の直接的な強制募集として知られているスマラン事件は、しばしば「末端」の問題として軽視されてきた*5。どちらにせよ、将校の事件を軍組織の問題と産経が認識できるようになったのなら、それは良いことだ。

ちなみに、米軍と南ベトナムが協力して売春管理をおこなっていたことは林博史教授が指摘している*6。調査された経緯に不思議はなく、報じられた米公文書は実在するのだろう。

ベトナム人ホステスがいることや「売春婦は一晩をともにできる。料金は4500ピアストル(38ドル)。蒸気風呂とマッサージ部屋は泊まりの際のあいびき部屋として利用できる」ことなどを指摘している。

料金をしはらうことは慰安所の問題性を否定する根拠にならない。そう産経新聞が認識できるようになったなら、それは良いことだ。ちなみに現在は資料として採用されない吉田証言も、慰安婦には給料が出されるという内容だった*7


記事の最後には、秦郁彦氏が「今後、米国にいるベトナム難民移住者らが声を上げる可能性もあり、韓国に旧日本軍のことを言う資格はないという意見も出るだろう」といったコメントを出しているが、日本政府がベトナム戦争においてどの陣営に属していたかを考慮すると、韓国批判が日本擁護につながる可能性は低いだろう。

ちなみに、米国下院で慰安婦決議をとおしたマイク・ホンダ議員の公式サイトには、日本語版がないのにベトナム語版があった。同じアジア系というくくりではベトナム移民のボリュームが大きいためらしい*8。ベトナム移民が韓国へ批判の目を向けるようになったとして、やはり日本軍への批判をやめるインセンティブが生まれるようには思えない。


はてなブックマークのコメントを見ると、こうした従軍慰安婦問題の基礎知識が欠けた反応が散見される。

はてなブックマーク - 【歴史戦】「韓国軍が慰安所設置」 ベトナム戦争時 米公文書に記述(1/2ページ) - 産経ニュース

今回の「広義の強制」は日本軍の「狭義の強制」と同じ階級であること、日本軍はより深い関与が公文書から明らかにされていることくらいは知られているかと思っていた。

教育や広報による従軍慰安婦問題の周知は、やはり今なお必要なようだ。

*1従軍慰安婦否認論者はホロコーストという言葉も知らないらしい - 法華狼の日記では、藤岡信勝氏の主張を代表的にとりあげた。

*2吉見義明『従軍慰安婦』202頁以降。ただし、研究の進展によっては、より日本軍に近い歴史がほりおこされる可能性も指摘している。

*3『カジュアリティーズ』 - 法華狼の日記

*4:正確には、同じ階級に翻訳されても各国では異なることがあるし、同じ軍隊でも単純に同等というわけではないが。

*5ワシントン特派員の「末端の将校」という記事を産経新聞が載せていたので、「末端の将校」が強制募集したスマラン事件と、吉田清治証言の済州島事件を比べてみる - 法華狼の日記で吉田清治証言と比べたことがある。

*6http://www.geocities.jp/hhhirofumi/paper75.pdf

*7吉田清治『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』を読む - 法華狼の日記

*8マイク・ホンダの使用言語 - 法華狼の日記で言及した。

2015-03-29 上げたのは4日後

[]『Go!プリンセスプリキュア』第9話 幕よあがれ!憧れのノーブルパーティ!

完成したドレスを着こんで、生徒会主催のパーティーに出席した春野。ダンスの予定に胸をときめかせつつも、美味しそうな料理に目うつりしたり、海藤会長の仕事ぶりに目をうばわれたり。

その時、敵幹部クローズの作戦で、会場が停電になってしまう。原因をさぐるため生徒会は倉庫へ向かう。仲間には強気を装う海藤だが、実は……


脚本は田中仁シリーズ構成TVアニメで全話脚本をひとりが手がけることが少なくない昨今だが、さすがに4クール作品でこの登板率は珍しい。シリーズ構成が登板しているだけあって、連続エピソードとして集大成になっていた。

まず会場では、過去回で敵に利用されたゲストキャラクターが総出演。学校行事のパーティーという状況を活用し、プリキュアに助けられてからの現状を見せていった。

プリキュアのドラマとしては、モデルとプリキュアを両立することを決めた第5話の天ノ川にはじまり*1、やつれながらもドレス作成と学業を達成した第8話の春野につづき*2、複数の課題を同時に解かなければならない海藤が描かれた。

いわば第4話までは3人がプリキュアに変身できるまでの物語であり、第5話から今回まではプリキュアでありつづけるようになる物語ということ。キュアトゥインクル変身回が第4話から第5話にまたがっていたため気づかなかった。

葛藤に対する3人の結論も面白い。ひとりで実力以上の結果を出せる天ノ川は、良くも悪くも引っかかりない。無茶しながらも前向きに達成した春野は、個別では面白いが連続劇としては微妙。完璧に見えながら仲間に支えられた海藤は、個別では微妙だが連続劇として面白い。

第8話で春野が両立した時は、第5話との違いが少なくて工夫がないと感じた。しかし今回をあわせてみると、両立する結末はそろえた上で、3人の微妙な個性を描こうとしたのだろう。第8話の印象が好転するまではいかなかったが、連続エピソードとしては納得できた。


個別エピソードとして感想をいうと、完璧超人がオバケだけは苦手という設定はベタだが、その背景と展開がいい。

まず海藤の友人を原因にもってくることで、短時間で海藤の人間関係や過去の性格を描写。さらに倉庫に向かう時のやりとりも合わせて、生徒会役員のキャラクターをわかりやすく見せていく。

倉庫での海藤は、稚拙なオバケに怖がりつつも、敵に利用された生徒を助けるためプリキュアとして立ちあがる。それでも心が折れていったところ、春野が「ナイト」として救いだす。先に会場で海藤に春野が助けられたため、一方的ではない支えあう関係として説得力がある。

オバケのイメージをつくった映画部の少年を、立派なホラー監督になれると海藤が評価するオチもいい。他のプリキュアの微妙な表情で、あくまで真面目な海藤がギャグとして成立する。

そして会場に戻り、ダンスの相手役として海藤は意外な人物を指名する。いや、たしかに展開からして最も適切な相手役だし、その「ナイト」をリードしかえすことで海藤は復活できたわけだが、ちょっと映像の多幸感がすごすぎて現実感がなかった。


大田和寛は、プリキュアTVシリーズの作画監督としては初登板。為我井克美や美馬健二も原画に。

上野ケン作画監督のように自分の絵柄に染めあげるのではなく、意外と要所を押さえた修正にとどめていた。

さらに印象的だった戦闘のクライマックスと、最後のダンスシーンは原画を手がけたとのこと。

おそらく演出の芝田浩樹コンテから大きくふくらませているのだろう。構図は固定しつつも奥行きあるカメラワークをつけて、艶やかなキャラクター作画とともに画面を華やかにしていた。倉庫内で物品が連鎖して倒れるカットにいたっては、精緻な立体感に暗い色指定もあいまって、東映TVアニメらしからぬリアリティ

*1:両立という結論が良くも悪くもベタに感じたので、感想では言及しなかった。『Go!プリンセスプリキュア』第5話 3人でGO! 私たちプリンセスプリキュア! - 法華狼の日記

*2:第5話と比較で引っかかりをおぼえたという感想を書いた。『Go!プリンセスプリキュア』第8話 ぜったいムリ!?はるかのドレスづくり! - 法華狼の日記

2015-03-28 上げたのは5日後

[][]『実在性ミリオンアーサー』雑多な感想

まるで『天才てれびくん』のような見た目で、アーサー王伝説をモチーフとした本筋はどこまでも真面目で、笑いどころもたっぷりと。

背景合成コスプレドラマと謎ミュージカルとパロディコーナーが15分枠にぎっしりつまった、楽しい時間を半年かけて提供してくれた。


やりたいほうだいなバカバカしい作品のようでいて、意外と原作のソーシャルゲームに忠実な内容だったらしい。

王とは何か、その問いについて「UTSUWA」という笑うしかない答えを最初に示しつつ、ちゃんと物語をとおして思索を深めていった。


残念だったのは、冒頭と結末の謎居酒屋に、フレーム以上の意味がなかったことくらい。もう少し本編にかかわる展開があるかと思っていた。

2015-03-27 上げたのは2日後

[][]アニメ艦隊これくしょん -艦これ-』の最終回まで見た雑感を綴る!

世界観のとっかかりとなる基盤が作中になく、原作ゲームでも明確にはされていないらしく、参照元の歴史とは距離をとろうとしている。

何のために戦うのかわからない、どのような背景で戦っているのかわからない、敵の正体もわからない。


守る対象の「人間」を出せないなら、守るべきものがないのに戦わされる不自然さをドラマの基盤にすればいい。似たようなことを第11話でやっていたが、物語の基盤としては序盤に描写してほしかったし、主人公の知らない視点からのアクセントで終わった。

「提督」の姿を描くつもりがないなら、その不在を徹底して描けばいい。実は重要人物が死んでいたという展開は最近のTVアニメでも2作品ほどあったし、上層部へ疑念をいだきながら現場で戦うアニメは少なくない。残された日誌で命令を遂行する展開を中盤にやるなら、いっそ物語の始めから終りまで日誌の命令で主人公が動き、本当に提督など存在するのかと悩ませたっていい。押井守か。

敵の正体を明確にできないにしても、同じ少女の姿をした敵と和解したい葛藤を描けるし、和解できない敵として切りすてる残酷も描ける。これも最終回で少し描写があったものの、やはり物語の基盤としては遅かった。

どれかひとつ明確であれば、あるいは不明瞭さを指摘する視点があれば、それを基盤に物語のゆくすえを楽しめる。しかし、ほとんどあやふやなまま終わった。


とはいえ、物語の面白さを成立させるのは、必要条件の順次合格ではなく、総合的な充分条件の達成である。

以前に、棒立ち水面移動についての感想を書いたことがあった。

水面を立って滑るように移動する描写は、きちんと演出すれば魅力的になるはず - 法華狼の日記

だが、棒立ち戦闘なのに面白いアニメが同会社の同期にあることを、思い……出した!*1

TVアニメ「聖剣使いの禁呪詠唱<ワールドブレイク>」

これに限らず、作画がヨタヨタでも、敵が正体不明でも、人物の感情がころころ変わっても、原作とところどころ違っても、それなりの面白さがある作品は少なくない。

艦これ』で批判されている部分も、ひとつふたつなら魅力に転化したかもしれない。物語の基盤を諸事情で描けなくても、そのいびつさを前面に出せば、それが売りにすらなったかもしれない。原作に相反する描写すら、独自ルートへ行くエクスキューズに使える。

もちろん、そうしたアニメ化が求められている面白味と一致する保証はないし、激しい賛否両論をあびるかもしれない。それが難しい作品であったろうことはわかる。

2015-03-26

[]クロスアンジュは「汚いシムーン」じゃなくて「ダサいウテナ」だと思う

芯が強いのは主人公だけなところや、意外とヘテロなドラマであるところや、ラスボスの設定といったところで。


『シムーン』も『少女革命ウテナ』も「美しければそれでいい」というアニメだったが、たぶん前者は気高さ自体を目指し、後者は気高くない世界を茶化そうとしていた。

『少女革命ウテナ』の演出家座談会で語られた、監督の方針が興味深い - 法華狼の日記

風山:僕がよく言われたのは「道徳的なことをなるべくしたくない」という事だったんです。世間一般でいうところの良識というのを排除したいと。だから、ある程度、自分の理性を殺してやらなくてはいけなかった。

しかし出来上がった『少女革命ウテナ』は、コアなフェミニストからも評価されるような、政治的な正しさを読み込める作品になった。逆に考えると「道徳的」「世間一般」「良識」というものが、いかに政治的に正しくないものであるか、ということに通じる。

クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』も、クリエイティブプロデューサーが逆張りの意図を何度もツイートしている。ならば『少女革命ウテナ』へ似るのも当然かもしれない。

絵作りがダサくても、引用元がアニメばかりでも、『少女革命ウテナ』のような作品は成立しうる。耽美な気高さで「世界の果て」に立ち向かうのではなく、下品な乱暴さで「エンブリヲ」に立ち向かう。


ただし、逆張りしようとするだけだと、何が順張りなのかを見失って迷走しやすい。最終回が近づいて安心感は増したが、まだまだ『クロスアンジュ』には危なっかしさを感じている。

クリエイティブプロデューサーが監督していた『機動戦士ガンダムSEED』と似たモチーフを使いつつ、感じていた欠点をほぼ払拭しただけでも高評価はしているのだが……

2015-03-25 上げたのは7日後

[][]『暁のヨナ』雑多な感想

ついに主人公のもとに伝説の四龍がつどった。これから父王を殺した敵と戦うべきか、それとも国を立てなおしていく簒奪者を許すべきか。何ができて何をしたいのか、それを問われる。

ひとまず世直しもすませて、当面の目的であった仲間集めも終わり、第一部としては綺麗な最終回。とはいえ、いわゆる「俺たちの戦いはこれからだ」という未完状況にすぎない。まだまだ原作の連載がつづいているようだが、きちんと完結までアニメ化することを望む。


全体の感想をいえば、第1話で期待したとおり。ていねいな架空史劇として構築された少女漫画を、ていねいに映像化した作品だった。

朝鮮史がモデルのひとつと思われたことで、放映当初は差別主義者の標的となったが*1、真面目な作風ではねのけていった。

旅をすれば食料が必要だし、汚れて臭くなっていく。傷つけば薬が必要だし、簡単に次の回まで治るような時代ではない。そうした細かい描写を積み重ねて、旅路の長さと難しさを表現していた。


原作からだが、人間関係のわりふりもうまい。

主人公ヨナを中心としつつ、関係が放射状で結ばれない。護衛のハクすらヨナと直結せず、あくまで父王の遺児として守り守られる関係。最も戦いに近い元将軍ハクがイルの理想を尊重しつづけたから、終盤までイルの平和思想が問われつづけた。イルの無力さと気高さが描かれたから、敵対する簒奪者の剛腕ぶりも対照的に際立つ。いわゆる「逆ハーレム」な人間関係だが、単調にしないよう工夫すれば、きちんと作品世界の広がりを描けるのだと示した。

いかにもファンタジーらしく異能をもつ四龍もバラエティに富んでいた。全員が銀髪であるため村が一丸となってヨナを待ちつづけた白龍、村の子供にランダムでうけつがれるため忌み嫌われた青龍、運命による束縛を嫌って主を自分で決めようとしていた緑龍、異能を自覚しつつふりまわされない黄龍、といった異能の発現の差を、キャラクターの基盤として活用していた。それぞれが異能キャラの批評的パロディとしても楽しかったし、戦闘力では異能をもたないハクがまさるというバランスも良かった。


米田和弘監督の演出方針も少女漫画のアニメ化として手がたい。原作のデフォルメ演出をひきうつしつつ、戦闘シーンではアニメとしてしっかり動かす。米たにヨシトモ横山彰利といったベテラン演出家や、伊藤秀次後藤雅巳といったアクションアニメーターも活躍していた。

『暁のヨナ』の段取り群像劇がすごくよい - 法華狼の日記

ただ、漫画のコマ割りをひきうつす方針は、映像化における工夫不足も感じた。

たとえば戦闘中の会話で時間が止まることはアニメでもドラマでも珍しくないが、米たに回や横山回では戦いの手を止めず会話しており、そうでない回の不自然さが目立った。特に第21話の終盤がアニメとしては説得力がない。眼力で複数の敵をひるませただけでは、敵の脇をすりぬけて仲間の持っていた花火をつかみ、火元まで戻って打ちあげるまでの描写が長すぎた。せめて火元をつかんでふりまわしながら仲間に近づき、そのまま打ちあげるとか改変すれば、少しは自然になったろう。

後述の人身売買エピソードについても、落とし穴を使う描写は都市伝説そのまますぎて、アニメ版のリアリティにはあっていなかった。港町ゆえに地下水路で隠して移動しているとか、それらしい説明を加えてほしかったかな。


ちなみに2クール目の後半では、人身売買する地方領主との対決がクライマックスとなった。

国内では奴隷を禁止しつつ一部では海外へ輸出されているという国家像は、むしろ日本の歴史を思わせる。ヨナとともに領主を倒す「海賊」が、地元漁師をカリスマでたばねている集団であるところも、「倭寇」や「水軍」にイメージが近い。

女性を暴力的に拉致するのではなく、良い仕事があると騙して集めるところや、それに領主が加担しているところなど、現代にまで通じる描写だ。

むろんヨナは王族として責任を感じる。末端領主の悪事にすぎないなどとは考えない。この領主との戦いは、平和主義者であった父王イルの統治に限界があったとヨナが痛感する旅路の一環であったのだ。

2015-03-24 上げたのは5日後

[]『SHIROBAKO』の第23話までに感じた不満とか

肉弾で出版社の壁を突破するのは、水島努監督らしい悪ノリではあった。デフォルメ度の高いギャグアニメクレヨンしんちゃん』ですら、劇場版で主人公がイジメられたりするパートがつづくのは不評であった。

しかし、それはいい。


どうしても気になったのが、結局は関係者が努力してクオリティを上げることだけが正解とされたこと。

いや、創作のどこかに努力や労力が必要なのはわかる。しかし、あくまで仕事として最低限の労力を期限内に発揮するようなスタッフも必要なのに、活躍しないまま終わってしまった。

そうしたスタッフも全否定しないエクスキューズこそ入っているものの、スタジオタイタニック薬師寺要求水準にこたえられず降板し、制作進行の平岡は本心では高いクオリティを求めていた。

たとえば、予定外のリテイク作業のため人員がどこにもいないので薬師寺を補佐前提で再登板してもらうとか、フォローになるような展開を期待していた。


時間をしぼりださせて作品に反映させることが肯定されるばかりで、思いつきのリテイクに労力対効果がなかったとかの否定はない。劇中の失敗作『ぷるんぷるん天国』がそれにあたるはずだろうに、反省が木下監督に見られないままだった。

かけるべき労力に見切りをつけたり、リソースを節約しつつクオリティも落とさない技術を描いたり、そうしたエピソードも面白いものだし、それを入れれば展開のバラエティも広がったろうに。それを残念に思っている。

2015-03-23

[][]フェミニズムの男性にとっての意味とは、モテモテになれるメソッドじゃなくて

「男女の関係って性愛だけが一番ってわけじゃないんじゃね?」

「好きじゃないなら無理に競争しなくていいんじゃね?」

「つうか別にモテなくてもいいんじゃね?」

……というような意味があるんじゃないかな、とか思ってた。

フェミニズム的な「良識」の罠 及び関連話題(「リベラル九州男児」など) - Togetter

2015-03-22 上げたのは6日後

[]『Go!プリンセスプリキュア』第8話 ぜったいムリ!?はるかのドレスづくり!

学園のパーティーに着るため、海藤のようにドレスを自作しようとした春野。それも海藤と違って刺繍だけで終わらず、デザインから縫製まで自分でやろうとする。

ドレスと勉学の両立を危ぶむ天ノ川だが、海藤は静かに見守るだけで、春野はやつれていく……


脚本は、過去シリーズに参加していた伊藤睦美が初登板。プリキュアとモデル業の両立はできないと天ノ川が考えていた第5話*1を、スペックの劣る主人公で反復する。いったん両立できないと判断した天ノ川だから、自分と違って主人公は両立できないと判断するのは自然。手伝わない海藤も、甘やかすのとは違う優しさがあらわれていて面白い。失敗しそうな布石から成功へと逆転するカタルシスも悪くない。

しかし第5話と同じく、両方を奮闘するだけという解決は、工夫がなくて残念だった。同じテーマを反復するにしても、もう少し期間をあければ印象が違ったろうに。

それに努力だけで両立できるという解決法は、もともと好きではない。どちらもやりたいことかつやるべきことだった第5話と違って、今回はやりたいこととやるべきことが別個だ。やりたいことなら両立すればいいが、やるべきとされているやりたくないことは、また違った解決法を目指すべきではないか。

今回は失敗することも人生の糧という展開にして、プロットレベルで第5話と差別化しても良かったのでは。たとえばドレス制作と勉学は両立できたものの、体調を悪くしてパーティー当日に欠席、天ノ川や海藤と3人だけでダンスパーティーを開く……といった展開なら面白かったかもしれない*2


映像は、全体として良かった。第3話と同じく田中孝行コンテに岩井隆央演出で、第5話と同じく赤田信人と上野ケンが作画監督。原画に爲我井克美まで。これまでのシリーズ作品にはないローテーションの短さに驚かされる。

アクションもボリュームがあり、プリキュアの個性も動きで表現できていた。のびやかなキュアトゥインクルにバレエらしい動きのキュアマーメイド、そして肉弾のキュアフローラ。第7話*3と逆にキュアフローラの参戦が遅れることで、ちゃんとプロットレベルの変化をつけていた。

*1:感想はこちら。『Go!プリンセスプリキュア』第5話 3人でGO! 私たちプリンセスプリキュア! - 法華狼の日記

*2:むろん、予告によると次回にパーティーが描かれるようで、その内容によっては今回の印象が変わる可能性は高いが。

*3『Go!プリンセスプリキュア』第7話 テニスで再会!いじわるな男の子?! - 法華狼の日記

2015-03-21 上げたのは7日後

[]『少年ハリウッド -HOLLY STAGE FOR 50-』第23話 正しさと正しさの狭間で

主人公のアイドルチーム、二代目少年ハリウッド。それが拠点としている小劇場「ハリウッド東京」が買収される話がもちあがった。

買収をしかけてきたのは、初代少年ハリウッドで最年少だった青年。彼は初代の少年ハリウッドを永遠とするために、二代目の少年ハリウッドを否定する。

しかし主人公をアイドルとして育てているシャチョウも、初代少年ハリウッドの一員として行動していたはずだった……


下記エントリとコメント欄で少し書いた、シャチョウの絶対性をゆるがす展開の一環。

『アイドルマスター シンデレラガールズ』第6話の雑感 - 法華狼の日記

まず第21話「神は自らの言葉で語るのか」で、シャチョウがアイドルの言葉は借り物であり、しかしそれで何が悪いのかという説教をする。これはアイドルつまり偶像の話であると同時に、シャチョウがアイドル時代に「ゴッド」と呼ばれていたことにもかかっている。

次に第22話「ファンシーメルシーブラックコーヒー」で、主人公チーム内のトラブルが、シャチョウの知らないままチーム内で解決する。しかしシャチョウと無関係というわけでもない。トラブルを起こしたチームメイトが新しい味を知った展開が、先にシャチョウが新しい味をおぼえた展開とシンクロしているのだ。

そして第23話、主人公チームの夢が、しょせんシャチョウ個人のものであり、初代チームの総意ですらなかった可能性が指摘される。アイドルを永遠のものにしたいという夢をどのように実現すればいいのか、それを問うエピソードであるがゆえに、一期二期をとおしてブラックボックスになっていた資金源の問題にもメスが入った。


ふりかえってみると一貫性ある自然な展開だが、こう来るとは予想していなかったし、期待していなかった。極端に不合理ではないから欠点とは思わず、上記エントリで下記のようにコメントしたくらいだ。

一応、シャチョウくらいの人物は現実にもいるとは思います。

ただ、個人の才覚で劇場を支えて、メンバーの隅々まで気を配ることができるのは、あくまで小規模だからだとも思います。既存の小規模劇場を拠点においているし、人件費も抑えているように見えるから、資金源が描かれてなくてもリアリティが欠けない。

それでいて、各話エピソードの完成度もそれぞれ高い。第21話から第23話まで、それぞれ主人公たち若者の物語として成立しつつ、連続エピソードでも主人公の積みかさねてきた日々が描かれてきた。

2015-03-20 上げたのは3日後

[]『ドラえもん』横取りジャイアンをこらしめよう/あちこちひっこそう

今回は前後ともに単行本収録作からアニメ化。アレンジも抑え目で、いくつか描写を足したのみ。


「横取りジャイアンをこらしめよう」は、ジャイアンが他人の物を奪う問題と、のび太の散らかし癖を、秘密道具「位置固定スプレー」で一気に解決しようとする。

スプレーを使えば、散らかした物は勝手に最初の位置に戻るし、奪われた物も一定の距離で戻ってくる。奪われまいと抵抗するジャイアンが地面にひきずられるオマケつき。

今回のアレンジ要素は、ジャイアンがひきずられたまま持ち主のところに戻り、のび太からスプレーを奪うという新展開。そのスプレーを調子に乗って使って失敗するというかたちでジャイアンに罰がくだる。アニメオリジナルながら流れに違和感なく、良かった。

なお作画は特に良くも悪くもなし。贅沢に作画枚数を使って元に戻っていくアニメーションをすれば見せ場になったろう。そういえば『映画ドラえもん のび太の新魔界大冒険〜7人の魔法使い〜』が魔法で似たような描写をしていたっけ。予告の22秒あたりで見られる。

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「あちこちひっこそう」は、ひっこしを何度もする友人をうらやましがり、のび太も秘密道具「ひっこしセット」でひっこししようとする。

映画館の隣に住んでいるからといって、無料で映画を見せてもらえるという発端に、今となっては違和感が少々。まあ、昔の映画館なら騒音の迷惑料として鑑賞させることがあったかもしれないし、個人経営の映画館ならば近所づきあいで子供に見せてやることもあるのかな。

本編の展開も、藤子F好みの落語みたいなトボケぶり。近所づきあいで厚遇してもらうためひっこすという遠回りから、近所づきあいがポイントなのに建物の場所だけ変える秘密道具という無意味さ、当然のように起こるトラブル、何も知らないまま巻きこまれるママ……

誰もが状況を理解できていないというギャグの切れ味を落とさず、きちんとアニメ化していて、普通に良かった。

2015-03-19 上げたのは4日後

[][]絵に描いたような植民地主義が絵に描かれていた

星海社のWEBメディア「最前線」に掲載されている『まりんこゆみ』。

『まりんこゆみ / Marine Corps Yumi』著者:野上武志 原案:アナステーシア・モレノ | 最前線

主人公の女子高生の視点から、1頁単位で“アメリゴ海兵隊”の豆知識を描いていく漫画作品である。


2015年1月に公開された第101回で、沖縄アメリゴ軍基地のゲートガードが登場し、対応すべき相手として基地反対運動が描かれていた。

『まりんこゆみ / Marine Corps Yumi』第101回著者:野上武志 原案:アナステーシア・モレノ | 最前線

f:id:hokke-ookami:20150323135152p:image

「ヒートアップして事故ると大変なので ソフトな対応を心がけます」と2コマ目に書かれている。

しかし2月、沖縄米軍基地において、反対運動側で「ヒートアップ」を抑えようとした人が逮捕された。

社説[刑特法で2人逮捕]信じ難い不当拘束 なぜ | 社説 | 沖縄タイムス+プラス

キャンプ・シュワブゲート前で抗議行動を展開していた沖縄平和運動センター議長の山城博治さんともう1人の男性が22日朝、米軍の日本人警備員に拘束され、米兵によって後ろ手に手錠をかけられ施設内に連行された。

状況が過熱してきたことから山城さんは、不測の事態を避ける意味で、提供施設の区域境界を示すラインから下がるよう、抗議団に呼び掛けた。

 米軍警備員が山城さんを拘束したのはその直後のことだ。目撃者によると、山城さんがラインの内側、つまり基地内に入っていたのは、距離にしてせいぜい「1メートル弱ぐらい」である。にもかかわらず米軍警備員は突然、山城さんに襲い掛かり、倒れた山城さんの両足をつかんで無理矢理、基地内に引きずり込んだ。あきらかな狙い撃ちである。

この社説に書かれた状況は、後に米軍基地から「流出」した映像とも矛盾しない。

辺野古動画流出 在沖海兵隊幹部を処分 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

これが「ソフトな対応」だというなら、笑えないアメリカンジョークだ。


それに4コマ目の「どっちもウチナンチューなのにー」という台詞は、どのような視点で書かれたものか。

ナチスドイツ強制収容所でもカポと呼ばれるユダヤ人を使っていたし*1、中国政府はチベットの分断統治にパンチェン・ラマへの信仰を利用してきた*2

同じ構図は沖縄米軍基地でも見られる。

国、辺野古抗議監視の地元職員を監視 東京から要員 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

米軍キャンプ・シュワブ前で新基地建設の反対運動を続ける市民らを、24時間態勢で監視している沖縄総合事務局開発建設部の職員に対し、国が指示通りに動いているか確認するための担当者を東京から現場に派遣していることが13日、分かった。

この「どっちもウチナンチューなのにー」は分断を強いている側の台詞でしかないし、そう描かなければならない。


さらに続けて、米軍ならぬ「アメリゴ軍」が沖縄を守っているのに反対運動が起きているとして、「イミワカリマセン」「たんたんと」というエピソードが描かれている。

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ここで抗議の動機として想像されているのは、騒音や軋轢といった迷惑問題や、内容がさだかでない立場や心情、基地がもたらす恩恵のみ。

抗議者には、主人公の対となる少女の姿や、取材対象を想起させる姿が与えられることはない。固有の名前を持たず、意見を言語化することもない群衆として描かれるだけ。

この漫画からは、積もり積もった歴史の長さはわからない。沖縄の民意選挙で何度となく示され、それが無視されている現状もわからない。


ちなみに『まりんこゆみ』原案のアナステーシア・モレノは元海兵隊員で、はてなダイアリーも持っている。

Manga Gunkan (マンガ軍艦)

インタビューされた記事の転載エントリによると、プロフィールは下記のとおり。

インタビュー:百合翻訳者アナステーシア・モレノさん - Manga Gunkan (マンガ軍艦)

日本とフィリピンのハーフで(国籍はアメリカ)、沖縄で生まれ育ちました。子供のころは兄8人と日本のテレビばかり見てて、特にうる星やつらガンダムなどのアニメを見てました。高校卒業後、アメリカのアリゾナ州立大学に数年ほど行きましたが、けっきょく中退して海兵隊に入隊しました。沖縄に配属されて、航空自衛隊の方と結婚しました。海兵隊を名誉除隊した後、公務員になり、在日米軍基地などで勤めています。現在横田基地にいます。

たぶん海兵隊の主観において嘘はついていないのだろう。それを知るにおいて興味深い作品ではあった。

*1『ホロコーストを生きのびて〜シンドラーとユダヤ人 真実の物語〜』 - 法華狼の日記

*2 このページは見つかりませんでした チベットハウス・ジャパンに、ダライ・ラマとパンチェン・ラマの対立があった歴史や、中国政府がチベット自治政府をとおして認定しているとされる現パンチェン・ラマについての解説がある。

2015-03-18 上げたのは1日後

[]『相棒season13』第19話 ダークナイト

犯罪者を殺さず罰するダークヒーローに「ダークナイト」と名づけていいのかと思ったが、そういえば『相棒』はワーナーブラザーズから映像ソフトを出していたっけ……

ワーナー・ブラザース公式サイト


それはさておき、何もかも前回の次回予告で恐れていたとおりに物語が進む。やはり致命的なのが、有名な劇場型犯罪者のはずなのに、その存在が今回はじめて語られること。

『相棒season13』第18話 苦い水 - 法華狼の日記

公式サイトの予告文を読むと、2年前から「ダークナイト」が活躍していたらしいが、だとすると次回までドラマで言及されなかったことが不自然。

単発エピソードの「飛城雄一」ですら許容しにくかったのに、連続エピソードとなると説得力がまったくない。

相棒交代にともなって急いでつくったエピソードならば、むしろ有名な犯人にはせず、一部で都市伝説として知られている程度にしておくべきだろう。いっそ今回はじめて名前がつけられた、くらいの知名度で良かった。そして杉下右京が逮捕までもっていけなかった犯人が暴行された事件を前話で描き、そこで初めて「ダークナイト」の実在が警察に認識されて最終回につながったなら、少しはマシになったろう。

インターネットの表現も、ほんの少し時代遅れなのが致命的。似たデザインの匿名掲示板で最大規模だった「2ちゃんねる」は、規制問題や所有権問題で影響力を失っている。ツイッターのようなSNSで膨大なコメントがハッシュタグで流れていく、もしくはニュースサイト風のコピペブログに膨大なコメントが書きこまれる、といった描写が今は自然だろう。


ダークナイトの正体も予告でにおわせたとおり。しかも序盤から顔を明かし、いわゆる「倒叙物」として進行する。いっそ最後の最後まで正体をにおわせなければ、その衝撃で不備をフォローできたかもしれないのに。

しかも正体の衝撃は、ずっと完成度の高いエピソードが過去にある。ドラマ初代相棒の亀山薫が、今回の杉下右京のような立場になったエピソードだ。長期的な伏線がなくても成立していたし、後のエピソードに反映することで連続性をアピールできていた。

さらに亀山薫が警察をやめ、杉下右京が1話限定の相棒と事件にたちむかった時期にも、似たような犯人がいた。しかも犯人をうまく隠していながら、けっこう推理も構成も本格ミステリらしい緻密さで、1時間という短さで高い密度を味わえた。

現相棒になってからの単発エピソードでも、よく似た犯人が登場したことがある*1。これは相棒というフォーマットを活用した、多視点で二転三転する複雑な展開が楽しかった。

今回は、そうした過去の名エピソードを自己模倣しながら劣化したという印象がある。


ただ、良かったところもないではない。

最後の最後の回想シーンの連続で、犯人が「ダークナイト」らしい性格をしていたのを思い起こさせたところは、少し印象が好転した。かつて不良だったという印象はあったが、何度も犯人に暴行しようとしていたことは忘れていた。

もうひとつ、この犯人像が杉下右京のネガとして成立しているのは、『相棒』と「相棒」のドラマとして、それなりにテーマ性を感じさせた。だからこそ、そのテーマを雑に物語化してほしくなかったという気分もあるが。

2015-03-17

[][][][][]「歴史家」であることすら怪しい19人が米国教科書へ訂正要求をおこない、そこにアジア女性基金理事が連携している問題について

秦郁彦氏が中心となって米国教科書へ訂正を要求したことについて、レコードチャイナが「日本の歴史学者19人」の要求として伝えていた。

日本の歴史学者19人、米出版社に教科書の記述訂正求める=「...|レコードチャイナ

ただし読売新聞時事通信は「日本の歴史家19人」と伝えていた。一方、以前の日本政府の訂正要求に抗議した動きは「米国の歴史学者20人」と表記している。

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記者会見の詳報はBLOGOSに掲載されたが、目をおおわんばかりの内容だ。

【詳報】「強制連行があったとするマグロウヒル社の記述は誤り」従軍慰安婦問題で、秦郁彦氏、大沼保昭氏が会見 (1/2)

このBLOGOS記事で、会見を開いたのは秦氏だけでなく、アジア女性基金の大沼保昭氏もならんでいたことがわかった。

17日、秦郁彦・日本大学名誉教授と大沼保昭・明治大学特任教授(元アジア女性基金理事)が会見を行い、同日付けで公表した「McGraw-Hill社への訂正勧告」について説明した。

妥協したなりにアジア女性基金の価値はあったかもしれないのに、それを理事自身で壊してしまいたいのだろうか。他の基金関係者はどう思っているのだろうか*1

下記のような主張をおこなう人々と連携しておいて、それで基金だけ正当化しようとしても逆効果ではないのか。


まず問題の「歴史家」19人を見ると、まともな歴史学者がほとんどいない*2。従軍慰安婦問題で多くの誤りが指摘されている秦氏でも、この人々では最も専門家らしい部類だ。

この勧告は、秦郁彦氏のほか、藤岡信勝長谷川三千子芳賀徹平川祐弘百地章中西輝政、西岡力、呉善花高橋史朗氏ら19人の日本人歴史家有志によって提出されたもので、米国の公立高校で使われている世界史の教科書において、慰安婦の強制連行など。事実とは異なる記述があるとして訂正を求めている。

藤岡氏や長谷川氏や西岡氏など、むしろ歴史学に反する主張で悪名高い人ばかり。高橋氏などは、教育や医療の分野でも悪名高い。

「親学」の高橋史朗・明星大学教授を巡るツイート(きわめて悪評) - Togetter

中西氏など、真珠湾攻撃にまつわる陰謀論を信じたため、秦氏に批判されたことがある。どちらかといえば秦氏の劣化を象徴する人選かもしれない。

スティネット「真珠湾の真実」をめぐって 中西輝政−秦郁彦論争を中心に 日米開戦「ルーズベルトの陰謀」

誰もが悪名高いだけでなく、それなりの社会的地位にあり、現在の日本政府との距離も近い。日本という国家の責任があらためて問われる事態だ。


そして秦氏の主張は、その多くが事実に反し、あるいは自己矛盾をきたしている。

アムステルダムの"飾り窓の女"というのは有名ですよね。我が東京においてもソープランドがあるのはご存知だと思いますが、こういう話題をオランダ政府が、あるいはヘッドラインで報道するとか、こういうことはないわけですね。いわば一種の常識であります。しかしながら、なぜ日本軍の慰安婦問題だけが大問題になってしまったのか、誠に不思議であります。

なぜ、軍官憲による強制連行が知られているオランダをひきあいにだすのか。その意図がまったく理解できない。

慰安婦にされた女性たち-オランダ 慰安婦問題とアジア女性基金


日本軍の慰安婦だけがクローズアップされたのは一部のNGO活動家によるプロパガンダのせいであります。彼らは自国の売春婦や日本人慰安婦に対しては関心を示しません。

その「一部のNGO活動家」とは誰だろう。

少なくとも日本の代表的な書籍では、日本人慰安婦や他国軍の性暴力について、かなりの頁数をさいている。

吉見義明『従軍慰安婦』にも書かれてある日本人慰安婦について、「さっぱりといってもいいくらい聞かない」「書いている本は少ない」と主張する人々 - 法華狼の日記

たとえば韓国の元慰安婦や支援団体は、韓国軍による性暴力を批判し、さまざまな性暴力被害者へ支援している。

お探しのコンテンツは見つかりませんでした:朝日新聞デジタル

アジア女性資料センター - 韓国:「慰安婦」被害者がコンゴ被害者のため「ナビ基金」設立

一方で、名乗り出ないことを賞揚して、名乗り出ることを恥とみなす日本の国会議員もいた。

お探しのコンテンツは見つかりませんでした:朝日新聞デジタル

関心を示さないどころか、日本人慰安婦が表に出にくい社会にしている。その責任を先に追及するべきではないのか。

それに秦氏も歴史家であれば、自身が日本人慰安婦の問題にとりくめばいいではないか。なぜ他人まかせにしようとする。


強制連行はなかったと私たちは強調しているんですが、慰安婦というのは、大多数は朝鮮人の親が娘を朝鮮人のブローカーに売り、それが売春宿のオーナーを経由して売春所に行くと、こういう経路であります。

これが「重要な8箇所のミス」のひとつだという。

しかし2007年に秦氏と大沼氏と荒井信一氏が鼎談した時、わずかながらも「狭義の強制」*3を認めていたのは何だったのか。

さらにアジア女性基金サイトには、先述のオランダ以外にも、複数の直接的な強制連行例が掲載されている。

慰安婦にされた女性たち-インドネシア デジタル記念館慰安婦問題とアジア女性基金

慰安婦にされた女性たち-その他の国々 慰安婦問題とアジア女性基金

質疑応答では、こうした強制連行が指摘されていることにふれてはいる。しかし「70年前の犯罪事件は警察もやりません。それに意味のある答えが出てくるとは思いません」*4と、「歴史家」とは思えない言葉で切り捨ててしまった。

一部に新聞広告を見て応じた者もありまして、これはつまり強制連行する必要がないということが明白かと思います。

慰安婦募集の新聞広告は有名だが、仕事内容を明記していないこと、未成年も対象にしていることから、当時の倫理観や国際法にも反していたことは明らかだ。下記でくわしい解説がある。

2-4 業者を処罰? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

そもそも日本語で書かれた広告であることから、業者向けであったと上記で指摘されている。「新聞広告を見て応じた」という証言者はどこにいるのだろうか。


また20万人の慰安婦が毎日20人から30人の兵士たちに性サービスをしたと書いてあるんですが、当時海外に展開した日本軍の兵力は約100万人です。教科書に従えば、接客は1日5回という統計になりますから、20万人が5回サービスすると100万になりますので、兵士たちは戦闘する暇がない。毎日慰安所に通わなければ計算が合わなくなるわけですね(会場から笑い)。

アジア女性基金サイトに掲載された推計数リストで、20万人は中間的な数字だ。アジア女性基金を尊重する立場でも採用しておかしくはない。

慰安所と慰安婦の数 慰安婦問題とアジア女性基金

もちろん中間的であれば正確というわけではない。しかしこの推計数リストで秦氏は兵総数を1993年に300万人、1999年に250万人としている*5。どのような計算で今回は100万人と主張しているのか。

それに、こうした推計数は交代率をふくめた延べ人数だ。もし戦時中ずっと慰安所にいたというなら、廃業の自由がなかったと秦氏は認めるのだろうか。それでは見かけの人数こそ少なくなっても、より非人道的ではないか。

なお、20人から30人といった人数が毎日であったかは疑わしい。しかし、戦闘を終えて自陣に戻った時、大勢で慰安所へ押しかけたという証言が複数ある*6。作戦状況による変化が大きく、利用がない時と過密な時に極端な差があった、という問題と思われる。


最後に、私は日本の官憲による組織的な強制連行はなかったということ、慰安所における女性の生活条件は「性奴隷」と呼ぶほど過酷な状況ではなかったことを強調して終わりたいと思います。

実行犯が民間業者であれ、人身売買されたなら定義的に「奴隷」だったといっていい*7。国家機関が直接的に暴力的な奴隷狩りをおこなうことは、奴隷とみなされる必要条件ではない。

そもそもBLOGOS記事を読むかぎり、秦氏は生活条件の過酷さを論じていない。軍官憲の直接連行や、20万人という推計数や、慰安婦が恩賜であったという表現を否認しているだけだ。

個々人の体験に向きあえていないような秦氏と連携して、なぜ大沼氏は「犠牲者の希望を踏みにじって、償いを受け取るかどうかの判断を妨げた」などと支援団体を批判できるのか。

*1:たとえば慰安婦問題とアジア女性基金 事業実施にかかわった関係者の回想で「本当に、晴れやかな格好をして、穏やかにおばあさんたちが座ってるじゃないですか。この人たちが少女のときに慰安婦にされて、兵たちが毎日、それこそ性奴隷にしてたんだって思うと、私たちの国は何をしてきたんだという感じがありましたね」と述べていた有馬真喜子理事。

*2:全員のリストは、@氏が画像をあげている。https://twitter.com/yamtom/status/577742761794781184

*3秦教授の従軍慰安婦問題に関する新発言 - 法華狼の日記

*4http://blogos.com/article/108036/?p=2

*5:ちなみに1999年版の秦説に対しても、永井和氏から誤りが指摘されている。比率を導き出す時、異なる性格の数字を引いてしまっていたという問題だ。秦郁彦氏の慰安婦数推計法の誤謬について(1):注記を追加 - 永井和の日記 - 従軍慰安婦問題を論じる

*6水木しげる『従軍慰安婦』でも描かれた数の暴力 - 法華狼の日記

*7「奴隷」は、必ずしも支配者が直接的に強制連行で集めたわけではない - 法華狼の日記百科事典サイトから引用した。引用元は現在はサービス終了しているが、コトバンクの検索でも同じ結果が確認できる。

2015-03-16

[][][]「アニメ映画ベストテン」の各賞への雑感

50位までの全体ランキングへの雑感はすでに書いたが*1、監督ごとの集計、ひとりだけ最低点を入れた作品、順不同でひとりだけ入れた作品も例年通りに出されていた。


アニメ映画ベストテン:監督賞 - 男の魂に火をつけろ!

監督賞は日本の有名アニメ監督が勢ぞろい。近年に長編新作を出したとはいえ、ちゃんと高畑勲が監督賞の10位につけている。映画作品が少ない新房昭之が『魔法少女まどか☆マギカ』の劇場版シリーズで11位、監督作品そのものが少ない吉川惣司が『ルパンvs複製人間』だけで21位なのが面白い。

水島清二監督は、『楽園追放』の公開から時間がたっていれば、ぎりぎりの49位より順位があがったかもしれない。劇場公開が11月15日で、ソフト発売が12月10日らしく、12月15日しめきりの企画にしては票が入っているだけでも凄いことだ。

逆に「監督賞」の50位までに出崎統の名前がないのが、今回は投票していない立場からしても不思議。最晩年はTVアニメでの仕事ばかりだったとはいえ、『劇場版Air』などの良くも悪くも話題になった作品も手がけていたのに。

海外は、全体としてピクサーディズニー3DCG作品監督が強いところ、シルヴァン・ショメが19位につけ、ユーリ・ノルシュテインが42位。『サウスパーク』だけでフィル・ロードとクリストファー・ミラーが30位。


アニメ映画ベストテン:1点映画特集 - 男の魂に火をつけろ!

「1点映画」は『あしたのジョー2』のような名実ともに評価されている作品から*2、『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』『宇宙戦艦ヤマト』のような大ヒット作まで入っているのが面白い。それだけ票がばらけたことがうかがえる。

個人的に好きなのは『エスカフローネ』『交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい』『ドラえもん のび太のワンニャン時空伝』あたりだが、まあ1点しか入っていないのはしかたないかなと思う。

ちなみに今回の私が10位に入れた作品は、『ドキュメント 太陽の牙ダグラム*3。私の投票以前に8位に入れたエントリがあり*4、もちろん1点映画特集からはもれた。


アニメ映画ベストテン:順不同賞 - 男の魂に火をつけろ!

「順不同賞」は全部で14作品と少ない。順不同の投票そのものが少なかったか。

『Kirikou & the Men & Women』は名前を聞いたこともないが、海外の作品らしい。ここで日本色を出した3DCG映画『アシュラ』が来るのかとか、あの『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』を入れているとか、たしかにマニアックな雰囲気。

2015-03-15

[]『Go!プリンセスプリキュア』第7話 テニスで再会!いじわるな男の子?!

松浦仁美作画監督は、たしか東映には初参加*1。悪くない仕事で、全体として整っていた。中村亮太の演出としては、前半で主人公と少年の距離感を強調した教室の広さが印象的。

脚本の香村純子はプリキュアシリーズに初参加。スーパー戦隊で一時期によく見た名前だが、かなり理知的な展開で良かった。


最初は嫌っていたゲストの努力を評価できるようになる、それ自体はよくあるエピソードだが、主人公ひとりで気づくきっかけがうまい。

モデルとして活躍している天ノ川の球技選択から、天ノ川のモデル業にかける本気を知り、ゲスト少年がテニスにかける本気と似ていることを理解する。単独エピソードとしては、再会した少女と少年がたがいを理解して認めあうドラマとなる。連続エピソードとしては、仲間になったばかりの友人を知っていくドラマとなる。

プリキュア関係の能力で教育用の空間をつくったのは、あくまで主人公がテニス練習に奮闘するためのもの。てっきり主人公が周囲から教えられる展開になると思っていたので、良い意味で予想外だった。


性差がはっきりして壁ができるようになる年代の少年少女が、恋愛で結びつくのではなく、独立した人格として相手を認める展開そのものも良かった。男女混合で試合する劇中の目的が、ちゃんと機能しているので説得力ある。

おまけに少年の夢が怪物化してからも、主人公ひとりで向きあって結論をしっかり出す。プリキュア仲間の参戦が遅れた理由も自然で笑えるもの。

ただ、テニスの練習シーンに力をさいていたため、アクションシーン自体は悪くないものの短めだった。テニスらしいのも、ボール化した敵をネットでしばりつける描写くらいか。

2015-03-14

[][]イギリス首都にガンジーの銅像が建立された

今年はガンジーの非暴力独立運動がはじめられてから百年目。それを記念して、支配していた側のイギリス、しかも議事堂前にガンジーをたたえる像が建てられた。


公開予定との英政府発表は、すでに2月に報じられていた。建立された広場には、先に多様な銅像が建立されているという。

ガンジーの銅像、英国会議事堂前に設置へ 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

第2次世界大戦(World War II)中の英首相ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)や南アフリカのネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)元大統領らの銅像と並んでロンドンLondon)の英国会議事堂前にある広場「パーラメント・スクエア(Parliament Square)」に設置される。

そして3月14日、ついに除幕式がおこなわれた。

ガンジーの銅像の除幕式、ロンドン 写真10枚 国際ニュース:AFPBB News

 除幕式にはインドのアルン・ジャイトリー(Arun Jaitley)財務相、英国のデービッド・キャメロン(David Cameron)首相、ガンジーの孫のゴパルクリシュナ・ガンジー(Gopalkrishna Gandhi)さんらが出席し、ジャイトリー財務相が除幕した。

 インドのスター俳優アミターブ・バッチャンAmitabh Bachchan)氏はガンジーの考え方を引用してスピーチした。インドの音楽が演奏され、インド国旗が広場のあちこちに掲げられた中、集まった数百人が除幕式のもようを見守った。

インド側の出席者は、両国の友好関係がガンジーの遺産だとスピーチしたそうだ。

47NEWS(よんななニュース):47都道府県52参加新聞社と共同通信のニュース・情報・速報を束ねた総合サイト

 この日の式典にはキャメロン英首相やインドのジャイトリー財務相らが参加。ジャイトリー氏は「インドと英国の友好関係はガンジーの多くの遺産の一つだ」と話した。

[][][]オーストラリアの日本語無料情報誌従軍慰安婦記事がひどすぎる

オーストラリアで慰安婦像建立に反対する団体JCNが、情報源にしていた無料情報誌『CHEERS』。その問題について、JCN批判エントリの注記で予告したとおり批判する。

「豪州の慰安婦像はこうやって阻止した」なんて高評価して大丈夫? - 法華狼の日記

『CHEERS』の従軍慰安婦記事そのものにも多くの問題があるが、それは別エントリで指摘することにしよう。

なぜか「We’re sorry, but something went wrong (500)」カテゴリで、著名人インタビュー記事に混じって、従軍慰安婦問題について論じた記事がある。読んだ範囲では、どれも「大庭祐介」というライターが書いている。


それらの記事のひとつ、JCNの山岡代表が主張の根拠としたインタビュー記事を読んだところ、正直にいって信用することが難しいものだった。

We’re sorry, but something went wrong (500)

慰安婦像を建立しようとしている団体側にインタビューした記事だが、その最後に下記の立場を明かしている。

弊紙は、同インタビューと平行して、グレンデール慰安婦像撤去訴訟で戦うNPO法人「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」とコンタクトを取った。その結果、同団体との協力体制を築くことができた。グレンデール訴訟での対応、教訓など貴重な情報を参考に、今後の対応に邁進していきたい。

中立を装うよりは誠実だが、しかしインタビュー相手に正確な説明をして確認をとったかどうか、いささか心もとない。

この時点で、後に米国の裁判で「ボロ負け」*1したGAHTと連携していたこともわかる。


さらに「参考資料」として複数の資料をならべているが、事実誤認ばかりだ。

たとえば吉田清治証言について、その影響についての説明が明らかに間違っている。

吉田の証言は国連クマラスワミ報告(1996年)やアメリカ合衆国下院121号決議(2007年)などの事実認定でも有力な証拠として用いられている。

クマラスワミ報告書は吉田証言に言及しているものの重視はしていないし*2、米国下院決議に吉田証言は用いられていない*3

ちなみにインタビュー部分は正確に表記しているのに、参照資料部分では「吉田清二」と名前を誤表記している。怪しげな情報源を参照したのだろうか。


信じられない事実誤認もある。植村隆記者が従軍慰安婦問題を日本で初報道したというのだ。

新聞記者朝日新聞社社員の植村隆は、1991年にいわゆる従軍慰安婦問題を日本で初めて報道したが、事実に反する捏造であったと指摘されている。

どのような資料にもとづいて「日本で初めて報道した」と思ったのかわからない。植村記者が捏造したと主張する人物がいること自体は事実だが、そもそも吉田証言を1980年代に報じたことで朝日新聞が批判されているのに、この勘違いは理解しがたい。

おそらく実名で名乗り出た証言者を初めて報道したことを勘違いしているのだとは思うが、朝日初報そのものは情報源の関係から匿名であり、名前をふくむ詳細は数日遅れの北海道新聞が初報だったこともわかっている。さらに元慰安婦を報道した記事は、朝日新聞以外でも1980年以前から確認できる*4


米軍の「日本人捕虜尋問報告49号」は一部抜粋だけして、高給であったと解釈できる部分のみを紹介し、生活苦におちいったという部分は無視している。

しかも日本語訳は信頼できる先行訳を参照していないようだ。たとえば「wooden clothes」を「下駄」ではなく「木製の衣服」と翻訳し、「"native girls"」を「?現地の女性達?」と翻訳している。

日本人兵士達は、しばしば、家から雑誌、手紙、新聞を受け取る事がどれほど楽しいものであるかを語っていた。また、彼らは缶詰、雑誌、石鹸、ハンカチ、歯ブラシ、ミニチュアの人形、口紅、および木製の衣服で一杯の?慰安袋?の中身について語っていた。口紅と衣類は女性用品であり、女性達は家族がなぜそうした物資を兵士に送るのか理解できなかった。彼女らは、送った者は単に、自分達、あるいは?現地の女性達?への贈り物が念頭にあったのではないかと推測した。

あまり見ない翻訳文なので調べてみると、下記ページの翻訳文の一部であることに気づいた。

従軍慰安婦問題の真実 Facts of Korean Comfort Women

全文翻訳が存在することから、これ以前に日本語訳があるとしても、一部抜粋した『CHEERS』が後から利用したことは間違いないだろう。なぜオーストラリアで発行している情報誌なのに、独自に日本語訳をおこなわないのだろうか。

テキサス親父が同じように日本語訳をインターネットからコピペしていたが、いくら無料とはいえ情報誌として情けない。

「テキサス親父」という愛国詐欺師とソースロンダリング - 法華狼の日記


当然のように、他の従軍慰安婦記事も問題が多い。

たとえば上記インタビュー記事の歴史専門家による解説と称して、とんでもない人脈でとんでもない人選をおこなっている。

We’re sorry, but something went wrong (500)

特集の第一回で、韓国人会会長側近※のインタビューを行った。弊紙が投げた質問に対しての側近の回答の中で、今回は特にもっと深い事実検証、判断材料が必要なもののみをピックアップして、なでしこアクションを介し、歴史専門家へ事実検証を要請した。

ここで登場する「歴史専門家」が藤岡信勝氏。記事の末尾に掲載されているプロフィールからもわかるように、歴史の専門家ではない。

昭和46年北海道大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。名寄女子短期大学北海道教育大学東京大学教育学部拓殖大学を経て、現在拓殖大学客員教授。専攻は教育学(教育内容・方法)。

他にも河野談話の解釈で、明らかに誤った主張をおこなっている。

We’re sorry, but something went wrong (500)

官憲とは、警察官の意。日韓併合時代における朝鮮半島の警察官は、そのほとんどが朝鮮民族だったという。

官憲は警察だけでなく軍もふくむ。そして河野談話で官憲が募集に直接的に加担したとあるのは、インドネシアのスマラン事件を想定している。その証言者がオーストラリアにいる事件くらい調べていないのか。

つまり朝鮮半島にける警察官の人種構成は関係ないし、そもそも植民地の現地人を利用したことは日本を弁護できる根拠にならない。

また「旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与」とあるが、旧日本軍が関与したのは慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送で、朝鮮半島の女性を強制連行したとは述べていない。民間業者が行う慰安所運営の設置や衛生状態の管理、慰安婦の移送時に、違法行為がないかなどを取り締まった、という解釈ができる。

河野談話の全文を引用しながら、「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営された」という文章を読み落としているのだろうか。


このような認識で従軍慰安婦問題を論じ、差別主義者との連携を表明している『CHEERS』やJCNこそ、共生の可能性を破壊するものだ。

もちろん差別があるならば批判しなければならない。しかし国家の政策に過ちがあったり、その過ちを否認する動きがある時、それらを批判することは差別ではない。

2015-03-13 上げたのは1日後

[]『ドラえもんのび太のダンボール宇宙ステーション

のび太が庭でダンボールを組みあわせ、宇宙ステーションごっこをして遊んでいた。しかしスネ夫の持っている天体望遠鏡と比べられ、馬鹿にされてしまう。

のび太はドラえもんと協力し、秘密道具「宇宙ステーション実験キット」でダンボールを強化。本当の宇宙ステーションとして打ちあげる。しかし宇宙空間で、小さなトラブルが大きな危機へと発展。

衛星軌道を舞台として、リアルな宇宙サスペンスがはじまる……


映画ドラえもん のび太の宇宙英雄記』の公開にあわせたらしい、アニメオリジナルストーリーの30分SP。

EDクレジットの「脚本たかはしあつし」でまさかと思ったが、やはり高橋敦史監督が、コンテ演出のみならず脚本まで担当していた。しかもツイッターを見ると今回が脚本家デビューでもあるそうだ。

取材協力としてJAXAの名前があったが、特別な考証クレジットはなかったことから、おそらく脚本家段階で無重量状態や軌道遷移の考証も手がけたのだろう。


まずは前半、無重量状態で麺にからみつくスープ、栓を開けると噴出してしまうサイダー瓶、ダンボールの隙間からもれて凍りつくサイダー滴……宇宙空間ならではの地上と異なる光景が連続し、その物珍しさが素直に映像として楽しい。

そして後半、スネ夫たちも宇宙ステーションをつくって上昇してから、サスペンスにあふれた救出劇がはじまる。重すぎたため、楕円軌道になってしまったスネ夫ステーション。定期的に大気で減速してしまうため、スネ夫たちは降下していく。

救うために接近しようとするドラえもんステーション。しかし速度をあげるだけでは、軌道があがって飛びこえるだけ。追いかけるためには、速度を落として低い軌道をとらなければならない。感覚にそぐわないロケット噴射をしなければならないわけだ。そのもどかしさがサスペンスをもりあげ、思い通りにならない宇宙の怖さを表現する。

そして前半の無重量描写が伏線となり、宇宙服で命がけの救出がおこなわれる。結末もドラマの発端を受けたオチで、まとまりがいい。


純粋にジュブナイル宇宙サスペンスとしても、ドラえもんオリジナルストーリーとしても、素晴らしい内容だった。

緻密な科学考証がそれだけで終わらず、娯楽活劇をもりあげる基礎となっている。感覚に反した衛星軌道の挙動が大きな誤りもなく映像化され、説明もわかりやすい。

考証以外でも、ささいな描写が伏線として機能し、キャラクターの言動も違和感がない。秘密道具で脱出できない理由もドラえもんらしい展開で処理。秘密道具で宇宙ステーションを制作する描写の手づくり感も、原作らしい雰囲気が出ている。これが単独の初脚本とは思えないほど完成されていた。

やや絵柄の癖はあったが、作画も全体として良かった。宇宙空間のクッキリした光源演出や、3DCGで流れていく地球も美しい。映像の良さは、さすが高橋敦史回といったところだ。

[][]『かぐや姫の物語

高畑勲監督と宮崎駿監督は、組んで仕事をしていた昔から、娯楽として英雄や聖女や自然を美しく描きつつ、どこか距離をとって映してきた。

宮崎駿監督は作品内では自己批判を抑えて娯楽にふみとどまり、作品外で現実と距離があることを語る。『となりのトトロ』を子供に何度も見せているという親を批判したり、『もののけ姫』の結末からは自然が回復しないことを明言する。

高畑勲監督は作品内で崇拝されるものが美化されていることを示し、すでに失われていることを明かす。『おもひでぽろぽろ』では農業や田舎の暗部を示唆しているし、『平成狸合戦ぽんぽこ』では超常能力を使っても自然が奪われて終わる。

『かぐや姫の物語』も、自然賛歌の物語ではあるかもしれないが、物語をとおして自然賛歌することは懐疑している。都の庭に再現された田舎は、物語をとおして夢見る田舎の似姿だ。


映像作品として見た時、描線の味わいを残す方針は、情報を落とすことはないが、しかし濃くすることもない。

人の手で描かれた絵であることを主張し、色数は一般のアニメよりも少なく、背景も描きこんでいない。

当時の文化や生活を調べあげながら、あくまで虚構として観客に提示している。


物語作品として見た時、劇中で価値があるとされたものは、その多くが偽りだ。

主人公と家族の身分は、竹林の金で買っただけ。男達が探してきた宝物や誠意は、原作と同じく贋物で虚言だ。都の庭に再現した田舎の風景も、すぐ壊せるつくりもの。翁や御門が与えようとする愛情は、想像上の主人公に対して向けられる。捨丸とともに逃げ出す夢まで、幻にすぎない。

かろうじて喜べる子供時代の経験は、翁の善意によって失われた。憧れの兄貴分だった捨丸は、都で再会した時は盗人となり*1、ともに逃げようとする時は所帯をもっていた。喜びの実体が失われた後に残る記憶すら、最後には消え去ってしまう。

何より作品の根幹にすえられた主人公の「罪と罰」がそうだ。遠い月から現世に憧れたことが罪であり、実際に現世で生きて失望することが罰であった。田舎に憧れる都会の人間の姿そのものだ。


むろん、現代人は文明でしか生きられないという話ではない。

美しい田舎や自然を幻想とみなしているが、他人の幸福を決めつける社会の誤りを強く批判している。主人公を抑圧する平安時代の価値観は、現代の社会にそのまま見られるものばかり。望まぬ道を与えられる苦痛、他人に品定めをされる苦痛、どちらも社会的な弱者が受けがちな被害で、社会的な強者が意識せずおこなう加害だ。

虚構に逃げることも、現実に負けることも、この物語は許さない。それに気づいた観客が楽しみにくいことは、娯楽として欠点であるかもしれないが、誠実ではあると思う。


なお、はっきり批判されないまま終わった人物もいくらかいる。

わかりやすいところで媼や女童がいるし、大伴大納言が龍を探した時の船頭や、炭焼きの老人のような職人もそうだ。その特徴として、誰もが自分の生活をしながら、他人の心に土足でふみこまない。助けはするが、それが唯一の救いだとはいわない。

主人公のためだという翁の行動は裏目に出つづけるが、変わらぬ生活をするだけの媼の行動は主人公に一瞬のやすらぎをもたらす。言葉にすると単純だが、たいせつなことには違いない。

*1:田舎の子供時代にウリを盗むことを助けた描写が、嫌な伏線として機能する。

2015-03-12 上げたのは1日後

[][][][]「豪州の慰安婦像はこうやって阻止した」なんて高評価して大丈夫?

初期の在特会インターネットで高評価で、批判されるにつれて切断処理されていったことを思い出す。


池上彰インタビュー記事*1で注目されたオピニオンサイト「iRONNA」に、「Japan Community Network」*2の山岡鉄秀代表がレポートを寄せていた。

豪州の慰安婦像はこうやって阻止した

オーストラリアのストラスフィールド市で建立されようとした慰安婦像を、公聴会で議論して「阻止」したという内容だ。この公聴会での活動を継続するために、JCNをたちあげたという。

もとは『月刊正論』に掲載されたレポートで、産経サイトでも1月7日に前半が公開されていた*3。今回は全文が公開されているためか、はてなブックマーク等で注目を集めている。

はてなブックマーク - 豪州の慰安婦像はこうやって阻止した

id:popoi氏のように後述の決議を指摘するコメントもある。しかし文脈をおさえていないためか、JCNを過大評価するコメントが目につく。ふたつほど指摘しよう。

id:YoshiCiv はてサが反論しないのが興味深い。やっぱり国内でしか通用しない論理だったんだな。

そもそも後述するように歴史認識で反論する意義のないレポートだ。それに在米日本人の反対を受けつつ米国で慰安婦像が建立されていることを知らないのだろうか。

id:komamix どう防いだっていう戦略的な話じゃなく慰安婦像を作るなんて多文化主義の分断にしかならないって主張が完全に正しいってのが大事なとこなんじゃないの/テキサス親父的なノリとは違う

やはり後述するが、訴訟がSLAPPと認定された在米日本人団体GAHT*4と、JCNの主張と手法に大きなへだたりはない。ちなみにJCN公式ブログには*5、テキサス親父サイトへのリンクがある。


それでは「iRONNA」に転載されたレポートの疑問点を指摘していこう。

日本人は反論しない、歴史問題で責めれば黙って下を向く――。韓国人中国人はそう思い込んでいる。だから日本人が冷静に、論理的に反論してきたら、それは驚天動地の事態なのだ。

この冒頭からして、従軍慰安婦問題で日本政府や政治家が国内外の批判に反論しつづけたことを無視している。

日本軍を擁護しようとする過去の主張が、冷静でも論理的でもなかったと認めるのだろうか。それとも、日本軍に問題がなかったことを自明視して、国内外から批判されたのは反論しなかったからだと思い違いしているのだろうか。

 3月31日。仕事中、パソコンに「なでしこアクション」からの拡散メールが届いた。

「なでしこアクション」は、慰安婦問題で日本を貶める勢力と戦う日本の女性たちのグループだった。

この時点で読み進める気力がそがれる。公聴会の開催を知らせた「なでしこアクション」は、やはりJCN公式ブログにリンクされているが、元在特会事務局長がたちあげた団体だ。

 私は持論を述べた。「相手はいつも通り歴史問題で日本を糾弾してくるだろう。しかし、相手の土俵に乗って反論すべきではない。事実関係がどうであれ、そんな問題をローカルコミュニティに持ち込んだらダメだという原則論を一貫して主張すべきだ。君のような地元のオーストラリア人が発言してくれたら説得力があるんだが」

このような公聴会の方針を決めた時点で、JCNを歴史認識の観点から優先的に批判する意味はなくなった。歴史認識で争わないのは、GAHTの方針とも全く同じだ*6

もうひとつ興味深いのが、山岡代表自身は「地元のオーストラリア人」ではないらしいこと。山岡代表のインタビューが2014年11月の産経にのっていたが、そこで国籍についての情報がくわしく描かれていた。

【歴史戦・番外編】豪州に飛び火した慰安婦像設置運動は「反安倍・反日および日豪分断に過ぎない」 JCN代表、山岡鉄秀さんに聞く(1/9ページ) - 産経ニュース

日本人の多くはオーストラリア国籍を持っているわけではないですよね

 「日本人は日本のパスポートを持っているので投票権はない、政治力もない。だからオーストラリア国籍(投票権)を持っている中韓系よりも圧倒的に弱いんです。ストラスフィールドの日本人は子供まで入れて70人程度。中韓は1万2000人ほどです。圧倒的に不利な状況でどうやって闘うかが私たちの戦略です。投票権がなくても、コミュニティーの融和を大切にする私たちの主張を、地元の人たちは理解してくれます」

国籍を持たない立場から、国籍を持っている立場の活動を、コミュニティー融和の観点から批判しようとする。ここでもJCNは在米日本人団体のGAHTと似たような立場だったのだ*7

むろん国籍を持たなくても地域社会の一員として政治的な意見を出すことに問題はない。気にかかるのは「なでしこアクション」と協力関係にあることとの整合性だ。


次にレポートの公聴会にまつわる記述だが、慰安婦像を建立させようとする側について、具体的に考えることが難しい。

たとえば一人目と二人目の主張を、山岡代表は「アクセントが強すぎて何を言っているのかわからない」「彼のスピーチもまた聞き取りにくい」と評して、はっきり内容を紹介してくれない。さすがに両方が時間を超過したという情報は事実だろうが。

そして建立させようとする側の三人目について、山岡代表は在豪日本人として従軍慰安婦問題にふれるには、重要な知識に欠けていることがわかった。

 中韓の3番手は、特別ゲストである。インドネシアで発生したスマラン事件の被害者であり、本も出版しているオヘルネ氏が豪州人と結婚してアデレードに住んでいるとは知らなかった。その娘が代理でスピーチするのだ。英語がネイティブなので、やっと理解できてほっとした。《日本人はあんなにひどいことをして、なぜ謝らないのか、豪州政府もラッド首相(労働党政権当時)がアボリジニーに“Sorry”と謝罪したではないか》という論調。なぜ日本政府が謝罪していないという前提に立つのだろう、よく理解できない。

「日本政府が謝罪していないという前提」については、過去の謝罪が充分ではなかったという意味かもしれないし、現在の二次加害についての謝罪を求めているのかもしれない。

しかし公聴会に関係者が出てくるとは予想できなくても、日本軍による直接的な強制連行の証言者*8がオーストラリアにいることくらいは、さすがに知っているだろうと思っていた。もともとオーストラリアは従軍慰安婦問題との関係が米国より深いのだ。

しかも山岡代表はオーストラリアに元慰安婦がいると知ったばかりなのに、慰安婦像に豪州人を加えることを「むりやり」と評する。よく理解できない。

相手の最終話者。先ほど外で見かけた、お地蔵さんが3つ並んだ絵を描いた画用紙を掲げている。「私達は日系住民を責めているのではありません。これは韓国人、中国人、豪州人の慰安婦三姉妹です。この銅像を駅前に建てれば、観光名所となることでしょう」と訴える。お地蔵さんかと思ったら、慰安婦三姉妹だったとは。むりやりオーストラリア人を入れれば反発をかわせると判断したのか。


対するJCN側の主張だが、いじめが起きたという主張をとりやめたGAHTと違って、友人が差別されたという証言は出てきたらしい。

日本側の1番手は大学生。日本でいう所の芸大生だ。爽やかな青年である。この慰安婦像問題が勃発してから、彼の友人が学校で中韓系の同級生や講師から差別されるようになったという。こんなことでは、大好きな豪州が誇る多文化主義が崩壊してしまうのではないか、と懸念を表明した。

ただ、やはり差別があったならばそれそのものを問題視するべきであって、慰安婦像建立をやめさせる意味がわからないという同じ反論はできてしまう。

2番手は私と電話で話した豪州人。「このような銅像は、国の反差別法に抵触し、そもそも市のモニュメントポリシーに明確に違反している」ことを指摘した。市のモニュメントポリシーには「いかなるモニュメントも市に直接関連したものでなくてはならない」と明記してあるのだ。

そのような基準があるならば、先に同じ州にホロコースト博物館があった米国とは違う判断がなされてもおかしくはない*9。ただ、反差別法に抵触するという考えは、くわしく説明されないと理解できない。

こちらの3番手は米国人男性。ストラスフィールドに22年も住み、チャリティー事業で地元に貢献してきた。夫人は市のWoman of the Yearに選ばれたことがあるという。その彼にしてみれば、慰安婦像はコミュニティを分断し、夫婦して行政と共に築いてきた地域の融和を破壊してしまうもので、看過できない。また、昔のことより現在の豪州社会が直面している、性犯罪を含む深刻な課題にこそ集中すべきだ、と述べた。

やはりオーストラリア在住であってもオーストラリア人でないところは興味深い。ただ、労力を他にさくべきという意見は、それはそれで成立するだろう。

山岡代表のレポートを信じるなら、どうやらオーストラリアでは慰安婦像が最初の他国史の記念碑となるらしいので、米国と異なる判断がくだされてもおかしくないということらしい。逆にいうと、GAHTとJCNの活動に異なる結果が出たとしても、それは団体側ではなく行政側に理由がある可能性が高いだろう。

そして山岡代表自身の主張だが、自認に反して首をかしげる内容だ。

 私は原稿の代わりに日系無料情報誌を手にした。掲載されている中韓団体の取材記事が、問題の本質を顕かにしている。私は可能な限り穏やかに話し始めた。

 「歴史の学び方はいろいろありますが、こんなやり方は感心しません。私たちはいつでも、中韓コミュニティの方々と歴史について語り合う用意があります。しかし、慰安婦像を建てる真の目的は何でしょう。この新聞のインタビュー記事にはっきりと書いてあるようです。慰安婦像推進団体の代表の方が、明言していますね。

 慰安婦像を建てる目的は、日本が昔も今もどんなにひどい国か、世間に知らしめるためだと。その目的のために、全豪に10基の慰安婦像を建てるのが目標だと。この内容に間違いがないことを会長さんが承認しているとあります」

 「アメリカでは慰安婦像が原因で日系の子供達に対して差別やイジメが発生しているのですが、それについては(日本人特有の嘘だ)と言い切っています。こんなことがまかり通るのなら、私は決して自分の子供をストラスフィールドの学校には行かせないでしょう」

 「これは明らかに政治的な反日キャンペーンであり、慰安婦像はその象徴に過ぎないということです。慰安婦三姉妹と言っていますが、女性の人権をとりあげるならば、他の国の女性も含めなければ差別にあたるのではないのですか?」

実際は「歴史戦」で戦わないことを決めたわけで、「いつでも、中韓コミュニティの方々と歴史について語り合う用意があります」という主張は虚偽なのだが、それをレポートで明かして良いのだろうか。

それに慰安婦像を原因としたいじめが発生したという訴えは、emigrl氏も複数の理由からデマであると指摘している*10。そうしたデマを国籍や人種に特有のものと主張することも差別だろうが、いじめを事実だと断言する山岡代表は独自の根拠を示す必要がある。

また、無料情報誌『CHEERS』で該当インタビュー記事をさがして読むと、オーストラリアに慰安婦像を建設することになった理由について、山岡代表による要約は誤解をまねくものとわかった*11

We’re sorry, but something went wrong (500)

韓国人なら世界どこに住んでいても過去史歪曲、強制慰安婦の存在否定、その他あらゆる妄言を次から次へと並べる日本の政治家らをこれ以上許してはいけないという強い思いで、日本にはっきり伝達しないといけなくなったわけです。米国グレンデールでの銅像建立に伴われた一連の日本側のさまざまな妨害工作(米国議員ら、市長などに日本国会議員ら、企業人、日本大使などによる投資撤回などの脅迫、経済制裁など嫌悪感を持たせる卑劣な工作振り)に呆れて、世界中の人々に日本の過去と現在の蛮行を広く知らせるためです。

従軍慰安婦問題を日本が否認しようとする動きに呼応して、慰安婦像を建立するのだという。つまり慰安婦像で問題視しようとする「昔」と「今」は、関連しているが同一ではない。「過去」の問題を否認しようとする動きが「現在」の問題なのだ。

日本を批判することを「政治的な反日キャンペーン」と表現したいならすればいい。それを「相手をけなしたり、攻撃したりするのではなく、淡々と終始一貫、理を説いた」と自認するのも、主観的には事実なのだろう。しかし、従軍慰安婦問題とは別個の反日が目的とはインタビュー記事に書かれていない。


そして公聴会の結論部分で、ようやく「阻止」の内実が明かされた。

市議たちがやっと戻って来た。市長が静かに話し始めた。「この問題は市で判断できる問題ではないので州や連邦の大臣に意見を求めます」

 一瞬意味がわからなかったので、近くに座るオーストラリア人に尋ねると、彼は腕を組みながら答えた。「自分たちで判断せず、州や連邦に投げて、棚上げにするという意味さ」

 却下しなかったのはおおいに不満である。しかし、とりあえず強行突破はされずに済んだ。9回裏10対0から同点に追いついたのだ。市議会は明らかに我々のスピーチに軍配を上げたのだと思う。しかし、中韓団体のゴリ押しの政治力を考慮して、即時却下はできなかったのだろう。

つまり州や連邦に判断があずけられただけだという。もともと建立されると決まっていなかったものが先送りになっただけなのに、JCNが「阻止」したといえるのだろうか。

このレポートからは、公聴会での主張を市議会がどう評価したのかわからない。「市議会は明らかに我々のスピーチに軍配を上げた」も「中韓団体のゴリ押しの政治力を考慮して、即時却下はできなかった」も根拠のない主観にすぎない。


なお、従軍慰安婦問題そのものへのストラスフィールド市の見解は、すでに出されている。「話し合ってわかり合える相手ではない」という考えから議論をさけるだけでは、従軍慰安婦問題を否認することはできない。

ストラスフィールド市といえば、慰安婦決議を2009年に可決していた都市だ。新たに慰安婦像を建立することは議論がわかれたとしても、すでに歴史認識における立場は鮮明にしている。

【オーストラリア】ストラスフィールド市議会「慰安婦」決議(2009.3.3 可決) | アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館(wam)

議会は、

(a)2009年3月8日の世界女性デーを記念して、いわゆる「慰安婦」とされた女性の苦しみと彼女らの人権と尊厳の回復の重要性を確認する。

(b) 日本政府に以下のことを求める国際社会および宝塚市清瀬市札幌市の市議会議員に加わる。

(i)被害者への公式で曖昧でない謝罪をすること

(ii)国際法に従い法的責任をとること

(iii)正確な歴史教育を行い歴史的責任をとること

(c)オーストラリア連邦政府に、(b)の(i), (ii) (iii)が実施されるよう、議会にて早急に動議を採択するよう要請する。

(d) 2009年国際女性デーを祝して、オーストラリアの「慰安婦」サバイバーであるヤン・ラフ・オハーンさんを認知し、支援することを表明する。


本項目は全会一致で決議された。

*1従軍慰安婦報道にまつわる池上彰のバランスとは、事実と虚偽の中間をわたりあるくこと - 法華狼の日記で批判した。

*2:以下、JCNと略す。たちあげ前の公聴会時の立場についても、JCNと表記する。

*3http://www.sankei.com/life/news/150107/lif1501070004-n1.html

*4外交問題に地方自治体がかかわるのは政府への越権行為だと訴訟をおこした団体が、外国政府から支援されようとしている不思議 - 法華狼の日記で批判した。

*5Australia-Japan Community Network (AJCN)

*6:@氏が報告している。http://twitter.com/emigrl/status/570888249427644416

*7グレンデール市に見る、日韓の対立ではなく人権の確立としての従軍慰安婦問題 - 法華狼の日記

*8:具体的な証言はこちらで紹介されている。【被害者証言】ヤン・ラフ=オハーン(オランダ) | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

*9おまえの罪を数えろ、われらの罪を数えろ - 法華狼の日記で引用した毎日記事を参照のこと。

*10macska dot org » 「グレンデール市に慰安婦像が設置されたことによって日本人の子どもがいじめられている」というデマについて

*11:なお、『CHEERS』の従軍慰安婦記事そのものにも多くの問題があるが、それは別エントリで指摘することにしよう。

2015-03-11 上げたのは1日後

[]『相棒season13』第18話 苦い水

周囲のスキャンダルを逆用して、出世を重ねてきた女性政治家の片山雛子。過去シリーズから存在感を発揮しつづけてきた片山に、大きな縁談がもちあがった。その矢先、とあるアナフィラキシーショック死事件の第一発見者となってしまう……


強い女性の過去には、男性不信の理由があった、という今時どうなのと感じるジェンダー観。あと、ナンパした女性を分類するようにメモしていた描写は、タイムリーな出来事を思い出して困った。

ただ、片山を守ろうとした男性が人間関係にだらしないことは事実で、最後に片山へ伝えようとした真意も不明というのは逆に良かったかな。美化しすぎてなくて。


しかし本編よりも気になったのは、次回の最終回2時間スペシャル予告。

犯罪者を身勝手に裁く敵を追う物語で、サブタイトルが「ダークナイト」ってのはどうなんだろう。アンチヒーローとしてはベタな設定だが、さすがに人気映画そのままの単語を引いてくるのは……劇中で映画タイトルが言及されたりすれば、逆に許せるかもしれないが。

それに公式サイトの予告文を読むと、2年前から「ダークナイト」が活躍していたらしいが、だとすると次回までドラマで言及されなかったことが不自然。謎の犯罪者「飛城雄一」を登場させた第10話*1もそうだが、きちんと長期シリーズらしい連続性を感じさせてほしい。革命集団「赤いカナリア」などを定着させてきた作品としてもったいない。

2015-03-10

[][][]「アニメ映画ベストテン」の集計結果が出ていた

毎年washburn1975氏が企画しているネットイベント。やはり今回は通常より参加人数が多く、データ入力手法などで協力してもらって集計を終えられたらしい。

アニメ映画ベストテン:結果発表 - 男の魂に火をつけろ!

参加人数が多いこともあり、最初から最後まで一定層のアニメ好きか映画好きには愛されている作品ばかり。意外だった上位作品は、15位の『マインド・ゲーム』くらいかな。

宮崎駿作品や押井守作品や今敏作品の強さ、3DCG映画で活躍しているピクサーの原典として手描き中心の『アイアン・ジャイアント』が入っていること、そして日本アニメのそれも娯楽色の強い作品の強さが印象的。

50位までで7作品ほどが未見で、投票エントリでは存在も知らなかった海外アニメ映画がいくつかあり、けして私がアニメマニアでないことが自覚できた。


ちなみに私が選んだベストテンは下記のとおり。50位まででランクインしたのは38位の『千年女優』のみ。

アニメ映画ベストテン〜映画限定〜 - 法華狼の日記

そこそこ力を入れたエントリではあったが、きちんと書きあげる余裕がなくて、まだ実は未完成版。番外として13位の『オトナ帝国の逆襲』を劇中劇作品として言及しようと思っていたが、そのままになっている。

……もっとも、書きたいことを全て書こうとすれば、どれだけ短縮しても現在の文字数の3倍くらいにはなってしまうが。

2015-03-09

[][][][]『戦後70年 千の証言スペシャル 私の街も戦場だった』

東京大空襲の前日に、TBS系列で放映された2時間超の報道番組。米軍機のガンカメラ映像を主軸として、いまだ埋もれていた戦場の記録と記憶を掘りおこしていく。

戦後70年 千の証言スペシャル「私の街も戦場だったII 今伝えたい家族の物語」|TBSテレビ

やや散漫ではあったが、予想以上に目新しい情報や視点があった。日本という国家が一方的な被害者でないことも注意できていた。その上で最後に明かされた情報には、愕然となった。


番組のコーナーわけは細かいが、大きくわけると3パートだ。

米国立公文書館で保存されたガンカメラ映像の撮影された日時や場所を特定し、視覚化していくパート。

複数の証言や資料をもとに、東京中央線疎開しようとしていた姉妹を襲った空襲を、ドラマで再現したパート。

米国にわたり、民間人を機銃掃射したパイロットについて探ろうとしたパート。

そしてパートごとの戦争の記憶に番組ナビゲーター佐藤浩市が向きあい、歴史と現在をつなげる。


番組は最初に、初公開をふくむ多数のガンカメラ映像を紹介。米軍機の機銃掃射と日本側の対応を説明していく。

米軍機視点で機銃掃射を見るカラー映像だけならば、これまで何度もTV放映されてきた。そこで番組では、撮影内容を特定しているアマチュア研究者の協力をえたり、ドローンカメラの空中撮影を使ったり、設計図にもとづいて防空気球を再現したりして、過去の映像と現在の風景を重ねあわせていく。当時の地形がそのまま残った地域もあれば、滑走路が直線道路として残った場所もある。日本軍基地の後に福島第一原発が建てられ、またしても土地が国家的な政策の犠牲になったという指摘は印象的だ。

そのガンカメラ映像によって、被害者証言しかない空襲がいくつか裏づけられた。大都市への大規模な空爆ではないためか、市町村史にも残されていない戦争の歴史が、まだ日本にも隠されていたのだ。オーラルヒストリーの重要性がよくわかる。

さらに番組は各地の傷跡を映していく。弾痕ごと保存された建造物を見にいったり、証言者に会いにいったり。田代秀樹エグゼクティブプロデューサーが「当時、20歳だった人は90歳。戦争を知る人が実体験を語るぎりぎりの年」*1という危機感から集めたというだけあって、民放ドキュメンタリー番組としては多様な証言が集められていた。その一部は公式Facebookでも紹介されている*2

セキュリティチェックが必要です

特に印象深かったのが、拠点攻撃の帰路だったため攻撃されつづけた小さな街の証言者。たいした戦略的意味すらない攻撃をされた立場でも、米軍を悪魔化しなかった。

鹿児島枕崎市で空襲を体験した白澤豊さん(82)

「どこでも構わず一般市民だろうが非戦闘員だろうが狙ったのでは。日本軍でもそうだったのでは。米軍だけじゃなくて。狂ってこなければそういうことはできないはず」

そもそもガンカメラは、戦闘を評価するために使われたという。番組は冒頭のナレーションで、映像に残るからこそ攻撃したパイロットもいた可能性を指摘していた。


次に番組は、よくガンカメラ映像で標的にされている列車から、8月5日の湯の花トンネル機銃掃射事件*3再現ドラマ化。

短いながら情報が充実し、物語のまとまりもよい。疎開しようとした姉妹を中心に、同乗していた毎日新聞論説委員や、仕事をしていた女性車掌を映して、多視点で描いていく。美術や特撮にも隙がなく、きちんと生活や惨劇を再現しようとする努力が感じられた。

そしてドラマ後に複数の証言者が登場し、当時をふりかえった。再会する時はモンペではなくセーラー服を着ようと親友と話して、すぐ戦争が終わると予想していた少女。しかし文章として、生まれ変わったら野辺に咲く花になりたいとも遺していた少女。その少女のためだった葡萄の樹を母親が切った、その心情をおもんばかる妹。死傷者を運ぶための戸板を使った家屋では、助けようとして力およばなかった元少年少女が証言する。

女性車掌の証言が、特に印象深かった。空襲警報が出ていたがトンネルに隠れられると判断したことを悔やむ。しかし当時の証言者は17歳だ。女性に選挙権すらなかった時代、国家的政策のため働かされ、未成年に責任だけ負わされる。これが不条理でなくて何だろう。


最後に番組は、米国にわたって、湯の花トンネルで機銃掃射したパイロットを探し出そうとする。

しかし米国立公文書館でそれらしきフィルムを選んで確認しても、湯の花トンネルの映像は見つからない。もともと戦果を記録するためのものであり、多くが破棄されてしまったという。

そこで硫黄島から爆撃に向かった約1000人のパイロットから、第506飛行隊にしぼりこみ、その生存者に会いにいった。しかし航空ショーで出会った4人は、誰もが民間人への攻撃を否認する。機銃掃射したのは発電所などのインフラのみといい、列車を攻撃したというパイロットも対象は貨物列車だったという。

米軍第506飛行隊 元パイロット ジャック・ライス氏(92)

「(列車や駅を)撃ったことはないな。私ではない。見た憶えもないよ。地上にいる人たちには何の感情もわかなかった。やるべきことをやっただけ」

米軍・第506飛行隊 元パイロット ビル・エバーソール氏(89)

「列車は撃った。だけど、僕が撃ったのは客車ではない。貨物列車だった。列車の前方に貨物車両があった」

どこまで信用していい証言かは不明だが、同日に複数の列車が攻撃されていた記録はある。ガンカメラ映像に人影がはっきり見える時間も、番組で確認した16時間で15秒ほどしかない。実態とは違っていても、主観的には真実を述べているのかもしれない。

地上と違って人間の見えない攻撃であることが、民間人を撃つ心理的な障壁をとりのぞいたのではないか、そう番組は指摘する。貨物列車を撃ったというパイロットは、犠牲者の証言を番組に見せられ、初めて相手の痛みを知ったようだ。

米軍・第506飛行隊 元パイロット ビル・エバーソール氏(89)

「何でどうしてこんなことに。撃った人が誰であろうと僕らの国がしてしまったことを謝罪したい。あまりにも酷い。僕は謝りたい。これはいけない」

前後して、組織の判断としても、東京大空襲から米軍の攻撃対象が広まった問題が説明された。しかし米軍を特別視せず、イギリスドイツ、さらに日本も無差別爆撃をおこなったことを重慶爆撃の映像で言及した。


ただし、加害者に被害証言を見せてコメントを引き出すだけなら、過去の戦災報道番組でも見たことがある。戦争が兵士の判断力や倫理観をうばうという指摘も、もちろん重要だが珍しくはない。

しかし番組は探索をつづけ、湯の花トンネルで機銃掃射をおこなったパイロットを特定した。すでに本人は亡くなっていたが、番組は長男に会うことができた。65歳だが若々しく、その笑顔は写真の父親とよく似ている。

長男は、父は心が広くて器が大きい、会えば誰もが好きになる人だったと語る。残虐な人物が身内に優しいことは珍しくないが、パイロットが戦地から妻へ送っていた282枚の手紙を読むと、より普遍的な視野を持っていたことがわかる。

パイロットの手紙には、戦争を嫌悪している苦しみが何度も語られていた。平和主義者という自認と現状との落差に苦しんでいる言葉もある。問題の湯の花トンネル機銃掃射についても、むしろ人々を撃とうとしない判断が書かれていた。

米軍元パイロット ジョン・ジョセフ・グラント氏の手紙

「機関車を狙って撃った。列車はトンネルに辿り着いて止まっていた。後方車両は外に出たままだった。再び列車の上を飛ぶと民間人らしき人たちが逃げていくのが見えた。僕は撃たなかった」

悪魔化こそしないまでも、米軍パイロットは標的を人間と思えていないかのように番組は描いてきた。その先入観を、この手紙は根底からくつがえす。

どれも戦後の釈明ではない、同時代の言葉だ。きっと息子の語る父親像も、嘘ではないのだろう。


そして番組の最後には、葛藤に満ちた手紙が紹介された。日本の美しさをたたえながら、米軍パイロットとしてふるまわざるをえない、夫であり父である言葉。

日本がどんなに美しいか 僕は君にもう伝えたかな

田畑がどこまでも広がっていて 小さな神社が建っている


女の人男の人 そして子どもたちも

僕らの戦闘機の音が聞こえると 走って逃げていく


ダメだ

あの人たちを銃で撃つなんて 僕にはできない

幼い子どもたちと わが子の姿が 僕には重なって見える


戦闘機のごう音におびえて 小さな子どもたちが

母親父親のもとへと走っていく

僕の機銃で簡単に吹き飛ばせるような

小さなおんぼろの家に走っていく


ちくしょう 戦争は地獄だ

残酷で 冷たくて 犠牲はあまりに大きい

戦争が恐ろしいのは、判断力や倫理観を奪うためだけではない。個人が判断力や倫理観を残していても、それは押しつぶされ、苦しみを増すことすらある。

もちろん、それでも私たちが無力感にさいなまれる必要はない。できることは今でも残されているはずだ。

*1http://www.cinematoday.jp/page/N0070365

*2:以下、引用枠内の証言は、最後の手紙を除いて公式Facebookから引用した。

*3:かなり有名な事件で、こちらのサイトなどで紹介されている。http://homepage2.nifty.com/tomhei/newpage29.html

2015-03-08

[]『Go!プリンセスプリキュア』第6話 レッスンスタート!めざせグランプリンセス!

視聴者「宙返りと野球は関係ないのでは……?」

秋山幸二「おっそうだな」*1

真面目な話、野球モチーフの怪人はアニメでも特撮でも多いので、うまく映像として個性を出したのは好印象。ひたすら宙返りをくりかえしながら体当たり攻撃をしかけてくる姿は、野球に限らずとも珍しく面白い。しかも攻撃方法がシンプルなおかげで、新キャラクターが多いドラマに時間を配分できている。

三塚雅人演出らしい移動しつづけるアクションと、河野宏之作画監督らしいダイナミックな土煙作画で、短いながら映像の見せ場として充分。ドラマ部分の作画も、煽りや俯瞰は手癖が出ていたものの、マスコット作画のかわいさが物語に合っていた。


今回は、プリキュアをプリンセスとして育てる妖精ミス・シャムールが新登場し、主人公がカナタ王子と再会する。そして敵の新幹部に対して、プリキュアが3人チームとして名乗りをあげる。

初めて別の脚本家が入ったが、これまで通りに話運びがていねい。過去作ではプリキュアとして仲間になったら日常生活でも当然のように溶けこんでいたが、今作は主人公が学園の有名人とつきあっていることに周囲がとまどいつづけている。そして新たな妖精によってプリキュアとしての大目標と、当面にやるべきことが示される。

そして新キャラクターの性格や役割がけっこう意外で、物語の行く末が気になる。ミス・シャムールをOPで見た時は敵だとばかり思っていたし、カナタ王子は観念的な存在になると予想していた。カナタ王子の反応が敵首領ディスピアと呼応しているので、隠された背景はあると思うが。

そして敵幹部ロック。目元を隠して顔がはっきりわからず、その声色は中性的。公式サイトの記述「少年の姿をしているが・・・?」*2からすると、この敵幹部こそがOPに出てくる仮面の少女なのか。そういえば今回から映画宣伝OP映像へ変わったが、そこにキュアパッションが敵幹部イースだった時の姿が出ていた。

*1http://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/wagamichi_yamamoto/kiji/K20130223005142880.html「史上初となった第8戦は3回に投手の金石昭人の2ランで先制しながら6回に秋山幸二(現ソフトバンク監督)の2ランで同点。宙返りでホームインされた」

*2http://asahi.co.jp/precure/princess/character/lock.html#mainBody

2015-03-07 上げたのは5日後

[][]『映画はなかっぱ 花さけ!パッカ〜ん 蝶の国の大冒険』

Eテレで放映されているショートアニメ『はなかっぱ』を、2013年に初映画化した作品。それがEテレで放映された。併映短編の『ザッツはなかっぱミュージカル』が先に通常枠で放映されていたことは気づかなかった。

アニメワールド+BLOG:NHK | そのほかのアニメ | 春といえば、花。花と言えば、「はなかっぱ」。映画はなかっぱ、放送決定!

全くシリーズに思いいれがなく、キャラクターも把握していない。リアルタイムに別作品を視聴する時に少し見かけたことがあるのみ。そんな状態で映画版だけを見るという、最近では珍しい経験が楽しかった。


ポイントとなるのは映画オリジナルらしい蝶の国。そこに母親が拉致され、取りもどそうと父親が追いかけ、特殊なメカで子供たちが追い越していく。目的地に向かって海や山を越えていく、シンプルな冒険劇だ。

どこを切っても、よくある子供向けアニメ映画ではある。敵味方それぞれの家族愛がテーマなのは平凡。特殊なメカが発進する時の『サンダーバードパロディも、完成度は高かったが濃いネタではない。クライマックスのアクションはダイナミックさとアイデアが好印象だが、映画らしくまとめるため必要最低限に描写した程度。

映画ゲストキャラクターのタレント声優が多すぎて、あまり使いどころが良くなかったのもマイナス。女王を演じる江角マキコは、息づかいや叫びは悪くないが、日常芝居では抑揚が少ないというタレント声優では珍しいパターン。声優経験のある松嶋尚美は達者だったが、あまり出番がない。


しかし、既存の子供キャラクターがすごくいい。初期『クレヨンしんちゃん』を思わせるが、それ以上に全員がゲスくて、能力も低い。映画ゲストキャラクターの良い子っぷりと良い対比だ。冒頭からして、はなかっぱが母親から説教されてグチグチと文句をいうという情けなさ。冒険時にいたっては、砂漠で巨大アリ地獄に飲まれそうになった時、全員がまわりを蹴落として自分だけ生き残ろうとする。

さすがに主人公はなかっぱだけは、頭から色々な植物を生やす能力で活躍し、なかなかアクション演出も面白かったが、通常は最もスペックが低い。砂漠でひとりだけゲッソリ乾いている姿には大笑い。水を吐き出して噴水のふりをする必死さもギャグとしてキレキレ。スペックが高くないためツッコミに回らざるをえない主人公像に、『ジャングルはいつもハレのちグゥ』のハレを思い出す。

母親世代の異常なバイタリティと、父親世代の高いスペックが無意味なまま終わる展開も、なかなかキャラクターアニメとして楽しかった。

[]『天才探偵ミタライ〜難解事件ファイル「傘を折る女」〜』

フジテレビの2時間枠「土曜プレミアム」で放映された2時間ドラマ。原作は『UFO大通り』に収録された中編作品*1

not found お探しのページはありません - フジテレビ

御手洗潔シリーズの初映像化作品。日本で映像化することはないと原作者が語っていたシリーズだが、動機も情景も日本の日常にとどまる中編を原作として、そこそこ納得できるかたちでドラマ化できていた。

いくつか欠点も感じたとはいえ、期待以上の完成度ではあった。少なくとも、原型をとどめないオリジナル展開になっているわけではない。土曜ワイド劇場でドラマ化されて原作者が落胆した『鳴風荘事件 殺人方程式II』や、原作者の没後に水曜ミステリー9でドラマ化された亜愛一郎シリーズ*2のように、本格ミステリの2時間ドラマ化作品はひどいものばかりだった。


まず、玉木宏演じる御手洗潔と、堂本光一演じる石岡和己の主人公コンビは、けっこうイメージに近い演技ができていた。長々としたタイトルも、実写シリーズ化を狙っているためか。実際、土曜プレミアムサイトの原作者コメントは下記のようにしめくくられている。

玉木+堂本組は、現在考え得る限り、最高の配役と思います。回を重ねて行けば、一流二人の醸す空気も熟成して、これまで誰もなし得なかった脱日本型の達成も、可能になると期待しています。

通常は映画を放映している枠だけあって、そこそこ撮影のこだわりも感じられた。よくある2時間サスペンスのような安っぽさは目立たない。主人公コンビの住む一室は雰囲気ある美術だし、傘を折る女のイメージも力が入っている。最後に手がかりをさがすゴミ集積場も、ドラマの見せ場としては充分な力があった。

ただひとつ、御手洗が推理する場面で、文字が空中に浮かぶイメージ映像は安っぽい。推理そのものに魅力がある作品なのだから、下手な演出をつけると逆に平凡なドラマという印象に落ちてしまう。


物語展開も、おおむね原作通り。特に冒頭、ラジオ投稿から一気に推理がはじまるスピード感は、原作の魅力を完璧に再現していた。主人公コンビの説明を後回しにした制作者の勇気に、視聴者として拍手をおくりたい。

一方、女性観は一長一短。原作では一人称パートにミソジニーを感じたが、今回のドラマ化では内面を御手洗潔が想像するにとどまり、うまく距離をとっている。しかしドラマオリジナルの堅川みさと刑事は、原作者のミソジニーを投影したような人物像で、ある意味で原作の雰囲気を尊重しているが、まったく好感が持てなかった。

また、石岡の存在意義が薄かったのも残念。原作小説を石岡が書いている体裁なのだから、できればナレーションは堂本光一が担当してほしかったな。

[]雛祭り

お内裏様とお雛様を教えて今回は終わり。集まりもよく、だいたい美しく教えられた。

しかし、よく考えると3月3日が終わった後にお雛様を飾るのは、あまり良くない。前回に教えるべきだったな。

2015-03-06 上げたのは4日後

[][]『ドラえもん クレヨンしんちゃん 春だ!映画だ!3時間アニメ祭り』ミッチー&ヨシりんとリアルおままごとだゾ/若い二人はこうして家を買ったゾ/「映画ドラえもん 新・のび太の大魔境〜ペコと5人の探検隊〜」

『クレヨンしんちゃん』の通常短編と中編と映画宣伝、そして『ドラえもん』は昨年の映画本編と今年の映画宣伝を合わせた、長時間スペシャル。昨年と全く同じ放映形態だが*1、このまま定着するのだろうか。


「ミッチー&ヨシりんとリアルおままごとだゾ」は、そのまま幼児たちがドロドロを演じる「リアルおままごと」にバカップル夫婦が乱入するエピソード。どちらも作品で何度も登場してきた設定で、これまでアニメ化されてないらしいことが逆に不思議。意外な展開はないが、ネネちゃんという幼児が想像するリアルを、現実の夫婦が破壊していったのは、テーマとして深読みしても面白かったな。

「若い二人はこうして家を買ったゾ」は、前後編くらいの長さで、若い野原一家が家を買おうとして右往左往する。新作の『映画クレヨンしんちゃん オラの引越し物語〜サボテン大襲撃〜』が引っ越しテーマなので、それに合わせた引っ越しエピソードらしい。これもネネちゃんがウサギのぬいぐるみを買う場面など、レギュラーキャラの少し幼い姿が楽しかった。ただ現在になってみると、ローンで若い夫婦が家屋を購入するのは、たとえわけあり中古でも中流階級より上に感じられるな。


映画『ドラえもん 新・のび太の大魔境〜ペコと5人の探検隊〜』は、若手演出家の八鍬新之介の初監督作品。残念ながら放映版は細かく描写がカットされていた。

スタッフリニューアル以降は1作目『のび太の恐竜2006』以来の、そしてタイトルに「新」がつく作品では初の、できるだけ原作を尊重したリメイク映画。キャラクターデザインはTVリニューアル後から総作画監督をつづけている丸山宏一がつとめ、TVアニメとの印象の違いも抑えている。


物語で原作を踏襲しているため、全体として映像面のブラッシュアップが印象的。『ドラえもん』の初期映画は作画が弱かったこともあり、リメイクするだけの価値は感じられた。

特に、3DCGを多用した映像は現代ならでは。八鍬コンテはオーソドックスに引いた構図で風景の広がりを表現しているが、それをキャラクターが実感する場面ではカメラワークを大きくつけ、背景を3DCGで立体的に表現する。クライマックスの巨神像に代表されるように、無機物は素材の質感を出しながら動かす。そのふたつの方針を徹底することで、映像の統一感を出していた。

日本の3DCGはサンジゲンやオレンジのように手描きアニメの特色を再現しようとする制作会社が目立つが、『ドラえもん』でCGを担当するIKIF+は素材の質感を出す。最近に手がけている有名作品といえば『アルドノア・ゼロ』のメカニック。その特色をうまく反映した3DCGの活用だった。

作画もリメイクとして文句なし。さすがにアニメ史でトップクラスな『のび太の恐竜2006』ほど破格ではないものの、全体の統一感を優先しつつ、要所のアクションには力を入れた、アニメ映画として標準的なつくり。


もちろん物語に細かなアレンジは入っている。原作は、珍しく冒険そのものが主人公の目的。それをふまえ、アフリカの動植物の描写を増やしたり、水遊びの場面を加えたりして、さらにロードムービー色を濃くしている。これまでのリメイクが移動描写を短縮してきたことと正反対だ*2

他にも戦闘で描写を足して、巨神像内でのび太自身の根性と仲間の共感を強調したり、敵側も古代兵器であることを巨神像への反撃でアピールしたり。最後の別離で、のび太とジャイアンのペコとの関係の違いを描いたり。あくまで原作展開を尊重した延長として、アニメオリジナルの見どころを加えていた。

また、原作より敵キャラクターの個性を立てていた。クンタック王子の暗殺劇でサベール隊長の剣技を先に見せたり、個性的なコンビ兵士を要所に配置。それぞれ小栗旬COWCOWが声を当てており、やや演技が不安定ではあったが許容できた。兵士コンビのブルテリを演じた多田健二は、意外と達者に感じたくらいだ。

声に限らず音響演出も、奇をてらっていないが面白い。原作の無音演出をふまえた再合流は映画的だし、10人の外国人がそろう場面でTV版主題歌がかかるところは冒険から日常の『ドラえもん』に回帰した表現か。

ただ、ほんのわずか不満もないではない。特にバウワンコ王国のディテールに、もっとSF設定を反映してほしかった。ヘビー・スモーカーズ・フォレストなのだから空は常に雲で満ちているべきだし、ただの巨大な水車ではなく間欠泉を利用した羽根車くらいの独自文明があっていい。

*1http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20140307/1394330932

*2http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20141205/1417826182の感想で書いたように『のび太の恐竜2006』だけは短い尺で冒険の長さを感じさせたが、他作品は単純に移動描写を減らして、アニメオリジナル描写に力を入れがちだった。

2015-03-05 上げたのは2日後

[][][]現代日本の人種差別曽野綾子の目に映らない

2月11日、産経新聞に掲載された曽野綾子コラムがアパルトヘイトを容認しているとして、多くの批判にさらされた。

お探しのコンテンツは見つかりませんでした:朝日新聞デジタル

文化人類学者の亀井伸孝氏も、アパルトヘイトの歴史とてらしあわせて批判している。

「文化が違うから分ければよい」のか――アパルトヘイトと差異の承認の政治 / 亀井伸孝 / 文化人類学、アフリカ地域研究 | SYNODOS -シノドス-

批判記事の冒頭で、他にも複数の論点でコラムが問題視されていることも指摘されている。

移民に対する蔑視、女性への偏見、介護労働に関する誤解、ベストセラー作家としての影響力と過去の言動、現在の政権与党との近さなどの点が、議論の俎上に乗せられた。

その亀井氏のツイッターで、曽野氏からNPOへ3月2日に回答があったことを知った。


そしてNPOの抗議文ページに追記された回答文を読んだところ、あまりの“見えてなさ”に頭をかかえた。

産経新聞 曽野綾子さんのコラムへの抗議文

 戦前の日本にさえ、出自や学歴に関係なく、有能な人材に働いてもらいたいという希望は色濃くありました。日本にはそれほど強固な能力主義の歴史があります。

アッハイ、たしかに曽野氏は戦前生まれです。

冒頭からこれだ。曽野氏の立場で戦前から能力主義の歴史が日本にあったと主張しても、まったく説得力がない。

たとえ「希望」が理想としてあったとしても、それが実体として「強固」にあったことは意味しない。「有能」という特別な人材を重用することは、学歴社会であることと相反しない。

文化には、自然に特微があります。アジア系の人々は米と魚を多く食べます。ヨーロッパに住む人たちは、小麦のパンと、牧畜の成果による肉を食べます。歴史的に、中東には一神教が生まれ、アジアには多神教の世界が出現しました。私はこうしたきわめて自然で人間的な習慣や嗜好を、その人たちのために存続したい、という素朴な願いはずっと持っています。

アッハイ、曽野氏の考えは素朴です。

これは自然主義誤謬につらなる主張としか思えない。歴史的にそうであることと、必然的にそうなったことは、同じではない。そもそも曽野氏自身が日本において一神教のカソリック信仰している。発祥した地域に文化を固定化する発想は、自己矛盾だろう。

アジアとヨーロッパという区分も乱暴だ。人種差別性が指摘されたことへの回答と思えない。事実としても、ヨーロッパも海に面した地域では海産物が昔から食べられていたし、逆にアジアで魚を食べない地域は今でも多い。小さな日本ですら内陸部は魚を食べられなかった歴史がある。

 私は小説家です。小説は日本語では小なる説という意味です。つまり一人一人の思いを掬いあげて、優劣や善悪を単純に考えて裁かず、大切に書き留める仕事です。その内容は私―人の考えで、他者や他の団体を代表するものではありません。アパルトヘイトを私は推奨したことは一度もありません。南アフリカで不幸な結果をもたらしたその制度は、日本には幸いなことにありませんでしたから、推奨する理由が全くありません。

アッハイ、ひとつの段落で語るに落ちてます。

他者や他の団体を代表しないなら、人種隔離政策が日本になかったとしても、曽野氏個人とは関係がない。かつて問題がなかったことは、いま指摘されている問題がないことを意味しない*1

 どこの国にも、同じ外国に生まれた人が集って住む、自然発生的な特別な地区はあるものです。しかし現在の日本には、宗教的な対立もなく、ましてや人種の差別など見たこともありません。あくまで能力主義が基本です。私は他のお国がなさることを理解しようとは努めますが、それを改変させるような無礼は考えたこともありません。

アッハイ、他国に能力主義がないという発想が差別です。

ここで曽野氏は同じ過ちをくりかえしている。「自然発生的」と状況を追認し、社会を人が構成している責任から目をそらす。日本に差別がないという認識を、自分が差別していないという認識と混同させようとする。

何より、たしかに不可視化されているとは感じるものの、人種差別が現在の日本にないと主張するのは、さすがに見えている景色が違いすぎる。

カナロコ|神奈川新聞ニュース

東京新聞:ページが見つかりませんでした(TOKYO Web)

お探しのコンテンツは見つかりませんでした:朝日新聞デジタル

*1:この没論理ぶりは、具体的に奴隷制と批判された問題について、日本の歴史に奴隷はいないと主張して反論したつもりになっている人々を思い出す。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20150224/1424837246

2015-03-04 上げたのは2日後

[]『相棒season13』第17話 妹よ

暑苦しく空回りばかりする陣川には、よく似た妹がいた。ヘッドハンティングで活躍する陣川妹が蒸発し、陣川とともに調べを始めた特命係は、陣川妹が接触した人物の周辺で事件が連続していることを知る……


いかにも金井寛脚本回らしく、社会的なテーマをそぎおとして二転三転する展開が楽しかった。緻密な推理こそないが、そこそこ意外な犯人像と手がかりを散りばめ、本格ミステリらしい味わいがある。

2015-03-03

[][][]日本書紀史実あつかいするなら、仁徳天皇評価とひきかえに武烈天皇の評価もひきうけなきゃね

愛知県一宮市の中学校で、記紀が史実であるかのように校長が主張したという。

神話や建国記述「間違ってない」「感動した」 一宮市教委の注意で削除の中学校長ブログに激励(1/6ページ) - 産経ニュース

神武天皇以来2675年に渡り、我が国は日本型の民主主義が穏やかに定着した世界で類を見ない国家です」などと、学校サイトの校長ブログに掲載していたそうだ。

これは歴史だけでなく公民も小学校から学びなおすべきとしか思えない。


さすがに教育委員会にも問題とされてブログエントリは削除された。しかし上記の産経記事のように無理やりな擁護が出てきている。

天皇の血統で売ってるタレント竹田恒泰*1も、仁徳天皇の善政をたたえた部分について、下記のようにツイートした。

もちろん多数の批判がおこなわれ、武烈天皇の存在も指摘された。

はてなブックマーク - 竹田恒泰さんはTwitterを使っています: "【一宮校長ブログ削除事件】仁徳天皇の竈の煙の話は神話ではない。日本書紀には史実として記述されている。そもそも日本書紀は時の政府が編纂し

id:maturi え、日本書紀は公文書で当然事実ですよ。武烈天皇の行状が紂王のパクリに見えるのは偶然です


日本書紀に書かれた武烈天皇のふるまいは、歴史愛好家にはよく知られている。

武烈天皇(ぶれつてんのう)とは - コトバンク

『日本書紀』には、この天皇はもろもろの悪いことをして、一つも善いことをしなかったので人民は皆恐れたとして、その凶暴ぶりを記している。はらんだ女の腹を割いて胎児を見たり、人の生爪(なまづめ)を抜いて山いもを掘らせた。人の頭髪を抜いて樹(き)に登らせ、樹を切り倒して殺したり、弓で射落とした。人を池の樋(とい)に入れて流し、矛(ほこ)をもって刺し殺すのを楽しみとしたという。

もちろん、この記述も史実そのままというわけではないと考えられている。

かといって、天皇家につごうのいい話でもない。

武烈天皇で天皇家が断絶したという学説の根拠とされているのだ。

こうした行為の記述は、武烈天皇を国を滅ぼした暴君とするため、百済(くだら)の末多(まつた)王や中国の暴君の桀(けつ)王、紂(ちゅう)王の記事から造作したという説があり、王朝交替論の有力な根拠となっている。

新たな天皇家が自身の正統性をうったえるため、外国の逸話をモデルにして、ことさら先代の悪事を書きつらねたというわけ。

日本書紀が史実ならば、武烈天皇をはじめとした天皇家の悪政や非道もひきうけなければならない。


さらに仁徳天皇の善政もまた、天皇家の断絶とかかわりがある。

仁徳天皇(にんとくてんのう)とは - コトバンク

天皇は幼にして聡明,壮におよび仁慈,ために〈仁徳〉と諡(おくりな)されたが,悪逆無道とされた25代武烈天皇でこの応神・仁徳の王系が途絶えるのと対比される。これは中国の易姓革命の思想によって,この王系の始祖を応神・仁徳とするための措置であろうと考えられ,応神・仁徳は同一人格とみる学説もある。

つまり武烈天皇の対として、ことさら仁徳天皇を賛美したというわけ。ふたつの天皇は最初からセットなのだ。

天皇の血統を利用したいならば、むしろ仁徳天皇の善政は不都合だろうに、竹田氏は何を考えているのだろうか。


それでも一応、仁徳天皇の善政を完全に否定する根拠はない。ならば神代の物語や天皇家の悪政もふくめて記紀を史実と主張できるだろうか。

しかし古事記ならばともかく、日本書紀で史実を確定することはできない。良くも悪くも記録としての性質が異なるためだ。

日本書紀(にほんしょき)とは - コトバンク

『古事記』が帝紀旧辞だけを素材とし、しかも諸説のうち一つの正説を定めて筋を通そうとしたのに対し、『日本書紀』は帝紀、旧辞はいうに及ばず、その他諸家の家記、政府の記録、個人の日記手記、寺院の縁起類、朝鮮史料中国史書など多方面にわたる資料を活用し、文章を整えるためにも漢籍仏典を豊富に引用している。しかも異説を強いて統一せず、一書という形で併記したり、注として付記し、ときに後人の勘校に俟(ま)つ旨を記す。

異説も並列したり、外国の歴史書を参照したり*2、後世の評価にゆだねたりしている。

古事記より比較的に歴史書として誠実だが、だからこそ日本書紀を「政府見解が書かれている」とだけ評価したツイートは、不正確といわざるをえない。

*1アカウントは@

*2魏志倭人伝卑弥呼神功皇后と無理に同一視しようとして、むしろ時系列が破綻したりもしているが。

2015-03-02 上げたのは3日後

[]『世界まる見え!テレビ特捜部』世界はダメ男ダメ女で回っている

最後のコーナーで、イギリス生活保護ドキュメンタリー『給付金とプライド(On Benefits and Proud)』を紹介していた*1。それが生活保護受給者への偏見をあおるだけの紹介で、感心できなかった。

生活保護の必要性については、本当に必要な受給者に迷惑だと、ドキュメンタリー紹介後にコメントしあうのみ。不当な需給があるとしてドキュメンタリーに登場したのは全体の一部でしかないことや、そもそもドキュメンタリーで描かれた受給者が本当に問題なのかどうか、きちんと考察しようともしていなかった。


たとえば母子家庭の受給者がネイルしたり、給付日に食料品を買いに行く姿。いかにも受給者は生活に楽しみをおぼえてはいけないかのような描写

ケーブルテレビを視聴する受給者も登場する。もともと偏見をあおるような構成のドキュメンタリーだったらしいが*2、イギリスでは基本チャンネルが5つだけで、衛星放送やケーブルテレビが一般的に視聴されているといった番組解説も必要だろう。

さらに「給付金の女王」と紹介された、年間に約1000万円を給付される女性。しかし子供が11人もおり、家事にいそがしくて仕事に行く時間もないことは、さすがに指摘されていた。子供1人につき年間100万円以下と思えば、それほど余裕のある状況とは思えない。

何人かの受給者が新居を求めていたことについても、イギリスでは低所得層まで住宅補助が制度化されていることが説明されていなかった。

表示できません - 個人 - Yahoo!ニュース

現在は、全世帯の2割ほどがこのハウジングベネフィットを受けています。生活保護受給の場合には家賃の100%、それ以外の低所得者には家賃の8割から9割を地方自治体が支給しています。


ちなみに、2013年のチャンネル5の『On Benefits and Proud』につづき、2014年にはチャンネル4が『Benefits Street』という番組を放映したという。

アナキズム・イン・ザ・UK 第16回:貧困ポルノ  | Benefits Street | ele-king

ヘロイン中毒者や若い無職の子持ちカップル、シングルマザーといった「いかにも」な登場人物たちが生活保護受給金で煙草を吸ったりビールを飲んだり、犯罪を行ったりして生活している姿をセンセーショナルに見せ、国民の怒りを扇動している。と同番組は非難され、無知な下層民がスター気取りで自分たちの貧困を晒していると嫌悪された。

より過激な番組だったらしいが、紹介しているブレイディみかこ氏は下記のような指摘をおこなっている。

 一般に、虐待や養育放棄などの不幸は閉ざされた空間で起きる。だから乳児や幼児のいる家庭を孤立させてはいけない。というのは、幼児教育のいろはである。ましてや食うにも困っている人々が子連れで閉じ篭っている状況はとても不健康だ。

また、下層階級を生みだしたサッチャー政権と、それを生活保護による飼い殺しが固定化した問題も指摘している。

*1:番組バックナンバーには掲載されていない。http://www.ntv.co.jp/marumie/backnumber.html

*2:病気で働けなくなったことをきちんと説明していないという批判もあるらしい。原題で検索すると、それらしきブログやサイトがいくつか見つかる。http://www.huffingtonpost.co.uk/nick-stephenson/on-benefits-and-proud_b_4100782.html

2015-03-01 上げたのは3日後

[]『Go!プリンセスプリキュア』第5話 3人でGO! 私たちプリンセスプリキュア!

「(<ゝω・)綺羅星!」

「おまえじゃない座ってろ」

「少し前まで、星の国にいたんだよ。このキラキラが、見えますか?」

「おまえでもない座ってろ」

『烈車戦隊トッキュウジャー』が最終回をむかえた直後、「キラキラ」を求めるエピソードが放映された。偶然にしても面白い。


さて本編は、新規加入の描写にかかりきりとならず、きちんと春野と海藤のバレエレッスン描写も入れつつ、天ノ川の心の動きを描いていく。

オーディションで足りないものを春野が先に直感して、本職として天ノ川が追いつき、同時に「キラキラ」をつかむ構成が美しい。一方の能力を高くしすぎず、同時に個性を表現する。

そして戦いが終わり、天ノ川が春野の距離が縮まったことで、春野と海藤に残された距離も縮まる。順番に加入していく段取りではなく、関係が相互に響きあっている。

第1話から今回まで連続して田中仁シリーズ構成が脚本を担当。『ドキドキ!プリキュア』冒頭4話の山口亮太連続登板を超えてきた。さすがに次回から別の脚本家が加わるらしいが、連続性をスタッフワークから意識するだけの成果は感じられた。


演出は若手の鎌谷悠。オーディション合格の電話をうけとる天ノ川がガラス越しにぼやけていて、プリキュアになるために外へ飛び出す場面が印象的だった。脚本やSDの指示かもしれないが、キャラクターを見えづらくする演出で『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』の細田守回や、『ふたりはプリキュア』の五十嵐卓哉回を思い出す。他に演出の印象として、アクションシーンで真正面と真横の構図が目立った。

作画も全体として力が入っていた。上野ケンらしい強弱をつけた描線と、太さの均質な描線が混在しているので誰が作画監督かと思えば、赤田信人と上野ケンの連名。第1話も上野ケン作画監督だったが、仲間集めエピソードの完結ゆえスペシャルで入ったのか、それとも作画4チームでローテを組む予定が崩れたのか。