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法華狼の日記

2016-05-07

[][]史学科を中退して「日本は韓国植民地支配なんてしてないけど?」という記事を書いたブロガーが、以前に「歴史好きは大学で歴史を学ばないほうがいい」という記事も書いていた件

もちろんid:gaou2氏は「歴史が好き」ですらないのだろうが、ある意味で納得はできた。

歴史好きは大学で歴史を学ばないほうがいい - コバろぐ

要するに、歴史が好きなんじゃなくて歴史学が好きじゃないと大学ではもたない。

そして歴史学が好きになろうと思ったら、とてもじゃないけど歴史を楽しむことはできません。少なくともぼくは出来なかったです。

たとえば「本能寺って結局黒幕誰や!?」って問われたときに、史料を探って重箱の隅をつつくように仮説を検証してるよりも、みんなでワイワイあーでもないこーでもないってやってるほうが性に合うんです。

事実に反しても楽しさを優先したいなら、最初からフィクションの方向に行くべきだった。


もっとも、gaou2氏の歴史観はフィクションとしても視野がせまいし、陳腐にすぎる。

日本は韓国を植民地支配なんてしてないけど? - コバろぐ

日韓併合正当化という古くから珍しくもない主張をくりかえしているだけ。それらしい情報源を示すふりすらしていない。

ときどき「何で日本は韓国を植民地支配したの?」なんて質問がネットで見られますけど、そもそも、日本が支配したなんてことはありませんよねぇ。あくまで日韓併合。

朝鮮統監伊藤博文は「韓国の富強の実を認むるに至る迄」(伊藤が遺したメモ)は仕方ないから日本が面倒みる、として基本的には否定的な考えを持っていました。

そんな彼を襲って殺した単細胞テロリスト安重根を英雄視するというバカな教育がされちゃってるのは何なんでしょう? これは、やっぱり日本が暴挙に暴挙を重ねて戦争に負けちゃったのが原因じゃないですか。

韓国の方々からすれば、せっかく独立したばっかりなのに、敗けた国の統治を喜んで享受してたとか、あんまり国際的には言いたくない。わずかながらにいた併合反対派の「ほれみろ日本は負けたじゃないか悪い国じゃないか!」という短絡的な主張に「あ、いや、あれは実は無理矢理だったんだ…」と言い逃れしちゃった。

しかし日韓併合が植民地政策であったことは、現代日本の歴史学はもちろん、戦前日本も公的に認めていたことだ。

ekesete1のブログ : 日韓併合は植民地支配ではない、という嘘(1)

もちろん三一独立運動などの激しい抗日活動もあったし、日本の著名人による安重根の英雄視すらあった。

暗殺された時の伊藤博文は、韓国併合反対派ではなかった - 法華狼の日記

そもそも「日韓併合」とは、植民地政策であることを隠すための言葉だ。戦後日本に生きながら戦前日本の嘘に騙されるのだから救えない。

日韓併合(にっかんへいごう)とは - コトバンク

1910年8月22日の〈日韓併合に関する条約〉および同29日の〈日韓併合に関する宣言〉によって,朝鮮(当時の国号は大韓帝国)が日本の植民地にされたこと。韓国併合ともいう。今日常用されている〈併合〉という語は,このときに植民地支配の本質をおおい隠すために案出されたものである。いわく,〈韓国が全然廃滅に帰して帝国領土の一部となるの意を明らかにすると同時に,その語調の余りに過激ならざる文字を選ばんと欲し種々苦慮したるも,遂に適当の文字を発見すること能わず。

gaou2氏は「全ての距離が縮まってるこの時代で、反日の主張や教育や政策が大きく多くクローズアップされちゃってるんでしょうね」という。

しかしその「反日の主張や教育」とは、日本の辞書に掲載されるくらいに確立された学説だ。

gaou2氏が「一生懸命対話をしていかなきゃならない」のは「隣国」ではなく「歴史学」だ。

えいんすえいんす 2016/05/07 23:19 植民地化で利益を得た韓国人も中にいたかもしれんが、植民地化したこと自体はどんだけ取り繕っても事実なのに
どうして嘘をつくのかな?この人は

甕星亭主人甕星亭主人 2016/05/08 00:15  痴呆氏は兎も角はてぶコメントをざっと拝見して、袋叩き簀巻き状態なのを見て、はてなって結構健全な処も有るんだな、と些か驚きました。

山田直道山田直道 2016/05/08 01:39 はてなは少なくとも罵詈雑言陰謀論の飛び交う阿修羅よりは健全だと思いますけどねえ・・

tamanyantamanyan 2016/05/08 01:49 はてなのほうはプライベートモードになってて全文閲覧することができなくなってるようで。

えいんすえいんす 2016/05/08 02:28 日本の政策は、フランスの同化主義に一番近いです。
「熱心さ」(受ける側からすれば、「熱心⇒強制の度合いが強い」とも言える)の点では、日本は「特に熱心」だった、とは言えると思います。
が、本質的に「日本人にする」というのが目的である事は、
フランスの同化主義と何ら違いはありません。
「日本の支配が差引プラスのものだった」とか
「日本風教育にネガティブな部分がなかった」などとは受け取るべきではありません

えいんすえいんす 2016/05/08 02:30 「欧米からのアジア解放」は嘘ですよ。
結果論であり、そのための貢献などしてません。完全なる解放では
ありません。ただ宗主国が変わるだけの話。
当時は自立する力がなかったという話は事実ではあっても正当化する理由にはなりえません。

gggggg 2016/05/08 02:51 まさに左翼的な考え方だなw

ブラウブラウ 2016/05/08 11:01 日本では1905年10月27日の閣議で、第2次日韓協約(韓国(大韓帝国)の外交権を剥奪し、保護国化を決定づける条約)締結に向けての基本方針が決定されてますが、その内容のひとつはこんなの↓

「到底韓国政府の同意を得る見込なき時は、最後の手段として一方韓国に向ては保護権を確立したる旨を通告」


…んで、日本側交渉団(全権代表:林権助)とともに明治天皇勅使として韓国入りした伊藤博文が、11月15日に韓国皇帝・高宗に謁見した時の発言はこんなの↓(もちろん高宗は条約の内容に反対)

「本案ハ帝国政府カ種々考慮ヲ重ネ最早寸毫モ変通ノ余地ナキ確定案ニシテ……断シテ動カス能ハサル帝国政府ノ確定議ナレハ今日ノ要ハ唯タ陛下ノ御決心如何ニ存ス之ヲ御承諾アルトモ又或ハ御拒ミアルトモ御勝手タリト雖モ若シ御拒ミ相成ランカ帝国政府ハ已ニ決心スル所アリ其結果ハ果シテ那辺ニ達スヘキカ蓋シ貴国ノ地位ハ此条約ヲ締結スルヨリ以上ノ困難ナル境遇ニ坐シ一層不利益ナル結果ヲ覚悟セラレサルヘカラス」(『伊藤博文韓国奉使記事摘要』)


…伊藤さん、どう見ても脅迫でしょコレw

そもそもそもそも 2016/05/08 11:44 件のブログ記事には、全体的に記述の根拠がなく、著者も混乱しているような気がしますね。「でもちゃんと保護して強化しないと朝鮮がちゃんと独立できないから、それが可能になるまで日本が面倒みますね、ということで併合しました。」というのは、「朝鮮統監伊藤博文は「韓国の富強の実を認むるに至る迄」(伊藤が遺したメモ)は仕方ないから日本が面倒みる、として基本的には否定的な考えを持っていました。」とは別の話なのでしょうか?いずれにせよ、「建前」ですが、保護国化と併合の話が混同されているような気もします。

「韓国の富強の実を認むるに至る迄」云々と書かれた伊藤博文の自筆メモが発見されたという2010年のNHKニュースが元ネタの一つだと思われます。このニュースで「この時点で、伊藤博文は、韓国を保護国とするのは韓国の 国力がつくまでで、併合という考えには否定的だったことを裏付ける新たな史料だ」」と解説した伊藤之雄先生は、第三次日韓協約のころに伊藤が併合を決意したという見解です。歴史学的には韓国が近代の植民地であったということは取り立てて否定することでもありませんから、当然伊藤先生も学術論文では韓国が植民地であったことを前提に論じています。
伊藤先生の伊藤博文に対する見解は、伊藤博文は併合を決意した後も現実に実行されたのとは異なり、韓国の「自治」を重視した植民地統治の構想を抱いていたというものです。そして伊藤博文の暗殺によって山県系の軍人総督と官僚による強圧的な併合路線が実行され、伊藤の構想は実現せず併合の時期も早まった、と続きます(以前法華狼さんが紹介していた池田信夫さんの記事の元ネタですね)。伊藤博文の構想については新説であり、かつて論争が起こりましたが、伊藤先生も「朝鮮が植民地」「伊藤博文が暗殺時には併合を決意していた」という点まで否定していなかったはずです。

伊藤先生の伊藤博文暗殺による影響についての見解は、伊藤之雄『伊藤博文をめぐる日韓関係』(ミネルヴァ書房)に書かれています。個人的には、仮に伊藤博文が史実よりも間接的な朝鮮統治構想を持っていたとして、伊藤博文の暗殺が朝鮮統治の歴史を大きく変えたと言えるかどうかは微妙だと思います。
伊藤博文の植民地統治構想についての論争は以下の論文を参照してください。なお以下の論文で取り扱われている「メモ」は「韓国の富強の実を認むるに至る迄」の書かれた「メモ」ではなく、伊藤博文の統治構想が書かれているとされる別の「メモ」のことです。

水野直樹「伊藤博文の「メモ」は「韓国統治構想」といえるものか ―伊藤之雄氏の所説への疑問―」『日本史研究』602、2012年
伊藤之雄「伊藤博文の「メモ」は真筆の「メモ」の翻刻だ : 水野直樹氏の所説への反論」『日本史研究』611、2013年

訂正訂正 2016/05/08 12:04 「第三次日韓協約のころに伊藤が併合を決意したという見解」は別の研究者の見解でした。
伊藤之雄先生の説について、正しくは、「1909年4月頃には伊藤が併合を決意したという見解」です。

rawan60rawan60 2016/05/08 12:16 植民地支配を誤魔化したり擁護する連中の言ってのは、それ自体がことごとく植民地主義的発想や論理、デマに依らざるをえないという毎度の自爆芸。

まあ、お花畑脳に歴史学は酷ってことは理解できても、それゆえ歴史のデマをばら撒くことが許されるわけじゃないですからね。

nihunenihune 2016/05/08 16:14 総督府を置いてますからねえ。これはイギリスを真似てやったものでしょうかね。

kamisima kamisima 2016/05/08 16:28 植民地側からすれば誅殺すべしにっくき相手であるのに、伊藤博文はどうみてもおかしな評価をされすぎだ
彼はハト派などではない

えいんすえいんす 2016/05/08 17:16 現代のネトウヨには弱腰とか言われたりしてたたかれてるけどw
誤解じゃないかと思うよね
併合に消極的だったのに暗殺されたのは不可解だとか天皇を尊敬してたからないがしろにしていた伊藤を暗殺したとか・・・変な俗説の方が信憑性にかけますしね

kamisimakamisima 2016/05/20 06:16 昔とは違い今の教科書の歴史についての描写は問題アリアリなので
ある意味学校で学ぶことを鵜呑みにしないほうがいい
というなら分からないでもないw

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